製造業には、原材料の調達から加工、仕上げ、出荷、販売といった一連の流れが存在します。このプロセスを鎖(チェーン)に例えて「サプライチェーン」と呼び、製造業の根幹をなしています。そのため、この流れを可視化し、サプライチェーン内に存在する課題を取り除くことで、コスト削減や業務の効率化、さらにはデジタルトランスフォーメーション(DX)を踏まえた変革の活動が可能になります。
今回は、製造業におけるサプライチェーンに関する課題や業務改善の方法について解説します。
目次
サプライチェーンとは
サプライチェーンとは、製造業における原材料の調達から生産、物流、販売を経て、消費者の手元に届くまでの流れ(プロセス)のことです。日本語では「供給連鎖」と呼ばれており、鎖のようにつながった1つの流れを示しています。サプライチェーンは1つの企業で成立することはあまりなく、原材料の調達や物流・販売の工程にさまざまな企業が関わっていることが多いです。
製造業の場合、商品の企画を自社で行い、生産に必要な原材料を他社から仕入れて自社で生産し、物流業者に依頼して出荷、コンビニやスーパーなどで販売する、という流れが多いでしょう。このように、複数の企業との取引によってサプライチェーンが成立しており、各プロセスを最適化することで自社に利益をもたらします。
サプライチェーンの主な流れ
①仕入れ先(サプライヤー)
②製造元(メーカー)
③物流業者
④卸売業者
⑤小売業者
サプライチェーンマネジメント(SCM)とは?
サプライチェーンマネジメント(SCM)とは、サプライチェーンにおけるリソースやコストを適切に管理し、最適化を目指すための手法です。サプライチェーンに無駄が生じると、製造原価が高くなったり、生産期間が長くなったりします。いずれの場合も、製造業にとっては損失になるため、サプライチェーンの無駄をなくし、改善して最適化することにより、利益を追求できます。
DXの推進が求められている
サプライチェーンマネジメントは手法を指す言葉ですが、プロセスを効率化するためのITシステムを示す用語としても使われます。実際、サプライチェーンを大幅に改善するためには、紙の書類を使ったり、Excelなどで数値を管理したりする方法には無理があります。
そこで、ITシステムを導入するなど社内でDXを推進するのが有効です。DXにより、各業務プロセスをデータ化することで、組織やビジネスの仕組みを変革します。
従来の業務をデジタル化することにより、各部署への情報共有が円滑になったり、データ分析に活用できたりします。また、各工程のシステムを連携することにより、プロセスを自動化することにもつながるでしょう。他にも、ITシステムを通じて各担当者がやり取りすることで、業務の属人化を防ぐ効果もあります。
サプライチェーンマネジメント(SCM)が重視される理由
サプライチェーンマネジメントという考え方は1980年代からあり、古くから現代に至るまで活用されているものです。最近では、IT活用や、円高などを背景にした原材料価格の高騰など、製造業を取り巻く環境が大きく変化しており、業務プロセスを見直す中で、SCMに改めて注目が集まっています。
そのため、製造業でどのような変化が起きているかを押さえることは、自社の業務プロセスを改善するために大切なポイントとなります。ここでは、サプライチェーンマネジメント(SCM)が重視される理由を説明します。
サプライチェーンのグローバル化
現代では、原材料の調達の効率化や人件費の削減を目的に、生産拠点を海外に置く企業が増えています。それだけでなく、販売先やサプライヤーも世界中に点在しているでしょう。これは大手企業に限ったことではなく、中小企業でもグローバル展開するケースが増えました。
近年では、コロナ禍によってサプライチェーンの機能が正常に働かなくなるなど、グローバル化のリスクも顕著になりました。今後も、自然災害や感染症のまん延などによるリスクが世界中に存在し、サプライチェーンは影響を受けるため、グローバルに対応する情報収集・管理が重要です。
しかし、グローバル化によってサプライチェーンに関連する情報量は膨大になり、複雑化するため、従来の方法では管理しきれなくなるでしょう。効率良く各データを管理するためには、ITシステムを活用し、業務を効率化する必要があります。そのため、サプライチェーンマネジメントの最適化が求められています。
人手不足の深刻化
現代の日本では、少子高齢化が深刻になっており、製造業でも人材不足が慢性的な問題になっています。人手不足を解消するためには、新しく人材を補充するか、業務プロセスを改善して無駄を削減することが求められます。
例えば、物流のドライバー不足が課題になっていますが、この場合は調達量や生産量を最適化することで、物流の無駄を削減できれば解決できるでしょう。同様に、サプライチェーンの各工程が最適化されれば、工場のラインに割く人員を減らせます。
顧客ニーズの多様化
