製造業の新規事業アイデア事例
(画像=Rawpixel.com/shutterstock.com)

既存事業で収益を継続することに不安を感じている製造業は少なくありません。変化の激しい現代において、製造業は既存事業だけで生き残ることが難しいと考えられます。理由として、半導体不足解消の鈍化やサプライチェーンリスクと危機といった要因が挙げられます。

JETRO(日本貿易振興機構)が公開している「2023年の世界の半導体市場は縮小の予測、2022年の伸び率も鈍化」によると、世界半導体統計(WSTS)から2023年の半導体市場規模は前年比4.1%減と縮小が予想されています。半導体産業の景気循環が後退フェーズに入るのは、2019年以降ありえない状況でした。半導体不足の解消は、半導体を使用する製品の生産に影響します。メーカーの生産が遅れることで関連企業への連鎖も考えられるでしょう。

サプライチェーンリスクに関して経済産業省は通商白書2021の「サプライチェーンリスクと危機からの復旧」の中で、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの環境的リスクや原材料の高騰による経済的リスクなどの影響が考えられるとしています。製造業では、サプライチェーンや輸送の混乱などが不安視されています。

今後、製造業が生き残るには、既存事業だけではなく環境の変化を先読みした新規事業の創出が求められるでしょう。本記事では、製造業の新規事業アイデアの事例について解説します。新規事業の策定に欠かせない取り組みや新規事業創出のロードマップなども併せて紹介します。

目次

  1. 製造業における新規事業の取り組みは持続可能な競争優位性確立に必要
  2. 実現可能な新規事業の策定に欠かせない2つの指標
  3. 製造業におけるコロナ禍が生み出した新規事業のアイデア2つの事例
  4. 製造業の持続可能な競争優位性の確立にはDX推進が鍵
  5. 製造業におけるDX成功事例と今後の展望
  6. 製造業の新規事業立ち上げのロードマップ
  7. 新規事業立ち上げには製造業DXの専門家の伴走で実現しよう

製造業における新規事業の取り組みは持続可能な競争優位性確立に必要

製造業が新規事業を立ち上げることは、市場ニーズの変化に備えた取り組みだと考えられます。

一方で、少子高齢化による労働人口の減少など、人手不足の進む状況が既存事業の持続を妨げる要因の1つです。半導体不足やサプライチェーンリスクなどは、防ぐことが難しい要因でもあります。製造業が既存の収益源のみを追いかけても、あらゆる要因への対処が必要となり持続の保証が難しくなるでしょう。

成長する製造業は、常に新しい収益源を追求する姿勢を持っています。製造業でも、自社ビジネスの競合優位は新規事業のアイデアにかかっていると言えるでしょう。情報の入手が簡単な現代では、情報競争による製品ニーズの変化も考えられるため、新規事業への取り組みは積極的に取り組む姿勢が必要です。

また、新規事業への取り組みは新しい市場ニーズの創出にもつながります。既存のビジネスと合わせたリスク分散の役割も担うため、持続可能な競争優位性に向けて取り組む必要があるでしょう。

実現可能な新規事業の策定に欠かせない2つの指標

製造企業が新規事業に乗り出す場合は、設備投資など高額な資金の投入が考えられます。そのような理由から、実データのない理想だけで進めてしまうことは避けたいところです。新規事業を立ち上げるには実現可能なレベルまで策定する必要があります。ここでは、新規事業の策定に欠かせない2つの指標を紹介しましょう。

・現状の把握(AsIs)

厚生労働省委託事業の製造業ITマイスターが公開する「製造業ITマイスター指導者育成プログラム」によると、業務フローの現状をあらわしたものをAsIsで明確にします。AsIsによる現状の把握は、主観ではなく客観的な要素で明確化する分析方法です。

製造業が新規事業を創出する際は、どのような結果を求めているのかをゴールとして設定します。それが業務システムであれば、現状を把握することから理想となる業務システムとのギャップが見えてきます。

・あるべき姿(ToBe)

AsIsで明確にした現状に対して、あるべき姿が「ToBe」です。現状の把握からあるべき姿のギャップを明確化することが、2つの指標の役割です。製造業では、IoTやAIなどを活用したデジタル化で実現できる未来をあるべき姿に設定することで、既存の業務システムとのギャップが見えてきます。

・2つのToBe

あるべき姿のToBeは、2つの型を持っています。

カイゼン型価値創造型
AsIsで明確化した現状からモノの流れや情報の流れと関係する活動を明確化
情報フローにおいて無駄な部分やボトルネックになっている部分を検出してカイゼンする
デジタル化で効率よくできる部分を見つける際に活用
ある活動を通して収集したデータを一定量たくわえて、そのデータを想定していない別の部署や活動で利用できるか検討する取り組み

例:通信事業で実行している営業手法を製造業の営業活動に利用するなど
※ 厚生労働省委託事業の製造業ITマイスターが公開する「製造業ITマイスター指導者育成プログラム」をもとに筆者作成

立ち上げる新規事業は、カイゼン型になるのか、価値創造型になるのかで絞り込むことも必要です。アイデアの創出は、策定対象を絞り込まなければ、実データとは掛け合わせられないでしょう。

