本来、アジャイル開発はIT業界に多い手法です。製品修正が難しい製造業には向いていないとされますが、実はアジャイル開発が適したプロジェクトもあります。しかし、生産体制の変更にはリスクが伴うため、計画の前に必要な知識やポイントを押さえましょう。
目次
製造業に広がるアジャイル開発とは?
アジャイル(Agile)開発とは、製品の開発工程を小さい単位に分けて、開発とリリースを交互に行う手法です。リリースの度に発注者からフィードバックを受けられるため、細かい不具合を都度修正しながらスムーズに開発を進められます。
一般的な製造業では、納期までに完成したものを納品する必要があります。そのため、以前まではアジャイル開発が向かない業界とされてきましたが、近年では開発期間やコストを抑える手法として注目を集めています。
アジャイル開発とウォーターフォール開発の違い
アジャイル開発に対して、間にリリースを挟まない手法は「ウォーターフォール開発」と呼ばれます。一般的な製造業のように、工場内ですべての工程を終わらせて、完成品を顧客に届ける流れをイメージすると分かりやすいでしょう。
アジャイル開発との違いを理解するために、以下では各手法のメリット・デメリットを紹介します。
製品の開発手法 | メリット | デメリット |
アジャイル開発 | ・リリースごとに顧客ニーズを確認できる ・ニーズの変化に対応しやすい ・リリースまでの期間を短縮できる |
・進捗管理が複雑になる ・担当者の能力に左右される ・製品が完成しないこともある |
ウォーターフォール開発 | ・前の工程に戻る必要がない ・生産プロセスが分かりやすい ・コスト管理がしやすい |
・途中での仕様変更が難しい ・ニーズ変化に柔軟な対応ができない |
ウォーターフォール開発は、全体のスケジュールやコストを管理しやすいため、大規模なプロジェクトに適しています。また、工程管理によって生産プロセスを固定化すれば、一定の品質も確保できるでしょう。
一方、アジャイル開発は担当者の能力に左右されますが、リリースまでのスピード感を求められる案件や、中小規模のプロジェクトに向いています。
製造業でアジャイル開発が向いている領域
アジャイル開発の特性を考えると、古くから製造工程が固定化されている領域や、均一の品質が求められる現場での導入は難しいと言えます。無理にアジャイル開発を導入すると、かえって効率が下がったり膨大なコストがかかったりするため、導入領域は慎重に検討しなければなりません。
実際にどのような領域で導入されているのか、以下では製造業における一例を紹介します。
・研究または開発期間のうちに、顧客ニーズが変化しやすい分野
・均一な品質ではなく、変化する顧客ニーズへの対応が求められる製品
・長くても1年程度で完遂となるプロジェクト
・すでに何らかのシステムが導入されており、互換性にも問題がない分野
・IoTやAI技術との相性が良いプロセス など
実際に導入されている業界としては、複合機メーカーや航空機メーカー、自動車メーカーなどが挙げられます。生産プロセス全体への導入は難しいかもしれませんが、自動車に搭載するスピーカーのみをアジャイル開発するなど、一部の工程への導入例もあります。
製造業にアジャイル開発はなぜ必要?国内に広がる背景
大量生産や完成した製品が求められる製造業に、なぜアジャイル開発が広がっているのでしょうか。主な背景としては、「製品の複雑化」や「価値観の多様化」が挙げられます。
さまざまなIT技術やAIの登場によって、モノづくりの形は大きく変わっています。例えば、自動車づくりでは外装やエンジンのほか、Bluetooth搭載のスピーカーやアンプを搭載するケースも珍しくなくなりました。航空や宇宙関連のように、厳しい要件・規制がある業界も見られます。
また、現代は消費者の価値観が多様化していると言われており、業界によってはひとり一人のニーズに合わせたモノづくりが求められます。特に価値観の変化が激しい業界では、製造途中にニーズが移り変わることもあるでしょう。
このような時代の変化により、従来のウォーターフォール開発では対応が難しい製造業も増えてきています。
製造業に有効なアジャイル開発の種類
一口にアジャイル開発と言っても、その形態は企業によってさまざまです。大まかには8種類程度に分けられますが、そのすべてが製造業に適しているわけではありません。
ここからは代表的なものに絞って、製造業に活用できるアジャイル開発の種類を見ていきましょう。
シンプルな構成で開発スピードを重視した「スクラム」
プロジェクトに関わる人を以下に分けて、チーム全体でモノづくりを進める手法です。
プロダクトオーナー:発注側(顧客)の代表者。
開発チーム :4~9名の人材で構成した開発用のチーム。
