近年では、さまざまな分野でAI技術が使われており、業務の効率化が実現しています。その動きは製造業も例外ではなく、サプライチェーンにAI技術を利用することにより、各プロセスの最適化を図りやすくなっています。しかし、比較的新しい技術であるため、どのように活用されているのかイメージが湧かない人は少なくありません。
この記事では、サプライチェーンに使われるAI技術について解説します。AI技術が求められる背景や、活用するメリットについても触れるため、ぜひ参考にしてみてください。
目次
サプライチェーンとは?
サプライチェーンとは、製造業の中で発生するプロセスの1つであり、原材料の仕入れから、完成した製品を消費者の元へ届けるまでの流れです。調達・生産・出荷・物流・販売と、1つの連なったプロセスであるため、「供給連鎖」とも呼ばれます。
経済産業省も『通商白書2021』で「サプライチェーンとは、商品の企画・開発から、原材料や部品などの調達、生産、在庫管理、配送、販売、消費までのプロセス全体を指し、商品が最終消費者に届くまでの“供給の連鎖”である」としています。
このサプライチェーンは自社だけでなく、仕入れ業者・物流業者・小売業者などの取引先など複数の企業が関わっている点も特徴です。関連する企業の数が多くなるほど、サプライチェーンは複雑になり、現状の把握や管理が難しくなるため注意しなければなりません。
また、サプライチェーンの状態によって、製品を生み出す中で発生するコストや生産数・売上高が決まります。製造業が利益を最大化するためには、サプライチェーンの最適化は不可欠といえます。
近年では、サプライチェーンに関するさまざまな技術が登場しており、自社に適したものを導入することで、最適化を図りやすくなるでしょう。
サプライチェーン管理が必要とされる背景
サプライチェーンを適切に管理する手法のことを「サプライチェーンマネジメント(SCM)」と呼びます。SCMという考え方は1980年代初期に生まれ考えであり、現在まで活用されています。また、サプライチェーンマネジメントを実現するITシステムのこともSCMと呼びます。
サプライチェーンを適切に管理するためにも、なぜ必要されているかを押さえると良いでしょう。ここでは、サプライチェーンを適切に管理する必要性をご紹介します。
海外展開
近年では、原材料の調達を効率化したり人件費を削減したりするために、海外展開する企業が増えています。また、国内向けではなく海外向けに商品を販売することも多くなっているため、サプライヤーや小売店などの販売先も世界中に点在しています。この海外展開の流れは大手企業だけでなく、中小企業でも目立っています。
しかし、コロナ禍の影響により、海外の生産拠点がストップする事態が発生しました。今後も、同様の規模の感染症や自然災害により、サプライチェーンが打撃を受けるリスクはあるでしょう。
海外展開したことで複雑化したサプライチェーンを管理するためには、ITシステムを使った管理体制の構築と、業務の効率化が求められます。
深刻な人手不足
現代の日本は少子高齢化が深刻化しており、製造業でも人材不足が大きな問題になっています。人手不足は生産体制に大きな影響を与え、本来のパフォーマンスの妨げになる場合があります。
この問題を解決するためには、人員を補充するか、工数を削減するかのいずれかしかありません。しかし、国内全体の人口が減っている中では、業務の効率化による工数の削減を目指す方が良いでしょう。サプライチェーンを最適化することで、費用だけでなく工数も削減できる可能性があるため、人手不足の解決に繋がりやすいです。
顧客ニーズの多様化
近年では、インターネットの発達・スマートフォンの普及などの技術進歩や、顧客が入手できる情報の幅が広がりました。そのことにより、顧客のニーズが複雑化しており、かつての大量生産・大量消費ではなく多品種少量生産が求められています。
必要なものを必要な分だけ生産する体制が求められるため、サプライチェーンを適切に管理し、需要予測の精度を上げる必要があります。しかし、顧客ニーズの複雑化により今までの手法では、適切な需要予測は難しくなるでしょう。そのため、近年ではAIなどの最新技術をサプライチェーンに組み込む動きが出てきています。
サプライチェーンでのAI活用が加速
ここまでの通り、サプライチェーンの最適化やSCMの活用は、製造業において重要度を増しています。現在では、グローバル化の発展や人口の変化に対応するために、AI・人工知能などの技術も発達しているため、より効率化を図れるSCMの需要が高まっています。
需要を把握し、必要な供給量の商品を消費者に届けることが製造業の大きな役割であり、利益を高めるためには欠かせません。そこで、今まで有効活用できていなかったビッグデータをもとにAIが分析することで、精度の高い需要予測やプロセスの自動化が実現しています。
近年ではAIを活用することによって過剰在庫の回避や、リードタイムの短縮を実現する企業が増えています。
