ERP(基幹系情報システム)を導入するには、システムの導入費が必要です。社内に浸透させる労力もかかりますが、実は中堅企業や中小企業にこそ多くの導入メリットがあります。
ただし、自社の課題に合わせたシステムを選ばないと、ERPの費用対効果を高めることはできません。本記事ではERPの導入目的やメリットに加えて、中堅・中小企業向けの選び方を解説します。
中堅・中小企業にERPは必要か?
結論から言うと、日本の中堅・中小企業にもERPは必要です。世界的にデジタル化が広がる中、イノベーションを実現できない企業は収益力が大幅に低下するかもしれません。
なぜERPが必要なのか、国内の製造業が抱えている課題や現状とともに見ていきましょう。
日本の製造業のERP導入率は低い
中小企業庁が2017年3月に公表した「中小企業・小規模事業者のIT利用の状況及び課題について」によると、日本で基幹業務統合ソフトを導入している中小企業・小規模事業者は21.5%、製造業に限定すると23.9%です。一般オフィスシステムやパッケージソフト(給与・経理業務)に比べると、製造業のERP導入率は高くありません。
世界の国々と比較するために、次は日立総合計画研究所が公表しているデータ(※)を紹介します。
(※)2018年4月に公表された、「ドイツにおける中小企業のIT導入支援政策から得られる日本への示唆」の一部。
2011年から製造業のデジタル化政策を進めているドイツでは、50%以上の企業がERPを導入しています。中小企業全体の導入率は46%、従業員数5~9人の企業でも35%がERPを導入しており、いずれも日本の導入率を上回っています。
その他の国と比べても、日本の製造業におけるERP導入率は低い傾向にあります。特に従業員数50人以上の中堅・中小企業は、ERP導入が遅れているといえるでしょう。
日本の価格決定力は低い
事業の収益力を高めるには、生産性とともに価格決定力を向上する必要があります。しかし、米国やドイツに比べると、日本は実質的な労働生産性が高い一方で、価格決定力を表す付加価値デフレータ(※)が低い傾向にあります。
(※)名目付加価値を実質付加価値で除算して求める、企業による価格転嫁の動向を判断するための指標。
実際にどれくらいの差があるのか、経済産業省が2017年2月に公表したデータを見てみましょう。
日本の付加価値デフレータは、1990年代後半からマイナスに転じています。その影響で、2005~2010年には実質労働生産性がプラスであるにも関わらず、1人当たり付加価値額がマイナスになっていることが分かります。
つまり、従来のビジネスモデルでは成長が難しくなっているため、近年ではDX(デジタルトランスフォーメーション)によるプロセスの変革が多くの業界で必要になっています。
<DXの定義>
引用:経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
政府が推進政策を進めている影響で、すでにDXの波は中小企業にも広がっています。そのため、ERP導入などのデジタル化に取り組まない企業は、さらに収益力が下がるかもしれません。
中堅・中小企業でもイノベーションは起こせる
自社に合ったDXを実現すれば、中堅・中小企業でもイノベーションを起こすことは可能です。中小企業庁の資料「中小企業・小規模事業者のさらなる飛躍」によると、企業のイノベーションは以下の4つに分けられます。
<オスロ・マニュアルによるイノベーションの4分類>
1.プロダクト・イノベーション
新しい商品やサービスを市場に導入すること。自社にとって真新しいものだけではなく、既存の商品・サービスを大幅に改良したものも含まれる。
2.プロセス・イノベーション
物流や生産工程などのプロセスを大幅に改善すること。新しいソフトウェアの他、機器や装置、技法を導入するケースも該当する。
3.組織イノベーション
チーム編成や業務慣行など、組織の管理方法を改善すること。組織体制が変わる場合であっても、M&Aの実施はこれに含まれない。
4.マーケティング・イノベーション
マーケティングに関する新たなコンセプトや戦略を打ち出すこと。販促活動や販路の他、商品・サービスのデザインや価格設定方法を変更するケースも該当する。
上記の通り、プロセスや組織、マーケティングの改善もイノベーションに含まれます。そのため、情報管理や製造工程の効率化に目を向ければ、中堅・中小企業でもERP導入によってイノベーションを実現できます。
