京セラが挑むDX 大企業ならではの乗り越えるべき「壁」とは

「京セラフィロソフィ」「アメーバ経営」といった独自の経営手法で日本の製造業をリードし、国内外において幅広く事業を展開する京セラ。さらなる成長に向けてデジタル化の推進に取り組んでいますが、ほかには真似できない卓越した技術を持つ、歴史ある大企業ならではの壁も感じているといいます。

「ものづくりDXのプロが聞く」は、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)CTOでKoto Online編集長の田口紀成氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューするシリーズです。今回は、京セラのDX戦略について、同社の執行役員でデジタルビジネス推進本部長の土器手氏にお話を伺いました。

土器手 亘氏(京セラ)、田口 紀成氏(コアコンセプト・テクノロジー)
左より土器手 亘氏(京セラ)、田口 紀成氏(コアコンセプト・テクノロジー)
土器手 亘氏
京セラ株式会社 執行役員 デジタルビジネス推進本部長
1983年、京セラ入社。アメーバ経営を運営するための業務システムや社内外の業務系・技術系情報システムの構築を行う。1995年、京セラコミュニケーションシステムの設立とともに出向・転籍し、その後、Al・IoT・Cloud を活用したICT事業を統括。2020年より現職で、京セラグループのデジタルトラ ンスフォーメーションを推進。
田口 紀成氏
株式会社コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後はモノづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織・環境構築を推進。
*2人の所属及びプロフィールはいずれも2023年12月現在のものです。

目次

  1. デジタル化による「生産性倍増」背景にあった製造現場の課題
  2. 社員のマインドセットを変え、ビジネスが成長する土壌を
  3. 「ルールの壁」「現状業務を守る壁」を乗り越えるために
  4. ゴールに向け鍵となるのは若手社員
  5. 必要なのはスキルではなく「本質は何か」を追求できる力

デジタル化による「生産性倍増」背景にあった製造現場の課題

田口氏(以下、敬称略) まずは、御社の事業内容について教えてください。

土器手氏(以下、敬称略) 京セラは、元々はファインセラミックスの専門メーカーとして1959年に創業しました。以来、半導体部品や電子部品、複合機など、いろいろな製品を作ってきましたが、現在は製造だけでなく、さまざまなサービスやソリューションの提供も行い、多様なビジネス形態を持っています。2022年度(FY2023)には売上高が2兆円を超え、海外を含めたグループ全体でおよそ8万人の従業員がいます。

京セラ発展の礎となっているのが、創業者である稲盛和夫による「京セラフィロソフィ」という経営哲学、そして組織をアメーバと呼ばれる独立採算で運営する小集団に分ける管理会計手法の「アメーバ経営」です。この2つを両輪として、幅広い事業をグローバルに展開してきました。

田口 土器手さんは、2020年にデジタルビジネス推進本部長に就任なさったと伺っていますが、それまでのご経歴、就任の経緯について教えていただけますか。

土器手 私は情報系の大学を卒業して1983年に入社し、はじめは経営管理部という部署に配属されました。そこで最初は伝票の入力や倉庫での出荷などの仕事を覚え、その後、社内の設計システム整備などを担当しました。

1995年に出向・転籍したのが、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)という子会社です。KCCSは情報システムの会社で、ここで京セラ内部のシステムはもちろん、外部のお客様のシステムインテグレーションなども経験しました。

そして、2020年にデジタルビジネス推進本部の本部長として声がかかり、本社に戻って現在に至ります。転籍して20年以上経ってから戻ってくるというケースは京セラの中でも珍しいのですが、KCCSの時代に京セラ内部の部署とも業務を通じて関わりがあったので、人間関係などにもそれほど違和感なく戻ってくることができました。

