これからの時代では、今まで以上に「地球にやさしい」取り組みが求められていきます。その代表格ともいえるのが、カーボンニュートラルの達成に向けた取り組みです。カーボンニュートラルは製造業とも密接に関わっているため、全社一丸となって取り組んでいかなくてはなりません。
本コラムでは、これからの製造業が取り組むべきカーボンニュートラルについて解説いたします。
カーボンニュートラルとは
カーボンニュートラルとは、「温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにする」ことです。温室効果ガスの排出量を大幅に削減していき、完全に削減しきれない分を吸収・除去することで、プラスマイナスゼロの状態を目指します。
温室効果ガスは地球温暖化や海面上昇、氷河の後退などを引き起こす原因となっており、それらの影響によって世界各地でかつてない規模の自然災害が頻発しています。
2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発表した「1.5℃特別報告書」では、地球温暖化による気温上昇が工業化以前の水準より1.5℃上がるのと2.0℃上がるのとで、将来の地球環境に与える影響が大きく異なると報告しています。すでに世界の平均気温は約1.0℃上昇しており、予断を許しません。
また、2021年11月に開催されたCOP26(第26回気候変動枠組条約締結国会議)では、気温上昇を1.5℃に抑える努力を追求するとした合意文書が採択されました。COP26の時点では、150カ国以上がカーボンニュートラルの達成目標を掲げています。日本も2050年までのカーボンニュートラル達成を宣言しており、各所で取り組みが進んでいる状況です。
カーボンニュートラルへの取り組みが求められる背景
カーボンニュートラルへの取り組みが求められる背景には、IPCCの報告やCOP26での合意など国際的な動きを受け、国の方針としてカーボンニュートラルを2050年までに達成させようとしていることがあります。2020年の菅首相の宣言、2021年の「グリーン成長戦略」の策定発表を受けて目標に向けた各種政策が実行されつつあります。
たとえば、エネルギー関連産業では洋上風力発電事業に「2030年までに1,000万kW、2040年までに3,000~4,500万kWの国内外の投資を呼び込む」などの取り組みが示されています。金融や建設業界をはじめ、産業界はこれに連動した動きを見せることになるでしょう。カーボンニュートラルに向けた動きはあらゆる産業に影響するため、製造業も取り組みが必要になるのです
製造業とカーボンニュートラルの関係
製造業の事業活動は、カーボンニュートラルの達成と密接に関わっています。
環境省が公表している「2020年度温室効果ガス排出量」を見ると、日本における温室効果ガス総排出量は11億5,000万トンです。部門別の排出量では、製造業を含む産業部門が約34.0%を占めており、最も大きくなっています。つまり、日本がカーボンニュートラルの達成を目指す上で、製造業が重要な役割を担っているといえるでしょう。
企業の温室効果ガス(Greenhouse Gas=GHG)排出量は、国際基準の「GHGプロトコル」によって規定されています。要約すると、次の通りです。
- スコープ1
事業者自らによる温室効果ガスの直接排出。燃料の燃焼や工業プロセスなど。 - スコープ2
他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う間接的な排出。 - スコープ3
その他の間接的な温室効果ガスの排出。原材料の調達、輸送・配送、販売した製品の使用・廃棄、従業員の通勤・出張など、15のカテゴリに分類される。
製造業の事業活動はこのスコープ1から3のすべてに当てはまるため、総合的な取り組みが求められます。また、昨今ではスコープ3基準で、自社のサプライチェーン全体でのカーボンニュートラル達成を目指す企業が増加しているのも特徴です。
たとえば、Appleは2030年までにサプライチェーン全体でのカーボンニュートラル達成を目標に掲げており、サプライヤーに対しても省エネルギー化や再生可能エネルギーの利用を求めています。こういった企業との取引関係を維持するために、日本企業も温室効果ガス削減に取り組まなくてはならないといった状況が今後増えていくと想定されます。
関連記事:GHGプロトコルとは?概要や関連用語との違いを確認
製造業がカーボンニュートラル達成のためにできること
製造業がカーボンニュートラル達成を目指す場合は、どのように取り組みを進めていけばよいのでしょうか。
基本的な考え方となるのは、「温室効果ガスの削減を意識し、自社が排出する温室効果ガスをコントロールする」ことです。そのためには、まずは自社の事業活動における温室効果ガスの排出量を把握しなければなりません。上述した「GHGプロトコル」を参考にしつつ、自社のどこで、どれだけの量の温室効果ガスが排出されているのかをデータで管理していきましょう。
