2023年9月、スーパーゼネコンの清水建設が「100年後」を見据えたオープンイノベーション拠点「温故創新の森 NOVARE(ノヴァーレ)」を東京都江東区に新設しました。
同施設は、強力なトップダウンのもと進められた、総工費500億円を投じたプロジェクトです。同社が見ている50年後、100年後の姿を描くための壮大な試みの現場を、同社NOVARE DXエバンジェリストの及川洋光氏による案内のもと、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)取締役CTOでKoto Online編集長の田口紀成氏と、東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏が訪問しました。
大手航空会社に入社し、情報システム部門のシステムエンジニアとして空港のシステム開発プロジェクトを担当。1999年に大手ICTベンダーに移り、製造業向けソリューションのプロジェクトマネジメントおよびコンサルティングに従事し、50社以上のプロジェクトを担当。エバンジェリストとして、年間約180回のDX講演活動を実施。2021年10月に清水建設に入社し、今年9月より現職。DX推進のリーダーとしてデジタルツインなどの各種プロジェクトを推進中。
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
2002年、明治大学大学院 理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2015年に取締役CTOに就任後は、ものづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画/開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織/環境構築を推進。
目次
NOVAREは完成形のない、成長し続ける施設
「温故創新の森 NOVARE」(以下、NOVARE)は、東京都江東区潮見に敷地面積約3万2000平方メートルに広がっています。
JR京葉線潮見駅のホームからも見渡せる敷地に、核となる施設NOVARE Hubを中心に、NOVARE Lab (技術研究所)、NOVARE Academy (ものづくり至誠塾)、NOVARE Archives (清水建設歴史資料館)、旧渋沢邸の5施設で構成されています。総工費は500億円。2021年5月に着工し、2023年9月に施設の一部で運用が始まりました。
田口氏(以下、敬称略) NOVAREは、どのようなコンセプトの施設なのかお聞かせください。
及川氏(以下、敬称略) 施設のコンセプトである「温故創新の森」は全5施設がそれぞれ自立し、連携し合うエコシステムの象徴でもあります。「温故知新――故(ふる)きを温(たず)ね新しきを知る」の一文字を変えて、伝統を大切にしながら進取の精神を育むという意味があります。
――なるほど。NOVAREの狙いは、どのようになっていますか。
及川 当施設の基本となる考え方に、清水建設が2030年に目指す姿として掲げる「スマートイノベーションカンパニー」があります。建設業の枠を超えた多様なパートナとの共創を通じて、時代を先取りする価値を創造し、持続可能な社会の実現に貢献するというものです。
当社が考える「イノベーション」とは、事業構造、技術、人財それぞれのイノベーションです。新型コロナウイルスの流行で、在宅勤務を経験された方も多く、建物のあり方も変わっています。そのため、非建設も含めた新しい事業にも取り組んでいく必要があると考えています。
イノベーションのプラットフォームNOVARE Hub
及川氏の案内でNOVARE Hubに足を踏み入れると、木の床のオフィスフロアが目の前に広がりました。
及川 当社は、イノベーションをするプロセスを「DDRS」と表現しています。それぞれ、Discover (課題の発見)、Define (仮説の立案)、Refine (検証と実践)、Scale (社会実装)の頭文字を取ったものです。NOVARE Hubには、このDDRSのプロセスを建物のエリアごとに入れ込んでいます。単にイノベーションという言葉だけではなくて、それを体現していく場所になっています。
フレキシブルな空間を提供するオフィスエリア
NOVARE Hubには、壁がそのままホワイトボードになっている場所や、複数の情報をマルチディスプレイに映し出せるコラボレーション設備など、アイデアを生み出したり共有したりするこだわりが随所に凝らされています。スペースによってはテーブルがなく、ビーズクッションだけの場所もありました。
