クラウドコンピューティングの登場とともに、クラウド環境にまつわるネットワーク接続などの課題も明らかになりました。クラウドを中心とするシステム構築は、すべてのデータをクラウド環境に保管する動きにもつながります。ところが、それぞれのデバイスとつながるネットワーク通信環境による影響は、クラウドコンピューティングの大きな課題として浮き彫りになりました。
その通信上の課題解決としてエッジ側でデータ処理を行うエッジコンピューティングが誕生しました。エッジコンピューティングは、クラウド環境といかに負荷なく、高速なデータ処理を実現できるかが大きな目的となっています。また、第5世代移動通信システム(5G)の普及によりクラウドへの断続的な接続ではなく、次の通信環境を実現しました。
- エッジからの高速データ転送
- 高帯域幅の接続
- レイテンシを下げた接続
総務省が運営する「GO!5G・世界最高水準の5Gの実現へ」によると、5Gの展開に必要な光ファイバーをカバーしている世帯割合が98.8%に達していると報告されています。その数値から2023年度末までの見込みとして、日本の5G基盤展開率が98%以上を予測している状況です。
そのような背景がある中、5G回線を使ったエッジコンピューティングは、リアルタイム性のデータ処理を実現して緻密な自動運転のデータ処理に役立てられています。では、製造業におけるエッジコンピューティングはどのように実運用されているのでしょうか。
今回は、製造業におけるエッジコンピューティングの活用事例を5つ紹介します。エッジコンピューティングが実運用でどのように使われているのか、を調べている企業担当者は検討材料としてお役立てください。
目次
世界半導体市場におけるエッジデバイスの拡大
2022年9月に経済産業省商務情報政策局が発表した「『次世代デジタルインフラの構築』プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画(改定案)の概要」によると、近年は大量のデータ発生にともなってデータセンターの拡大が市場の中心であるなか、次のエッジコンピューティングを活用した技術が市場をけん引することが予測されています。
- 車載(自動運転・電動車)
- 産業機械(IoT・ロボット)
- スマート家電
エッジデバイスを搭載した産業機器や自動車などは、2020年の市場全体規模となる約50兆円から2030年には市場全体規模が約100兆円の成長が見込まれています。
その成長に関して、究極の目的は、エッジコンピューティングによるデジタルインフラの省エネ化です。その目的を達成するには、エッジデバイス端末内でデータ処理を実行し、ネットワーク接続とクラウドシステムの負荷を減らさなければなりません。今後は、そのような革新的にエッジコンピューティングの技術開発が進むことでしょう。
エッジコンピューティングを必要とする分野ごとの活用例
エッジコンピューティングは、実現できる機能としてリアルタイム性や通信の高速化などが考えられます。ここでは、必要とする分野における活用内容を紹介します。
自動運転によるエッジコンピューティングの活用例
自動運転自動車による機能では、事故を起こさないための高速データ通信と最もレイテンシ(遅れ)の低いデータ処理が求められます。レイテンシは、自動運転において交通事故に直結する要因です。毎ミリ秒単位の中でデータ通信がひんぱんに行われ、100ミリ秒の遅延も許されないほど安全の確保が優先されます。
自動運転では、瞬時のデータ処理、データ判断が必要です。例えば、とっさのブレーキを踏む判断が遅れた場合などを考えれば、ミリ秒単位のレイテンシも許されないことがわかるでしょう。それに加えて道路状況や天候、交通渋滞状況、事故情報などデータを自動運転自動車同士でデータ共有します。
データによっては、クラウドに転送しない状態で自動車同士のデータ共有により迅速かつ正確な判断を得られる仕組みです。その分散型制御が安全走行を実現しています。
スマート農業によるエッジコンピューティングの活用例
農林水産省が2022年8月に発表した「スマート農業の展開について」によると、国内における農業従事者の減少は深刻化しています。1960年に1175万人いた基幹的農業従事者が30年後の1990年に293万人となり、さらに30年後の2020年では136万人と減少の一途をたどる状況です。そのような農業従事者減少傾向のなか、同資料では農業分野における課題も公開しています。
- 農業従事者数の減少により一人当たりの作業面積が拡大している
- 農作物の選別に多くの雇用労力を必要としている
- 危険できつい作業の機械化が進まず手作業を余儀なくしている
- トラクター運転操作の熟練技能を要するため新規参入者のハードルが高くなる
これらの課題を解決するためにスマート農業では、農業のIT活用「アグリテック(農業とテクノロジーの融合)」の浸透を進めています。具体的な取り組みとして、スマート農業機械による作業の自動化や情報共有の簡易化、データの活用などを実施している状況です。