近年では、技術の進歩や情報の多様化により、顧客のニーズが複雑化しています。かつては、大量生産・大量消費の時代でしたが、現在では多様な顧客ニーズを満たす「多品種少量生産」が求められています。
そのため、以前よりも需要の予測が難しくなり、作りすぎ・作らなさすぎが発生しやすくなっているでしょう。製造業では、市場動向などを意識して「売れる分だけ生産する」という体制の構築が急務となっています。そこで、サプライチェーンマネジメントにより、最適化を図ることで無駄を省く必要性が増しています。
製造業におけるサプライチェーンマネジメントを実施するメリット
製造業においてサプライチェーンマネジメントを実施することによるメリットは多くあります。ここでは、サプライチェーンマネジメントのメリットについて説明します。
在庫を管理しやすくなる
サプライチェーンマネジメントによって在庫管理を最適化すると、在庫不足による機会損失や過剰在庫を防ぎやすくなります。在庫の最適化を図るためには、原材料や完成品などの在庫量を必要最小限に抑えることが必要です。サプライチェーンマネジメントを実施することによって、在庫の最適化だけでなく、市場の変化が起きても在庫を最適量に維持する仕組みの構築を目指すことができます。
在庫不足や過剰在庫を考えると、在庫管理の重要性が分かります。在庫不足の場合は、欠品が生じて機会損失が生まれるため、売り上げが減少します。過剰在庫の場合は、在庫の保管・管理費用の増大を招きます。食品メーカーなどであれば、在庫に保管する期間が長くなることで、品質の悪化や在庫の廃棄を招きます。
いずれの場合も利益が減少してキャッシュフローも悪化しますが、サプライチェーンマネジメントを最適化することにより、適切に在庫を管理できるようになることで、企業としての損失を最小限に抑え、利益を確保しやすくなります。
サプライチェーンを最適化しリードタイムを短縮できる
サプライチェーンマネジメントを活用して製造のプロセスを最適化することにより、リードタイムの短縮が期待できます。在庫の最適化や各プロセスの無駄を削減することにより、サプライチェーンがスムーズに進みます。その結果、例えば今まで5日かかっていた製造工程を3日に短縮できる、といったことを実現しやすくなります。
リードタイムの短縮は、各プロセスの工数削減にも関わっているため、コストを抑えることも可能です。また、同一期間の生産量が増えるため、それまでよりも売り上げが増えやすくなります。このようにリードタイムの短縮によって、企業としての利益を追求しやすくなります。
全体を管理することでデータ分析しやすくなる
サプライチェーン全体を管理することで、各プロセスのデータを収集・管理し、より効率化を実現するための分析を行えます。これらのデータ分析により、精度の高い需要予測を行えるようになり、仕入れや在庫の無駄を削減できます。また、分析結果を各部署と共有することにより、さまざまな業務の改善に役立てられます。
サプライチェーンにはさまざまなデータを収集できるため、それらを分析して活用することで業務の効率化を実現できます。
サプライチェーンマネジメントの注意点
サプライチェーンマネジメントの実施にはさまざまなメリットがありますが、同時に注意点もあります。ここでは、サプライチェーンマネジメントを実施する上での注意点について説明します。
導入・運用に費用がかかる
基本的に、サプライチェーンマネジメントを実現するためには、システムを導入する必要があります。費用が発生するため、うまく使いこなせないとマイナスになる可能性もあるでしょう。また、ITシステムを導入する際には、自社に適した形でシステムを構築しなければなりません。
そのため、構築できるシステム担当者や、運用するための人員も必要になるでしょう。このように、初期費用だけでなく人件費やライセンス費用などのランニングコストも必要です。導入前に、費用対効果が見込めるかどうかを確認しましょう。
組織を超えたマネジメントが必要
サプライチェーンには自社だけでなく、さまざまな企業が加わっているため、異なる業者同士が足並みをそろえるのは難しくなる傾向があります。サプライチェーンに含まれる企業ごとの方針や企業ルール、今までのノウハウなどがあるためです。
他社のことを考慮せずにシステムを導入しただけでは、期待した結果を得られない可能性もあるでしょう。そのため、組織を超えたマネジメントも必要になります。また、サプライチェーンマネジメントのシステムは、多くの従業員が使用します。
しかし、中にはITシステムの使用に抵抗があるものや、今までのやり方に固執する人もいるでしょう。そのため、システム導入後は新体制が定着するように、従業員を教育する必要もあるでしょう。
サプライチェーンマネジメント(SCM)とERPの違い
サプライチェーンマネジメントと近い概念に「ERP(Enterprise Resources Planning)」があります。ERPとは「企業資源計画」というものであり、企業の運営において、資材や設備、人材、情報などの経営資源を管理して最適に分配する手法です。
