2021年以降は世界的にエネルギー価格が高騰しており、物流業に大きなダメージが及んでいます。人材不足や積載率低下など、業界ならではの課題に悩まされている企業も多いでしょう。そのような企業には、物流DXによる業務改善やコストカットが有効です。
目次
物流DXとは?求められている背景
物流DXとは、配送や輸送、保管、流通などのプロセスにデジタル技術を活用し、新たなビジネスモデルを構築することです。物流業界ならではの課題解決に向けて、国土交通省は中小企業も含めたDXへの取り組みを推進しています。
<そもそもDX(デジタルトランスフォーメーション)とは?>
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
(引用:経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」)
物流関連の政策がまとめられた「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)」においても、物流DXは業界を左右する重要施策と位置づけられています。
中小企業の生き残り戦略として物流DXが注目される
物流DXは、中小企業の生き残り戦略となり得る施策です。なぜ中小企業にとって重要なのかを理解するために、まずは物流における業界構造を見ていきましょう。
物流業の主な種類 | 中小企業率 |
---|---|
トラック運送事業 | 99.9% |
内航海運業 | 99.7% |
トラックターミナル業 | 93.7% |
倉庫業 | 91.0% |
航空貨物運送事業 | 88.8% |
港湾運送業 | 88.4% |
外航利用運送事業 | 80.8% |
航空利用運送事業 | 70.4% |
外航海運業 | 54.4% |
航空貨物運送事業 | 45.5% |
上記のデータは、国土交通省が2020年7月に公表した資料をもとに、主な物流業の中小企業率をまとめたものです。国内の物流業は全体的に中小企業が多く、特にトラック運送事業・内航海運業はきわめて高い割合であることが分かります。
中でもトラック運送事業は、荷主が物流コストを負担するだけではなく、価格競争も激しいビジネスです。このまま価格競争が続けば、倒産する中小企業が増えることは容易に想像できます。
このような業界で中小企業が生き残るには、業務のムリ・ムダ・ムラを徹底的に排除し、労力やコストを節約する必要があります。日本の物流には非効率で古いプロセスが多いため、DXによる削減効果が期待されています。
物流DXの前提になる「物流標準化」とは?
物流標準化とは、業務の統一化やマニュアルの作成によって、物流のプロセスを一本化することです。いくら高度なデジタル技術を導入しても、作業フローにばらつきがあると最適化が難しいので、物流DXの効果は限られてしまいます。
そのため、物流DXの計画を立てる前には、以下の手順で物流標準化に取り組みましょう。
<物流標準化の手順>
1.分類:運搬する製品や作業内容を種類別に分ける。
2.単純化:管理のハードルを下げるために、分類したものを抽象化してシンプルにする
3.統一化:分類したものを統一し、種類を減らす。
4.可視化:作業効率などを数値化・指数化し、分析できるようにする。
5.標準化:可視化したものを分析し、全体のプロセスを一本化する。
最後の「標準化」では、作業フローだけではなくツール面も一本化することが重要です。例えば、荷物の組み合わせや積み方を工夫してパレット(※)を減らすと、一度に運べる荷物が増えるだけではなく、置き場となるスペースも節約できます。
(※)荷物を決まった単位でまとめる台のこと。
物流DXによる解決が期待される課題
前述の価格競争以外にも、物流業界はさまざまな課題を抱えています。その中でも以下で挙げる4つの課題は、物流DXによる解決が期待されています。
1.トラックドライバーなどの人材不足
国土交通省の資料によると、2019年の時点で約7割の物流企業はトラックドライバー不足を実感しています。
トラック運送以外の事業でも、物流業界の人材不足は深刻です。貨物自動車運転手の有効求人倍率は2015年から2.0倍以上を推移しており、1.92倍となった2020年でも全職業平均より2倍ほど高くなっています。
物流DXは、このような人材不足を解決できる施策です。例えば、デジタル技術によって業務のムリ・ムダ・ムラを排除すると労力が余るため、人員配置を最適化できる可能性があります。
施策の具体例としては、自動運転機能がある車両の導入や、荷役となるロボットの導入などが挙げられるでしょう。
2.巣ごもり需要による商品管理の負担増
2019年から蔓延した新型コロナウイルスの影響で、物流業界は商品管理の負担が増えています。巣ごもり需要が高まったことで、ECサイトの利用者が急増したためです。
上のグラフを見ると分かるように、2019年以前からECサイト市場は拡大しています。つまり、コロナ禍が収束したとしても、物流業界の負担が減るとは限りません。
そのため、多くの荷物を抱えている物流業者は、早めに商品管理業務を効率化する必要があるでしょう。具体策としては、倉庫管理システムやAIフォークリフトなどの導入が挙げられます。
3.積載率の低下
