ESGやDXの最前線について、東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏が各企業にインタビューする本シリーズ。第10回となる今回は、香川県丸亀市に本社を構える大倉工業のESGに対する取り組みをご紹介します。
同社は合成樹脂フィルムや光学機能性フィルム、パーティクルボードなどの製造・販売を手掛けるメーカーです。ESG経営にも積極的ですが、どのように取り組みを進めてきたのでしょうか。
今回は同社のESG戦略について、執行役員コーポレートセンターサステナビリティ推進部長の葛岡英一氏に、福本勲氏とKoto Online編集長でコアコンセプト・テクノロジー(CCT)CTOの田口紀成氏がお話を伺いました。
1987年4月、大倉工業株式会社に入社。2017年3月、執行役員 コーポレートセンター環境安全・品質保証部長、2021年4月、執行役員 コーポレートセンターサステナビリティ推進部長 兼 サステナビリティ推進部環境管理部長、2023年4月より現職。高知県出身。
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後はモノづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織・環境構築を推進。
目次
幅広い業界に対してフィルム製品を供給
福本氏(以下、敬称略) 最初に、御社の事業概要をお聞かせください。
葛岡氏(以下、敬称略) 弊社は香川県丸亀市に本社を構える製造メーカーで、現在は合成樹脂、新規材料、建材の3事業を柱にビジネスを展開しています。設立したのは1947年です。代表者は代表取締役会長の髙濵和則と代表取締役社長執行役員の神田進が務めています。資本金は約86億円、2022年12月期の年間売上高は約772億6千万円、営業利益は約37億7千万円でした。昨年は原材料の高騰や設備を稼働させるための電気代の値上がりにより営業利益が減少しましたが、価格転嫁を進めたこともあり今期は改善を見込んでいます。
福本 3つの事業をご紹介いただきましたが、具体的にどのような製品を提供しているのですか。
葛岡 社名が一般の消費者の目に触れる機会は少ないのですが、医療・医薬分野ではドレッシングフィルムや感染対策・検査用品、農業分野では土壌保温フィルムをはじめとする資材、建築分野では養生用など各種フィルム・パーティクルボードなどを提供しています。そのほか、スマホやテレビに使われる液晶パネル向けの部材、食品関連のパッケージングフィルム、家庭用品ではシャンプー・リンスの詰め替え用パックなども作っています。
福本 生活の身近なところで、我々は御社の製品と接しているのですね。
葛岡 おっしゃる通りです。工場は香川県内に5箇所あります。国内15社、海外に3社のグループ子会社も擁しています。
福本 葛岡様のご経歴についてもお聞かせください。
葛岡 私が大倉工業に入社したのは1987年で、発足したばかりの新規材料事業部に配属されました。今は液晶モニターや液晶パネルの光を制御させる光学フィルムをメインに作っていますが、当時は自動車の内装部材に使われるポリウレタンフィルムの製造を最初の取っ掛かりとして始めていたときでした。その後は光学フィルムの品質保証業務にしばらく携わり、2006年から2年間は製品の委託元に出向した時期もありました。本社に戻った2008年は大倉工業全体で品質保証や環境管理体制を構築している段階で、翌年には同セクションのトップを任され、2021年のサステナビリティ推進部設立時に責任者を拝命し現在に至ります。
品質レポートの配布を機にESG経営を深化
福本 樹脂やフィルムは原料製造の段階で排出するCO₂の量が比較的多いと思うので、リサイクルなど環境に対する取り組みも重要ではないかと考えます。そういった点も踏まえ、ESGに対する御社の姿勢をお聞かせください。
葛岡 2016年以降、製造業では検査工程を飛ばすなどの品質不正に関する問題がいくつか報じられました。同業界の責任者として一連の出来事について詳しく知りたいと思い、当時開示された文書を調べてわかったのは、製品に対して工程能力が見合っていないため、不正が起きていたということです。
検査結果を簡単に改ざんできる環境にあり、従業員のコンプライアンス意識も低く、経営が収益偏重で組織体制が閉鎖的であることが指摘されていました。この内容に私も衝撃を受けました。というのは、弊社でも約10年前にある製品の品質不正が内部通報により発覚し、社内調査をしたところ他社と同じような原因があったからです。つまり、製造業共通の問題であると強く感じました。
