製造業のトレンドの一つに「スマート・マニュファクチャリング」があります。DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む製造業の企業にとって、スマート・マニュファクチャリングの具体的なイメージを持っておくことは非常に重要です。本コラムでは、いまひとつイメージがしにくいスマート・マニュファクチャリングについて解説させていただきます。
目次
スマート・マニュファクチャリングとは?
スマート・マニュファクチャリングと聞いて、明確なイメージが湧くという人は少ないのではないでしょうか。実際のところ、スマート・マニュファクチャリングは概念的なものなので、共通して用いられるような明確な定義は定まっていません。
たとえば、日本の経済産業省はスマート・マニュファクチャリングの概念について次のように定義しています。
“サプライチェーン全体を機器・製品レベルでネットワーク化し、設計・生産から小売・保守までの全体が効率化していく”
スマート・マニュファクチャリングと混同しやすい言葉に「スマートファクトリー」があります。どちらも、製造業がIoT・AI・ビッグデータ・クラウドといったデジタル技術を活用して効率化を図る取り組みではありますが、両者はデジタル化する範囲が異なります。
スマートファクトリーが対象とするのは主に工場や生産現場であり、経済産業省の定義では設計・生産の部分のみです。一方で、スマート・マニュファクチャリングが対象とするのは工場や生産現場だけではなく、サプライヤーとのネットワークや、小売・保守の部分も含んでいます。つまり、スマート・マニュファクチャリングの特徴は、モノづくりにおける全工程の効率化を目指していることだといえるでしょう。
なぜスマート・マニュファクチャリングを目指すのか?
現在、国内外の製造業ではスマート・マニュファクチャリングの実現に向けた取り組みが進んでいます。その理由は、近年で製造業を取り巻く環境が大きく変わったためです。いくつかの例をみてみましょう。
顧客ニーズの多様化
第一に、顧客のニーズが変化していることが挙げられます。「モノ消費からコト消費へ」とよく言われているように、一昔前までは製品を所有すること自体に価値を感じていた消費者が、現在では製品を通じて得る体験に価値を感じるようになりました。
また、単一の製品を大量生産していた時代は終わり、顧客のニーズに合った一品一様の製品を提供する「マスカスタマイゼーション」が求められる時代にもなっています。消費者個人が3Dプリンタや工作機械を所有し、ものづくりをする「パーソナル・ファブリケーション」という概念も現れており、顧客ニーズの多様化はますます広がっていくと考えられます。
不確実な社会情勢への対応
第二に、市場の変化が激しくなっていることも挙げられます。現在は変動性・不確実性・複雑性・曖昧性を意味するVUCAの時代と言われており、価値観や社会の変化が頻繁に起こったり、顧客のニーズが短期間で大きく変わってしまったりします。
例えば、オンラインミーティングサービス「Zoom」を提供するZoomビデオコミュニケーションズ社は、新型コロナウイルス感染症拡大当初の2020年には株価が400%も上昇しました。しかしその後、パンデミックが落ち着くとオフィス出社を要請する企業が増え、需要が減った結果、コロナ前と同水準に落ち着いています。このように、目まぐるしく変化していく市場に対応するために、これまで以上にフレキシブルなモノづくりが求められているのです。
人手不足
第三に、労働人口の減少と少子高齢化の影響が挙げられます。厚生労働省が発表した「2022年版ものづくり白書」によると、製造業の就業者数は、約20年間で157万人も減少しています。また、製造業における高齢就業者数は、約20年間で33万人増加しています。
製造業の印象は「きつい」「汚い」「危険」の頭文字をとった「3K」という、マイナスイメージがあるため、敬遠されやすい傾向にあることが理由のひとつです。また工場や研究所などの施設も、広大な土地が必要になるため地方に作られやすく、地方の若年層は進学や就職を機に上京する傾向があるため、人材が流出することも要因になります。その現状において、効率化を実現するスマート・マニュファクチャリングは急務と言えるでしょう。
