失われた30年を経てもなお、いまだ苦境が続く日本経済。なかでも日本の屋台骨を支えてきた製造業に対する風当たりは強い。為替や戦禍の影響による原材料費の高騰、慢性的な人手不足など、一朝一夕には解決できない難題が目白押しだ。欧米や中国の躍進が目立つなか、日本の製造業は衰退の一途を辿るしかないのか——。
海外メーカーの動向などにも詳しい東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター、チーフエバンジェリストの福本勲氏の対談企画「DXエバンジェリストが斬り込む!」の第1回目。初回はESG経営やDXを切り口に企業変革を支援するINDUSTRIAL-X 取締役CSOの吉川剛史氏を迎え、日本の製造業復活のカギを探るべく、対談を行った。
<登場者>
株式会社INDUSTRIAL-X 取締役CSO
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表
目次
クローズドな企業文化に由来する日本企業の弱点
——なぜESGやDXを切り口としたサービス提供に携わるようになったのでしょう。
吉川氏(以下、敬称略)ユニクロで海外事業開発に携わっていた2010年代に、国境をまたぐサプライチェーンのガバナンスに携わるなかで、製造工程に違法な薬品の使用や人権侵害など、契約違反や違法行為を未然に防ぐ取り組みに携わりました。当時はESG(環境・社会・ガバナンス)というキーワードは、いまほど一般的ではありませんでしたが、業務を通じてCSR(企業の社会的責任)やSRI(社会的責任投資)について知見を深めるうち、ESGやDXの推進を通じた企業変革に関心を抱くようになりました。
福本氏(以下、敬称略)当時はCSRやSRIが大事だとはいっても、経営や本業のど真ん中で取り組むべきものと考える日本企業はほとんどなかったような気がしています。
吉川 そうですね。企業によってさまざまですが、大半は「儲けたお金の一部を社会に還元するもの」くらいのトーンだったと思います。ESG経営の重要性を身近に感じたのは、ユニクロを辞した後、ニューヨークでエグゼクティブコーチ業に従事していたときのことです。現地企業と日本企業の温度差には驚きました。ESGの重要性が経営陣の間で共有されているのはもちろん、数値目標の達成状況と取締役の報酬が連動している企業があったからです。「ここまでやるのか」と思わずにはいられませんでした。ということは、感度の高い欧米企業の間では2010年代中盤からESGへの取り組みが半ば常識になっていたことになりますね。
福本 ESG経営に積極的といわれるシーメンスやネスレのようなグローバル企業の間では、金融市場や投資家からの要請に応える形で、子会社のポートフォリオを頻繁に組み替えることも珍しくありません。ESGへの対応は、彼らにとって経営の最重要課題の一つでもあるのではないでしょうか。
吉川 それにもかかわらず、いまだ多くの日本企業にとって、ESG経営は「やれたらいいね」という位置付けに留まっているのが現状です。しかし欧米企業にとっては「やらなければならない」取り組みであり「やらないと、とんでもないことになる」という位置づけです。ESGを軽視したり、取り組みを疎かにしたりしていると判断されれば、金融市場からそっぽを向かれてしまうわけですから経営課題にならないほうがおかしい。そうした認識がすでに何年も前から定着している欧米と日本との格差は開くばかりです。
福本 私自身、欧米の製造業が集まる展示会などに何度か足を運んでいますが、欧米企業の環境問題や社会問題への対処、自社のガバナンスについての取り組みは、年々真剣味を増し、規模も大きくなっている印象です。
吉川 欧米はとくに投資家や消費者の目が厳しいですからね。日本に比べたら情報開示のレベルは数段上をいっているといっても過言ではないでしょう。
福本 正確な情報を開示すれば、企業は投資家から信頼を得ることができるようになります。財務情報に関しては情報開示を徹底している日本企業でも、ESGやDXに関した取り組みとなると途端にクローズドになってしまう。残念な傾向だと思います。