そこで弊社では、クレームの発生状況や品質の改善状況、工場における生産性改善の取り組みなどをまとめた2018年度版社内向け品質レポートの冒頭で当時の問題を取り上げ「利益ばかり追い求めるとこういった事態に陥る」といったメッセージを、弊社グループの役職者、一般従業員に対して発信しました。同時に、「社会貢献だけではなく、省エネや生産性の向上、廃棄物削減などを同時に進めることにより、リスクをチャンスに変えることができる」とも述べました。
世の中で盛んに言われるようになったESG経営といった言葉を私自身も意識するようになったのは、利益だけではなく環境や社会、ガバナンスに配慮した経営を行わないと、問題を起こした企業の二の舞になると強く思ったからです。ESG経営は、弊社の経営理念である「人ひとりを大切に」「地域社会への貢献」にもマッチしていました。翌年にはESG経営を前面に押し出すことが取締役会で決まりました。これが、ESGに対し積極的に取り組むことになったきっかけだと思います。
省エネ・再エネを進めるとともに環境貢献製品を開発
福本 ESGのうち、E(Environment:環境)に対する具体的な取り組みをお聞かせください。
葛岡 弊社ではESG経営の実現に向け、「脱炭素経営(気候変動対策)の推進」「資源循環対策の更なる推進」「環境貢献製品の創出と拡大」「CSR調達の推進」「DX推進による競争優位性の確保」「イノベーション創出に向けた研究開発」という6つのマテリアリティを掲げています。
環境に関しては脱炭素経営の推進として、2030年までにScope1(*1)・Scope2(*2)のCO₂排出量を2013年度比で25%減らすという目標を2019年に定めました。しかし、2021年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への賛同に合わせてシナリオ分析をしたところ、仮に炭素税が導入された場合、約20億円のコストアップになるとの試算結果が得られました。菅前総理がCO₂削減を上方修正したこともあり、弊社も先の目標を25%から50%に変更しました。その達成に向けて、省エネと再エネの活用を積極的に進めています。
福本 サプライヤーから提供された素材の製造時のCO₂排出量については、サプライヤーから報告を受け、それに自社の製造時の排出量を加味して、売り先に報告しているのでしょうか。
葛岡 いわゆるScope3(*3)ですね。算定は始めていますが、情報の共有はこれからです。
マテリアリティの中でも「環境貢献製品の創出と拡大」については目標を定めています。弊社は食品用パッケージや農業用の資材など、生活サポート群関連製品を販売しており、これらの関連製品の売上高に占める環境貢献製品の割合は昨年は36%、金額ベースで約220億円でした。今年は45%を超える見込みで、環境貢献製品の売り上げを伸ばしているところです。
環境貢献製品と認定した製品群「Caerula®(カエルラ)」というブランド名も冠し商標登録も済ませました。
ここにはリサイクル製品も含まれます。特に注力しているのは、使い終えた農業用フィルムを回収してマテリアルリサイクルし、マルチフィルムに還元した「エコカルマルチ®」で、売り上げを伸ばしています。今後は農業分野だけではなく航空分野からの廃プラ回収にも着目しており、航空分野で使用された比較的綺麗な状態の梱包資材もリサイクルを始めるなど、幅広い業界を対象に取り組みを拡大させたいと考えています。
福本 先ほど資源循環のお話がありましたが、廃棄・焼却せず次に使っていくためには、現状のデータをつなぐためのデジタルの仕組みも大事だと思います。この辺りの取り組みはいかがですか。
葛岡 データをやり取りするプラットフォームの構築などは未着手です。現在、弊社が販売した製品の約6割は使用後に廃棄・焼却されているので、他社で使用されたプラスチックフィルムを含め回収して製品に戻す検討に力を入れています。
女性従業員の構成比や役職者の比率を向上
福本 ESGのS(Social:社会)について、どのように取り組まれていますか。
葛岡 顧客に対する責任として品質管理体制の強化、CSアンケート実施を掲げています。取引先との約束としては、サプライヤーの皆さまとともにサステナブル調達に取り組み、人権や環境に配慮した原材料調達を目指しています。さらに、取引先や事業者との連携・共存共栄を進めることで、新たなパートナーシップを築く「パートナーシップ構築宣言」も掲げました。従業員に対しては、チャレンジ精神や成長を促す人事制度、教育研修・評価制度などを行っています。
