デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、「デジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスモデルを変革すること」です。これはすなわち、企業全体が生まれ変わることを意味しており、変革の対象は多岐に渡り、一朝一夕に実現できるものではありません。
デジタルトランスフォーメーション(DX)により目指す姿をイメージすることはできても、その実現に向けて何をどのように変革していけば良いのか分からない、という経営者の方も多いのではないかと思います。
本コラムでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)実現に向けて、変革が必要な対象には何があるのか、またどのようなステップで変革を進めればよいのかについて、解説していきます。
DXとは?IT化との違いは?
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタルを活用して顧客や社会のニーズをもとに製品やサービス、ビジネスモデルを変革し、業務プロセスや、組織体制、企業文化を再構築して、競争上の優位性を確立することです。
DXは企業が組織全体の環境を整え、将来にわたり生存するために不可欠な取り組みです。その実現には、アナログで実施してきた既存業務をデジタル化するデジタイゼーション、デジタルを採用して業務プロセスを変革するデジタライゼーションという2つの段階を経ることが多いと言われています。
しかし、DXの定義付けからビジネス変革の姿、実施手法に至るまで、適切に設定できている企業は多くないのが実情です。
また、DXは「IT化」と混同されがちですが、IT化はDX実施における1つの手段になり得ますが、本質的にDXとIT化は異なるものです。一般的に、IT化は戦術的、DXは戦略的な取り組みだと言われています。
デジタルトランスフォーメーション(DX)の構成要素
デジタルトランスフォーメーション(DX)のゴールは、①ビジネスモデルの変革、に他なりませんが、その成功のためには、②ITシステムの変革、③業務オペレーションの変革、④組織・人材の変革、もあわせて実現することが必要となります。
ここでは、それぞれでどのような変革が必要となるのか、小売業での例を交えながら解説します。(小売業での事例は、コラム「入門編②:デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性に迫る」参照)
ビジネスモデルの変革
ビジネスモデルの変革とは、顧客に対するサービスの内容や提供方法、収益構造を転換することであり、デジタルトランスフォーメーション(DX)のゴールそのものです。
例えば、小売業においては、従来型の実店舗型のビジネスからeコマースになることで、下表のように「ビジネスモデル」が転換しました。
実店舗型(従来) | eコマース(DX後) | |
サービス内容 | 実店舗での商品販売 | Webサイト経由での通信販売 |
売上拡大要因 | 店舗の拡大(店舗数、規模、立地) | Webサイトの利便性向上(豊富な品揃え、機能、短納期) |
コスト構造/コスト削減要因 | 店舗規模に比例した固定費/取扱商品絞り込み、大量仕入れ | 売上規模に依らない固定費(システム開発投資)/売上規模拡大による固定費比率の低減 |
主要成功要因 | 店舗数拡大、店長人材の大量育成 | システムの利便性向上、優秀なITエンジニアの確保 |
ITシステムの変革
デジタルトランスフォーメーション(DX)で目指すビジネスモデルの実現には、ITシステムの変革が必須であることは言うまでもありません。 コラム「入門編③:デジタルトランスフォーメーション(DX)実現の課題」で解説した「既存システムの負債」を早期に返済することで、既存システムの維持にかかる費用(守りの投資)を削減し、新しいビジネスモデルの実現に必要な新システムの開発(攻めの投資)により多くの予算を割けるようにすることが必要です。
業務オペレーションの変革
ビジネスモデルの転換は、多くの場合バリューチェーンの構造変化を伴うため、これらを支える業務オペレーションの変革も必要となります。
小売業では、eコマースへのシフトに伴い、実店舗運営に関わるオペレーション(接客、陳列、店舗毎の在庫管理、など)がほぼ不要となる一方、少数拠点に集約された物流配送センター内で大量多品種の商品を効率的に処理するためのオペレーションが重要になるなど、大きな転換が起こっています。
組織・人材の変革
そして、これらの変革を実現するには、社内の組織構造や求められる人材像についても大きな変化が求められることになります。
