近年の製造業では、ITシステムの導入が活発になっており、IoTの活用も進んでいます。IoT機器を有効活用することで、今まで以上にデータを収集・蓄積できるため、適切に活用することで、業務の効率化を図れる可能性があります。自社に応用するためにも、まずは製造業とIoTの関係について理解するとよいでしょう。
この記事では、製造業におけるIoT活用について解説します。導入のメリットや注意点についても触れるので、ぜひ参考にしてみてください。
IoTとは
IoTとは「Internet of Things」の略であり、さまざまなモノにインターネットを接続するという考え方や手法のことです。電子機器や家電製品などに幅広く使われており、家庭向けでは、インターネットで遠隔操作できる照明・洗濯機・エアコンなどがなじみ深いでしょう。
製造業では、温度管理が必要な設備の室温調整や、カメラを用いた遠隔監視・モニタリングなどの利用が多いです。作業員や機械の稼働管理により、人の手だけでは難しかった管理を容易にしたり、効率化したりします。場合によっては作業プロセスを自動化できるため、大幅な業務改善が見込める場合もあるでしょう。
IoT技術は、ITシステムの中では比較的新しい分野ですが、その市場規模は年々拡大しています。文字通り、あらゆるものをインターネットにつなぐことで管理できるため、工場の制御機器(Operational Technology)を含めて、新たに導入を検討する企業が増えています。大手企業だけでなく、中小企業などが幅広く活用する動きもあります。
近年では、製造業ではITシステム化・機械化などにより生産効率を高めた「スマートファクトリー」が注目されており、IoT技術はスマート化を実現する1つの方法としてニーズが高まっています。
インダストリー4.0の影響
「インダストリー4.0」とは日本語で「第4次産業革命」のことであり、2011年にドイツ政府が提唱した製造業の技術革新を指します。主にAI技術やIoT機器を活用して、生産ラインの効率化・生産性の向上などを目的としています。
インダストリー4.0では、AI・IoT・ビッグデータIなどを活用し、インターネットを介して、さまざまな作業や管理の自動化とデータ化・データ活用に取り組みます。また、インダストリー4.0は製品の生産だけではなく、流通に至るまでのすべての工程を管理することができます。そのことから、プロセスに合わせて「サプライチェーン4.0」や「ロジスティクス4.0」などと呼ばれることもあります。
インダストリー4.0による技術革新の中には、IoTの活用も含まれており、IoTは製造業において大きな変化をもたらすことが期待されています。
製造業でIoTを導入するメリット
製造業でIoTを導入するメリットは大きいですが、さまざまな分野に活用できるため、具体的にどのような導入効果が得られるかを把握する必要があります。ここでは、製造業でIoTを導入するメリットについて具体的な事例を交えながら説明します。
生産性の向上
製造業の現場では、Excelなどを活用して手動で生産管理を行っていることが多いです。新たにITシステム化を図り、IoTを導入して生産ラインを可視化することで、生産量やラインの稼働率を把握しやすくなります。プロセスを可視化することにより、これまで人の手で行っていた需要予測や生産計画などを、蓄積したデータをもとに客観的な結果を算出できます。
また、生産工程のデータを収集・分析して、無駄なプロセスを発見・改善することによって業務を自動化・効率化することが可能です。例えば、生産管理で紙を使用していた場合、IoTの導入により紙が不要になったり、業務効率化によって時間的余裕が生まれて生産性が向上したりします。
他にも、生産ラインの確認を自動化することにより、生産プロセスの効率化を図り、省人化を実現できるでしょう。そうなれば、製造業の慢性的な課題である「人手不足」を解決できる可能性があります。
作業員の稼働の最適化
作業中の従業員にビーコンなどの位置情報を把握できる機器を持たせることにより、動線を記録できます。この記録を蓄積して分析することで、効率が良い動線をシミュレーションできます。例えば、その動線に物品が置かれている場合は、配置を変えることにより効率化を図れるでしょう。
作業用備品などの配置を最適化するだけでなく、経験値が浅い作業員でも適切な動線を検出し、作業効率を高められます。
無人搬送車などの活用
近年では無人搬送車にもIoTが活用されており、有効活用することにより業務を大幅に改善できる可能性があります。従来の無人配送車は搬送用の磁気テープの上を走行することしかできなかったため、定型的な作業にしか活用できません。
しかし、各種センサーを取り付けた無人配送車であれば、磁気テープが無いところでも走行可能です。さらに、AIが搭載された無人配送車では、経路上の混雑状態を学習し、最適な運搬経路を判断して走行できるようになっています。
危険やエラーの検知の自動化