なお、Hubではフリーアドレスの先の新しい働き方として、ノーアドレスに挑戦をしています。ノーアドレスとは、机、椅子はもちろん、植栽や大型モニターなど、すべてのものが可動式になっており、決まったアドレスをもたないという考え方です。
そのため、チームで打合せをするときは、その場で机や椅子を動かし、チームで打合せができる環境に柔軟に変化することが可能です。また、ノーアドレスが前提なので、基本は床にコンセントがなく、ポータブル電源を持ち歩きパソコンへの充電を行っています。ちなみに、フリーアドレスは同社技術研究所が1987年に世界で初めて、提唱した考え方です。30年以上の時を経て、NOVAREで新しい働き方のノーアドレスを提唱しました。
及川 HubはNOVAREの中で今までの常識を覆し、新しいことに挑戦をする空間でもあります。たとえば、木の床は足音が響きますし軋むので、一般的なオフィスビルで使われることは少ないです。木材はリユースできるものもたくさんあり、コンクリートを使わないことでCO2をたくさん削減できます。
ここで使うことで、時間を経た木材の乾燥収縮によるきしみ具合などを調べることができます。さらに、NOVAREに訪れたパートナーさんが木の床の足音を吸収するようなコーティング剤を開発しましたよ、と教えてくれるかもしれませんよね。
デジタルツインで追求する新しいオフィスのあり方
通常のオフィスビルでは見られない設備は、ほかにもあります。たとえば、床にはパーソナライズ空調が設置されています。これは個人の個性(温冷感の好み)を考慮して、床面のファンの吹き出し口から最適な空気を噴出することを可能としています。具体的には、事前に個性(温冷感の好み)をスマートフォンで登録することができ、更には天井に設置した赤外線カメラで床面の温度情報を取得しています。また、施設利用者が保持しているビーコンセンサーによって個人の位置情報を特定し、個人の周りの床面吹き出し穴のみから空調された空気を噴き出しています。
パーソナライズ空調では、各個人に適した個人空間を調整・可視化できるデジタルツインの仕組みを導入することで、建物が人に寄り添い、個人に適した快適さの提供を目指しています。
また、ビーコンセンサーを利用して、オフィス内に誰がどこにいるのかモニターに映し出すことができます。
建物内で利用者がいる場所を正確に把握できることによって、人がいなくなった場所の「照明の明るさを落とす」や「照明を10秒15秒単位で点滅させる」など、色々なアイディアが実現できるかもしれません。
こういったイノベーションパートナーと一緒に、建物のあり方を変える取り組みを進めていきたいと思っています。
新しい技術革新を生み出すNOVARE Lab
NOBARE Hubを奥へ進んでいくと、NOVARE Labにつながります。4階立て相当の吹抜け実験空間が広がっており、大型3Dプリンタや、国内最大級の加圧試験機が広い空間に設置されています。
加圧試験機は、高さ400メートル超えのビル(目安:東京タワーは高さ333メートル)の末端の圧力に相当する30MN(メガニュートン)に対応できるそうです。国内に400メートルを超えるビルがないため、超高層ビル建設への挑戦が伺えます。
人財の育成と技術の継承を行うNOVARE Academy
田口 「Academy」は学校や教育機関を連想させるワードですが、NOVARE Academy (ものづくり至誠塾)では実際に何を行う施設なのでしょうか。
及川 NOVARE Academyは、現在は同社社員向けの教育施設です。建築や土木現場などの1/1スケールのモックアップが施設内に作られています。たとえば、品質検査において、どこに誤りがあるかを見つけさせるような「教育」もできます。
この他にも高架橋の普段見ることができない裏側の構造や、免震装置の断面などを確認しながら建設現場について学べる場になっています。
歴史を継承する旧渋沢邸を守るテクノロジー
旧渋沢邸は、清水建設の顧問であった渋沢栄一の自宅で、東京・深川から三田、青森県六戸町を経てNOVAREの敷地内に移設されました。建築を指揮したのは、清水建設の二代・清水喜助です。ここでは文化財としての渋沢邸を保存活用するだけでなく、周囲には伝統木造建築物の火災リスク低減を目的とした早期警戒・消火システム「慈雨」を展開しています。