カイゼン型であれば、現状の把握とあるべき姿の小さなギャップを比較して、見直す部分を改善します。価値創造型の場合は、デジタル化でできることを日頃から念頭におき、新規事業アイデア創出に備えます。実現性が高いのはカイゼン型ではないでしょうか。

デジタル化でできることを理解しておく

事業のあるべき姿に近づけるには、デジタル化でできることを理解する必要があります。価値創造型だけではなく、カイゼン型で理想とのギャップを埋める際もデジタル化でできることが重要です。

厚生労働省委託事業の製造業ITマイスターが公開する「製造業ITマイスター指導者育成プログラム」によると、デジタル化でできることと、そのデジタル化に必要な機能を次のように定義しています。

デジタル化により実現すること必要な機能
情報を瞬時に別の場所へ送る通信機能
情報を複数人の人と共有する通信機能
データ蓄積機能
情報を基準にして別の情報に自動変換させる計算機能
過去の情報を必要に応じて検出する検索機能
データ蓄積機能
遠隔から現場にあるモノの状態を把握する
遠隔から現場にあるモノで生じた事象をリアルタイムで把握する
遠隔から現場にあるモノが「どこに何個あるか」を把握する
センサ機能
通信機能
表示機能
蓄積機能
※ 厚生労働省委託事業の製造業ITマイスターが公開する「製造業ITマイスター指導者育成プログラム」をもとに筆者作成

課題を設定する際に必要な3つの視点

厚生労働省委託事業の製造業ITマイスターが公開する「製造業ITマイスター指導者育成プログラム」によると、課題を設定する際に必要な3つの視点を紹介しています。

情報フロー(流れ)への着眼点ボトルネック
ショートカット
情報共有
連携の欠如
資産投入に対しての着眼点リソースシェア
資産の再配置
新たな用途開発
人材や能力開発
新たなモデル(新規事業)への着眼点テクノロジーユースケース
ベストプラクティスの適用
顧客思考(デザイン思考)
オープン化とつながる化
※ 厚生労働省委託事業の製造業ITマイスターが公開する「製造業ITマイスター指導者育成プログラム」をもとに筆者作成

上記で紹介した3つの視点は、現状の課題を明確化するために欠かせない要素です。3つ目の新たなモデルへの着眼点では、4つの要素における現状を把握する必要があります。

―テクノロジーユースケース:新しいシステムで何ができるのかを客観的に表現する
―ベストプラクティスの適用:最良の解決策を適用させる
―顧客思考(デザイン思考):顧客目線で革新的な製品を開発する
―オープン化とつながる化:デジタル技術の活用で可視化と共有範囲の拡大を進める

新たなモデルの創造に向けた「つながるものづくり」で実現する6つのステップ

製造業における新規事業のアイデア策定は、厚生労働省委託事業の製造業ITマイスターが公開する「製造業ITマイスター指導者育成プログラム」で公開している「つながるものづくりの実現ステップ」でも段階的なプロセスで表現しています。

▽つながるものづくりの実現ステップ

製造業の新規事業アイデア事例
出典:厚労省「製造業ITマイスター指導者育成プログラム」のうち「つながるものづくりの実現ステップ」

―困りごとをまとめる:製造現場の問題を整理
―シナリオをつくる:関係者を基準にして「モノ」「情報」「活動」の現状をあてはめる
―データを定義する:「モノ」や「情報」に対して「データ」を定義する
―データの処理を定義する:「データ」に対してロジック処理を定義する
―機能とデータを配置する:ロジックで定義された「データ」を機能ごとに配置する
―コンポーネントを割り当てる:配置された処理に対してコンポーネントを割り当てる

製造現場では、対象となる関係者(作業担当者や班長など)を軸にします。その関係者と機器や部材などに該当する「モノ」「情報」「活動」を定義してロジックでつなぐイメージです。最終的にコンポーネントとしてまとめるまで体系的に進められます。

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製造業におけるコロナ禍が生み出した新規事業のアイデア2つの事例

製造業では、従来の製品からアイデア1つで新規事業参入も考えられます。それは、資金力のある大手に限られたことではありません。小規模製造業の小回りの良さも新規事業を実現しやすい強みではないでしょうか。ここでは、コロナ禍が生み出した小規模製造企業における新規事業の事例を2つ紹介します。

コロナ禍の需要を察知したBtoCへ転換

愛知県豊川市の山本製作所は、従業員6人規模の金属製品製造業を営んでいます。同社は、B2Bを基本として多角化経営を展開してきました。その矢先、コロナ禍による取引先からの受注が減少し、業績の悪化となりました。この問題が同社にとって新規事業創出のポイントとなっています。

新規事業のアイデアは、消費者需要の高まる感染症予防のマスクに着目したことです。マスク需要から自社の製造技術を生かした「卓上マスク置き」の開発に取り組みました。その結果、2020年12月までの期間でEC販売において累計8000個以上販売実績をつくりました。まさに、BtoBからBtoCへの転換です。
※中小企業庁「2021年版中小企業白書・小規模企業白書~中小企業の新事業展開事例集~概要」を参照