サプライチェーンでAIを活用するメリット
AI活用により、業務の効率化が図りやすくなっています。では、サプライチェーンにおいてはどのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは、サプライチェーンでAIを活用するメリットをご紹介します。
供給・需要・在庫管理の合理化
AIを活用し、管理する物品を追跡できる仕組みを導入することで、倉庫に出入りする在庫の位置や動きをリアルタイムに把握できるため、在庫管理の効率を高められます。在庫管理には注文処理、ピッキング、梱包などの作業があり、人為的ミスのリスクもあります。
これらの作業にAIを活用することで、適切に物品を追跡できるため、ミスを軽減でき過剰在庫や供給不足を防げます。
倉庫管理作業の最適化
AIを使ったシステムで処理できる倉庫管理のタスクも多くあるため、その作業は複雑化しやすい傾向です。そこで、AIを活用し、最適な移動ルートの算出や在庫商品の位置決めを行うことで、作業が効率化しやすくなります。
また、AI技術によるロボットを活用すれば、パレットの積み降ろしや倉庫周りの貨物の移動などの作業を自動化できるでしょう。
安全性の向上
AI技術の活用は業務の効率化だけでなく、安全性の向上にも貢献します。安全や危険に関するデータをAIに学習させることにより、事故などのトラブルの発生を予測できます。危険が迫ったときに警告音が鳴るなど、対策を講じることによりリスクを回避しやすくなります。
また、人にとって危険な作業をAIロボットに代行させることもできるでしょう。これらの技術を利用することで、より安全な職場環境に整備できます。
業界・市場の動向予測
AIが分析するのは自社のことだけではなく、業界や市場全体も対象の範囲になります。必要なデータさえ用意すれば、市場の今後の動きを予測しやすくなるでしょう。その結果をマーケティングに活かすことで、より利益を生む商品を開発できるようになります。また、競合他社のデータを分析することにより、製品開発やプロモーションなどにも活かせます。
配送の最適化
AIシステムは多くの倉庫作業を効率化できますが、それだけでなく配送業務にも貢献します。適切なタイミングで商品を出荷でき、最適な配送ルートを進めるため、顧客のもとへ商品を届ける時間を短縮してくれるでしょう。また、交通状況や天候などのデータも加味して、配送ルートをシミュレーションできれば、より高い水準で安定供給につながります。
マーケティングへの活用
効果的なデジタルマーケティングを展開していくためには、商品情報・顧客情報・購買履歴などのデータだけでなく、キャンペーン感応度などのデータも必要です。さらに、天候・気温・イベント情報・プロモーション情報なども欠かせない要素になっています。
しかし、マーケティングの担当者が収集するデータの量が膨大になり、業務を圧迫する可能性があります。また、膨大な量のデータを人の手だけで分析するのも難しいでしょう。そこで、AIを活用し、ビッグデータを有効活用できるようになれば、精度の高い分析結果をアウトプットできるだけでなく、他の作業に割く時間も創出できます。
また、データを分析しシミュレーションする作業は、担当者の経験に依存することが多く、属人化しやすい点も今までの課題でした。AIを使ったシステムを利用することにより、必要なデータや分析結果、分析方法も社内で共有しやすくなるでしょう。
ただし、AIシステムにもさまざまな種類があるため、自社に適したものを利用する必要があります。例えば、システムによって分析できる要素の種類などが変わります。自社が重視する要素を分析できるか、有効活用できるように構築できるかどうかも、AIを活用する際に考えたいポイントです。
AIを活用した需要予測と発注
一般的に、企業は企画開発部門などがマーケティングを行い、それに基づいて商品開発やプロモーションを展開します。商品を供給する部門は、在庫の適正化や流通工程のロスを削減することを目指します。従来までは売上実績をもとにした需要予測を行うのが一般的ですが、その状態では精度の向上に限界があります。
そこで、売上情報・販促情報・購買情報などの膨大な量のデータをAIが分析することにより、精度の高い需要予測を行えます。サプライチェーンのAI活用では、需要予測による仕入れや在庫の最適化がメインになりますが、流通・販売面でも大きな効果を発揮します。
AIが分析した予測販売量の数値と、在庫情報により最適な発注量を算出することができるだけでなく、機会ロスや在庫過多などのリスクも数値化できる場合があります。また、売上予測値と売上実績の差をAIに学習させることにより、利用するほど売上予測の精度は高まります。
精度が向上した需要予測データをもとに、倉庫運営を効率化することで物量予測の精度も向上するでしょう。これまで、担当者の経験に依存していた人員配置の予測の精度も高まり、業務の最適化を図れるようになります。
サプライチェーンのAI活用事例