製造業では、生産ラインの効率化以外にも危険やエラーの感知を目的としてIoT機器が活用されるケースも多いです。例えば、メンテナンスが必要な設備に対し、IoT機器を応用することで、温度・作動音・動作速度・負荷などのデータを自動的に収集し、エラーや異常を検知します。検知した際にアラームが鳴る仕組みにすることで、ラインの停止を未然に防げます。
他にも、危険なエリアへの立ち入りをリモート環境で制御することも可能です。同様の技術を利用することにより、生産された製品の検査も自動化できます。エラーが発生したものを効率良くピックアップできるため、生産ラインの品質を高められるでしょう。
IoT活用が遅れている原因
ここまで説明した通り、製造業でIoTを活用することにより業務の改善・生産性の向上が見込めます。しかし、現状では製造業においてIoT活用が十分に進んでいるとはいえません。ここでは、製造業でIoT活用が遅れている原因について説明します。
コストの問題
製造業において、IoTの活用は効率化を図る上で効果的な手段である一方で、適切な環境を構築するためには大きなコストが発生する点が課題です。また、IoTを適切に導入するためには、現状の生産設備を見直す必要があります。そのためのデータを収集・管理するITシステムが新しく必要になることもあるでしょう。
IoT導入による効果を見込めることは理解できても、多額の設備投資が必要になればスムーズに導入できません。IoT機器は新しい分野であるため、費用対効果を算出するのも難しいでしょう。
人材の問題
IoT機器の導入後、期待する効果を得るためには適切に運用する必要があります。そのためには、専門的な知識・経験を持つIT人材が必要です。しかし、製造業は慢性的な人材不足であり、同様にIT人材も不足気味です。そのような中で「製造業に知見がありIoTを扱える人材」を確保するのは難しいでしょう。
また、導入から運用までを任せられる担当者を確保した場合、設備投資とは別に人件費が発生するため、コストの問題が発生します。さらに、IoT導入後は、生産現場の従業員にも適切に扱えるように研修・教育する必要があります。導入に向けた計画立案から運用マニュアルの作成まで考えると、安定稼働までには相当の時間がかかるため注意しなければなりません。
現場の負担の問題
経営陣など上層部の人員がIoT機器に関する知見を持つ場合、トップダウンで工場の大規模な改革が行われるケースがあります。改革が進んだ結果、製造現場のデータ活用や生産工程の可視化などが実現し、作業効率は向上するでしょう。
しかし、現在の生産プロセスから大きく変わる可能性があるため、現場に大きな混乱を招く可能性があります。その結果、業務改善のためにIoT機器を導入したのに、逆に現場で働く従業員の作業負担が大きくなる可能性があるでしょう。導入する際は、現場の理解を得ながら、適切に運用できる体制を構築することが不可欠です。
データ活用の難しさ
IoT活用により、今まで活用できなかったさまざまなデータを収集できます。また、データ収集を簡略化できるでしょう。しかし、そのデータを適切に分析し、効果的に利用するためには、知識と経験を持つIT人材が必要です。
適任者がいない場合は、データを収集できても有効活用できないため、業務改善につながらないことがあります。
IoTを導入する流れ
IoTの導入を検討する際は、その流れを把握しておくとスムーズに導入できるでしょう。ここでは、製造業がIoT機器を導入する流れを紹介します。
データの可視化
製造業でIoTを活用する場合、データ収集・分析が必要になるため、あらかじめどのようなデータが存在し、IoTによりどのように活用できるかを把握する必要があります。IoTを活用することにより、生産工程などのプロセスを可視化できますが、導入前から活用するデータを可視化しておくと、導入がスムーズになるでしょう。
また、収集するデータは現状のプロセスの課題や目的に応じて設定する必要があります。例えば、機器の異常を検知したい場合は、異常時と通常時のデータを蓄積することにより、対応できるようになります。収集するデータに対応するIoT機器を導入し、必要なネットワークを構築することが重要です。
通信環境に関しては、有線接続の方が、遅延が少なく安定性が高いですが、配線が複雑になる可能性があります。近年では、5G通信を活用して無線環境でも、IoT機器を利用できるようになっています。
データの活用
製造業にIoTを導入する場合、データ分析の結果を現場で活用する必要があります。場合によっては、AIを搭載したシステムを導入する必要もあるでしょう。例えば、施設内の温度調整を制御する場合は、制御システムと連携して温度調整をAIに制御させる必要があります。
機械・システムの自動化
製造業にIoTを導入する最終段階では、機械やシステムの自動化を実現します。機械・システムの自動化を実現すれば、設備やシステムに対して人間の判断が不要になり、作業をAIに任せられます。