吉川 近年、法律で開示が義務付けられた財務情報とCSRやESG、DXへの取り組みなどを含む非財務情報を併記した統合報告書を出す企業が増えていますが、自らの取り組みを魅力的に伝えられているのはごく一部の企業に過ぎません。定性的な情報が中心となりがちな取り組み内容をどのように伝えるべきか、わからない企業が多いのだと思います。だから前向きな情報だけを開示し、後ろ向きな情報は隠す。そんな姿勢では投資家からの信頼は獲得できないのは明らかです。
伴走型支援で企業変革を実現するINDUSTRIAL-X
——ここで改めて吉川さんが在籍するINDUSTRIAL-Xの事業内容を紹介してください。
吉川 INDUSTRIAL-Xは、ESG経営やDXを切り口に企業の変革を支援する事業を手掛けている企業です。端的に申し上げると「人がいない」「予算がない」「経験がない」「どこから手をつけるべきかわからない」など、企業変革が進まない理由を1つずつ丁寧に潰していく仕事に携わっています。顧客は製造業が中心で経営者自身や投資先のバリューアップを望む投資ファンドなどからお声がけをいただき、DXやESGを推進するために必要なリソースやコンサルティングサービスを提供しています。
福本 日本の製造業には高品質ものを作るノウハウもあります。また、企業変革に取り組んでいる日本企業もありますが、社外に対して情報発信するのがあまりうまくない印象を持っています。
吉川 同感です。確かに自社の取り組みを上手に伝えられている企業は多くありません。メーカーは良いものを作っていればいい。そんな思いがどこかに隠れているのかも知れませんね。一方、変革に着手しているという企業のなかにも具体的な計画や数値目標にまで落とし込んでおらず、現状の可視化すらできていないこともよくあります。
福本 目標達成状況はおろか取り組み自体を明らかにしないのは、失敗を恐れるからでしょうね。INDUSTRIAL-Xさんは、こうした内向きな企業文化を変えるための支援をされているとも言えるのではないでしょうか。
吉川 おっしゃる通りです。ESG経営の推進にしてもDXの実現にしても一時的な取り組みで終わるものではないですし、足りないリソースやその配分は企業によって異なります。われわれは、必要に応じて課題解決力に長けた人材を育てるお手伝いもしますし、経営方針や戦略の立案、具体的な施策や実施計画にも当然関与します。このように、経営から現場まで一気通貫で企業価値の向上に貢献できるのがわれわれの強みです。
変革に成功する企業と失敗する企業の違いとは
——吉川さんからご覧になって、変革に着手してうまくいく企業とそうでない企業はどんな点が違いますか。
吉川 「なぜ変わらなければならないのか」「どう変わるべきか」を考える前に、「何をすれば変われるか」手段ばかりを知りたがる企業は難敵です。そうした企業は、先ほど福本さんが触れたように企業文化を変えるまでに至らないことが多いからです。もちろん実行段階においては手段が大事なのは言うまでもありません。しかし変革の意義や目的が曖昧な状態で走りはじめると、うわべだけの取り組みに終始してしまいます。われわれの支援を通じて変革に成功するのは、親会社や取引先、もしくは投資家の圧力があるから変えるのではなく、自らの意志で変えたいと願い、変わることによって何を得たいのか、きちんと定義できた企業です。変革の成否は、自社の過去と現在、そして未来と真剣に向き合えるかどうかにかかっていると言えます。
福本 吉川さんがおっしゃるように、自社の存在意義、パーパスがあやふやな会社に理想を描けといっても難しいでしょうね。
吉川 ええ。それを踏まえて経営戦略に昇華できるか。変革を率いる経営者の力量が問われる部分だと思います。
福本 現場の人たちにもゼロベースでものを考える訓練が必要になるでしょうし、経営陣にも現場の失敗を許容する懐の深さが求められそうです。
吉川 そうですね。新しいことをはじめるのは、これまでのやり方を変えるということでもあります。失敗のリスクを許容する企業文化を育むことはとても重要です。それができなければトップに正しい情報が上がってこなかったり、事なかれ主義が横行したりして変革のプロセスが一向に進捗しなくなってしまいます。
——経営者と現場社員が意識を合わせるにはどうしたらいいでしょうか。
吉川 経営者と現場では見える風景が異なります。もちろん伝え方や言葉選びこそ変えますが、伝えるべきポイントは変わりません。他社の成功事例、失敗事例などを交えながらなぜ変革に取り組むべきなのか、どう変わるべきなのかを手段やノウハウをお伝えする前に理解していただくようにしています。一見、遠回りに見えるかも知れませんが、変革の本質を理解した上で取り組んだほうが当事者の皆さんも腹落ちしやすいですし、短期間で目に見える成果が出せるからです。
