ESGやDXの最前線について、東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏が各企業にインタビューする本シリーズ。第5回となる今回は、日本で初めてカーペットを生産した老舗企業である住江織物のESGに対する取り組みを紹介します。
国会議事堂に赤じゅうたんを納入してきたことで有名な同社は、フロアカーペットや鉄道車両、自動車のシート地を製造するテキスタイルメーカーです。織・編製造技術やコーティング技術、再生ポリエステル製糸など、多岐にわたるテクノロジーを駆使して、環境問題の解決や社会に貢献する数多くのインテリア製品を開発してきました。
創業140年を迎えた2023年、新たなグループ理念を策定し、ESG推進と共に企業改革に取り組んでいます。その現在地を探るべく、住江織物のCSR推進室部長の山田孝氏にお話を伺いました。
1988年3月、関西学院大学商学部卒業。同年住江織物に入社後、インテリア営業部門、機能資材営業部門、管理本部を経て、2016年8月から5年間、丹後テクスタイル代表取締役を務めた。2021年3月より現職・CSR推進室部長を務める。
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。(所属及びプロフィールは2023年7月現在のものです)
目次
カーペット製造のパイオニア 日本の産業発展に貢献
福本氏(以下、敬称略) 最初に、御社の成り立ちや事業についてご紹介いただけますか。
山田氏(以下、敬称略) 住江織物は、1883年(明治16年)に大阪市住吉区で創業しました。創業者が副業で始めた緞通(だんつう)という手織物が原点です。
その後、研究を重ねていくうちに多方面から引き合いを得て、帝国議会議事堂を含む明治期の名だたる建物をはじめ、1930年代には、日本で組み立て生産を始めていたフォードやゼネラルモーターズの車両に、当社のカーペットやシート地が採用されました。
このように住江織物は、古くから日本の産業と文化の発展に貢献してきた企業です。
現在はインテリア事業や自動車内装事業、車両内装事業、機能資材事業を柱に、7ヵ国13拠点で事業を展開しています。グループ会社の丹後テクスタイルでは、現在も手織緞通や緞帳といった美術工芸織物を製造しています。
福本 ありがとうございます。山田部長のご経歴についてもお聞かせください。
山田 私は1988年に住江織物に入社し、大阪と東京でインテリアとホットカーペットなどの繊維系暖房商材を取り扱う機能資材の営業に携わりました。その後、先ほどご紹介した丹後テクスタイルの代表を5年間務め、2021年にCSR推進室に配属されて現在に至ります。
福本 営業に長く携わられてきたのですね。CSR推進を任されたときのお気持ちはいかがでしたか。
山田 営業ではお客様に向き合うことが中心でしたが、CSR推進室では企業の内部統制に関わることも多いため、外だけでなく内にも視線を向ける必要があります。やはり最初は戸惑いも大きかったですね。
ただ、戸惑っているばかりではいられませんでした。環境への配慮や従業員に対する姿勢、社内およびサプライチェーン全体の体制づくりなどに関して、上場企業に対するお客様からの期待は大きいです。期待に応えられなければ、取引先や投資先として選ばれなくなってしまう可能性もあります。
その点、CSR推進は経営の土台であり、今後の成長に大きく関わることは間違いありません。重要性が高い領域なので、改めてCSR推進の責務にやりがいを感じています。
Environment:独自テーマの「KKR+A」が開発の基本理念
福本 御社は環境マネジメントの取り組みの中で、「KKR+A」という独自テーマを掲げておられますよね。ESG(環境・社会・企業統治)の環境に対する方針を知るためにも、内容についてお伺いできますか。
山田 「KKR+A」は当社が1998年に開発の基本理念として策定したもので、ESGのE(Environment)、つまり環境に対する取り組みの中核をなすテーマです。Kはそれぞれ「健康」と「環境」を、Rは「リサイクル」を、最後のAは「アメニティ(快適さ)」を表しています。当社ではこの「KKR+A」に基づき、室内環境の改善やリサイクルによる使用原料の低減など、環境保全に取り組んでいます。
福本 「KKR+A」に基づく製品・技術の例について、開発経緯を含めてお伺いできますか。
山田 まずは製品の例からお話しますね。インテリア事業の主力製品であるタイルカーペットは、使用後には産業廃棄物として埋め立て処分しなければなりません。さらに、バッキングの素材に使っていたPVC(ポリ塩化ビニル)は、燃焼させるとダイオキシンが発生するという問題がかつてありました。
そこで、使用済みのタイルカーペットを回収し、同一製品間で循環させるリサイクルシステムの確立を目指すことになりました。従来、使用済みタイルカーペットはリサイクルが難しく、埋め立て処分するしかありませんでしたが、産業廃棄物の再生に強みを持つリファインバース株式会社と協業し、リサイクル技術を確立しました。そして誕生したのが、水平循環型リサイクルタイルカーペットの「ECOS®(エコス)」です。2023年3月に発売した「ECOS NEO™(エコス ネオ)」は、バッキング材と表面のパイル糸に再生材を利用することで、再生材比率81%、CO₂削減貢献率61%を達成しました。この値は国内最高水準です。
