DX時代に成長する製造業のIT戦略 ITプロジェクトを成功させるためのノウハウ

(本記事は、太田 記生氏の著書『DX時代に成長する製造業のIT戦略 ITプロジェクトを成功させるためのノウハウ』=現代書林、2022年10月19日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

目次

  1. IT化の目的は「企業の継続的な発展
  2. 取引先にもIT化を促してメリットを大きくする
  3. 定期的にIT満足度アンケートを実施する

IT化の目的は「企業の継続的な発展

■IT化の3つのメリット

IT化の主要な目的は、「企業の継続的な発展を支えること」です。そのためには「利益向上」が欠かせません。「売上拡大」と「コスト削減」の両方を実現するIT戦略を遂行していく必要があります。

IT化には大きく3つのメリットがあります。

第一のメリットは、業務効率化です。

代表的なのが、情報の多重入力がなくなることです。部門ごとにシステムがバラバラな場合、同じ情報を複数回入力しなければなりません。営業部門(業務部門)、生産部門、経理部門で三重(四重)入力されている例もあります。IT化により、入力作業の効率化が図れるのです。

また、IT化はキャッシュフローを改善します。在庫回転率1の分析などができるようになることで、不要な発注を削減したり、余剰在庫、不良在庫を見つけ出して保管費用、在庫処分費用を圧縮したりするなど、コスト削減に貢献します。

第二のメリットは、経営判断、意思決定が迅速になることです。

IT化により、売上、粗利益、粗利益率をはじめ、各種データがスピーディーに確認できるようになります。

スピーディーに確認できるようにするためには、遅滞のない日々のデータ入力が欠かせません。これを実現できれば、日次決算や月次決算、顧客別、商品別などの売上分析、粗利益分析などが迅速に行えるようになり、利益を上げるための経営判断、意思決定がスピードアップします。

第三のメリットは、業務効率化により、社員の仕事を、よりやりがいのある、かつ利益の源泉となる業務へ向けられることです。

例えば、基幹システムの導入で自動化が進み、多重入力作業がなくなったり、請求書発送業務が電子化されたりして、作業が効率化されます。人員に余裕が出てきたらどうするか。IT化のメリットを最大化するために、「データサイエンティスト職」を設置するのも有効な方法です。顧客別の各種情報を一元化した帳票を提供するなど、新システムを使って様々なデータを出力し、多角的な分析ができるようになってもらうのです。

こうした活動を通じて、特定の部門や担当者しか知らないブラックボックスになっていた業務や情報が見える化され、BCP(事業継続計画)にもつながっていくことになります。

■生販一体型システムの導入

製造業においては、生産管理システムと販売管理システムを別々に導入している企業が多くあります。特に企業規模が小さい場合は、別々に導入したほうがIT投資額を抑えられる上に、部門間の調整も不要で、効率的だったと思われます。

ただ、企業規模が大きくなるほど、生産管理と販売管理を別システムで管理する弊害が出てきます。営業部門が販売管理システムに見積入力を行う際も、受注入力を行う際も、在庫状況が分かりません。「受注入力したが、在庫がゼロだった」ということもありますので、生産管理システム担当者にその都度、在庫確認をしなければなりません。

一方で、生産管理部門にとっても、どの製品を何個生産すればよいのか、営業部門に毎日確認する必要があります。

こういった情報伝達は、小規模な企業であればIT化されていなくても成立しますが、企業規模が大きくなるにつれて、情報量が増え、非効率になっていきます。

そこで、パッケージ型基幹システムとして主流になったのが、生産管理・販売管理一体型システム(生販一体型システム)です。これにより、営業部門が受注入力する時点で、在庫状況や生産予定を見ながら、納期回答ができるようになります。

また、生産管理部門は、営業部門に問い合わせをせずに、受注データをもとにして、生産計画を立てることができるようになります。

基幹システムとして生販一体型システムを導入することで、部門間の壁を取り払って業務を効率化させ、属人化を解消し、DX時代を勝ち抜くことができるのです。

■BIツールにより管理指標をスピーディーに入手する

基幹システムとセットで導入することが多いのがBI(ビジネスインテリジェンス)ツールです。基幹システム等に入力されたデータをもとに、分析するソフトウェアです。

BIツールでは、具体的に次のような管理指標を出力できます(図表11参照)。BIツールがなくても、標準機能で管理指標を出力できるパッケージ型システムも存在します)。

BIツール
(画像=『DX時代に成長する製造業のIT戦略 ITプロジェクトを成功させるためのノウハウ』より)

例えば、商品別に粗利益率を比較し「この製品の粗利益率が高いのでもっと重点的に販売していこう」という意思決定や、顧客別の粗利益率を見て「この取引先は粗利益率が低いので、単価を見直すか、1回あたりの最低注文量を引き上げてもらうように交渉しよう」といった判断ができるようになります。あるいは、「この取引先は粗利益率が低いけど、利益の絶対額が大きいからよしとしよう」という経営判断になるかもしれません。BIツールが経営、現場の意思決定を支援します。

なお、パッケージ型システムによっては、基幹システムとBIツールがセットになっているものがあります。また、様々なITベンダーがBIツールを開発、提供しており、BIツール専門のITベンダーもあります。

