近年の国内企業は、パンデミックなどの影響でサプライチェーンの停滞リスクが増えています。このような時代に成長基盤をつくるには、「レジリエンス強化」がキーワードになります。具体的にどのような施策があるのか、注意点と合わせて確認していきましょう。
目次
サプライチェーン・レジリエンスの必要性が高まっている背景
世界的な情勢不安によって、近年ではレジリエンス(弾力性・強靭性)のあるサプライチェーンの必要性が高まっています。
原材料の調達から消費までの流れを意味するサプライチェーンは、企業の事業活動を支えるものです。いずれかのプロセスが停滞すると、事業活動がスムーズに進まなくなるため、サプライチェーンにとってレジリエンスは欠かせません。
では、なぜ今になってレジリエンスが注目されているのか、2020年頃からの世界の動向を見ていきましょう。
背景①:新型コロナウイルス
2019年末頃から流行が始まった新型コロナウイルスは、世界中のサプライチェーンに影響を及ぼしています。
例えば自動車業界では、パンデミックによって需要縮小を予測したメーカーが部品の発注量を減らし、その一方でデジタル業界の半導体需要が急拡大しました。その結果、需給のバランスが崩れたことで深刻な半導体不足が発生し、世界中でサプライチェーンが停滞しました。
そのほかの業界についても、パンデミックによる影響は深刻化しています。以下のデータは、日本政策金融公庫総合研究所の「中小企業景況調査(付帯調査)」の結果をまとめたものです。
時系列でみた、サプライチェーンへのマイナスの影響 | |||
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調査時期 | 回答数 | 「影響あり」と回答した企業割合 | 「影響なし」と回答した企業割合 |
2021年4月 | 646社 | 45.8% | 54.2% |
2021年6月 | 641社 | 53.0% | 47.0% |
2021年8月 | 612社 | 58.8% | 41.2% |
海外の生産拠点が少ない中小企業に限定しても、およそ半数はサプライチェーンへのマイナスの影響を実感しています。2021年以降は調達先の変更や分散、原材料の積み増しを行う企業が見られるなど、サプライチェーン停滞への危機感がうかがえる状況となりました。
背景②エネルギー価格の高騰
2022年2月から本格化したロシアによるウクライナ侵攻も、半導体のサプライチェーンが停滞している一因です。また、天然ガスをはじめとするエネルギー価格も高騰し、多くの企業はコスト対策の必要性に迫られました。
エネルギー価格の高騰は、企業のサプライチェーンに大きな影響を及ぼします。燃料を必要とする工場では製造コストが上がり、さらにトラックや航空機による輸送コストも増えるため、さまざまな業界のサプライチェーンが停滞してしまいます。
では、停滞リスクに直面した企業がどのような対策をしているのか、以下ではドイツ機械工業連盟によるアンケート調査(2022年9月実施)の結果を見てみましょう。
エネルギー価格高騰への対策 | 回答したドイツ企業の割合 |
---|---|
エネルギーの節約 | 85% |
エネルギー源の転換 | 36% |
エネルギー調達方法の変更 | 32% |
多くのエネルギー消費を伴う 生産工程の停止・移管 | 16% |
上記の通り、多くのドイツ企業がサプライチェーンを見直していることが分かります。中でも「エネルギー源の転換」や「調達方法の変更」は、レジリエンスなサプライチェーンを築くための対策と言えるでしょう。
サプライチェーンのレジリエンスを強化する方法
サプライチェーンのレジリエンスは、供給プロセスの見直しによって強化できます。しかし、全プロセスを改善するには知識が必要であり、場合によっては多くの労力やコストがかかります。
ここからはレジリエンスを強化する方法として、重点的に見直したいポイントを解説します。
地政学リスクの少ないサプライヤを選ぶ
企業が原材料や部品を調達するサプライヤは、サプライチェーンのスタート地点(調達プロセス)にあたる存在です。そのため、地政学リスクの少ないサプライヤを選べば、サプライチェーンのレジリエンスが強化されます。
サプライヤの安全度については、「本店所在地」と「生産拠点」に分けて判断する必要があるでしょう。例えば、パンデミックや紛争によって本店の操業が停止すると、生産拠点の運営も難しくなるためです。
サプライヤの変更は簡単ではありませんが、調達コストや品質にも関わってくるため、特に海外拠点がある場合は早期の見直しを図りましょう。
サプライヤの立地を分散させる