スクラムマスター :上記2つの間に入り、プロジェクト全体をサポートする役割。
一般的なスクラムは、「ニーズ変化は事前に計画できない」「早い段階で全仕様の定義はできない」の2つを前提にプロジェクトが進められます。つまり、新たなニーズやリリースのスピード感を重視する手法なので、モノづくりに必要な工程が含まれていない場合もあります。
ただし、全体としてはシンプルな仕組みなので、工程のカスタマイズが難しくありません。今回紹介する中でも自由度が高く、多くの企業から採用されています。
ニーズ変化にも柔軟に対応する「XP」
XP(Extreme Programming)は、ニーズ変化への適応を重視した手法です。具体的には、開発チームと顧客が常にコミュニケーションを図る手法であり、以下の価値を重視しながら開発・製造を進めます。
コミュニケーション:開発チームと顧客が常にコミュニケーションを図る。
シンプル :シンプルで汎用性が高い仕様にすること。
フィードバック :顧客からのフィードバックを強く反映させる。
勇気 :仕様変更などのニーズ変化に立ち向かう。
尊重 :開発や製造に関わる人をお互いに尊重する。
XPを導入する場合は、製品リリースの間隔を短くすることがポイントです。リリースの間隔が長いと、ニーズ変化への対応が難しくなるだけではなく、仕様変更によるコスト増加も生じてしまいます。
また、フィードバックを早いタイミングで受けられるように、顧客と常に近い距離を維持する必要があるでしょう。
2~10日でのリリースを繰り返す「FDD」
FDD(Feature Driven Development)は、顧客側のビジネスモデルを明確にし、その上でチーム構成や計画を考える手法です。日本語では「ユーザー機能駆動開発」と呼ばれており、リリースを何度も繰り返しながら開発・製造を進めます。
大きな特徴としては、リリース期間の短さが挙げられるでしょう。例えば、一般的なスクラムでは2~4週間程度でリリースをしますが、FDDのリリース間隔は長くても10日ほどです。プロジェクトや製品によっては、2~3日間隔でリリースを繰り返すこともあります。
製造業で意識したいアジャイル開発の成功要因
製造業でアジャイル開発を成功させるには、導入前から綿密な計画を立てる必要があります。自己流ではスムーズに進まない可能性があるため、以下の成功要因はしっかりと押さえましょう。
1.解決できることを可視化し、明確なゴールを設定する
アジャイル開発は、プロジェクトの途中で要件を変更・追加するため、方向性がブレることもあります。開発期間を短縮できても、最終製品のクオリティが低い場合は導入メリットが薄れてしまうでしょう。
そのため、まずはこれまで蓄積したノウハウをもとに、アジャイル開発で解決できることを可視化しましょう。この点を分析すると、導入のゴールや目的が明確化されるため、方向性のブレを防ぎやすくなります。
2.会社全体でアジャイル開発を理解し、意識を統一させる
生産プロセスを変更すると、現場の従業員には大きな負担がかかります。特にアジャイル開発の仕組みを理解できていない場合は、メリットが薄れるばかりか業務効率が下がることもあるでしょう。
したがって、アジャイル開発の導入前には会社全体で仕組みを理解し、意識を統一させることが欠かせません。現場のメンバーはもちろん、経営上層部や管理職についても同様です。
また、ウォーターフォール開発に慣れている企業は、アジャイル開発への理解が進まないことも考えられます。仕組みがやや複雑なので、知識を持った人材が繰り返し説明をしながら、着実に理解を深めていきましょう。
3.アジャイル開発の経験者に軌道修正を任せる
アジャイル開発では、プロジェクトの方向性をこまめに修正する必要があります。一度でも方向性を誤ると大きな手間やコストがかかるため、導入に自信がない企業は経験者に軌道修正を任せましょう。
自社に適した人材がいない場合は、外部人材の招き入れる方法も一つの手です。中長期の取り組みが前提となるため、高度な知識・スキルを備えているだけではなく、組織に馴染める人材を探しましょう。
製造業で注意したいアジャイル開発の落とし穴
アジャイル開発は万能な手法ではなく、例えば生産量やコストの徹底管理が必要なプロジェクトには適していません。特性や仕組みを理解できていないと、思わぬリスクや失敗を招くことがあります。
ここからは、製造業で注意したい3つの落とし穴を紹介します。
変化を恐れて無難な導入範囲に落ち着いてしまう
アジャイル開発を導入すると、モノづくりの流れに大きな変化が生じます。しかし、その変化を恐れて無難な導入範囲にすると、前述のメリットが薄れるだけではなく、社内には「従来のプロセスでも問題なかったのでは」といった不信感が募ります。