データ管理することで、自社の置かれている状況を見える化でき、削減効果の大きい項目も浮き彫りになります。それらの項目に対して重点的に取り組んでいくことで、効率的にカーボンニュートラル化を進められるでしょう。
温室効果ガスを削減する具体的な方法としては、次のような内容が挙げられます。
- 工場や事務所の消費電力の削減
- 再生可能エネルギーへの切り替え
- 省エネ関連の製品・技術の開発
- DXやスマートファクトリー化による生産性向上
- テレワークやWeb会議ツールの導入
また、今後は自社だけでなく、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル化が重要になります。サプライチェーンに紐づくすべての関係者は、取引先の排出量を気にしつつ、連携して温室効果ガスの削減に取り組まなくてはなりません。自社の温室効果ガス排出量を明確なデータとして管理し、取引先へ情報提供できる準備を整えておくことが、これからの製造業にとって重要になってくるでしょう。
製造業がカーボンニュートラルに取組むメリット
製造業がカーボンニュートラルに取組むメリットデータ可視化と工数・コストの削減
温室効果ガスの削減するためには、現状の生産工程をデータ取得し、生産効率とともに、温室効果ガス排出量やエネルギー効率を測定し、その上で効率化を図っていくことになります。それゆえ、温室効果ガスの削減イコール作業効率化、生産性の向上と言っても過言ではなく、事業効率が向上します。
自社の企業価値・ブランド価値の向上
今や国際的にも脱炭素の動きが加速する中、SDGsやESGに取り組んでいる企業への評価が比例的に高くなっています。逆に、カーボンニュートラルを始め環境貢献や持続可能化への取組みを全くしていない企業には、不買運動が起きたり、金融機関からの信用が落ち投資対象とならなくなるなど、マイナス評価となる例も増えています。カーボンニュートラルに取り組むことで、企業評価が上がり、取引先、投資家、採用応募など様々なポジティブな効果が生まれます。
新しい取引、新しいニーズの獲得
環境ビジネスの市場は世界的に加速度的に拡大しており、それに伴いビジネスチャンスも膨らんできています。またスコープ2やスコープ3の観点で、自社の排出量削減の取組みが進まないと取引できる企業もどんどん限られていくことになります。カーボンニュートラルへの取組みをきっかけに、新たな取引先、新たな技術やノウハウの獲得を図ることが、事業とESG対応の双方を相乗的に高めることにつながります。
ESG投資の対象となる
2006年に「責任投資原則(PRI)」が国連から提唱されて以来、世界における投資家の投資判断基準は経済的利益だけではなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance:企業統治)、すなわちESG要素を反映させるようになりました。投資を受ける側の企業は、これまで以上に環境面への配慮や、サプライチェーンが社会的問題を引き起こさないよう意識する必要がでてきています。
今や投資家から高く評価される企業になるには、収益性が高いだけではなく、環境や社会やガバナンスに配慮することが必要不可欠といえます。カーボンニュートラルへの取り組みはとりわけ重要視され、優れた企業はESG投資の対象になるのです。
関連記事;https://www.cct-inc.co.jp/koto-online/archives/105
国内の取り組み事例
ESG経営は、国内においても大きな広がりを見せています。2020年に政府は「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言しましたが、いくつかの企業はそれよりも10年から20年も早い時期を目標にしています。ここでは国内の事例を3つご紹介します。
事例①三菱重工グループ
三菱重工グループは、2040年カーボンニュートラルを宣言しています。同社のグループ内に加えバリューチェーン内においても、CO2排出量の削減を2030年までに2014年度比50%にし、2040年度にはゼロにするというロードマップが発表されました。自社技術による省エネの実現、脱酸素電源の導入、カーボンニュートラル工場、脱炭素を進める事業の開発や社会実装を進めていくことで目標を達成しようとしています。
2020年代後半からの新しい取り組みとしては、燃料転換(エナジートランジション)や、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)事業の拡大によって飛躍的に排出量を減少させていくロードマップとなっているのが特徴的です。
事例②味の素グループ