ロボットトラクタなど機械による作業の自動化では、無人走行システムが採用されるため、エッジコンピューティングの高速データ処理が生かされます。陸地作業だけではなく産業用ドローンの操作にもエッジコンピューティングが採用されています。
ものづくりのIoT化におけるエッジコンピューティングの活用例
製造現場では、ものづくりにおけるIoT化「スマートファクトリー」でのエッジコンピューティングが活用されています。製造工場に設置されたセンサーやゲートウェイなどのIoTデバイスの普及により、エッジコンピューティングはクラウドシステムと現場作業のデータ処理を高速に連携処理します。
エッジコンピューティングと製造現場の相性は良く、ものづくりの現場の生産性向上に役立つでしょう。エッジコンピューティングで活用する機能は、次のとおりです。
- 自動化
- データ収集
- 迅速な機器と機器の通信
これらの機能を活用して、製造現場の生産性向上に貢献します。
製造現場におけるエッジコンピューティング5つの活用事例
製造業の現場では、実際にエッジコンピューティングをどのような形で使っているのでしょうか。製造企業のエッジコンピューティング活用事例を5つ紹介します。
作業者の動作を瞬間で捉えるデータ活用基盤導入で生産性11%向上の実現:オムロン
制御機器や電子部品を扱う大手電機機器メーカーの株式会社オムロンでは、現場データ活用基盤を開発して自社運営の工場に導入し、11%の生産性向上を実現しています。現場データ活用基盤は、工場にあるさまざまな機器から得られるデータと製造現場の事業者が持つ知見を掛け合わせたデータ活用基盤です。
オムロンは、2017年に同社とほか5社(アドバンテック、日本電気、日本アイ・ビー・エム、日本オラクル・三菱電機)と共同で「一般社団法人Edgecross(エッジクロス)コンソーシアム」を設立しています。設立目的の1つとして、エッジコンピューティング領域のソフトウェア普及推進・協働の場の提供が挙げられます。同社によるエッジコンピューティングの採用は6社協創によるものでした。
同社のデータ活用基盤は、製造管理だけではなく、品質や設備、エネルギー、環境なども一元管理できるプラットフォームです。データ活用基盤は、上位基幹システムやクラウド環境へ必要なデータを送るためにエッジコンピューティングが活用されていると判断できます。
データ活用基盤の実運用では、同社が運営する障がい者雇用の製造福祉工場において導入されました。その効果は、以下の通りです。
- 作業者のリアルタイムな瞬間を把握可能
- 通常と異なる動きを素早く察知できる
これらの効果は、作業ラインに設置した動作取得センサーや天井につり下げたカメラから動画データを収集することで実現しています。具体的には、工場のサーバに蓄積された生産計画と品番情報などのデータを組み合わせます。そこに製品の完成品と作業員の情報を掛け合わせて標準値と異常値を見分ける仕組みです。
その判断は、常にリアルタイムで実行できる点がエッジデバイスの力ではないでしょうか。
導入の結果、設備停止からの復旧時間の短縮やシステム構築時間の削減につながっています。
オムロン株式会社 公式ページ
物体検知技術を活用したリアルタイム映像分析:NEC
日本電気株式会社(NEC)は、漸進的物体検知技術の開発で、リアルタイム映像分析を可能にしています。物体検知技術では、人物や車両などの検知が可能です。この検知機能は、エッジ機器にも対応しています。2022年度に製品化された同社製品は、次の特徴を持っています。
- さまざまな検知対象と処理方式に対応
- 搭載できるプロセッサと処理能力に制限のあるエッジ機器にも対応
エッジ機器への対応から、次のデータ処理が実現しました。
- カメラ映像のリアルタイム処理
- 複数台のカメラの同時処理
- 倉庫や店舗の侵入検知
- 施設管理の最適化
同社の漸進的物体検知技術は、エッジAIの処理速度を最大8倍まで精度向上を実現しています。処理能力に制限の掛かるエッジ環境において、高速で稼働する物体検知処理に今後も期待がかかるでしょう。
日本電気株式会社(NEC)
エッジコンピューティングの既存課題を解決する遠隔管理IoT基盤:NTTコミュニケーションズ
世界最大規模の通信事業のNTTコミュニケーションズ株式会社は、エッジコンピューティング環境をオンプレミスでセキュリティ性の高いサービスとして提供しています。同社が提供するエッジコンピューティング環境は、遠隔管理IoT基盤です。製品提供の背景には、従来のエッジコンピューティングの課題がありました。
- 複数の拠点に設置したエッジデバイスの管理の複雑化
- デバイス管理の複雑化によりアプリケーションの更新作業の遅延
- トラブル発生時の現場修理などサポート体制が煩雑化