また、従来のモノづくりを大きく変えられる技術革新が起こったことも背景としてあります。IoTやAIをはじめとするデジタル技術が実用段階に至り、今では中小企業であってもこれらの技術を導入して自社の生産性や品質の向上を図れるようになりました。
各企業はこのような変化に対応して市場での競争力を高めるべく、デジタル技術を積極的に導入してスマート・マニュファクチャリングの実現を目指しています。
スマート・マニュファクチャリングを実現するための取り組み
スマート・マニュファクチャリングはモノづくりにおける全工程の効率化を目指すものなので、取り組む内容が一つだけというわけにはいきません。さまざまな取り組みを同時並行で進めていくことで、はじめて実現できます。
ここでは、スマート・マニュファクチャリングを実現するための主な取り組みを4つご紹介します。
スマートファクトリー
スマートファクトリーとは、デジタル技術の活用によって業務プロセスの改革や生産性・品質の向上を継続的に行う工場を指します。
スマート・ファクトリーに関連して覚えておきたい言葉が、CPS(サイバーフィジカルシステム)です。CPSでは、各種センサーで取得した現実世界(フィジカル空間)の多種多様なデータをIoTで収集します。その後、収集したデータを解析して得た情報を現実世界にフィードバックして、最適化するという考え方です。
たとえば、生産設備に取り付けたセンサーから稼働状況のデータを収集し、AIがリアルタイムで分析を行います。その後、分析によって明確になった非効率な作業やムダを改善すれば、生産性や品質の向上、リードタイムの短縮などが実現できるというものです。
関連記事:スマートファクトリーとは?製造業の事例と導入のメリット
サプライチェーンマネジメント
サプライチェーンマネジメントとは、原材料の調達から製品が顧客に届くまでの生産・流通プロセス全体を管理し、全体最適を図ることを指します。
製品は顧客に届くまでにさまざまなプロセスを経ていますが、各プロセス間で情報共有ができていなければムダが発生しやすくなります。サプライチェーン全体をデジタル化して企業間のネットワークを構築し、情報のやり取りを密に行うことで最適化するというのが、サプライチェーンマネジメントの目的です。
サプライチェーン全体で情報が共有されていると、どこにムダがあり、どのように改善すべきかが分析できるようになります。たとえば、小売店の販売情報を共有して需要にマッチした生産計画を立てる、各工場での最適な稼働率を考慮した生産ロットを設定する、といったことが実現できます。
関連記事:サプライチェーンマネジメントは必要?取り組むメリットや課題とは
サービタイゼーション
製造業におけるサービタイゼーションとは、単に製品を売るだけのビジネスモデルから、製品をサービスとして提供するビジネスモデルへと転換することを指します。上述した「モノからコトへ」という顧客ニーズの変化に対応した取り組みともいえるでしょう。
サービタイゼーションの代表例として、IoTを活用した保守サービスが挙げられます。納入した設備の稼働状況データをIoTで収集して分析することで、故障する前にメンテナンスを提案する、より高効率な使い方を提案する、といったきめ細かなアフターサービスを実現できます。
ESGやカーボンニュートラル
大規模な気候変動により持続可能な社会を目指す動きが世界的に顕著です。2015年のパリ協定が採択され、世界的な枠組みでさまざまな取り組みが実行されていますが、2020年に日本政府は、2050年までに温室効果ガスの実質的排出量をゼロにするカーボンニュートラルの実現を発表しました。
ESGとは環境(Environment)・社会(Society)・ガバナンス(Governance)3つの頭文字をとった言葉です。ESGを重視した企業は持続可能な社会の実現に貢献し、中長期的な成長を遂げるという考えがESG投資で、投資家は企業に投資をするにあたり、ESGは重要な項目となっています。
つまりどの企業も資金を獲得するにあたり、ESGに対応しなくてはいけません。特に製造業においては、工場の温室効果ガス排出や電力消費量が課題です。スマート・マニファクチャリング(スマートファクトリー)を実現によって、それらを可視化し、消費エネルギーの最適化も期待できます。