味の素グループは、温室効果ガスの排出量を2030年までに2005年度比で50%削減することを目標にしています。味の素グループは、日本はもとよりアジア、アフリカ、北米、南米、中国等に工場を持っていますが、それら各国の工場において、省エネルギー活動を行ったり、バイオマスなどのCO2排出係数の低いエネルギーの使用量を増やしたりして、温室効果ガス排出量を減少させてきています。
味の素グループは食品製造業であるだけに、サトウキビの搾りかすなどを活用したバイオマス燃料の活用を得意分野としています。このほかにもブラジルの工場で使用するボイラーには木質バイオマス燃料を導入するなどして地道な活動を続けてきました。
事例③大日本印刷株式会社
大日本印刷株式会社は、政府がカーボンニュートラルを宣言した2020年10月の半年以上前の2020年3月に「DNPグループ 環境ビジョン2050」を策定しています。『社員一人ひとりが、あらゆる事業において環境とのかかわりを強く意識し、「脱炭素社会」「循環型社会」「自然共生社会」の実現を目指す』としています。
具体的な数値目標は、温室効果ガス排出量を2030年度までに2015年度比40%削減、2050年までに温室効果ガス排出量実質ゼロを目指すというものです。同社は製品のライフサイクル全体での温室効果ガス排出量の削減が重要と考えており、自社のみならずサプライチェーンも含めて算定し、削減に努めています。印刷会社は紙など原料調達段階での排出量が大きいため、主要サプライヤーに対してパリ協定が求める水準と整合した温室効果ガス削減目標を定めるよう促しているといいます。
海外の取り組み事例
世界中にサプライチェーンを持ち、世界各国に製品を輸出している海外の製造業ほど、環境に甚大な影響を及ぼしているとの認識が広がりました。こうした企業は真剣にカーボンニュートラルに向けて取り組んでいるようです。ここでは3つほど海外の事例をご紹介します。
事例①ダノン
ダノンは、フランスに本社を置く食品メーカーで、乳製品や植物由来食品などで日本でも知られています。同社は、2050年までにバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを達成する目標を立てています。そのためには、同社の製品の原料となる農業生産物の生産過程で排出される温室効果ガスを削減する必要があるとし、戦略を立てました。まとめると次の通りです。
- 環境再生型の農業への移行を促進し、土中に固定するCO2の量を増やす
- 農地拡大のために森林を減少させないようにする
- それでも排出される温室効果ガスは、吸収する方法を講じて相殺する
同社は、この戦略を立てたことによって2021年12月に、英国の国際環境NGOであるCDPから、「気候変動対策」、「水セキュリティ対策」、「森林保全」への対応に対し、A認定(トリプルA)を受けています。
事例②パタゴニア
アメリカのアウトドアブランドであるパタゴニアは、環境保護活動に熱心であることでも知られています。大量消費による環境破壊に異を唱え、自社商品を「この商品は買わないで」という広告をするなど異色の行動で注目を集めました。
パタゴニアは2025年までにサプライチェーン全体でカーボンニュートラルを実現するという目標を掲げています。2020年までには世界のオフィスや直営店で使用される電力はすべて再生可能エネルギーを利用したものにし、2025年までには製品には再生可能あるいはリサイクルした素材だけを使用するとしました。
このほかにも自社商品のリサイクルを促進し環境再生型有機農業に投資したり、森林再生プログラムに投資したりしています。
事例③テンセント
テンセントは中国の大手IT企業です。メッセンジャーアプリ「QQ」をはじめ、影響力の大きい「Wechat」は、非常に多くの人が利用しておりその利用者数は12億人ともいわれています。
テンセントにおいても2030年までにカーボンニュートラルの目標を掲げています。自社の事業とサプライチェーン全体でグリーン電力を使用することによってこの目標をクリアするタイムラインが描かれています。
同社のCO2排出量のほとんどは、自社内の発生ではなくエネルギー購入とサプライチェーンによるものです。グリーン電力の購入だけではなく消費者とのコミュニケーションや、サプライチェーンに対する排出量削減を管理するテクノロジーの提供によって、目標を達成するのだとしています。
地球に優しい取り組みが製造業にとっての強みとなる時代へ
今回は、製造業が取り組むべきカーボンニュートラルについてご紹介しました。カーボンニュートラルを達成するためには、地道な取り組みを続けなくてはなりません。しかし、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営という言葉がトレンドであるように、これからは「地球にやさしい」取り組みをしていることが製造業にとっての強みとなる時代に変わっていきます。本コラムを参考にしつつ、前向きにカーボンニュートラルに取り組んでいただければ幸いです。
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