取引先にもIT化を促してメリットを大きくする

■無理だと思っていた取引先でも電子データ化に応じてくれることもある

近年、IT化の進展により、ペーパーレス化が各所で進んでいます。ただ、取引先の中には、未だに紙の伝票や書類を使っている会社も多くあります。そういう取引先の場合、「それは紙でもらわないと困る」と言われ、従来のドットインパクトプリンター(カーボン用紙を利用した帳票印刷に使われるプリンター)での帳票印刷をやめられないケースもあります。

最近のパッケージ型システムで、ドットインパクトプリンターに標準機能で対応しているものは基本的にありません。対応しようとするとカスタマイズが必要ですし、古いプリンターを使い続ける必要があります。

発注データのやり取りについては今後、EDI経由が一般化していきます。EDIとはElectronic Data Interchange(電子データ交換)の略で、専用の通信回線やインターネットを使って、標準的な書式に統一された発注書、納品書、請求書などの文書を電子データでやり取りするものです。

EDIを導入すると、企業間の取引手続きが効率化され、受発注の省力化が可能となります。例えば、受注情報は基幹システムにデータとして取り込めるため、受注明細入力の手間が省け、正確かつ迅速に業務が完了します。自社からは発注書などの伝票をデータで送信するだけになり、印刷・郵送・FAXの必要がないため、通信コストも削減できます。

EDIで取引を行うためには、データをやり取りするための通信方法や、データフォーマットなどを定める必要があります。また、EDIには特定の企業間だけで取引する個別EDIと、同業界・業種であればどの企業でも取引できる標準EDIがあり、今後は標準EDIが広がっていくでしょう。

私の経験上、せっかく基幹システムを導入するのであれば、紙の帳票をなくしたり、EDIでのやり取りに切り替えられないか、取引先に問い合わせてみるべきと考えます。

営業担当者が「あの取引先は、切り替えは無理だろう」と諦めていた顧客でも、「電子データでよい」という回答が来て驚くことがあります。

確認してみる価値は十分にあると思います。

定期的にIT満足度アンケートを実施する

■部門によるIT活用のバラツキを抑える

DXは、新システムの導入がゴールではありません。新システム導入は、あくまでDXのスタートです。

本格稼働の後、新システムを活用するため、半年に1回程度の間隔で全社を対象に、IT満足度アンケートを行うことをお勧めしています。なぜ、IT満足度アンケートがよいかというと、部門によってIT活用にバラツキが生じるからです。ある部門ではITを十分に活用でき、別の部門では活用できていないといったケースも出てきます。このバラツキをどう抑えていくかが、DXにおいては重要です。

どうしても担当者はITを導入することがゴールであると考えがちですが、そうではありません。新システムがどんなに優れていても、活用できないと意味がありません。

IT部門は往々にして、自分たちに対して批判やクレームが出るのを嫌って、こうしたアンケートをやりたがらないものです。しかし、ユーザーの声や意見を聞くことは、業務の改善や見直しにおいてのヒントとなります。

IT部門としては、アンケートで出てきた声や意見に全て対応しなければならないと思っている場合もありますが、意見を聞くことと、それに応えることは別です。

IT満足度アンケートは、「ITの利用状況について教えてください」という名目で行い、そこで新たなITの課題を見つけて次のプロジェクトで取り上げるかどうかを検討したり、クレームが出てきた場合は対応すべきか否かを議論すればよいのです。なお、IT満足度アンケートは、新システムについて聞くだけではなく、社内のIT全般に関して聞くという形で、継続的に行うことが効果的です。

例えば、基幹システムの導入をきっかけに、他の業務のIT化にも発展していくことがあります。基幹システム導入プロジェクトの完了は、企業の新たなイノベーションの始まりなのです。ある企業では、基幹システム導入後にSFA2導入や、クラウドストレージ導入に至ったケースがあります。

また、IT化は一度実施すればそれで終わりではありません。企業の成長、経営環境の変化によってIT化に対する要求は変わってきますし、ITの性能やレベルは年々進化しています。

「基幹システムのクラウド化」などは、10年前ではなかなか考えられませんでしたが、今では一般的になってきています。業務革新を続けていくためには、ITの継続的な見直しが必要です。

1. 在庫回転率:製品在庫、原材料在庫が一定期間にどのくらい入れ替わったかを示す数値。適正在庫を見極めるために利用する。
2. SFA:Sales Force Automation の略で、営業支援システムを指す。
DX時代に成長する製造業のIT戦略 ITプロジェクトを成功させるためのノウハウ
太田 記生
ITプラン株式会社 代表取締役
中小企業診断士、情報処理技術者(システムアナリスト、ソフトウェア開発技術者)
岡山大学経済学部卒業、同志社大学大学院総合政策科学研究科修了。日本IBMに入社。システムエンジニアとして、都市銀行のインターネットバンキング、マルチペイメントネットワークシステム開発などを担当。
2008年にITプラン株式会社を設立。IT戦略コンサルタントとして、製造業の経営ビジョンとITシステムの構築サポートに取り組む。また、中小企業基盤整備機構のチーフアドバイザーとして新規事業の立ち上げを支援。
2019年からは、ITを活用した旅プロジェクトを立ち上げ、地元岡山の魅力を世界に発信し、地域創生の新たな可能性に挑んでいる。
プライベートでは、宴会の幹事やイベントの裏方として盛り上げたり、家族や子供とゴルフを楽しんだりするのが大好き。

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『DX時代に成長する製造業のIT戦略 ITプロジェクトを成功させるためのノウハウ』
  1. IT戦略の本丸は「基幹システム」の活用
  2. IT課題は経営課題
  3. IT化の目的は「企業の継続的な発展」

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