コロナ禍の巣ごもり需要をヒントにBtoCへ転換

岐阜県飛騨市の有限会社砂原石材は、石材加工で仕上げた焼き肉調理器具「飛騨溶岩プレート」を製造する企業です。同社の焼き肉調理器具は、飲食店事業者向けの製品として開発していました。そのような折に新型コロナウイルス感染症が拡大して、巣ごもり需要で売り上げ減少に直面しました。焼き肉店を含む飲食店では、時短営業や会食の人数制限などの影響が考えられます。

飲食店の打撃は、調理器具メーカーにも影響しました。そのような状況から、同社は対事業者から対一般消費者へと顧客対象を切り替えました。それが家庭でできる焼き肉調理器具への発想の転換です。巣ごもり需要で外食が少なくなったコロナ禍が追い風となり、自社ECサイトとECモールを活用したネット販売で月間600枚の販売実績を達成しています。
※中小企業庁「2021年版中小企業白書・小規模企業白書~中小企業の新事業展開事例集~概要」より参照

製造業の持続可能な競争優位性の確立にはDX推進が鍵

小規模製造企業2社の新規事業アイデアは、コロナ禍の逆境を追い風に転換した発想で生まれています。時流を捉えたことで需要に寄り添ったビジネスを確立できています。

新型コロナウイルス感染症など環境要因は、短期的な需要とも考えられるでしょう。安定した業績を目指すには、常に時代を再読みした取り組みが求められます。持続可能な競争優位性の視点で新規事業を生み出すには、デジタル技術を活用したDX推進が鍵となるでしょう。

経済産業省が旧DX推進ガイドラインを2022年9月に改定した「デジタルガバナンス・コード2.0」では、DXを以下のように定義しています。

DXの定義
(画像=「デジタルガバナンス・コード2.0」(経済産業省)をもとに作成)

上記に挙げたDXの定義は、ビジネスとITシステムをセットに考えて、全社的な取り組みで進めることをポイントにしています。そのため、これからの製造業はデジタル技術ありきで新規事業の創出を進めなければなりません。

製造業におけるDX成功事例と今後の展望

経済産業省では、中堅・中小企業を対象にDXの優良モデルケースを表彰する「DXセレクション」を開催しています。2022年3月開催のDXセレクション2022では、製造企業がグランプリおよび準グランプリを受賞しています。表彰された製造業2社の事例を紹介しましょう。

2030年に向けた「つながる工場づくり」を10年計画で目指す金属加工業

DXセレクション2022でグランプリを受賞した大阪市平野区の金属部品加工業、山本金属製作所は、本社工場を中心に多拠点で事業を進めています。同社の課題は拠点をまたいだ工場運営の効率化です。課題には、人手不足や技能継承、コロナ禍の移動制限なども含まれています。製造業に共通する課題をデジタル技術で解決しています。

スキルマップシステムによる作業員の教育計画作成と、熟練技能者による遠隔指導カメラ導入が現場の評価体制を向上させました。今後は、課題としてシステム間の連携が残るため、2030年を目標に「つながる工場づくり」を目指しています。

現場の困りごとを組織一丸で解決する「チームIoT」で取り組む電気機械器具製造業

群馬県太田市の電気機械器具製造業、日東電機製作所は国内の電力会社や大手重電メーカー向けの電力制御装置を開発、生産している企業です。DXセレクション2022では、準グランプリとしてノミネートされています。

20年以上前から独自の経営管理システムを自社開発して工場内の工程や原価、在庫の可視化や加工作業の半自動化などのデジタル化に取り組んでいます。現在では、IoT技術に磨きをかけた現場の課題抽出組織「チームIoT」でさらなる製造現場のDX推進を拡大している状況です。

製造業の新規事業立ち上げのロードマップ

価値創造型で競争優位を目指すのであれば、デジタル技術による変革は欠かせません。製造業がデジタル化を中心に新規事業を立ち上げる際は、次に挙げるロードマップを参考として取り組むことが効果的です。

目指す姿の策定:課題の認識から現状把握とToBe策定
技術検証:実際のデータとシステムを使って検証
仕組み構築:ITベンダーと共同によるアジャイル開発
運用・内製化:企業のDX人材の育成および継続できる体制づくりの構築
出典:コアコンセプトテクノロジー

これらのロードマップでは、製造業DX(デジタルトランスフォーメーション)に長けている専門家のサポートが必要となるでしょう。

新規事業立ち上げには製造業DXの専門家の伴走で実現しよう

製造業が持続可能な競争優位性を求める上では、デジタル化による新規事業の立ち上げが重要です。熟年技能など自社の強みを生かしながら、既存の事業モデルからの変革が求められます。この取り組みこそが製造業DX組織の構築です。

製造業DX組織は、デジタル技術の実装経験が豊富な専門家の見解が欠かせません。専門家に求める見識は、多様な業種を経験した再現性の高いコンサルティングです。新規事業の立ち上げの成功確率を上げるためにも、製造業DX専門家のサポートを活用した伴走型の事業モデルの開拓を始めてみてはいかがでしょうか。

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