DXの波が広がるにつれて、近年ではERP(Enterprise Resources Planning)の導入事例が増えています。「基幹系情報システム」と訳されるERPは、あらゆる経営データを一元管理できるシステムです。
情報管理の精度や効率が上がると、企業にはさまざまなメリットが生じます。ただし、そのためには導入目的を明確にし、自社に合ったERPを選ぶ必要があります。
世の中の企業はどのように選んでいるのか、本記事では事例も交えてERP導入のメリットや目的を解説します。
ERP導入の目的はイノベーションを起こすこと
ERP導入の目的は、これまで別々で管理していた経営データを一元化し、最終的にはイノベーションにつなげることです。経営資源の限られた中堅・中小企業でも、ERPによって業務効率や生産性をアップさせれば、イノベーションを起こせる可能性が高まります。
経営データの管理システムは以前からありましたが、従来の「基幹業務パッケージ」などと呼ばれるものは、その多くが個別の業務に特化しています。例えば、会計や人事、生産、物流、販売などの各業務でシステムが分かれているため、次のような問題が生じていました。
<従来のシステムの問題点>
・データの二重登録が起こりやすい
・データ入力の頻度が増えるため、ヒューマンエラーの確率が上がる
・システム間でデータ連携をする前に、修正作業などの工程が必要
簡単にまとめると、従来のシステムは業務間の連携が難しい傾向にあります。また、データ管理に多くの人的リソースを割くため、イノベーションを起こしにくい環境になることもあります。
その点、ERPでは統合データベースの活用によって、あらゆる経営データを一元管理できるため、人的リソースを節約しながら情報管理の精度・効率を上げられます。
ERP導入のメリット
自社に合ったERPを選ぶには、導入メリットを正しく理解しておく必要があります。経営データの一元管理によって、業務プロセスがどのように変わるかを予測し、必要な機能を備えた製品を選ぶことが重要です。
ここからは3つの点に絞って、ERP導入のメリットを解説します。
データを一元管理できる
ERPを導入すると、社内のあらゆるデータを1つのシステムに集約できます。どのようなデータを一元管理できるのか、いくつか例を見てみましょう。
<ERPで一元化できるデータの例>
・受発注や請求などの販売管理データ
・在庫量や出庫量などの在庫管理データ
・帳票などの会計管理データ
・資材や進捗状況などの生産管理データ
・社員の評価や適性などの人事管理データ
上記の他、ERPによっては購買管理データや顧客データなども管理できます。業務が変わっても同じシステムを使えるため、さまざまなプロセスを効率化できるのに加えて、二重登録などのミスも防ぎやすくなります。
一方で、従来の基幹業務パッケージでは、部署・拠点ごとにデータ管理をするケースが多く見られます。使うシステムが異なると、データの形式や入力方法なども変わるため、経営データの統合に手間がかかってしまいます。
その点、ERPでは会計や財務、製造、設計、配送に至るまで同じシステムで管理されるため、データを統合する際に手を加える必要がありません。
スピーディーな意思決定が可能
ERPによって一元管理されたデータがあると、スピーディーな意思決定が可能になります。
デジタル技術の発展などにより、現代は「VUCA時代(※)」に突入したといわれます。顧客のニーズや競合他社などの外部環境が変化しやすいため、どのような業界でも迅速な経営判断が求められつつあります。
(※)先行きが曖昧であり、予測が難しい時代を表した造語。
管理できるデータは製品ごとに異なりますが、多くのERPでは生産管理や販売管理、在庫管理などのデータを一元化できます。経営判断に必要な情報をリアルタイムで把握できるため、的確な意思決定にも役立つでしょう。自社ならではの課題を抽出すれば、リスクが顕在化する前に対応することも可能です。
また、ERPで構築されたデータベースは、他のシステムにも活用できます。例えば、データの集約・共有・出力などに用いられる「BIツール」と連携させれば、膨大なデータが分かりやすい形で可視化されるため、さらに意思決定の速度や精度が上がります。
作業工程と人材育成の標準化
データベースを活用する習慣が根付くと、常に客観的なデータをもとに意思決定をするため、作業工程や人材育成などのばらつきがなくなります。多くのプロセスが標準化されるため、安定した経営環境を実現できるでしょう。
