テクノロジーの進歩やコロナ禍などの影響をうけて「DX」への注目が、にわかに高まっています。DXとは「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略称で、スウェーデンにあるウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が、2004年に提唱した概念だといわれています。エリック・ストルターマン教授は、DXを「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」と定義しました。本記事では、建設業界におけるDXのメリットや具体例、BIM/CIMとの関わりなどについて解説します。
目次
DXの必要性
2004年の提唱後、日本でも「DX」という言葉は知られるようになりました。経済産業省は定期的に「DXレポート」を発表しています。本レポートにて、経済産業省が問題提起しているのは「2025年の崖」というもの。これは既存システムが事業部門ごとに構築され、全社横断的なデータ活用ができなかったり、過剰なカスタマイズがなされていたりすることによる複雑化・ブラックボックス化する問題を指しています。この問題を解決できない場合、2025年以降は最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性もあるのです。DXはまさに日本における「喫緊の課題」といえるでしょう。
建設業界におけるDX
現在、建設業界が抱える大きな課題のひとつは「人材不足」です。国土交通省のレポートによると、建設に携わる技能労働者340万人のうち、高齢化などの問題によって今後10年間で約110万人が離職する可能性があります。
こういった人材不足を解決するためにも、建設業界のDX推進を欠かすことはできません。
DXと関連の深いものとして、建設業界では2016年ごろから「i-Construction」という取り組みを進めてきました。調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までのすべての建設生産プロセスにICTなどのテクノロジーを導入することで、2025年度までに建設現場の生産性を2割向上させることを目指すプロジェクトです。(参考:国土交通省「i-Constructionの推進」)
建設業界におけるDXを具体的な施策や数値目標に落とし込んだものを「i-Construction」と考えても、差し支えないでしょう。
建設業界の抱える課題
先ほど建設業界の抱える大きな課題のひとつとして「人材不足」をあげました。その背景には、建設業界の抱える主に4つの課題があります。
労働賃金の低さ
1つ目の課題は「労働賃金の低さ」です。年間賃金の総支給額を産業別で比べたとき、大工をはじめとする建設現場で働く人を指す「職別工事業」の男性生産労働者は、製造業よりも10%低い水準となっています。
労働現場の危険性
2つ目の課題は「労働現場の危険性」です。産業別の死傷事故率を比べたとき、常に建設業がもっとも高い死傷事故率となっています。
労働時間の長さ
3つ目の課題は「労働時間の長さ」です。国土交通省が作成した『「i-Construction」の推進』というレポートにて紹介されているデータによると、建設業界に関わる人の休日のペースは半分以上が「4週4休」、その次に多いのは「4週4休未満」となっています。つまり、半分以上の人が週に1日ペースでしか休みがなく、8人に1人以上が週に1日以下のペースという状態なのです。
若い人材から不人気
そして最後4つ目の課題は、建設業界が「若い人材から不人気」であることです。新しい人材が業界に入ってこないため、高齢化が加速して「人材不足」に拍車をかけています。若い人たちなどが建設業界を選択しない主な理由は、これまで紹介してきた3つの課題などがあげられています。
以上4つの理由から、建設業界は「人材不足」という大きな課題を抱えているのです。そしてこの人材不足という大きな課題や、その背景にある業界問題を解決するためにも、DXの推進は不可欠な状況となっています。
建設DXのメリット
これまで述べてきたように、現代の建設業はさまざまな課題を抱えています。では、建設DXをすすめるとそれらの課題は解決されていくのでしょうか。またどのようなメリットが生じるのでしょうか。ここでは建設DXのメリットを紹介していきます。
業務効率化
建設業のDXは設計その他必要な情報を、紙の図面ではなくネットを使ってデータで共有するところから始まります。これにより打ち合わせや確認のうちのいくつかは、現場に行かなくてもオンラインでできるようになります。移動時間が省略されるだけでもかなり生産性が上がりますし、一人の監督が二つ以上の現場をかけ持ちすることも可能になってきます。
また設計や仕様の変更があっても、図面をたくさん印刷して配り直し、都度会議を開く必要もありません。通知して確認を促せばよいだけなのでこれも時間短縮、場所や紙の節約になります。現場に大型のディスプレイを設置して、各種指示伝達事項を表示できるようにすれば、作業員の情報共有もスムーズにいきます。