田口 そうした異例とも言える人事で土器手さんが本部長に就任した背景として、当時の御社が感じていた課題など、何かあったのでしょうか。

土器手 社長の谷本は、以前セラミック部門の責任者をしていたことがあるのですが、その際に製造現場のいろいろな課題を感じていたようです。

例えば、セラミックの部品は受注生産がメインなのですが、標準品を大量に作る場合とは異なり、セラミックでないと作れないものをお客様独自の要望に応じて作るケースがほとんどです。そうなると少量多品種になり、一つひとつのリードタイムがどうしても長くなってしまいます。また、アメーバ経営による個別の集団がそれぞれ独自のシステムを使い、データの共有がうまくできていないという課題もありました。

アメーバ経営は個々の成果を明確にして、全社員が経営意識を持って取り組むという点では大変有効な手法ですが、全体最適が必要な場面で、時に異なるアメーバ同士の情報共有や連携がうまくいかなくなってしまうケースが起きていたのです。こうした状況を放置すると、リードタイムが長くなってしまうだけでなくオーバーヘッドがかさみ、生産性の低下につながってしまいます。

京セラ 土器手氏
「セラミック部門は当社の中でも最も古い部署なのですが、全社を見渡すと同じような課題が他の製造部門でも見られ、また営業や管理の部門でも生じていました。」(京セラ 土器手氏)

このような状況を改善するため、2020年、社長が全社的にデジタル化を進めることを決め、異なる部署同士で情報を横ぐしで活用できるようにすること、そして生産性を倍増することを掲げました。その役割を担う責任者の任に当たることになったという経緯ですね。

社員のマインドセットを変え、ビジネスが成長する土壌を

田口 デジタルビジネス推進本部長として、ここはやり遂げようという領域や、掲げた方針などはあるのでしょうか。

土器手 本部が出来たときの、私たちのミッション・ビジョンは次の通りです。

・ミッション
「京セラグループを新たな成長軌道に乗せるために、モノづくりのDigital化、業務のDigital化、ビジネスのDigital化を総合的に推し進め、社員一人ひとりの意識変革につなげる」

・ビジョン
「京セラのモノづくりの力を、デジタル技術によって一層強固なものとし、より創造的な発想とチャレンジ精神が発揮できる京セラグループであり続けること」

入社して3年目のころ、セラミック部門でCADによる自動作図の導入を担当していたとき、私は京セラが培ってきたものすごいノウハウを知り、大変驚きました。例えばセラミックの板は焼くと縮むのですが、その縮む比率が縦と横で違うのです。この点を踏まえて、きちんと寸法通りに仕上げなければならないわけですが、コンピュータなしでそれをやっていて、いわゆる匠の技で成し遂げていました。

この技術を属人的なものにせず、コンピュータを使って継承できるようになれば、京セラはもっと素晴らしい会社になるのでは、と当時感じたことを今でも覚えています。途中で担当を離れることになり、実現できないままになっていたのですが、今回改めてこの役割を任せてもらい、その思いを実現させる時が来たと感じています。

コアコンセプト・テクノロジー 田口氏
「メッセージを改めて拝見すると、デジタル化はゴールではなく、それによって社員の意識変革へとつなげることまでを掲げているのですね。」(コアコンセプト・テクノロジー 田口氏)

土器手 はい。私も最初は、まずデジタル化を進めて効率を上げたり品質を上げたりすることで生産性向上を図ろうと思っていたのですが、やり始めてみるとやはりいろいろな障害が出てきました。単にデジタル化を推進しようと思っても、うまくいかない。これまでのやり方を変えたくない、やりたくないという意見が必ず出てくるのです。

例えば、それぞれの部門が持つデータは自分たちが蓄積した大事なものですが、それをデジタル化やDXによって他の部門と共有しようとすると、心理的抵抗が生じます。ほかにも、デジタル化を阻む壁はたくさんあり、それらを乗り越えないとデジタル化は進められないことに気付きました。

まずは、どうやって社員のマインドセットを変えていくか。そして過去のやり方に固執するのではなく、必要性を見極めて新しいことを取り入れる組織にしていかなければなりません。マネジメント層の見る向きを自分の組織の中だけではなく、横の部署、会社全体へと変更し、その上でどうすべきかを考えられるようにしていく。そういう風土を醸成しないと、デジタル化に限らず、会社が成長を続けるのは難しいと感じました。