また、この企業資源計画を実現するITシステムという意味もあり、こちらは「統合基幹業務システム」と呼ばれます。いわゆる製造業の基幹システムであり、在庫管理システム、会計システム、生産管理システムなどが統合されています。
SCMは文字通りサプライチェーンに関するものが対象ですが、ERPは企業全体の経営資源が対象になるという点に違いがあります。例えば、SCMには会計や人事、総務などの部門に関する内容は含まれません。しかし、ERPには勤怠管理や給与計算などの人事に関する業務やデータも含まれます。
サプライチェーンの効率化において近年注目されるAI技術
近年では、ITシステムの中でもAI技術を活用し、さらに効率化・自動化できるようになっています。例えば、AI技術を活用することで、サプライチェーンの中では、倉庫スペースの最適化や、需要予測の精度向上などを実現できます。
倉庫のスペースの活用をAIによりシミュレーションすることにより、無駄がなくすことができれば、より多くのものを配置できるようになります。精度の高い需要予測により、無駄がない仕入れを実現できれば、在庫不足や過剰在庫を防げるでしょう。また、最適な生産スケジュールを立てることにより、リードタイムを短縮できます。
他にも、仮想空間上にサプライチェーン全体をモデル化する「デジタルツイン」と呼ばれる技術を活用すれば、生産から物流までのプロセスをシミュレーションすることも可能です。デジタルツインを活用することで、現実の環境と同じ条件でシミュレーションできるため、よりリアルな課題や業務改善の糸口を見つけられます。
特に複数の企業が絡み合うような複雑なサプライチェーンの場合、需要予測は困難を極めます。そこで、AIやデジタルツインなどの技術を活用することにより、プロセスを最適化しやすいです。
AIに生かせるデータが集まりやすいSCM
サプライチェーンの中はさまざまなプロセスが存在するため、日々の中でも膨大な量のデータが生まれています。原材料の価格、仕入れのスケジュール、生産計画、生産量の実績などがあり、ビッグデータと呼ばれるほど膨大な量になっていますが、それらのデータを有効活用できていない企業は少なくありません。
このようなリアルタイムに増え続けるデータを活用する手法があれば、サプライチェーンマネジメントはより効率が良いものになるでしょう。AIツールを有効活用するために必要なデータは既にそろっているため、導入効果は大きいといえます。
このようにSCMとAI技術は相性が良いため、まずはサプライチェーンを見直し、最適化を図ると同時に活用できそうなデータを収集・管理できるように整備するとよいでしょう。
最新技術を導入する際の注意点
サプライチェーンマネジメント関連のシステムの導入時と同様に、AIなどの最新技術を活用する際には、設備投資と専任の担当者の補充が必要になります。特に、高精度のAIツールは高額なものが多く、導入は大きな負担になるでしょう。
また、AIツールは導入しただけで結果を得られるわけではありません。蓄積したデータを学習させることにより、精度が高いシミュレーションや予測を行えるようになります。そのため、期待する結果を得られるまでに時間がかかるでしょう。
ツールの導入や運用には、AIに関する専門的な知識も必要です。そのような人材が社内にいない場合、ツールの本格的な稼働までに補充しなければ、うまく使いこなせず宝の持ち腐れになる可能性もあるでしょう。最新技術を有効活用するためにも、発生する費用の概算を算出し、必要な人材を確保する必要があります。
セキュリティ対策も考慮する必要があります。2022年には、大手自動車メーカーのサプライチェーンを構成していた企業が、ランサムウェアと呼ばれるマルウェアによるサイバー攻撃を受けました。これにより、グループ企業を含めた自動車の生産活動が一定期間停止してしまうという事件が起きました。
サプライチェーンを最適化し利益を高めよう
製造業では、原材料の仕入れから商品の製造、販売に至るまで、さまざまなプロセスがあります。それぞれのプロセスは鎖のように一連の流れになっているため、「サプライチェーン」と呼ばれています。
このサプライチェーンを適切に管理する「サプライチェーンマネジメント」を実践すると、一連のプロセスから無駄がなくなり、コスト削減や業務効率化を実現できます。しかし、実践するためにはITシステムの導入が不可欠といえるでしょう。
また、近年ではAI技術を有効活用することにより、さらなる効率化を実現しているケースも増えています。しかし、新しいITシステムやAI技術の導入には費用がかかり、専門的な知識を持つ人材も必要になります。サプライチェーン全体を踏まえたセキュリティ対策も欠かせません。これらのコストと、導入によって期待できる効果を比較し、自社にとって最適なシステムを構築することが求められるでしょう。
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