中堅・中小企業がERPを導入する目的とメリット
中堅・中小企業がERPを導入すると、情報管理や業務のプロセス、経営判断などにさまざまな変化が生じます。ここからは「なぜ導入する必要があるのか」という観点から、ERPを導入する目的とメリットを詳しく解説します。
統合データベースで経営情報を一元管理できる
一般的な経理システムとは違い、ERPではあらゆる経営情報を統合データベースで一元管理できます。必要な情報を一度入力すれば、社内の全部署で同じデータを活用できるため、以下のような効果を期待できるでしょう。
<経営情報を一元管理する利点>
・同じデータを複数回入力する必要がない
・入力ミスを防げる
・部署間や拠点間で情報連携をする手間が省ける
一方で、部署・拠点ごとにデータ管理をするシステムでは、入力ミスやデータの重複といったリスクが高まります。社内全体で連携を取るには、データの修正や情報のすり合わせが必要になることもあるでしょう。
その点、ERPには以下のような管理機能が搭載されているため、会計や財務、製造、設計、配送に至るまで、同じデータベースで経営情報を管理できます。
<ERPに搭載されている主な管理機能>
・財務会計や予算の管理
・販売管理や購買管理
・倉庫や在庫の管理
・顧客管理
・営業支援管理
・マーケティング管理
・プロジェクト管理
・人材管理
経営情報を一元管理すると、経験や勘に頼らない客観的な判断もしやすくなります。
ベストプラクティスの提案と業務の効率化
ERPの主要機能には、蓄積した統合データを活用するAI分析や、さまざまなデータを集約・可視化するBI(ビジネスインテリジェンス)も含まれます。
AI分析が搭載されているシステムでは、膨大なデータをもとに最適なベストプラクティスを提案してもらえます。具体的なイメージをつかむために、分かりやすい例をいくつか見てみましょう。
<ERPによるAI分析の例>
・正確なキャッシュフローの予測
・財務リスクの発見や特定
・在庫量の最適化
・在庫切れの防止
・最適なサプライヤーの選定
AI分析を生産計画に組み込むと、生産ラインの無駄を省いたり、メンテナンスが必要になる時期を予測したりできるなど、製造プロセスの最適化も実現できます。業務全体の効率が上がるため、収益力を支える生産性・価格決定力の向上につながるでしょう。
また、BIが搭載されているシステムでは、集約したデータの活用によって現状の課題を洗い出せます。グラフや表など、分かりやすい形でデータを可視化できるため、適切な経営判断にも役立ちます。
ただし、これらの機能が搭載されていないERPもあるので、導入前には各商品の詳細を確認してください。
スピーディな経営判断の実現
ERPの管理機能やAI分析などを活用すると、スピーディな経営判断も実現できます。
例えば、一元管理した売上データをBIによって可視化すると、「どの商品の売れ行きが悪いのか」や「どの時期にどの商品が多く売れるのか」が明確になります。データの集計作業に加えて、AIを活用すれば分析作業の手間も省けるので、従来の方法よりも瞬時な判断が可能になります。
現代はテクノロジーが進歩した影響で、将来の予測が難しい「VUCA時代に突入した」と言われています。次々と画期的なビジネスモデルや製品が生まれているため、変化に適応できない企業は収益力が下がるかもしれません。
このような時代において、スピーディな経営判断は欠かせないものです。いち早くリスクや課題を洗い出し、有効な解決策や戦略を考えることが多くの企業に求められるでしょう。
必要な機能が搭載されたERPを導入すれば、スピーディな経営判断によってさまざまな変化に適応できます。
中堅・中小企業のERPの選び方
ERPを選ぶにあたって、中堅・中小企業はどのような点を意識すればよいのでしょうか。投入できる資金は限られるため、大企業とは違った視点で費用対効果が高いものを選ぶ必要があります。
ここでは3つのポイントに分けて、中堅・中小企業のERPの選び方を解説します。
業界特化型であるか
ERPの種類は、さまざまな企業が活用できる「汎用型」と、1つの業界をターゲットにした「業界特化型」に大きく分けられます。このうち、製造業の中堅・中小企業には業界特化型が適しています。
製造プロセス全体を最適化するには、会計・財務の機能だけでは不十分といえます。製造や販売、在庫管理、配送までを含めたバリューチェーン・サプライチェーンを管理する必要があるので、製造業ならではの機能にこだわることが重要です。