例えば、工場によって製造プロセスが異なると、同じ製品でも品質が変わってきます。他にもトラブルの想定が難しくなったり、研修内容をそれぞれの現場に合わせる必要があったりなど、さまざまな弊害が生じます。
それに対して、ERPでは全ての部署・拠点のデータを統合できるため、プロセスや基準が異なる現場をすぐに発見できます。例えば、使っている部品や資材、作業手順などを統一化すれば、複雑な工程や無駄なプロセスを省けるのに加えて、品質のばらつきも防げます。
また、コストや利益などの改ざんも難しくなるため、ERPは不正防止にも役立ちます。ERPで内部統制を徹底すれば、社員の意識改革にもつながるかもしれません。
ERP導入の目的の事例
細かく見ると、ERPの導入にはさまざまなメリットがあります。セキュリティの一括管理が可能になったり、メンテナンスの手間が省けたりなど、上記以外の効果も少なくありません。
実際にERPを導入している企業は、どのようなことを目的にしているのでしょうか。以下では、中堅・中小企業や製造業が参考にしたい事例を紹介します。
QCDの安定・生産性向上を実現した事例
オランダのチーズメーカーであるAmalthea社は、ERPのAI分析機能を活用することで、QCD(品質・コスト・納期)の改善を実現しています。
同社は毎日約24万リットルの牛乳を処理する設備を有していましたが、乳収量のデータ化や計算は手動で行っていました。また、もし乳収量が増えたり減ったりした場合は、1週間~1ヵ月かけてシステムを変更する必要があったため、多くの人的リソースや時間を費やしていたようです。
この問題を解決するために、同社は以下の機能をもつERPを導入し、チーズのQCDを大きく改善しました。
<導入したERPの機能>
・乳収量のデータ収集やデータ処理を完全に自動化
・生産システム同士(計量ユニットや処理タンク)の連携
・収集したデータから最適な生産計画を予測
上記のシステムによって、乳収量のデータ収集から生産計画の策定までが自動化されたため、同社は多くのリソースやコストを削減しました。もともとは季節や気温などに左右されやすい事業でしたが、ERP導入後は生産量や品質が安定し、サステナブルな製造現場を実現しています。
設計段階のプロセス改革を実現した事例
英国最大の二輪車メーカーであるTRIUMPH社も、ERP導入によって生産効率をアップさせています。
同社が抱えていた課題は、社内だけで約170種類のシステムが稼働していた点です。仕様が異なるシステムが混在していたため、プロジェクトの開発者や運用者を探すことに苦労していました。
これだけのシステムを一本化しようとすると、膨大なコストや手間がかかります。また、レガシーシステムからの脱却には一部の抵抗もあったため、同社は以下の形でERPを導入しました。
<ERP導入の流れ>
・長期的な共同開発の支援に長けたベンダーを選定
・導入状況に合わせてシステム設計を都度変更
・プロジェクトを細分化し、徐々にERPの導入範囲を拡大
実際に導入したERPは、市場から注文までのデータを一元管理できるシステムです。このシステムにより、各ディーラーがサプライチェーンの状況を確認できるようになり、顧客とのコミュニケーションが劇的に改善しました。
また、組立ラインや設計スキームの標準化によって、品質が向上した点も大きな変化です。グローバル企業にとって、拠点間のばらつきは解決の難しい問題ですが、同社はERPを活用して世界中の製造プロセスを最先端の標準レベルへと引き上げました。
稼働率向上とコストカットを実現した事例
次に紹介するのは、食品用の天然成分や成分システムを生産するDöhler社の事例です。同社は生産スケジュールを表計算ソフトで管理していましたが、数々の合併・買収で事業が拡大し、大規模なシステムの導入が必要になりました。
特に深刻な課題を抱えていたのは、タンクの稼働率がこまめに変化する発酵プロセスです。発酵の進行スピードは環境に左右されるため、設備ごとに同一のリードタイムを設定することはできません。この問題により、同社の生産スケジュールは複雑化していき、表計算ソフトでの管理が難しくなっていました。
そこで同社は、タンク容量や稼働率を可視化するためのERPを導入し、以下のような成果を出しています。
<ERP導入による効果>
・タンクのデータ管理により、需要増への対応が可能に
・データをスケジュールに反映し、生産計画を最適化した
・リードタイムの短縮により、新しいタンク投資に取り組む余裕ができた