その一方で、他部門から開発スピードの劇的な改善を求められるような状況にも注意が必要です。いくらアジャイル開発を広範囲に導入しても、解決できる課題には限界があるでしょう。
したがって、最終的に得られる効果は事前に予測し、その内容を踏まえて導入範囲を決めることが重要です。また、開発チームに過度な期待やプレッシャーがかからないように、社内への共有も忘れないようにしましょう。
他部門との連携が取れず、結果的にウォーターフォール開発に戻る
アジャイル開発のメリットを最大化するには、開発チーム以外からの協力が必要です。特に企画部門や事業部門(業務部門)、品質管理部門は、プロセス変化による影響が大きいと考えられます。
もし全社的な連携がうまく取れず、他部門からの圧力や苦情が目立った場合は、ウォーターフォール開発に戻されることもあるでしょう。従来のプロセスとアジャイル開発を併用する方法はありますが、次は仕組みの複雑化が問題になってしまいます。
このような失敗は、部下や現場に導入を任せる企業にありがちです。他部門との連携は一つのハードルになるので、経営者や上層部がうまくコントロールしながら導入を進めましょう。
目に見えない仕様定義ができていなかった
アジャイル開発を導入すると、顧客からのフィードバックを重視しがちです。ニーズへの対応はもちろん重要ですが、要望に応えているだけでは高品質なモノづくりはできません。
例えば、日本全国の不動産データを収集し、条件に合った物件を検索するシステムを開発するとしましょう。このとき、顧客からは検索条件やデータの収集範囲に関するフィードバックが届くと考えられますが、検索結果の並び順や一覧表示される情報については、細かい要望がないかもしれません。
このような仕様定義を軽視すると、製品の実装段階に入ってから修正を求められるリスクが高まります。顧客満足度を上げるには、期待以上の製品をつくる必要があるので、目に見えない部分の仕様定義もしっかりと行いましょう。
製造業にアジャイル開発支援サービスは有効?具体例と導入メリット
資金や人材、ノウハウが限られた中小企業では、アジャイル開発の導入が難しいこともあります。このようなケースで活用したいものが、アジャイル開発を支援するサービスです。
アジャイル開発の支援サービスを導入すると、企業はどのような課題を解決できるのでしょうか。サービスの例と合わせて、具体的な導入メリットを確認していきましょう。
最適な導入方法を提案する「コンサルティング」
コンサルティングが備わっている支援サービスでは、自社に適した導入方法を提案してもらえます。費用面はもちろん、運用ルールなどの細かい指針についてもアドバイスを受けられるでしょう。
依頼先によっては、「そもそもアジャイル開発が適しているのか」という観点から、ウォーターフォール開発との比較もしてもらえます。導入すべきか迷っている場合は、企画初期からサポートを受けられる支援サービスを探してみましょう。
コーチングや支援メニューによる「導入サポート」
多くの支援サービスでは、導入時にもサポートを受けられます。開発者を支援したり、導入メニューを組んだりなど内容はさまざまですが、導入状況に合わせて費用を見積もってもらえるサービスもあります。
ただし、企画から導入までサポートしてもらえるサービスであっても、依頼先への情報提供が求められます。特に前述のゴールや目標は、依頼する企業側での設定が必要になるでしょう。
そのため、サポートが手厚くても専門家にすべてを任せず、積極的に提案することを意識しましょう。
人材やビジネスツールなどの「開発リソースの提供」
アジャイル開発の支援サービスには、エンジニアをはじめとした人材や、プロジェクト管理システムなどのリソースを提供してもらえます。経営資源が限られた中小企業にとっては、心強いサービスといえるでしょう。
中には、アジャイル開発のための共創空間や、ビジネスツールが提供されるサービスもあります。アジャイル開発の導入だけではなく、オフィスも含めたビジネス環境を改善できる可能性があるので、細かいサポート面にも目を向けてみてください。
製造業のアジャイル開発は導入環境を整えるところから
製造業であっても、ライフサイクルの短い製品にはアジャイル開発を導入する余地があります。導入にはデメリットやリスクもありますが、従来の生産プロセスから脱却することで、業務効率や品質が飛躍的にアップするかもしれません。
ただし、実際にアジャイル開発を導入する場合は、知識・スキルのある経験者や専門家が必要です。リスクを抑えるためにも、まずは支援サービスも含めて導入環境を整えていきましょう。
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