省人化・省力化
これまでは測量や重機の操作を行うために、専門の技術を持った人が現場に行く必要がありました。ところが、建設DXが叫ばれるようになった今では、ドローンで測量したり無人の重機を遠隔操作したりする試みが進んでいます。特に火山の防災工事など、危険度が高い現場で無人の重機は活躍をするでしょう。
現状の確認作業も、危険な場所に安全用の器具を用意してわざわざ出向くより、ドローンで行ったほうが安全で速いということもあります。大規模な土木工事などでは無人でダンプトラックを運行するシステムも登場してきました。このように現場監督のみならず、測量、掘削、運搬といった作業が、省人化・省力化されていくところがメリットといえるでしょう。
技術継承の促進
建設業で活躍している熟練工とよばれる高齢の人たちがいます。この人たちがいなければうまく出来ない作業というものが少なからずあるところが、悩みの種のひとつになっているところも少なくないでしょう。
この悩みを解決する方法として「ナレッジマネジメント」という手法があります。熟練工の持つ高度な技術は「暗黙知」になっています。これを数値化して「形式知」に変換し、若年層にも共有するという方法です。見て、まねて覚える世界から数値化して残すことで、伝える弟子がいなくてもノウハウをデータで残しておくというわけです。データになれば、組織全体で共有が可能となり、若年層への技術継承の一助になるでしょう。
建設DXを支えるデジタル技術
建設DXのメリットを紹介してきましたが、それを支えるデジタル技術とはどのような技術なのかを紹介していきます。
AI(人工知能)
ChatGPTで一躍注目度が上がったAI技術ですが、建設業でもいろいろな使われ方が実践されています。建築物の劣化診断や、危険防止の用途で使われることもありますし、効率化を高めるためにも利用されています。
画像診断の分野では、大量の画像を学習したAIが、危険な状況や、劣化した状況を診断してくれるので人間の目のように見落としがありません。
また建設現場で絶対必要な危険予知活動にも使われています。厚生労働省や日建連の災害事例データベースを学習して、キーワードを入れると参考になる災害事例を表示してくれるのです。
また測量された大量の地形データを学習することにより、最適な土砂運搬のルートやトラックの運行をどうすればよいか算出し、CO2排出量を最小限にするというものもあります。
ICT(情報通信技術)
建設業DXにおいてICT(Information and Communication Technology)の活用は大きく広がりつつあります。スマートホンやタブレットを用いた図面などの情報の確認、リモートでの会議や打ち合わせなどがそれにあたります。
また、監視カメラシステムは現場の安全管理を大きく進歩させることとなりました。先に紹介したAIと組み合わせると人の目よりも信頼性のあるチェックシステムになります。
カメラの小型化と高画質化が進んで、現場の状況をウェアラブルカメラで遠隔地にいる技術者に伝えることも可能になっています。ICT技術は、これまであった情報伝達の制約を取り除き、不可能と思われていたことを可能にしてきています。
IoT
IoT機器を用いた管理手法も建設現場に安全性向上という面で大きなメリットをもたらしています。作業員に温度センサーや心拍数等を計測できるウェアラブルデバイスを取り付け、労働環境をリアルタイムで監視するなどの方法は労働安全衛生に寄与します。
また、落盤や崩壊の危険性があるトンネル工事などの現場では空間センサーや圧力センサーからの信号を管理することによって、人間の感覚ではわからない、いつもと違う兆候をデータで知ることができます。
人身事故防止という点では、重機と人の接触事故をIoTで防止するシステムもあります。センサーによってパトライトの点灯など警告を発するシステムがそれです。逆に作業員の現在地を把握できるようにすることで、危険な場所にいないかを知り危険予知に役立てるシステムもあります。
ドローン
建設DXのなかでもドローンの登場は、これまでの概念を覆し、まさにトランスフォーメーションといえるほどの変化をもたらしました。その一つがドローンによるレーザー3D測量です。簡単に言えば、建設現場をそっくりそのまま上空から立体スキャンしてしまう方法です。データは点群の座標値であらわされ、3Dのデータとして設計に使用することができます。
地形の3Dデータがあれば土砂の搬出体積もコンピュータで計算可能なので、トラックで何往復する必要があるかなど、迅速で正確な積算も可能になってきます。これは過剰な準備や見積もりを防ぎ、ひいてはCO2排出量の削減にも寄与します。
またドローンは人間が簡単に到達できない高所での点検、写真撮影などにも活躍しています。
デジタルツイン
デジタルツインとは、現実の空間から取得したデータを元に、バーチャル空間にそっくり同じ環境を作ってしまう技術のことです。こうすることによって、現場で起こったことをバーチャル空間に再現して、先の工程についてのシミュレーションを実施することができるようになります。