日本の製造業復活のカギを握る「共創」と「標準化」
——グローバルと比較すると立ち遅れが目立つ日本の製造業が復活するにはどうすべきだと思いますか。
福本 日本企業には非競争領域でも独自性を発揮したがる傾向があるように思えてなりません。自社の基準や自国の基準にとらわれ過ぎて、独自領域に注ぎ込むべき力が減じてしまっているのだとしたら寂しいことです。
吉川 そうですね。先ほどあったクローズドな企業文化を変えるべきだという話につながりますが、競争すべき部分と競争しなくてもいい部分は冷静に峻別すべきだというのは同感です。各社が競争力と関係のない分野にそれぞれ投資しているようでは、無駄が多すぎますからね。コスト面でもスピードの面でもグローバルな市場ではますます勝てなくなってしまいます。
福本 日本の人口減少が続けば国内市場も縮小します。日本企業は国内市場での生き残りを前提にするのではなく、既存の競合や業界外の企業とも協力して、仕様の標準化や共通化を推し進めるべきです。他国の良い取り組みを臆せず真似るくらいのバイタリティやスピード感がないと業界全体が沈んでしまいます。ドイツでは2021年に自動車産業の競争力強化やCO2削減などを目的に完成車メーカーや素材・部品サプライヤー、ICT企業などが参加するデータ共有基盤「Catena-X(カテナ-X)」が立ち上がりました。こうした優れた前例があるのですから、日本もはじめるべきだと思います。
吉川 業界を見据えたマクロな取り組みと個社の力を高めるミクロな動き、その両方が必要なんでしょうね。マクロな話で言えば、今後は企業単位、国単位ではなく、国境を越えて志や価値観を共有する企業同士、国同士がアライアンスを組みグローバル市場で競い合う時代がやってくるはずです。クローズドな企業文化を持ち続けていたとしたら、アライアンスに迎え入れてもらうのは難しいでしょうから、一社一社が自社のミッションやバリュー、パーパスを明確に打ち出し、必要な情報を積極的に開示する姿勢がこれからますます重要になると思います。
価値観と文化を変えれば再浮上のチャンスはある
——これからINDUSTRIAL-Xとしてどんな取り組みに注力されますか。
吉川 日本にはまだモノづくりの強みは残されています。その強みにESG経営やDXの要素が加わり、共創の機運が高まれば復活の芽は必ずあるはずだと思います。今後INDUSTRIAL-Xでは、これまでの支援経験で培った成功事例や企業変革に必要なリソース、知見を集約したプラットフォーム「Resource Cloud(リソースクラウド)」の提供を通じて、企業変革のスピードを上げていきたいと思っています。
福本 私も同感です。ESGへの対応やDXの推進は企業の成長に欠かせない要素です。私もそうした取り組みに積極的な企業を応援したいと思います。
吉川 日本の産業競争力を高め、産業構造を変革しようと思ったらこれからの3年が勝負でしょう。アップルとソニーは株主資本価値では同等ですが、時価総額は30倍も違います。私はこれを埋めがたい差ではなく、日本の製造業に残された伸びしろだと考えています。いまは成長の踊り場にある企業も価値観と文化を変えることによって、企業価値を上げることは十分可能です。ESG経営、DXをきっかけに反転攻勢の糸口をつかんでほしいというのがわれわれの願いです。
福本 国内の雇用を守る意味でも重要な取り組みですね。
吉川 はい。やらない言い訳を自ら潰していける製造業にこそチャンスがあります。私もそうした視座の高い企業を一つでも増やせるよう、従来のコンサルティングワークに加え、過去の成功事例や企業変革に必要なリソース、知見を集約したプラットフォーム「Resource Cloud(リソースクラウド)」の提供など、さまざまな角度から企業変革の波を起こしていきたいと思っています。
【関連リンク】
株式会社INDUSTRIAL-X https://industrial-x.jp/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html
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