この事例のように、生産スケジューリング機能があるERPを導入すると、複雑な製造プロセスも効率化できます。設備の稼働率が向上するとともに、リードタイムやコストの削減も実現できるため、現場の生産性は大きく改善されるでしょう。
データドリブンな意思決定を実現した事例
ナイフやドリルビット研磨機のメーカーであるWork Sharp社は、労働環境が高く評価されている米国企業です。40年以上にわたって業界をリードしていましたが、既存のシステムには限界を感じていました。
具体的な課題としては、部署・拠点ごとに情報が孤立していた点や、スプレッドシートへのデータ入力が手作業であった点が挙げられます。また、1人しかいないIT担当者が退職し、従来のERPシステムも廃止予定であったため、早急な対応が求められる状況にありました。
そこで同社は、データドリブン(※)な意思決定を実現するために、以下のような機能を備えたERPを導入しています。
(※)売上や進捗状況などのデータに基づいて、アクションや判断をすること。
<導入したERPの機能>
・ほぼ全てのデバイスからアクセスできるデータベース
・直感的に操作できるダッシュボードを使ったデータ入力
・業界特化型のモジュールやツールを搭載
また、同社が導入したERPはクラウド型であり、システムが常に最新のものにアップグレードされます。手作業での細かいメンテナンスが不要なので、システム管理の手間を削減することにも成功しています。
ERP導入を検討すべきケース
前述のメリットや効果を得るには、ERP導入のタイミングを見極めることも重要です。明確な目的があり、かつ課題を解決できる時期を選ばないと、費用対効果を高めることはできません。
具体的にどのようなタイミングが望ましいのか、ここではERP導入を検討すべき3つのケースを紹介します。
旧来型のERPを使用している(デジタル変革)
同じERPでも、旧来型のシステムを使っていると生産性は下がる可能性があります。
例えば、自社に特化していないレガシーシステムは対応できる業務が限られます。一部の業務に別のシステムを使うこともできますが、この方法ではデータの一元化が難しいため、スピーディかつ的確な意思決定はできません。
また、自社にサーバーを設置するオンプレミス型も、時代にそぐわないERPになっているかもしれません。オンプレミス型では、運用から保守まで自社で行う必要があるため、予想以上にコストがかかっている場合もあります。
ERPは日々進化しているため、現在のシステムが古いと感じた時点で、新しいERPへの移行を検討しましょう。
会計・財務のERPのみ導入している
旧来型のERPには、会計・財務のみに対応しているシステムも存在します。
前述の通り、ERPの導入メリットはあらゆる経営データを一元化できる点です。しかし、導入範囲が限られている場合は、このメリットを享受することができません。
最先端のERPでは、販売管理データや在庫管理データなども管理できます。仮に製造業で導入する場合は、生産管理や製造工程までサポートしている製品が望ましいでしょう。
また、拡張機能が備わっているERPもあるため、いきなり全工程に新システムを導入する必要はありません。徐々に導入範囲を広げることも視野に入れて、今後の計画を立ててみましょう。
新拠点やM&Aを行う予定がある(事業統合)
事業環境が大きく変わる場合は、製造プロセスの標準化や、サプライチェーンの共通基盤などを構築する必要があります。具体例としては、新しい海外拠点を増やすケースや、M&Aで事業拡大を目指すケースなどが挙げられます。
事業統合が必要になるケースでは、拠点間のデータを一元化できるERPが役立ちます。また、製造プロセスやサプライチェーンを可視化することで、さまざまな業務を標準化する効果も期待できるでしょう。
ERP導入は専門家への相談も検討しよう
ERPは経営データの一元管理だけではなく、スピーディな意思決定や業務の標準化にも役立ちます。ただし、解決したい課題を明確にしておかないと、メリットを最大化することはできません。
実際の事例を見ると、企業によって細かい導入目的は異なることが分かります。現在の事業環境を徹底的に分析し、事前に「どんな機能が必要になるのか」や「誰がどのように使うのか」を把握することが重要です。
導入計画を立てることが難しい場合は、ベンダーなどの専門家に相談をしてみましょう。カスタマイズ型のERPも存在するため、自社に特化したシステムを提案してもらえる可能性があります。
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