サプライヤが特定の地域に集中していると、その地域で災害などが起きたときに大きな被害を受けます。そのため、レジリエンスなサプライチェーンを築くには、サプライヤの分散にも取り組まなければなりません。
分散と聞くと海外をイメージするかもしれませんが、生産拠点が国内のみの企業にも分散は必要です。2011年3月に発生した東日本大震災では、電子部品などを扱う工場が被災したことで、2次サプライヤやメーカーに広範囲の影響が及びました。日本はほかの自然災害も多く発生する国であり、台風や洪水でサプライチェーンが停滞する例も見られます。
サプライチェーンは複雑化しすぎることも問題ですが、国内企業ならではの自然災害リスクを抑えるには、サプライヤを分散させる必要があるでしょう。
原材料や在庫の積み増し
原材料や在庫の積み増しによって、サプライヤへの依存度を一時的に下げる方法もひとつの手です。普段よりも原材料などを多めに保管しておけば、サプライヤに万一のことがあっても欠品を防げます。新たなサプライヤを探す時間も確保できるので、サプライチェーンのレジリエンスを分かりやすく強化できるでしょう。
ただし、原材料や在庫には保管コストがかかるため、数量を見誤ると収益が悪化します。過剰在庫とならないように、積み増す分はデータ分析を行った上で慎重に検討する必要があります。
デジタル技術の導入で経営判断をスピードアップする
パンデミックや地震などの災害は、いつ起こるのか予測できません。サプライヤの選び方を変えたとしても、新型コロナウイルスのように新たなリスクが生じることもあるので、自社努力によってレジリエンスを強化することも重要です。
分かりやすい方法としては、以下のようなデジタル技術の導入が挙げられます。
○サプライチェーン・レジリエンスの強化に役立つデジタル技術の例
・在庫適正化につながる需要予測AI
・在庫情報をリアルタイム共有できる店舗情報管理システム
・製品の個体を識別する電子タグ
・サプライチェーン全体の情報を数値化して共有するシステム
・製品の製造年月日や納品先が可視化されるシステム など
例えば、需要予測AIを導入することで消費トレンドの変化を察知できるため、状況に合わせて在庫適正化を図れます。上記のようなデジタル技術は、課題の洗い出しやトラブルの早期発見につながるので、的確な経営判断を下しやすくなるでしょう。
サプライチェーンのレジリエンス強化で注意したいポイント
サプライチェーンのレジリエンスを強化するには、労力やコストがかかります。また、施策の失敗によってレジリエンスが弱体化する恐れもあるため、慎重にプランを考える必要があります。
ここからは、レジリエンスの強化で注意したいポイントを見ていきましょう。
レジリエンス以外にも強化すべき要素がある
サプライチェーンで強化すべき要素は、レジリエンスだけではありません。消費トレンドの変化に対応するためのアジリティ(敏捷性)や、事業全体のコスト削減にも同時進行で取り組む必要があります。
つまり、レジリエンスのみを単独で強化することは難しいため、あくまで経営戦略のひとつとして捉えることが重要です。仮にサプライチェーンの安定感が増しても、コストを回収できないとメリットにはならないため、さまざまな要素を加味して計画を立てましょう。
小さな施策でも多くのステークホルダーに影響が及ぶ
サプライチェーンには「調達・製造・流通・販売・消費」のプロセスがあり、ひとつの工程を見直すとさまざまなステークホルダーに影響します。例えば、原材料をこれまでよりも安価なものに変えた場合、2次サプライヤや消費者の満足度が下がるかもしれません。
そのほか、リードタイム短縮によってサプライヤの負担が増えるなど、周囲に深刻なデメリットが生じることもあります。このような事態を防ぐために、施策を進める前には周囲への影響をしっかりと予測し、サプライチェーン全体で効果を検証しましょう。
大きな初期コストがかかる
レジリエンスを強化する施策では、基本的に大きな初期コストがかかります。特にデジタル技術を外注によって導入する場合は、数百万円~数千万円の資金が必要になることもあります。
サプライヤの変更や在庫の積み増しについても、ある程度の資金がないと本格的な施策は進められません。過剰在庫のように、かえってキャッシュフローが悪化する場合もあるので、資金計画は慎重に立てる必要があります。
サプライチェーン・レジリエンスは「コロナ禍」もひとつのテーマ
現代のサプライチェーン・レジリエンスは、新型コロナウイルスを意識した施策も必要です。外出制限や渡航制限の影響で、調達環境や労働環境は大きく変わっているため、状況に合わせた施策を用意しなければなりません。