組織については、既存事業を担っている組織で大きな変革を実行していくことは難しいため、新しいデジタル専任の組織を組成し、CDO(Chief Digital Officer)の指揮のもと、全社的なデジタルトランスフォーメーション(DX)を牽引していくことが必要です。ただし、専任組織を作るだけでは不十分で、既存組織の抵抗勢力を説得し全社的な支援体制を構築することができなければ、成功はありません。そのためにも、経営陣が変革の意思と方向性を強く示し、社員一人一人に浸透させることが非常に重要です。
また、人材については、CDOをはじめ、それぞれの事業のデジタル化を牽引する新しいリーダー人材の採用・育成が必須となります。
DXの実現に欠かせない7つのテクノロジー
DXを実現するためには、テクノロジーの活用が欠かせません。ここでは重要となる7つのテクノロジーを紹介します。
IoT
IoT(Internet of Things)は、インターネットを通じてモノを相互に通信させ、データを収集し、制御、監視できる技術です。スマホで操作できる家電やセキュリティ製品などさまざまな活用法があり、新サービスの開発、既存サービスの品質向上など、DXで重要な役割を果たします。
AI(人工知能)
AI(人工知能)は、人間の知的行動をコンピュータソフトウエアに組み込むシステムで、自己学習と自律判断が特徴です。お掃除ロボットや自動運転技術など身近な用途で活用され、製造業においても不良品検知や生産最適化に役立つ重要な技術として期待されています。
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ビッグデータ
ビッグデータは、大量のデータを高速で収集・処理・分析し、組織の意思決定やプロセスを最適化し、競争力を向上させる取り組みです。リアルタイムな情報提供や予測分析、顧客体験の改善、コスト削減を通じて、DXを実現する際に鍵を握る役割を担います。
コンピューティング能力
コンピューティングは、コンピュータによる数値計算と情報処理を指します。この技術は既に広く普及しており、サーバー、ストレージ、データベース、ネットワーク、ソフトウエアなどさまざまなサービスに応用されています。特に最近では、これらのサービスをクラウド上で提供するクラウドコンピューティングが注目を集めています。
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5G
5G(第5世代移動通信)は、4Gと比較して20倍とも言われる高速大容量を実現し、10分の1と言われる低遅延性、10倍の台数と言われる多数同時接続が特徴です。動画視聴やテレビ会議などしやすくなります。5Gの真価は、生活の質向上と社会問題の解決にあり、新しいビジネスモデルの基盤としても重要です。
サイバーセキュリティ
サイバーセキュリティは、コンピュータやウェブへの遠隔からの不正なアクセスを防ぎ、デジタルデータの流出、改ざんから企業を守る対策を指します。企業がこうした脅威に対処し、サイバー攻撃によって損害が発生するのを防ぐ役割を果たします。
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クラウド
クラウドは、ハードウエアやソフトウエアを所有せず、必要なサービスをインターネット経由で利用する概念です。Gmail、Instagram、X(旧Twitter)などは身近なクラウドの例です。データのバックアップ、ビッグデータ分析、アプリケーション開発など既にさまざまな用途で利用されています。
デジタルトランスフォーメーション(DX)実現への3ステップ
以上のように、デジタルトランスフォーメーション(DX)の実現に向けては、経営層は様々な視点での整合をとりながら大きな変革を推進することが必要となります。しかし、それぞれの領域での改革は時間のかかるものであり、一足飛びに最終的な形を目指すのは現実的に難しいのも事実です。社員の共感を獲得し、経営層として改革への強い意志を持続するためにも、段階的に成功体験を積み上げていくことが必要です。
例えば、ベイカレント・コンサルティングでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)を段階的に実現する戦略として、①デジタルパッチ、②デジタルインテグレーション、③デジタルトランスフォーメーション(DX)の完遂、という3つのステップを提唱しています。
デジタルパッチ