製造業に特化したERPにはどのような機能があるのか、以下で一例を紹介しましょう。
<製造業に特化した機能の例>
・複数倉庫の一元管理
・設備の負荷を考慮した計画の策定
・ロットやシリアル番号の個別管理
・個別受注や受注生産など、さまざまな生産方式への対応
・製造計画と購買スケジュールの連動
上記の他、ERPによっては製造ライン別のスケジュール表示や、品質に関わる保全・保証管理機能なども備わっています。
よくある失敗事例としては、会計・財務がメインになっているシステムの導入が挙げられます。このようなERPでも事務作業などは効率化できますが、細かい生産方式やサプライチェーンの変化には対応できません。
改善したいプロセスを明確にし、必要な要件を整理した上で、自社に合ったERPを選びましょう。
自社の課題を解決できる機能があるか
製造業に特化したERPを選んでも、自社の課題を的確に解決してくれるとは限りません。同じ製造業でも、業種やプロセスによって抱えている課題は異なるためです。
<製造業が抱えている課題の例>
・製造工程が多いため、従来のシステムではデータ化が難しい
・生産形態が多様化しており、スケジュール管理が複雑になっている
・共通する部品の製造でも、工場によって図面や技術標準が異なる
例えば、生産形態を一本化したい場合は、業務プロセスのデータからベストプラクティスを提案するAI分析などが必要です。一方で、各工場の仕様設計をすり合わせたい場合は、3D CADで図面管理ができるようなシステムが必要になるでしょう。
解決すべき課題が明確になっていない場合は、ERPの導入事例を確認する方法が効果的です。「どのような業態・規模の会社が、どんな課題を解決できたのか」を調べると、自社に必要な機能をイメージしやすくなります。
また、社内で運用できるERPを選ぶことも忘れてはいけません。従業員が扱えない複雑なものを選ぶと、せっかくの機能を活用できない恐れがあります。リーダーや現場にもヒアリングをしながら、想定しているスタッフで運用できるかを確認しましょう。
セキュリティやサポート体制、互換性など
ERPは社内のデータを一元管理するシステムなので、セキュリティ面は重要なポイントです。脆弱性を狙ったサイバー攻撃や、ユーザー意識の低さによる情報漏えいなどのリスクがあるため、以下のようなセキュリティ対策を考えてください。
<ERPのセキュリティ対策例>
・第三者機関(ISOやSOCなど)が認定している製品を選ぶ
・従業員などの使用者を徹底的に教育する
・自動かつ頻繁にアップデートされるものを選ぶ
例えば、自社でのアップデートやメンテナンスが必要になるオンプレミス型は、万全の管理体制がないと脆弱性が生じやすくなります。そのため、システムに精通した管理者がいない場合は、自動アップデート機能があるクラウド型が主な選択肢になるでしょう。
セキュリティ面については、製品のサポート体制もこだわりたいポイントです。信頼につながる導入実績が豊富であったり、近くに直営のサポート拠点があったりすると、同じERPを安心して使い続けられます。
なお、既存のシステムと連携させたい場合は、各ツール・ソリューションとの互換性も比較する必要があります。他のシステムとの相性が悪いと、データを一元管理できない業務や部署が出てくるため、「システム全体をうまく統合できるか」は必ず確認しておきましょう。
ERPは目的を明確にして導入を
ERPにはさまざまな製品があり、規模や業種、製造プロセスによって適したものは異なります。
導入コストをかけるのであれば、自社の目的に合わせた製品を選ぶ必要があります。「どの課題を解決したいのか」「何の構造をどのように変革するのか」をイメージし、具体的な導入効果を予測することが重要です。
また、経営トップから目的やメッセージが共有されず、現場が混乱してしまう失敗例も多く見られます。ERPを扱うのはあくまでも現場なので、導入のしやすさや扱いやすさも確認する必要があるでしょう。
「製造業向け」「中堅・中小企業向け」などの記載があっても、自社に適したERPとは限りません。各製品をしっかりと比較した上で、自社の現状に合ったものを選ぶことが大切です。
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