積載率とは、運搬車両などの最大積載重量に対して、実際に輸送した重量を割合で示したものです。数値が高いほど効率が良いとされますが、2013年~2018年にかけては営業用トラックの積載率が低下し続けています。
その要因としては、ECサイトの市場拡大が挙げられるでしょう。ECサイトの利用者が増加すると、個人宅への配送に時間がかかったり小ロットの荷物が増えたりするため、トラック1台あたりの積載量が限られてしまいます。
物流業界にとっては深刻な課題ですが、積載量から自動配車をするAIや、積載率を可視化できるシステムなど、物流DXによって解決する手段がいくつかあります。
4.輸送コストの上昇
使用する車両・機器に関わらず、物流業では多くの輸送コストが発生します。
<物流業における輸送コスト>
・トラックや船舶の燃料費
・航空運賃
・鉄道運賃
・トラック用タイヤなどの部品費
・チャーター車両費用 など
輸送コストは全体的に値上がりの傾向が続いており、例えば軽油価格は2020年から1リッターあたり100円を割り込んでいません(※2023年2月現在)。市販用タイヤについても、2019年夏頃には大手メーカーによる一斉値上げが公表されました。
燃料費などの高騰は死活問題ですが、コスト増についても物流DXで解決できる可能性があります。分かりやすい例としては、配送ルートの最適化による燃料の節約や、共同輸送マッチングによる配送の効率化などが挙げられます。
物流DXの事例から見る成功のポイント
経営資源が限られた中小企業は、工夫しながらDXを進めなければなりません。その点、物流業界には中小企業によるDX事例が多く存在するため、さまざまな情報を参考にしながら計画を立てられます。
ここからは国土交通省が公開しているものの中から、中小企業が参考にしたい事例と成功のポイントを紹介しましょう。
【事例1】物流容器在庫管理システムによるパレットの最適化/シーエックスカーゴ
トラック運送業を営む『シーエックスカーゴ』は、物流DXによって複数拠点のパレットを一元管理することに成功しています。
パレットの管理業務に悩まされていた同社は、クラウド上で入荷・出荷情報を照合できる物流容器在庫管理システムに目をつけました。管理プロセスをこのシステムに一元化することで、同社はパレットの使用状況をリアルタイムで把握できるようになり、在庫管理の負荷が軽減されたそうです。
また、レンタルパレットの適切な投入量をデータ化することで、無駄なコストの節約にもつなげました。デジタル技術は便利ですが、多くのシステムを導入すると複雑化やブラックボックス化する恐れがあるため、この事例のように一元化する方法が効果的です。
【事例2】オペレーション負荷が小さい荷下ろしロボットを導入/坂塲商店
茨城県に本社を構える『坂塲商店』は、地域の小売店や病院などに配送する物流業者です。同社が手作業で運ぶ商品ケースは毎日1万を超えており、重い商品や高さのある荷物に悩まされていました。
この課題を解決するために、同社は荷降ろし作業を自動化するロボットを導入しています。また、動作ティーチングや事前登録などが不要なシステムを選んだ点も、同社の工夫が見られるポイントでしょう。
高度なデジタル技術を使いこなすには、使用する側にも一定の知識・スキルが求められます。余計な負担を増やさないためにも、オペレーション負荷ができるだけ小さいシステムを選ぶことがポイントです。
【事例3】働き方改革にもつながるAI点呼ロボット/菱木運送
物流DXを成功させるには、見落としがちな細かい業務にも目を向ける必要があります。例えば、千葉県の運送業者である『菱木運送』は、運行管理者の負担を減らすためにAI点呼ロボットを導入しました。
このロボットには本人確認のほか、免許証やアルコールのチェック機能、体調管理機能などが備わっており、当日に撮影した写真つきの記録簿も作成してくれます。人よりも正確な作業ができるため、運行管理者の負担軽減はもちろん、安全性向上や働き方改革にもつながりました。
【事例4】独自のアルゴリズムによる配送・配車の最適化/スーパーレックス
神奈川県で物流センターを運営する『スーパーレックス』は、配車業務のDXに取り組んだ企業です。同社は自動配車システムに独自のアルゴリズムを搭載することで、以下の機能を備えたシステムを開発しました。
・何十万のシミュレーションをもとに、最適な配送ルートを提案する機能
・詳細な条件設定ができる配車コストの計算機能
・配送予定の順序を遠隔から変更または指示できる機能
トラック運送事業はシミュレーションとの相性が良く、AIが最適な配送ルートを提案してくれれば、地理に詳しくないドライバーでも効率的な輸送ができます。また、配車の最適化は大きなコストカットにつながるため、優先的に取り組みたい課題でしょう。
【事例5】オフィス業務を一元化するシステムで事務負担を軽減/湯浅運輸
物流DXで意外と見落としがちなポイントが、事務員の負担削減です。配送量と事務作業の負担は比例するため、配送業務を最適化した場合はオフィス業務にも目を向けなければなりません。
茨城県の『湯浅運輸』による輸送業務のデジタル化は、この課題をうまく解決した事例です。同社は受発注管理や配車管理、会計管理、労務管理などを一元化できるシステムを導入し、事務員の負担を大きく軽減しました。
また、このシステムはペーパーレス化の実現に役立っており、書類整理の時間やヒューマンエラーを減らすことにも成功しています。
物流DXを左右する「ラストワンマイル」とは?