パッチ(「つぎはぎの当て布」の意味)という言葉の通り、既存のサービスやオペレーションをデジタル技術の導入により部分的に改善・効率化を図るステップで、サービスの一部をスマートフォンアプリでも利用できるようにする、業務オペレーションをIoTやAIの技術を利用して改善・効率化する、などの取り組みがこれにあたります。
ビジネスモデルの根本的な変革にはまだまだ及びませんが、デジタル化による効果を部分的に具現化し、社内外の期待感を高める上で重要な最初のステップとなります。
デジタルインテグレーション
デジタルパッチは、時には一貫性に欠ける部分的なデジタル化による改善・効率化であったのに対し、デジタルインテグレーションは、デジタル技術を活用しながら全社で一貫性のあるサービスの実現を図るステップになります。
小売事業の例では、実店舗、Webサイト、スマートフォンアプリの間で顧客管理体系(ID体系)が統一され、価格、ポイント、クーポンなどの購買体験が媒体によらず共通化された段階がこれにあたります。
デジタルトランスフォーメーション(DX)の完遂
最後に、ビジネスモデルの変革による収益構造の転換、会社組織や業務オペレーションの変革に成功した状態が、デジタルトランスフォーメーション(DX)の完遂となります。
この状態になると、社内の抵抗勢力も沈静化し、デジタルを前提とした新しいビジネスモデルが自社の強みであることを社員全員が認識し、企業文化も変化を遂げていることでしょう。
DX実現を成功させた事例5社
クボタ:故障診断アプリで迅速な修理を実現
海外拠点を持つクボタは、現地エンジニアのスキル不足による修理業務の不備や修理マニュアルの煩雑さなどの課題解決のために故障診断アプリ「Kubota Diagnostics」を開発しました。エラーコードなどの入力に基づいて故障を自動診断する機能があり、海外拠点の正確かつ迅速な修理を実現しました。
ユニメイト:自動採寸アプリの開発・導入で返品などに対処
ユニホームメーカーのユニメイトは、自動採寸アプリ「AI×R Tailor」を開発、導入し、手動採寸によるサイズミスや返品の増加、過剰在庫、環境負荷の課題に対処しました。アプリは、身長、体重、年齢、性別などの基本データと写真を参考にユニホームの適切なサイズを特定します。データの蓄積を進め、さらなる精度向上を図っています。
富士通:データ活用で食品ロスの削減や在庫最適化
富士通は、データ活用によるDXを実現しており、特にマーケティングでのデータ整理と迅速な分析に力を入れています。データを管理、分析する製品「ODMA」を提供し、食品メーカーなどが需要予測の際に、店舗別売上情報に加え、天候、気温、店舗実績などを組み合わせたデータを生成し、食品ロスの削減や在庫最適化に活用しています。
日本交通:「AI配車」サービスの導入で配車最適化
日本交通は、タクシー需要の把握と適切な配車の困難さによる稼働率の低さが課題でした。導入したのは「AI配車」サービスです。過去の履歴、気象などのデータから需要を予測し、乗務員に表示します。リアルタイムの空車位置情報と組み合わせ、配車を最適化しました。
トライグループ:映像授業サービスを開発・導入で学習の効率化
教育事業を手掛けるトライグループは、生徒の学習効率向上と個別ケアを促すため、DXの取り組みとして映像授業サービスを開発し、導入しました。質問機能を備え、場所や時間の制約を受けずにテスト前の効率的な学習を支援します。
デジタルトランスフォーメーション(DX)推進指標
デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進度合いのより詳細な評価指標としては、経済産業省が2019年7月に公表した「DX推進指標」があります。 この中では、①DX推進のための経営のあり方・仕組み、②DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築、という2つの大きな枠組みに対して、定性面、定量面での評価指標が詳細に定義されています。
デジタルトランスフォーメーション(DX)への本格的な取り組みを開始されている企業の方は、施策の網羅性の確認や、各施策の進捗の客観的な評価のために、活用されてみると良いでしょう。
まとめ
本コラムでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)を目指す上で必要となる変革の構成要素、変革の進め方のステップについて解説しました。 デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む経営者の方は、これらの視点を考慮した上で、完遂に向けたストーリーと戦略を練ることが必要です。
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