近年の製造業では、ITやデータ活用を進める際のキーパーソンとして「ファクトリーサイエンティスト」の存在が注目されています。ファクトリーサイエンティストとは、製造現場とデジタル技術の両方の専門家であり、DXの推進やITシステムを活用する際の強い味方になるでしょう。
自社のデジタル活用の推進を検討している場合は、変革を成功させるためにもファクトリーサイエンティストについて把握しておくことがおすすめです。本コラムでは、ファクトリーサイエンティストとはどのような人材なのかについて解説いたします。現在、製造業で求められている理由についても触れるため、ぜひ参考にしてみてください。
目次
ファクトリーサイエンティストとは
ファクトリーサイエンティストとは、ITシステムやIoTデバイスなどによるデータ解析・データ活用の知識を身に付けた専門家のことです。一般社団法人ファクトリーサイエンティスト協会が提案・提唱する新しい人材像であり、製造業の工場を発展させるために重要な立場の人員です。
ファクトリーサイエンティストは、工場などの生産設備のデジタル化・DXを推進する存在でもあります。ITやデジタル技術に関する知識・スキルだけでなく、自社の工場の状況についても把握している必要があるため、候補となる人材は入社3年から9年ほどの社歴があり、現場の仕組みを理解していなければなりません。
ファクトリーサイエンティストが生まれた背景
ファクトリーサイエンティスト協会によると、日本の全事業者の中で中小規模事業者は約99%を占めており、大規模な投資が難しいと説明しています。
しかし、そのような中でも発展を続けるITシステムやWebサービス、デバイスなどのツールを組み合わせることで、自社に最適な環境を構築する事業者の事例が増えてきました。
今後も、日本の製造業を中心とする中小企業が発展していくためには、デジタル技術に関する知識・スキルを持ち、現場・経営者と双方にコミュニケーションを取りながら、最適な施策を提案できる人材が求められます。
ファクトリーサイエンティスト協会は、そのような人材を育成するためのスキルセットを定義し、カリキュラムを提供しています。現代の製造業においては、自社に適したIT人材が求められており、その需要は高まっているでしょう。
ファクトリーサイエンティストが持つ3つのスキル
ファクトリーサイエンティストには、大きく分けて「データエンジニアリング力」「データサイエンス力」「データマネジメント力」の3つのスキルが求められます。この3つのスキルを総合的に備えることで、製造業の現場を改善するための具体的な戦略を立てられる人材といえるでしょう。
ここでは、ファクトリーサイエンティストに求められる3つのスキルについてご紹介します。
データエンジニアリング力
ファクトリーサイエンティストは、IoTデバイスやセンサーなどの機器についての知識を持ち、取り扱い方法を理解している必要があります。これらのツールを活用することにより、生産現場からデータを収集でき、業務効率の改善や生産性の向上などの役に立ちます。
しかし、適切にデバイスを使うためには、使用するツールの種類や設置場所、データの収集頻度などを把握しなければなりません。ファクトリーサイエンティストは、このようなツールの知識と使いこなすための構成を考える能力が求められます。
データエンジニアリング力があれば、企業が抱えている課題を解決したり目標を達成したりする施策を立案しやすくなるでしょう。
データサイエンス力
データサイエンス力とは、ITシステムやIoTデバイスを活用して収集したデータを分析する能力です。また、収集した複数のデータを組み合わせ、データの価値を最大限引き出すことも求められます。
実際に、製造現場の中にはさまざまなシステムやデバイスを使い、データを収集しているものの、分析できていないケースがあります。データを分析しその結果をもとにプロセスを改善することで、より高い効果を得られるでしょう。
そのようなことからも、ファクトリーサイエンティストは収集したデータを分析し、生かすスキルを持たなければなりません。
データマネジメント力
ファクトリーサイエンティストには、データマネジメント力も必要です。データマネジメント力とは、収集したデータの分析結果をもとに、企業の課題を解決したり業務を改善したりする戦略を考える能力です。
製造現場におけるデータ活用は、環境の構築から運用にいたるまで大きな費用と手間がかかります。また、立案した戦略によっては業務の進め方を大きく変えることもあるでしょう。このように企業にとって大きな投資になり得るため、経営層に適切なアドバイスをしたり、適切なシステムを提案したりする人材が必要です。
ファクトリーサイエンティストは知識・技術を持つだけでなく、企業にとって適切なデータ活用を進めるマネジメント能力も求められるでしょう。
製造業がデジタル活用を進めるメリット