また、1990年代後半には、ホルムアルデヒドや揮発性有機化合物が健康障害をもたらす「シックハウス症候群」が大きな社会問題になりました。人々の健康的な生活に貢献しようと、ホルムアルデヒドや生活臭を分解する加工技術「トリプルフレッシュ®」を開発しました。
トリプルフレッシュ®は、光も電気も使わずに24時間消臭できる環境に優しい技術です。消臭性能が再生されるので、効果の持続性にも優れています。
福本 自動車内装事業でも再生原料の活用に取り組んでいらっしゃいますね。
山田 はい。滋賀工場では再生PET樹脂を使ったポリエステル糸を製造しており、今後はこの糸を使用した自動車向けシート地としても拡販していく方針です。ポリエステルの設備は私が入社した頃からありまして、1991年に開発した「スミトロン®」は使用済みPETボトルから再生したポリエステルチップを50%以上含む糸のことで、これを原材料としたインテリア商品を長年、製造販売してきた実績があります。これまで目覚ましい売上にはつながっていないのですが、世の中で環境意識が高まっている今、再び脚光を浴びるのではないかと期待しています。
福本 早くからリサイクルに向けた素材開発を手がけていたのですね。先見の明が非常に素晴らしいと感じます。
山田 ありがとうございます。これからもパイオニア精神を大切にしていくつもりです。
Environment:「エコチャレンジ2024」の目標達成へ事業所を改革
福本 環境に関する行動目標として、2021〜23年にかけて「エコチャレンジ2024」を掲げていますが、具体的な取り組みについてお聞かせください。
山田 以前から、直接使用のエネルギーおよびCO₂排出量の削減などについて全社的な取り組みを進めています。例えば、各生産事業所の燃料を軽油・重油からガスに切り替えたことで、エネルギー使用量とCO₂排出量を削減することができました。
2022年には、奈良事業所と滋賀事業所で行っていた事業所再編も完了しました。環境負荷の低減を目指し、奈良事業所から染色設備や廃水処理場を撤去しました。物流面についても倉庫を増築して効率化を図るなどして、エコチャレンジ2024の目標達成に向けた取り組みを加速しています。
Scope1(*1)とScope2(*2)におけるGHG排出量の把握は、業界の中でも先んじて取り組んできましたが、Scope3(*3)についてはこれからです。まずは現状を自社で把握するべく、主要事業所で1年かけて、会計データから排出量を算出しました。今後は算出対象のサプライヤーを増やしていきつつ、原材料や半製品の調達によるGHG排出量の削減も要請していかなければいけません。サプライヤーの理解を得るには、時間をかけて丁寧に説明していく必要があると考えていますし、ルールづくりも進めていかなければと思います。
福本 自動車のサプライチェーンでは、Tier1以下のサプライヤーにExcelのフォーマットを渡してGHG排出量を記入してもらうような取り組み事例もありますが、Tier2やTier3には社員が数人という企業もあり、対応が難しいこともあるようです。サプライヤーの隅々にまで理解・実行してもらえるようなルールづくりは、非常に難易度が高いという印象がありますね。
山田 おっしゃる通りです。その点、当社はグループ会社の負担が増えないよう、1ヵ月遅れでデータを送ってもらい、本社で全て集計する手法をとっています。また、実際の運用はこれからなのですが、GHG排出量を算定するためのクラウドサービスを導入しました。まずは自社で運用し、将来的にはサプライチェーンへの導入支援も視野に入れています。
福本 なるほど。環境負荷の低減に対して非常に野心的に取り組まれていますね。
Social:人権方針を発表 事業に関わる全ての人々の人権を尊重
福本 ESGのS(Social)の部分に関する取り組みもお聞かせいただけますか。
山田 当社は2023年6月1日、「SUMINOE GROUP人権方針」を発表しました。以前からあった従業員に対する企業行動規範を基本とし、事業活動に関わる全ての人々の人権を尊重する姿勢について明確に示しています。グローバル事業を展開する当社において、人権は経営の基本となる重要な要素です。職場環境への配慮やハラスメントの対策、コンプライアンスの遵守など、課題の解決について取引先から理解を得られるよう随時説明していきます。
そのほか、重点的に取り組みたいのが人材の開発・育成です。当社の社員は50代が最も多く、入社以来同じ部署にとどまっている社員もおり、保守的な風土の要因となっていることが否めません。20〜30代の社員が少なく、部署間の交流が少ないことも欠点です。そこで社内を活性化させるべく、各部署の機能や役割を知ってもらうため、定期的に部署間交流会を開催することにしました。
この1年間は社長を中心として、「会社のありたい姿」をテーマに、住江織物の社員が年代ごとのグループをつくり社長座談会を開きました。今後はグループ会社にもこうしたコミュニケーションの機会を増やしていきたいと考えています。
福本 御社はキャリア申告制度を導入したとのことですが、部署間交流会の開催と関連があるのでしょうか。
山田 そうですね。以前から実施していた社員アンケートでは、「異動の希望を伝えられる機会がない」「部署間の交流がない」といった意見が数多く寄せられていました。これらの声に対応する形で、部署間交流会やキャリア申告制度という新たな取り組みを始めることになったのです。