また、エッジコンピューティング初期導入時の設定ではクラウドシステムとオンプレミス環境の全体設計が欠かせません。これらの課題解決に向けて、同社の遠隔管理IoT基盤が開発されました。遠隔管理IoT基盤の特徴は、次のとおりです。
- 低レイテンシのデータ処理
- ネットワークの効率化
- 汎用性の高いハードウェアとソフトウェア
- 全体設計で扱うサービスをすべて提供
同社が紹介するモデルケースでは、製造現場における製品の不具合箇所の検出や立ち入り禁止区域の侵入者検知に役立てています。導入した製造現場では、異常検知が自動化されました。映像データや推論結果などは上位クラウドシステムで一元管理するため、現場担当者の業務負担を軽減できます。また、少数のカメラで広い敷地内を監視できることも煩雑化の抑制につながります。
NTTコミュニケーションズ株式会社
生産工程の不良検知に応用した画像IoT技術:コニカミノルタ
電機メーカー大手のコニカミノルタ株式会社は、エッジデバイスで稼働する画像AI・IoTプラットフォームを開発しました。同製品は、必要とする画像やデータを収集し、データ処理を実行する機能を持っています。それらをプラットフォーム上で連携可能です。画像AIでは、次の処理ができます。
- 複数の人物の骨格や物体の輪郭を検出
- 複数の人物の骨格や物体の輪郭を追跡
- 人物の行動や属性の認識
このような人物を対象にしたきめ細かい分析が可能なため、おもに介護施設の入居者の見守り用で使われています。生産現場の製造工程では、データや画像が得づらい環境において、良品画像と不良品画像のデータをAIに学習させる不良品検知機能を開発強化している状況です。同社が注力している製造現場を統合する映像インフラ整備では、次のリアルタイム監視を実現できます。
- 煙検知:煙発生の段階で検知通知
- 温度モニタリング:温度情報の統合管理
- 火災予防:異常な高温を検知および通知
- 侵入検知:立ち入り禁止区域や危険エリアの侵入を検知
- 出庫警報:周辺機器の安全確保
- 魚眼型全方位監視:広範囲を1台の全方位カメラで監視
コニカミノルタ株式会社
4K映像と立体視センサーでリアルタイムインタラクティブを実現:日立製作所&エリクソン
電機メーカー大手の株式会社日立製作所と通信事業プロバイダーのグローバル企業のエリクソン・ジャパン株式会社は、協創で製造現場の技能継承問題解決に取り組みました。2社による協創の目指すところは、熟練技能者と機械のコラボレーションです。
具体的には、製造現場の機械の4K映像と立体視センサーデータの収集から、現場に設置されたエッジAIでリアルタイム性の高いデータ分析・制御を可能にします。つまり、遠隔から熟練技能者がその場で操作しているように製造機械を動かす仕組みです。
例として、AIにより自動化されたロボットアームを使ったピッキング作業の技能継承があります。ピッキングする対象の加工品の配置がずれていたり、形や大きさが異なったりした場合の解決策として遠隔から熟練技能者がリアルタイム操作することでロボットの自動化と制御を実現しました。
これは、ロボットでは自動化できない部分を遠隔で熟練技能者が補う仕組みです。エッジAIによりリアルタイム操作を可能にすることで作業時間の50%〜70%の短縮が実現します。
株式会社日立製作所
エリクソン・ジャパン株式会社
エッジコンピューティング導入の先にある生産性向上を目指そう
エッジコンピューティングは、データ処理の高速化を実現してリアルタイムな遠隔操作を実現しています。今回紹介した企業の製品開発の先にある活用事例は、エッジコンピューティング導入の先にある生産性向上につながるでしょう。
製造業とエッジコンピューティングの相性は、データ処理の精度向上とともにあらゆる可能性を引き出します。その可能性は、いままでつながることのなかった機器と何かを正確かつ簡単に連結させる可能性を秘めているでしょう。ただし、エッジ処理の導入は製造現場ごとに異なります。導入には、専門家の伴走または専門によるトータルで提案できる知識と経験が必要不可欠です。
例えば、空調機器メーカーの「攻めのメンテナンス」実現に向けて、冷却塔などのハードウェアにIoTセンサーを搭載する事例もあります。その事例では、機器の迅速な異変検知が可能になりました。迅速な異変検知の裏側では、エッジコンピューティングの活用が考えられるでしょう。異変検知は、機器の致命的な故障を未然に防ぐ効果が期待できます。結果として、修理コストの削減につながります。
これは1つの例にすぎませんが、製造業など業界に明るい専門家ならではの結果です。そのため、企業ごとの課題に寄り添える専門知識と経験を兼ね備えていることがベンダーに求められます。そのような理由からも、トータルで提案できるベンダーへの依頼が最終的な近道となるでしょう。
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