このような設備は定期的なメンテナンスなどは必要であるものの、基本的には人間が管理せずとも製品の出荷可否などの判断を行えるようになります。また、人の目ではわからない製品の差異の判別なども可能になるため、品質が向上する可能性もあります。
IoTを活用した企業の事例
製造業のIoT活用は進んでいますが、実際にどのような事例があるのでしょうか。ここでは、IoTを活用した企業の事例を紹介します。
株式会社大矢製作所
株式会社大矢製作所は「摩擦圧接工法」という独自技術を持つ部品加工会社です。高い技術力を持つ熟練作業員による加工条件設定が、属人化していることが問題になっていました。また、熟練の作業者は経験や勘に頼った作業をするため、技能の継承や人材育成が難しい点も大きな課題でした。
そこで、現場にある摩擦圧接機に付いているPLCを、データ出力機能が付いている最新型PLCに入れ替え、IoTを活用することでデータの可視化を実現しました。PLCは、設備や機械の動作に対する条件を定義することで、機械を自動的に制御する装置のことです。
データベースに加工機の実測データを蓄積し、可視化することにより、加工機の状態を数値化できます。その結果、誰でも熟練の作業員と同レベルの製品を生産できる体制が整いました。
グローリー株式会社
グローリー株式会社は通貨処理機の大手企業です。この事例では、小売店の業務効率化に向け、IoT対応の電子マネーチャージ機を開発し、導入しました。近年、世間ではキャッシュレスの流れが加速し、店舗にもキャッシュレスに対応した機器が導入されています。
人手不足が課題の店舗では、電子マネーチャージ機の導入による店舗スタッフの管理業務が増加する事態が発生していました。例えば、機械の中の現金の量は、定期的な確認作業が必要であるため従業員の負担になっています。また、エラー対応の際にも機器を見なければ状態を確認することができず、迅速な対処が困難でした。
そこで、IoT対応の新型電子マネーチャージ機を開発し、機器の状態の可視化を実現しました。各機器の現金量を事務所で把握できるようになっただけでなく、エラー内容などもリモートで確認できるようになりました。遠隔でも適切に対処できるため、エラーが発生しても迅速に対応でき、店舗の業務が効率化しました。ソフトウエアのバージョンアップなどがリモート配信で対応できる点も大きなメリットです。
製造業とIoTの今後の方向性
製造業において、IoTを活用することにより、さまざまな課題を解決できるでしょう。しかし、まだこの動きも発展の途中であるため、今後の方向性を把握することも大切です。ここでは、製造業とIoTの今後の方向性について説明します。
製品のIoT化
今後は生産工場だけでなく、生産される製品にもIoTの技術が使われる可能性があります。製品がIoT化すれば、ユーザーの使用環境による情報を収集して活用し、トラブルが起きてもインターネット経由で最適なアクションを取ることが可能になります。その結果、製品がユーザーの状況に合わせてアップグレードすることも可能でしょう。
スマートフォンが普及したことにより、IoT家電を遠隔でも手軽に操作できるようになりました。同様に、IoT製品もユーザー側で操作したり、アップグレードしたりできるようになるでしょう。さらに今後は、高速通信規格である5GやAI技術により、さらに利便性が高い製品が誕生することが期待されています。
工場のスマート化が進行する
前述した通り、現代は、インダストリー4.0と呼ばれる第4次産業革命が起きている時代です。製造業の工場はスマート化が進行することにより、より大きな発展を遂げるでしょう。実際に工場と取引する設備メーカーや、設備の要素となる制御機器・通信機器メーカーが、工場をスマート化する設備や機器を提供しています。
今後は、工場のIoT化で収集した情報を活用し、より生産性が高まるように工場の最適化が進むでしょう。さらに、製造業におけるサプライチェーン(原材料の調達から販売までの一連の流れ)においてもスマート化が進行すれば、製造業全体の生産性が高まり、さまざまな課題が解決できると期待されています。
自社に合ったIoT化を進めることが大切
近年、製造業におけるIoT技術の活用が進んでおり、有効活用することによりプロセスの可視化や業務の効率化を図れます。ただし、IoTの用途は多岐にわたるため、自社に導入する際は、目的や目標を明確にする必要があります。
製造業においてIoTの導入効果は大きいものの、既存の設備を見直し、新しいシステムへ切り替える必要があるため、コスト面がネックとなり、IoT化が進んでいないのが現状です。自社でIoTを活用する際は、適切な生産工程に導入し、運用できる人材を確保することも重要です。
今後は製造業の工場のスマート化がさらに進むと期待されています。IoT技術はさまざまな製造業の業務に変革をもたらす可能性があるため、自社で有効活用できるかどうかを検討してみるとよいでしょう。
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