関連記事:カーボンニュートラルは企業になぜ必要?メリットと事例紹介
スマート・マニュファクチャリングを実現する技術
スマート・マニュファクチャリングは、スマートファクトリーやサプライチェーンマネジメントの実現によって自社・関連会社の生産性を高め、サービタイゼーションやESG・カーボンニュートラルによって顧客満足度と社会貢献を高める取り組みです。この取り組みをより具体化するためのDX技術を紹介します。
IoT
製造業におけるIoTの役割は、生産管理の自動化や作業工程の見える化・データ化による生産性の向上です。例えば、生産量やラインの稼働率を可視化し、客観的データに基づいて生産計画を算出できます。センサによって品質の異常を感知したり、設備のエラーを自動検知したりする技術もあります。また、作業者の位置情報を可視化し、動線の分析によって配置を最適化することも可能です。
ビッグデータ・AI
ビッグデータの活用によって、高度な予測分析が可能となり、生産管理や価格管理などの最適化が可能になります。さらに、新たな洞察がある有益なデータを作り出し、新規事業などの創出にも役立ちます。例えば、顧客の注文履歴や市場の動向をビッグデータで解析し、需要予測を改善するという使い方があります。
また、ビッグデータはAI活用にも影響します。AIを正確に扱うためには莫大な量のサンプルが必要です。ケースバイケースではありますが、ものによっては数万以上のデータを要する可能性もあります。そのため、ビッグデータで得た情報をAIに分析・利用することで、より確度の高いビジネス戦略の立案や需要予測などを立てることが可能になります。
また製造業では、AIを主に外観検査で活用しています。目視による確認は不良品の確認漏れ・見逃しが発生する場合があります。また、目視での作業は作業員の確保・育成が必要です。AIを活用は、確実性の向上と、コストの削減に寄与します。
AR・VR
AR・VRなどのXR技術は、研修やトレーニング、安全教育などに活用できます。工場などの製造現場でのスキルは、座学によって一朝一夕で見につくものではなく、実務経験が必要です。しかし、技術が身についていない作業者へいきなり実践をさせても上手くいくはずがありません。そこでAR・VR技術の活用が効果的です。実際の作業で取り扱う設備や機材・製品を投影することによって、何度もトレーニングを積めます。
またARでは、ハンズフリーでの情報確認が可能です。通常、保守・点検作業では手順書や指示書を手に持ちながら業務をすることになりますが、ARデバイス上に表示されるようになるため、安全性・生産性両方の観点から向上が見込めます。さらに、デジタルツインという現実世界とリンクしているデジタル空間技術を使用すると、僻地や遠隔地における状況把握や技術伝承を現場にいなくても実施できます。
サイバーセキュリティ
近年、サプライチェーン上で、セキュリティ対策が弱い関連企業を足掛かりにしたり、IoT機器やAIなどデジタル技術を標的にしたマルウェア感染による情報の盗難やシステムの破壊が増えています。そのため、サイバーセキュリティ対策がより重要になっています。セキュリティ運用において、システムを効率化・自動化する技術・ソリューションがSOAR(Security Orchestration, Automation & Response)です。SOARには、サイロ化されているセキュリティシステムを統合して一括管理できる技術も存在します。
スマート・マニュファクチャリングの実現を目指す企業様へ
今回はスマート・マニュファクチャリングについて解説しました。スマート・マニュファクチャリングはモノづくり全体に関わる取り組みであるため、容易に実現できるものではありません。実現のためには、上記の技術を複合的な活用が不可欠と言えるでしょう。例えば、教育・研修ではAIやビッグデータで得た情報をもとに、AR・VR環境で実施するという方法が考えられます。まずは、自社で取り組みやすい内容から少しずつ進めてみてはいかがでしょうか。
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