福本 パーパス策定にも取り組まれていたそうですが、その過程で若手の意見を取り入れるという考えもあるのでしょうか。
山田 はい。新しい視点や新鮮なアイデアを得るため、製造から営業、管理、開発までさまざまな部署から若手社員を20名ほど集めて専門のワーキンググループをつくり、話し合いの場を設けました。人権方針と同じタイミングで発表した当社のVISION・MISSION・VALUEも、同じグループが策定に関与しました。
Governance:ロゴマーク刷新で変革の意欲を具現化
福本 ソーシャルの観点では、若い世代の力を積極的に活用されているのですね。続いて、ESGにおけるG(Governance)の部分についての方針もお聞かせいただけますか。
山田 ガバナンスについては、約30のグループ会社全体で基幹システムの再構築を進めています。DXとはいかないまでも、レガシーシステムを入れ替えることで、グループ全体のデータ活用を効率化していきたい考えです。
福本 会社のロゴも刷新されたと伺いました。長らく使ってきたロゴを変えるのは、非常に大きな決断だったと推察します。カラーも赤から青へと対照的に変化しましたが、どのような背景があったのでしょうか。
山田 当社は、絶え間ない挑戦と革新によって140年の歴史を築いてきました。グループ全体として大きな力がある一方、各社はレガシーの維持管理による生産性や業務効率の悪化から、閉塞感を抱く社員も少なくありません。
ロゴのリニューアルは、全社アンケートでグループ会社としての強みを探る過程で検討を始めました。まったく違う新デザインにするのか、これまでの要素を残すのか、さまざまな議論が交わされました。その中で、多くの社員が環境への取り組みを当社の強みとして認識していることが分かり、ロゴの色は自然を感じさせる青(ジャパン・ブルーと呼ばれる藍染の色)を選ぶことになりました。一方で、旧ロゴにも用いられたタツノオトシゴというモチーフを生かすことで、伝統を引き継ぎ未来へ向かって、さらなるグローバル展開を進めていくという決意も込められています。ロゴの刷新は、社員の会社を変えたいという意欲が形になった結果なのではないかと感じています。
福本 変革への第一歩ということですね。とはいえ、コストに対して非常にシビアかつ常に変化への対応力が求められる自動業者業界でも、御社は自動車内装材の分野において長年にわたり存在感を発揮しておられます。
山田 自動車内装事業の部門には、変化への対応力や品質管理能力に長けた社員が集まっています。そして、当社がバッキング技術をはじめ、他社が真似できない独自の加工技術を持っていることは確かです。商品開発において常に業界の第一人者であり続けてきたことが、環境変化の激しい自動車業界でも当社が存在感を発揮できてきた要因の一つではないでしょうか。
若手人材の確保 カギを握る海外拠点
福本 これまでのお話から、核となる伝統を大切に受け継ぎつつも、ESGの観点から新たな取り組みに挑戦されていることを感じました。今後ESGを推進するにあたり課題と感じていることはありますか。
山田 そうですね。多くの取り組みを実施しているものの、従業員や投資家、顧客などのステークホルダーに価値観を共有することが難しいと感じています。コロナ禍をきっかけに対面でじっくり話す機会が失われ、取り組みの重要性を理解してもらう新たな方法を考える必要があります。現時点で考えている解決策としては、経営層がより積極的に情報を発信していくことや、先ほど述べた部署間の交流機会を増やすことなどがあります。
福本 50代の社員が多いというお話もありましたが、人口が減り続ける日本では、若手人材の確保も難しくなっていると思います。これらに対する対応はどのように進められようとしていますか。また、生産性向上のためにデジタル人材の育成などは考えていらっしゃいますか。
山田 若手の確保については海外の人材が鍵を握っています。当社は1990年代から海外展開を積極的に行っており、米国現地法人は今年で20周年、タイの現地法人は2024年に30周年を迎えます。すでに海外で若手が育ってきており、今後はグローバルな人事戦略でこれらの人材を活用していくかもしれません。一方、デジタル人材の育成は数年先の目標になりそうです。まずは足元をしっかりと固めていきたいですね。
福本 人材の分野でも選択と集中が重要ということですね。ありがとうございます。ここまでESGに関するさまざまな方針を伺いました。今後の意気込みについてお聞かせいただけますか。
山田 個人としては、ESG推進の中心的役割をしっかりと果たしていきたいです。会社としては、「安心・安全品質の商品」と「実感できる機能性」を追求していきます。そのほか、デザインやカラーリングによるブランド価値の向上にも注力するつもりです。内装材といえば真っ先に住江織物が思い浮かぶような存在を目指していきたいですね。
福本 ESG推進で第一人者となっていただき、業界を牽引していく存在となられることを期待しています。本日は貴重なお話をありがとうございました。
【関連リンク】
住江織物株式会社 https://suminoe.co.jp/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html
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