最終的な目標はデジタル化ではなく、社員のマインドセットが変わり、新しいことに取り組めたりイノベーションが生まれたりする土壌を作ること、そして社員それぞれが自ら改革していくことができる会社にすることです。それができれば、今の事業が成長を続け、さらに新しいビジネスを生み出すこともできるのではないかと思います。

「ルールの壁」「現状業務を守る壁」を乗り越えるために

田口 現場の方たちの理解を得ながらDXを進めるため、そして社員のマインドセットやマネジメント層の意識を変えるために、何か取り組んだことはありますか。

土器手 課の責任者以上の全員を対象に研修を行い、社長のメッセージを伝えた上で、外部のITベンダーの方にDXの必要性などについて説明していただきました。また、私も時間をもらって、お伝えしたような京セラの中にある壁を乗り越えていくために何が必要か、ということを中心に話をしました。

よく私が話すのが、「砂漠の赤信号」の例えです。ほとんど誰もいない砂漠に赤信号があったら、どうしますか?信号に従って止まり、青になってから進むという人もいるでしょうし、無視して進むという人もいるでしょう。当社の場合は、青の時間を長くするとか、押しボタン式に改善すると考える人が多いかもしれません。これもデジタル化を進める上で感じた壁の1つで、私は「ルールの壁」とか「現状業務を守る壁」と呼んでいます。

既存のルールや現状に対し思考停止になってしまい、そもそもなぜそれが出来たのか、昔からやっていることが現在も本当に必要か、本質を見極める目を持たないと、その壁を乗り越えることはできません。砂漠の信号も、もしかしたら過去に何か必要な理由があって作られたものかもしれません。その背景を知った上で、そもそも今果たして必要かを考えられる、そして、不要だと感じたら臆せず声を上げ、その声を受け入れる組織にしていくことが大切です。

お陰様で、研修受講後のアンケートでは、97.8%から「京セラの目指すDXについて理解した」、93.5%から「自部門でDXプロジェクトやデジタル人材育成を進めていきたいと思う」という回答が得られました。継続的な取り組みで、少しずつ理解が進んでいるのではないかと思います。

田口 製造工程におけるDX導入による変化など、具体例があったら教えていただけますか。

土器手 例えばAIで画像を認識して検査をしたり、セラミックを焼くときの焼成条件をAIで計算したり、徐々にではありますが取り組みが始まっています。

それから、営業部門でのデータ共有も少しずつ進んでいますね。これまでは、「なぜ自分のお客様の情報を共有しないといけないんだ」という声もあったのですが、必要性が理解され始めているのだと思います。以前も部門内での共有はある程度されていたのですが、部門をまたがった共有はここ最近の取り組みです。

京セラ 土器手氏
「当社のようにこれだけ多様な製品を作っていると、異なる部門の営業が同じお客様のところでかち合うといったことが起きるケースもあります。共有によってそうした事態も防ぐことができますし、さらにこのお客様はこうした商品もニーズがあるかもしれない、といったプラスの営業展開も期待ができます。」(京セラ 土器手氏)

ゴールに向け鍵となるのは若手社員

田口 御社のデジタル化、DXの取り組みの現時点の立ち位置は、大体何合目ぐらいとお考えでしょうか。

土器手 まだ5合目にも行っていない、という段階ですね。

田口 土器手さんの考えるいわゆる10合目というのは、どういう状態なのでしょうか。思い描いている姿をお聞かせいただけますか。

土器手 今やるべきデジタル化ができるだけではなく、先ほどお伝えしたような、社員のマインドセットや企業風土が変わり、そしてさらなる事業の成長や新たなビジネスが生まれるようになるのが目指すべき姿です。デジタル化とマインドセット・企業風土の変化はどちらが先というよりは、両輪ですね。