ファクトリーサイエンティストの存在は、製造業がDX・デジタル活用を進める際の大きな鍵になります。社内の変革を検討するときは、まずデジタル活用を進めるとどのようなメリットがあるのかを把握すると良いでしょう。ここでは、製造業がデジタル活用を進めるメリットをご紹介します。
生産性の向上
ITシステムの活用により、従来の業務プロセスが効率化され生産性が向上します。製造業の中でも事務作業は多くあり、自動化することによって工数を削減できるでしょう。今まで時間がかかっていた業務が短縮できれば、企業にとって重要度が高い業務に時間を割けるようになります。
例えば、製造業では日々の業務における記録を、紙媒体を使って管理しているケースが多く、Excelや自社システムなどに数値を転記する手間がかかります。業務の負荷が大きいだけでなく、データの共有にも時間がかかるでしょう。デジタル化によりペーパーレスが進めば、業務効率が改善され生産性も向上します。
人材不足の解消
DX・デジタル化の推進は、製造業における人材不足を解消する手法として大きな期待が寄せられています。IT技術を駆使することで、業務プロセスの自動化・省力化を実現できれば、今よりも少ない人数で充足する可能性があります。
例えば、10人の従業員が必要な生産工程において、プロセスの自動化や業務効率の改善により5人の人員で済むようになれば、今までよりも少ない人数で対応できるでしょう。また、従業員の負担を軽減することにもつながり、ホワイトな職場環境の実現も期待できます。
このような従業員にとってメリットがある職場は、企業側にとっては人材を確保しやすくなるため、貴重な人材が外部に流れる可能性を抑えやすくなります。
属人化の解消・業務の標準化
製造業の現場では、熟練の従業員の知識・技術を継承できず、業務が属人化しやすいことも大きな問題になっています。いわゆる職人と言われる人材が業務の中核を担っている場合、その人が定年などで退職すると、業務が適切に回らなくなる可能性があります。
特に人材不足を課題に感じている企業であれば、1人あたりの業務の負担が大きいことから、後継者を育成する時間を割けないこともあるでしょう。
そこで、AIやIoTなどの技術を活用することにより、熟練の従業員のスキルを共有しやすくなったり、ロボットなどの機械で代替したりすることも可能になっています。属人化していた業務が、だれでも一定以上の水準で行えるようになるなど、標準化を図れるでしょう。
コストの削減
DXの推進にはさまざまなITツールを導入し、生産設備や事務所などの現場を大きく変革することになるため、短期的に見ると大きなコストが発生します。しかし、DXによって業務が大幅に改善されることにより、省力化・省人化が実現できコストの削減にもつながります。
例えば、先程のように10人必要な工程が5人で済むようになれば、人件費は半分になります。それ以外にも、業務が改善されることにより残業時間も削減しやすい点も大きなメリットです。このように、DXの実現は企業にとって長期的なコスト削減につながるでしょう。
製造業が抱えるIT人材に関する課題
ファクトリーサイエンティストは、製造業とIT・デジタル技術について適切な知識を持っているため、さまざまな企業で活躍が期待されています。しかし、現状では多くの製造業でIT人材が不足しており、課題を感じています。
国全体として製造業のIT活用やDXを推進していますが、IT人材の確保などがうまくいっていないのが現状です。ここでは、製造業が抱えるIT人材に関する課題についてご紹介します。
製造業に対応したIT人材の確保が難しい
日本の少子高齢化が進行する中、製造業では人材不足が深刻な問題になっています。その問題を解決するための有効な手段として、業務プロセスを大きく変革させるDXの注目度が高まっているでしょう。実際に、ITシステムなどの導入によりさまざまな課題の解決や、競争力の強化が期待されています。
しかし、製造業の現場を変革できるようなIT人材の確保を課題に挙げる企業が多いです。経済産業省の「2022年版ものづくり白書」の一部によると、「デジタル技術導入にかかるノウハウの不足」を感じている企業は半数を超えています。
このデータでは、デジタル技術を既に活用している企業でも、59.5%がノウハウ不足を感じています。また、「デジタル技術の活用にあたって先導的役割を果たすことのできる人材の不足」を感じている企業も40%前後と高い数値になっています。
このように多くの製造業でデジタル人材が不足しており、世界的にみても日本が抱える問題は大きいです。実際に、日本国内では海外と比較してもデジタル人材が属する業界が偏っています。
ITに関する知識・技術を持つ人材は、製造業などの一般企業ではなくツールやサービスを提供するシステムインテグレーター(SIer)やベンダーに集中する傾向にあります。つまり、現在ではDX推進などデジタル技術を活用するためには、外部からデジタル人材を確保する選択肢が濃厚であるといえるでしょう。