ラストワンマイルとは、物流における最後の配送ルートのことです。具体的には最後の物流拠点からエンドユーザーまでの配送であり、近年では多くの企業が差別化に力を入れています。
<ラストワンマイルの現状>
・大手物流業者への依存度が高い
・ECサイトの台頭で、配送量が年々増えている
・エンドユーザーの不在時など、業務効率低下につながる再配達が多い
基本的にラストワンマイルは大手のテリトリーですが、ドライバー不足や配送量の増加といった背景を見ると、中小企業にも参入の余地があるかもしれません。ただし、見合った料金を受け取れないケースも多いため、利益の最大化やコスト削減につながる工夫を考える必要があります。
参考として、以下ではラストワンマイルにおける物流DXの例を紹介しましょう。
<ラストワンマイルにおける物流DX(例)>
・エンドユーザーに対して、受け取り時間や場所を提案するシステム
・購入元が異なる商品のうち、同一エリアに届けるものを管理するシステム
・ドライバーの多重下請けを減らし、安定した利益を確保するシステム
なお、ラストワンマイルを効率化する方法は、デジタル技術の導入だけではありません。人口が多いエリアに物流拠点を構えるなど、アナログな方法でラストワンマイルを縮める方法もあるので、視野を広げて施策を考えましょう。
物流DXに潜むリスクや問題点
デジタル技術との相性が良い物流業界においても、DXを阻んでいる要因はいくつかあります。特に古くからの慣習や文化が残っている企業は、システムの入れ替えや組織変革などで悩まされがちです。
どのような要因に注意すべきなのか、以下では特に押さえたいリスクや注意点を見ていきましょう。
レガシーシステムの存在
レガシーシステムとは、古い仕組みや技術で構築されているシステムのことです。経済産業省の「DXレポート」によると、約7割の企業が「老朽システムがDXの足かせになっている」と実感しています。
レガシーシステムの問題点は単に使いにくいだけではなく、新たなトラブルを引き起こすことにもあります。例えば、長年1人で運用していた従業員が退職すると、システムを使用するノウハウが失われるため、システムのブラックボックス化がさらに進んでしまいます。
レガシーシステムは改修が難しいとされるため、仕組みの複雑化・ブラックボックス化が進みすぎている場合は、システム全体を破棄することも検討しましょう。
現場から導入を反対されるリスク
物流DXは働き方改革につながりますが、必ずしも従業員からの賛同を得られるとは限りません。導入するシステムが複雑であったり、使用者のITリテラシーが不足していたりすると、現場から反対されるリスクもあります。
物流DXをスムーズに推し進めるには、現場からの理解が必須です。従業員にメリットがあっても、その点が伝わっていなければ理解は得られないので、コミュニケーションや対話を通して社内の意識統一を図りましょう。
物流DXの計画を立てて、直面している課題を解決しよう
物流DXには多くの事例があるものの、実際に推し進めるには事前準備が必要です。これまで物流プロセスを見直してこなかった企業は、物流標準化から取り組むことになるため、数年単位の時間がかかることもあるでしょう。
手間や労力はかかりますが、物流DXに成功するとさまざまなメリットが生じます。物流業界ならではの課題も解決できるため、これを機に計画を立ててみてください。
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