具体的にどのような施策があるのか、サプライチェーンのプロセス別に見ていきましょう。
調達プロセスでは情報共有やローカル化がキーワードに
コロナ禍が深刻化すると、サプライヤからの供給が停止するリスクがあります。例えば、ゼロコロナ政策(※)に取り組んだ中国ではサプライチェーンの混乱が相次ぎ、2022年11月には輸出額のマイナス幅(前年同月比)が大幅に拡大しました。
(※)都市封鎖などの強制的な施策で、新型コロナウイルスの感染者を抑え込む取り組み。
このようなリスクに対しては、サプライヤとリアルタイムで情報共有できるような仕組みが有効です。情報共有がスムーズであれば、仮に供給がストップしても余裕をもって対応策を考えられます。
また、海外の地政学リスクを抑える方法としては、生産拠点のローカル化も効果的でしょう。調達から消費までのプロセスを国内で完結させれば、海外とのサプライチェーンが停滞しても事業を続けられます。
製造プロセスでは徹底した感染症対策が必要
製造に携わる従業員が新型コロナウイルスに感染すると、操業停止を余儀なくされるリスクがあります。そのため、製造プロセスでは徹底した感染症対策が必要になるでしょう。
国内の大手企業で構成される「日本経済団体連合会」は、以下のような感染症対策を推奨しています。
○製造プロセスでの感染症対策
・共有する設備や物品を定期的に消毒する
・ドアノブなどよく触るものについては、頻繁な洗浄または消毒をする
・ゴミをこまめに回収する
・鼻水や唾液が付着したゴミは、ビニール袋で密閉する
・関係者以外の立ち入りを制限する
・従業員に感染防止の啓発をする
・感染者が見つかったら、行動範囲を踏まえてすぐに消毒をする など
上記のほか、遠距離でデータ共有ができる仕組みをつくるなど、人と人との接触を避ける対策も考えましょう。
物流プロセスは「運ぶこと」を前提に考える
物流プロセスにおいても、人同士の接触やムダはできるだけ省きたいところですが、運べないリスクを意識しなければなりません。2020年以降は巣ごもり需要が高まった影響で、個人の宅配需要も増えているためです。
さらに近年ではドライバー不足も深刻化しているため、物流プロセスは「運ぶこと」を前提に施策を考えましょう。具体的な施策としては、新たな物流方法やルートの模索、複数社による共同輸送などがあります。
販売プロセスでは人同士の接触を避ける
新型コロナウイルスの影響により、対面サービスは需要が大幅に縮小しました。一般消費者にも感染症対策に力を入れている人は多いので、販売プロセスについては人同士の接触を避ける施策を考えましょう。
分かりやすい例としては、店舗販売からECサイトへの移行、もしくはオンライン形式のサービスなどが挙げられます。また、自社の中でもリモートワークやペーパーレス化を進めるなど、さまざまな角度から接触機会を減らす試みが可能です。
サプライチェーン・レジリエンスは専門家への相談も効果的
サプライチェーンのレジリエンス強化では、各プロセスに潜んでいる課題やリスクを洗い出し、効果的な施策を打ち出すための知識が求められます。前述の通り、アジリティやコストも意識する必要があるので、企画段階で悩まされることもあるでしょう。
施策の方向性がなかなか決まらない場合は、専門家への相談も選択肢になります。主な相談先としては、コンサルティング会社や公的機関が挙げられます。
例えば、公益財団法人の東京都中小企業振興公社は、中小企業をサポートする制度として「サプライチェーン維持確保に向けた専門家派遣事業」を実施しています。中小企業診断士などの専門家に無料で相談できるため、コストを抑えたい企業にも適しています。
また、サプライチェーンの特定のプロセスに限定すれば、中小企業庁もさまざまな相談窓口を用意しています。企画段階で悩んだら無理に推し進めず、専門家や公的機関への相談を考えましょう。
サプライチェーンのレジリエンス強化で成長を目指す基盤を作ろう
2020年からのパンデミックや情勢不安の影響で、現代企業はさまざまなリスクを抱えています。特にサプライチェーンの停滞リスクは深刻であり、いずれかのプロセスが断絶すると事業の継続が難しくなります。
このような時代だからこそ、レジリエンスの強化に取り組むことが重要です。適切な施策によってサプライチェーンが安定すれば、成長のための基盤も整えられるでしょう。
サプライチェーンに不安やリスクを抱えている企業は、本記事を参考にしながら施策を考えてみてください。
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