しかし、製造業においては企業によって生産設備が異なるため、現場の状況を把握し適切な提案ができる人材を確保するとなると、さらに難易度が高くなります。そのため、自社の製造現場を把握している人材を、自社のデジタル化に対応できるように育成することも重要です。
デジタル人材の育成における課題
日本国内のIT人材の不足は社会全体の大きな問題であるため、政府はデジタル教育に力を入れ始めています。しかし、少子高齢化が進んでいることから、十分な人数を確保できるかは不安が残るでしょう。また、教育に力を入れたとしても実際に就業できる年齢になるまでに時間がかかります。
他にも、政府は第四次産業革命スキル習得講座認定制度を運用しており、デジタル人材を増やそうという動きがあります。このように国としてはIT人材の強化に力を入れているものの、製造業においては従来の業務を担う人材も不足している状況であり、IT人材の育成に割く余裕がないケースが多いです。
そのため、製造業がデジタル人材を育成・確保するためには、効率良いカリキュラムを活用することが重要です。
ファクトリーサイエンティストが求められる理由
ここまでの通り、製造業はデジタル人材が慢性的に不足している状況です。そこで求められるのが、製造業とデジタルの両面において知識を持つ専門家のファクトリーサイエンティストです。
特に製造業には現場に詳しいデジタル人材が不足しているケースが少なくありません。専門的なサポートがなければ、適切なツールの選定・導入から有効活用するまでの運用の中で、うまく使いこなせないというトラブルが発生する可能性があります。
ファクトリーサイエンティストがいれば、製造現場の状況を把握した上で、生産プロセスにおける課題を明確にし、適切なツールの導入のサポートを受けられます。また、データに基づいた説得力がある戦略を立案することで、デジタル技術を用いた変革が成功する可能性は高まるでしょう。
このように、製造業におけるデジタル技術の活用やDXの推進を実現するためには、ファクトリーサイエンティストの育成や、専門家の協力が求められます。
ファクトリーサイエンティストを育成する方法
ファクトリーサイエンティスト協会は、適切な人材を育成するためのカリキュラムを提供しています。カリキュラムは全部で5週のプログラムで構成されています。
- Week1 : Local Side System(ローカル側システムの基礎)
- Week2 : Server Side System(サーバー側システムの基礎)
- Week3 : Visualize Panel(データの加工とビジュアライゼーション)
- Week4 : Other Technology(見える化・見せる化のさらなる追求)
- Week5 : Presentation(最終プレゼンテーション)
第1週目はIoTデバイスの作成と、3Dプリンタを現場で活用するために必要なスキルを学習します。このプログラムでは、例えば温度センサーからデータを取得し、サーバーにアップロードする仕組みを作りながら開発方法を学びます。
第2週目ではIoTデバイスから収集したデータを受け取るシステムを構築します。このカリキュラムではMicrosoftのAzureクラウドサービスを使い、各種モジュールを組み合わせて実際にシステムを組み上げていきます。
第3週目では、収集しサーバーに蓄積しているデータを活用するために、加工してグラフなどを作成します。このプログラムではMicrosoft PowerBIというBIツールを使い、データベースに接続して必要な情報を取得・解析します。機械の稼働状況・温度データなどのデータを分析・視覚化するスキルを身に付け、実際にシステムを構築しながら仕組みを学習します。
第4週目では、データ活用を発展させ見える化・見せる化をさらに追求するために、スマートフォン・タブレットで利用できるアプリを作成します。製造現場では作業者がさまざまなデータを入力する際に、モバイルデバイスを使うことでデータ集計などの手間を省けます。
第5週目では、これまでのプログラムを通して作成したシステムを、実際の製造現場などに落とし込み、その結果を最終プレゼンテーションとして発表します。このようにカリキュラムは実践形式であり、作成したものを実際の現場で活用できるため、有意義なものになるでしょう。
ファクトリーサイエンティストを有効活用しよう
ファクトリーサイエンティストは製造現場とデジタル技術の両面から、企業のデジタル活用をサポートします。現代の製造業ではIT人材が不足しており、製造現場について理解がある人物の確保となるとハードルは高くなるでしょう。
そこで、自社でファクトリーサイエンティストを育成することで、長期的に企業のデジタル化を進めやすくなります。カリキュラムは全部で5週間あるため、現場の仕組みを理解している人材を担当にし、育成してみると良いでしょう。
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