すなわち、計画して、実施して、チェックして、修正してまた次の計画に反映させるというPDCAサイクルが建設現場で行えるということです。最初の設計通り進める中で、どうしても途中で変更する必要が生じるのはよくあることですが、こうした場合にデジタルツインは非常に役立ちます。
またシミュレーションによって、最も良いと思っていた方法よりもっと効率の良い方法が発見出来たりすることもあります。
建設DXの鍵を握る「BIM/CIM」
建設業界のDXを推進して、生産性向上に大きく寄与すると期待されているのが「BIM/CIM」の導入です。BIM(ビム)とは「Building Information Modeling」の略称で、直訳すると「建物情報のモデル化」となります。主に建築分野で使われる言葉で、建築物全般が対象です。
CIM(シム)とは「Construction Information Modeling」の略称で、直訳すると「建設情報のモデル化」となります。主に土木・建設分野で使われる言葉で、道路、電力、ガス、水道などインフラ全般を対象としています。先に普及していたBIMにならい、2012年に国土交通省よって提唱されました。
そして2018年5月から、国土交通省は建築分野の「BIM」、土木分野の「CIM」という概念を改め、建設分野全体の3次元化を指す総称として「BIM / CIM」に名称を統一しています。
BIM/CIM導入の効果とメリット
ではBIM/CIMを導入することで、具体的にどのような点で建設業界のDX、ひいては生産性向上に寄与するのでしょうか。3次元モデルを活用することによる効果は、大きく2つあります。1つ目が「合意形成の迅速化」、そして2つ目が「フロントローディングの実施」です。フロントローディングとは、初期工程に重点を置き、集中的に労力・資源を投入して検討し、品質向上や工期短縮をはかることを指します。
BIM/CIMを導入することには、具体的に以下のようなメリットがあります。
- 関係者間での合意形成、意思決定が速くなる
- 設計変更が容易になる
- 施工性が向上して工期が短縮できる
- 適切な維持管理ができる
- 設計ミスや出戻りが減る
- 比較、概略検討などが容易になる
- BIM/CIMとICT施工のデータ連携
- 工事現場の安全を確保
(参考:国土交通省 「i-Constructionの推進」)
このようにして現場の安全性が高まったり、工期短縮による休日の増加などが実現したりすれば、建設業界の大きな課題である「労働現場の危険性」や「労働時間の長さ」などの解決にも寄与するのではないでしょうか。
ICT土工によるi-Constructionの実現
BIM/CIMの導入以外にも、i-Constructionの実現にあたって期待されているのが「ICT土工」です。ICT土工とは、ICT技術を全面的に活用した土木工事の工程を指します。
たとえば住友建機が実施した実験によると、ICT建機を活用することで従来の土木工事と比べて、直接の施工時間を約43%も短縮。それだけでなく検測の手間も半減し、オペレータの人員も67%の削減に成功しました。
(参考:ICT建機は働き方改革時代の 「救世主」)
ICT土工は、建設業界の大きな課題である「労働時間の長さ」や「人材不足」などの解決に貢献するのではないかと期待されています。
建設DXの事例
では最後に、BIM/CIMの導入をはじめとする建設DXの事例を紹介します。
現場施工およびBIM/CIMの対応に関するシステム開発で現場業務のDXを実現
1つ目の事例は、現場施工時にこれまでは野帳に施工結果をメモしておき、土木構造物への属性情報の付与といったデータ入力作業を施工後、事務所に戻って手入力していたため、作業負荷が高いという課題がありました。また施工完了箇所などの進捗把握は、現場にいる職員しか確認できず、本社や支店など遠隔では把握できないという課題も抱えていたそうです。
それに対してサイバー空間で既設のICT施工管理システムから出力される施工履歴データと連携し、施工が行われる都度、リアルタイムに3Dモデルに属性を自動付与するシステムを開発しました。また3Dモデルに施工状態(未完了・完了)と出来形(施工位置・高さ)も反映。そうすることで視覚的に確認が可能になり、またクラウドベースのため、遠隔からでも施工の状況を正確に把握する事が可能になったのです。
PLMによる設計-生産技術の情報共有
またもちろんBIM/CIMの導入以外の手法でも、DXを実現した事例はあります。本事例では多くの情報がExcelで管理されており、帳票も多くなっていました。また設計変更時の影響調査などにも、課題を抱えていたのです。
それに対して、Aras Innovatorを用いた設計と生産技術の情報連携・共有することで解決しました。生産技術業務の効率化や影響範囲の可視化、情報連携による自動処理といった効果があったそうです。
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