「慈雨」は、消火作業による破損を最小限にとどめるために、柔らかい水圧の放水設備と、AIによる早期検知の組み合わせで、文化価値の高い伝統木造建築物への導入を目指しているそうです。ベンチャーとの共創協働で実現したシステムです。NOVAREは協働オープンイノベーションで進めていく場であることが、随所に伺えます。
NOVAREから描く、デジタルツインの将来
田口 及川さんは今後、デジタルツインではどのような未来を描いていますか。
及川 デジタルツインは、あくまでも手段だと思っています。NOVAREでは10年後、50年後、100年後の未来のありたい姿を考え、そこに向けてオープンイノベーションで未来を創新していきます。今考えている、ありたい姿は、「建物が社会/人に寄り添い共に成長する」というビジョンです。これを実現する手段の1つとしてデジタルツインを考えています。
今回紹介したパーソナライズ空調も、建物が人に寄り添い、人に最適に空調された空気を噴き出すというイノベーションをデジタルツインで挑戦しています。また、パーソナライズ空調は「目」には見えません。このイノベーションを更に進化させたく、「目」には見えないコトをデジタルツインで魅せる化し、共感頂けるパートナーと一緒に更に進化させていきたいです。
田口 「建物が人に寄り添う」という考え方はともて面白いですし、その第一歩をデジタルツインで実現できているので凄いですね。今後のデジタルツインを実現して行く上で課題はありますか?
及川 デジタルツインでは様々な設備やモノをIoTで接続していく必要がありますが、その際のインタフェースが統一されていないのが課題です。
福本 ヨーロッパでは、インターオペラビリティ(相互運用性)をどうしたら皆で実現できるのかということを、すごく意識をしていますね。
及川 そこに持ってきたいですよね。
福本 ディセントラライズ(分散型)にしてもいいでしょうね。「今日は違うけれど、未来にどこかで一緒にやれるといいね」と思いながら対話をしているということが、とても大事です。
及川 私も近い思いがあります。インターフェースの規格をどうするかというより、インターオペラビリティを実現できた先で何をするのかを考えたいですね。個別カスタマイズも必要かもしれませんが、その先にある建物との対話ができたら、10年後、20年後にどんなことができるのだろうと想像できます。このビジョンをオープンイノベーションでやっていきたいですね。
――ここまで案内していただいた施設のほかに、デジタルツインの具体例はございますか。
及川 多棟エネルギーマネジメントです。NOVAREでは5つの施設でのエネルギー融通に挑戦しています。従来は1つのビルの中でエネルギーの融通を行っていました。
今回NOVAREでは5つの施設を1つの街区と想定し、複数の施設間でのエネルギーの最適化を行っています。NOVAREには、電力、水素、太陽光、地中熱、蓄電、蓄熱などのさまざまなエネルギー源を活用しています。これらのエネルギー情報だけでなく、気象情報、施設の利用状況、人の位置情報などをデジタルツインに集約することで、リアルタイムに可視化を実現したり、AIで分析し、エネルギー融通の最適化を実現しています。このデジタルツインにより、エネルギー源とエネルギー輸送にかかるエネルギー消費を合わせて10%削減できると期待しています。
田口 NOVAREをくまなく案内していただき、思い切った投資をした御社の意気込みがよくわかりました。貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
NOVAREは将来必要な人財を育て、新しいパートナーと出会っていくための大規模な投資です。清水建設の礎を築いた二代清水喜助が活躍したのは、今から150年ほど遡った幕末から明治初期。開国したばかりの日本で大工棟梁として積極的に洋風建築に取り組み、新しい時代と共に清水建設を発展させてきました。デジタル化が進んでも、化学変化を起こすのは人がいてこそ。そのための舞台づくりにかける並々ならぬ意気込みが、随所に感じられました。(Koto Online編集長 田口紀成氏)
【関連リンク】
清水建設株式会社 https://www.shimz.co.jp/
温故創新の森NOVARE https://www.shimz.co.jp/novare/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
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