社員のマインドセットが変わらないとデジタル推進は難しいですし、かといって何のきっかけもなく、いきなり考え方を変えようと言ってもそれは無理な話かもしれません。デジタル化を足がかりに社内に新しい風が吹き、少しずつ社員の考え方が変わることでデジタル化ができる環境になる。お互いの相乗効果が必要になるだろうなと思っています。

恐らく、今いろいろな研修を受けている社員が責任者になっていくと、自ずと変わってくると思います。キーになるのはデジタル化やDXを比較的受け入れやすい若手の力ですね。

デジタル化やDX、今急速に進化しているAIなど、新しいものに敏感になり、必要に応じて取り入れることは持続的な成長に必要不可欠です。そういうものをいかに現場の業務や経営に活かしていくかという視点を持ち、自発的に考えられる人がマネジメントレベルに増えていくことで、10合目に近づくことができるのではないでしょうか。

田口 若い社員の活用という点で、何か感じている課題や取り組んでいることはありますか。

土器手 先ほどの話でいうと、「年代の壁」ですね。以前は、会社にいる年数や経験が重要視され、若手の意見がなかなか通りづらい雰囲気があったと思います。それが、ITやデジタル化というものが入ってきたことによって、若手を見る目に変化が起き、若い社員に期待する人たちが増えてきているのを感じます。

例えば研修を受けた若手社員が、現場で責任者に「これだったらこういうやり方ができます」「こういうことをやったらどうでしょう」とデジタルを活用した効率化やアイディアを提案する場面も増えていると聞きます。今までこういうやり方だったから、と代々受け継がれてきたものを上から教わるだけではなく、そもそものところから考えるという視点を持たないと出てこない意見ですね。

また、月に1回か2回、社長と若手社員10人くらいによる飲み会が定期的に開催されています。これは、若手が意見を言いやすくなるような、心理的安全性を高める取り組みです。20代や30代の社員を中心に募集をかけて、社長のポケットマネーでお酒を飲むそうです。経営層の話を直接聞くことができ、自分たちの考えも話すことができる良い機会ですが、実際には堅苦しい話だけではなく、趣味のことなど仕事以外の話題も多いようです。

必要なのはスキルではなく「本質は何か」を追求できる力

田口 若い方たちのデジタル人材育成という点で、何かお考えはありますか。

土器手 デジタル人材育成のためには、例えばPythonやデータベースといった技術的なスキルを学ぶことも必要ですが、やはり一番大切なのは、「本質は何か」を追求できる力を身に付けることだと思います。それがないと、スキルも活用方法がわからず、持ち腐れになってしまいます。

例えば、スキルが身に付くとすぐに今やっていることをシステム化したくなりがちですが、そもそもそれを続ける必要があるか、どういう目的でやっていることなのか、といった視点で掘り下げた上で改善しなければ意味がありません。

京セラ 土器手氏
「本質を見極めることは、デジタル人材としてだけではなく、ビジネスをやっていく上でとても重要な要素ですね。」(京セラ 土器手氏)

田口 非常に重要な力ですが、実際にそれを身に付けるためには、何が必要なのでしょうか。

土器手 なかなか難しいですよね。デザイン思考や視点を変える研修など、いろいろとやっていますが、当然ながら、これをやったら大丈夫という絶対のものはありません。ただ、私が大事だと考えているのはレビューです。こういうことをやりたいとアイディアが出来たときにレビューを受け、そもそもなぜそれが必要なのか、それに対して手法は適切なのか、対話しながら深く掘り下げていく経験を積み重ねることで、本質を見極める力がついていくと思います。

田口 最後に、今まさにDXに取り組んでいる方やこれから取り組もうとしている読者に向けたメッセージをお願いできますか。

土器手 今後企業が生き残っていくために、デジタル化やDXは避けて通れない道だと思います。どこから手をつけるか、というのは企業によってさまざまだと思いますが、社員のマインドセットや社風といったものを意識しながら、トップ含め一丸となって進めていくことが大事なのかなと思います。

【関連リンク】
京セラ株式会社 https://www.kyocera.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/

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