サプライチェーンのシミュレーション以外にも、AIを活用した事例はいくつもあります。ここからは、サプライチェーンにおけるAIの活用事例をご紹介します。
在庫管理の効率化
サプライチェーンにおけるAI活用の代表的な例は、「在庫管理の最適化」です。AIを活用したシミュレーションによって、現状の在庫量をもとに在庫管理をより効率的に運用できます。必要なものを必要な分だけ仕入れることができ、スケジュール通りに出荷するため、過剰な在庫を抱えません。また、在庫不足によって供給量が減ることも少ないでしょう。
これらの改善により、商品入荷から販売までのリードタイムが短縮され、さらに効率的な在庫管理と売上予測もできるようになります。
需要予測の精度向上
従来の需要は担当者の経験と勘を頼りにすることが主流でした。しかし、人の力では分析できるデータ量や種類に限界があるため、ビッグデータを活用できないケースが多くあります。そこでAIを活用することにより、ビッグデータを分析でき、より精度が高い需要予測が可能になります。
また、AI活用により、製品の需要予測から生産計画立案までを自動化することも可能です。AIの需要予測を元にすれば、生産ラインの編成・人員配置の無駄を省き、生産を最適化できます。他にも、商品ごとの売れ行きを予測することで、生産体制の最適化も図りやすくなります。
物流スケジュール最適化
生産スケジュールや過去の配送情報、気象データを活用することで、より高い精度のシミュレーションを行えます。これらのデータをAIに学習させることにより、シミュレーションの手間を省けるでしょう。さらに、使い続けるほどシミュレーションの精度も向上します。
これにより、製造業側だけでなく顧客も商品の納期などのスケジュールを把握できるため、業務の効率化だけではなく顧客満足度向上も実現できるでしょう。
生産設備の異常・故障検知
生産設備に異常が発生すると、ラインがストップして大きな損失が生まれます。近年では、生産設備にセンサーなどのIoT機器を導入し、状態をリアルタイムに把握できる取り組みがあります。AIに正常時と異常時の違いを学習させることにより、トラブルの発生を予見し、迅速に対応できます。設備の故障などのトラブルを未然に防ぐことで、工場の稼働を止めずに事業を継続できるでしょう。
倉庫内作業効率化
製造業では、未使用の原材料や出荷前の商品を保管するために倉庫を用意することが多いでしょう。しかし、規模が大きくなると倉庫内作業は煩雑化し、ミスが発生する可能性が高まります。また、過剰在庫や在庫不足などの問題もあります。そこで、倉庫内作業にAIを活用し、最適化を果たした事例があります。
保管している商品などの物品に、センサーを取り付けて位置を把握できるようにすることで、倉庫内で混雑しやすい場所や、適切に使われていないスペースなどが分かるようになりました。これらのデータをもとに、倉庫内作業を改善し業務の効率化を実現できます。
経営判断の精度向上
需要予測や生産管理だけでなく、その上流にある経営判断にAIを活用する動きも増えています。一般的には経営者や企業幹部が重要な経営判断や意思決定を行いますが、近年の市場動向の急速な変化や購買行動の多様化により、経営者の経験による意思決定は困難になりつつあります。そのため、AIによる意思決定を参考にしているのです。
AIは機械学習により予測の精度を高められるため、使い続けるほど経営者と同じ目線で経営判断を行えるようになるでしょう。
商品配置最適化
サプライチェーンはメーカーだけでなく小売店も関わっています。小売業において、限られた倉庫内のスペースや店頭スペースで商品を効率的に配置するのは難しいでしょう。実際に、商品の置き場所によって売れ行きは変わるため、最適化することが望まれますが、実現が難しいのが現状です。
そこでAIを活用することにより、売れる商品配置を算出しやすくなるでしょう。倉庫内の作業を効率化するだけでなく、今までよりも効果的な商品配置にすることで、売上アップが見込めます。
サプライチェーンにAI技術を導入しよう
サプライチェーンは製造業の背骨といえるほど、重要な役割を担っています。しかし、海外展開や人手不足、顧客ニーズの多様化などの要因により、大幅な効率化・変革が求められています。そのため、精度の高い需要予測と各工程の無駄を削減する必要があるでしょう。
また、最近ではBCP(ビジネス継続計画)やCSR(企業の社会的責任)の観点からサプライチェーンを見直す考え方も出てきています。
サプライチェーンは膨大なデータを蓄積しやすいため、そのビッグデータをもとにAI技術を利用することで、さまざまな業務に活用できます。例えば、需要予測の精度が向上することにより、過剰在庫や在庫不足を防ぎ、在庫の最適化を図りやすくなります。AI技術の活用事例は多いため、自社のサプライチェーンに適したものを導入し、効率化を実現してみてください。
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