なかでもダイバーシティに関しては、女性が活躍しやすいように各職種において性別に偏らない採用や教育体制の整備に取り組み、女性従業員の構成比や役職者の比率を高める方針です。昨年からは女性を中心とした分科会を作り、課題の可視化や制度等に関する要望を抽出するなどの議論を進めています。また、弊社はスポーツ振興や芸術文化活動をはじめ地域貢献活動にも積極的に取り組んでおり、従業員のボランティア活動を支援するボランティア休暇制度も制定しました。
コンプライアンス・プログラムを策定
福本 G(Governance:企業統治)における、御社ならではの取り組みはありますか。
葛岡 環境や社会への取り組みが優れていても、ガバナンスがしっかりしていないとステークホルダーからの信頼は失墜しかねません。これに関しては専門の法務・知財部がコンプライアンス研修を実施しています。また、弊社では2004年にコンプライアンス・プログラムを策定し、ファイルの形で全従業員に配布しています。規程に基づき定期的な教育や取締役会での課題共有を目的とした社内アンケートも行っています。
福本 色々な取り組みを外部に情報発信したり可視化したりすることも大事です。どのように実践されていますか。
葛岡 サスレポ(サステナビリティレポート)がそれにあたります。先ほど挙げた品質レポートはあくまで社内向けでしたから、これをベースにより経営全般に内容を充実させたものを2021年から発行し始めました。
福本 従業員や取引先への周知・啓発についてはどうでしょうか。
葛岡 サスレポに加えて、毎年6月は環境月間として事業所を巡回しています。環境活動や環境関連の法令順守を確認したり、eラーニングを含めリテラシーを上げるための教育を行ったりしています。
CDPでB評価を獲得し問い合わせも増加傾向
福本 多岐にわたるESGへの取り組みですが、評価や手応えはいかがでしょうか。
葛岡 脱炭素や環境貢献製品の販売が評価され、昨年は気候変動などの環境分野に取り組む非政府組織CDPからB評価(*)をいただきました。今年はそれ以上になると思っています。ホームページやサスレポでの情報開示も多くのお客様にご覧いただき、問い合わせや売り込みも増えてきました。
福本 取り組みをさらに加速させるにあたって課題はありますか。
葛岡 ハードルが高いのは、CO₂の排出量削減です。積極的に進めるためにはそれなりの設備投資が求められ、単なるコストアップになってしまっては元も子もありません。そこで今は、脱炭素施策の費用対効果を見える化する仕組みの構築、具体的にはICP(Internal carbon pricing:社内炭素価格)の導入を検討しています。これによりCO₂削減の投資効果を算出しておき、最終的には将来の炭素税導入などを見越しながら、どのラインで社内の炭素価格を決定するかを来年にも実施したい考えです。
もう1つの課題は、「Caerula®」の認知度アップです。ホームページにも載せて、いろんな方法で売っている割に認知度が低く、営業チームには環境価値の訴求を特にお願いしています。価格が多少高くても、そこに価値を感じるお客様に製品を届けたいです。
さらに言いますと、全国区では大倉工業の知名度も今一つです。最近は香川県、岡山県のエリアでTVコマーシャルを流しましたが、まずは弊社を知っていただきホームページにアクセスし、弊社の製品が様々なシーンで使われていると分かっていただくことを目指しています。
田口氏(以下、敬称略) 先ほど、売上高・利益偏重が災いしたとおっしゃっていました。一方、環境重視の製品を販売することも難しいとのことで、なかなか難しいテーマのような気がしました。ですが、実情として「お客様に喜んでいただこう」という文化に会社は変わっていったのでしょうか。
葛岡 そうだと捉えています。
田口 ESGに優しい製品を積極的に売ることに注力されていますが、投資家の方々は利益を求めたりしませんか。
葛岡 そこは否定できませんね。
田口 そこは悩ましいポイントで、ESGは長期目線で臨むからこそ、IRもそうですし求職者に対する説明も求められます。具体的にはどのようにアクションしているのでしょうか。
葛岡 サスレポは1つの活動でありますし、IRにおいては社長が説明することで、投資家に弊社の考えは伝わっています。2030年までの経営ビジョン「Next10(2030)」では総額650億円の設備投資を計画しました。10%にあたる65億円は気候変動に対するリスクの対応費用と機会の実現、環境貢献製品の製造装置増強、CO₂削減のための環境への投資に充てます。
福本 短期のROIだけではないということですね。
葛岡 その通りです。
福本 工場の廃棄物は御社がコントロールできますが、消費者の廃棄による海洋廃棄物の削減はコントロールできないと思います。その改善のために御社が行えるのは、啓発や、素材を生分解性のものに変えていくなどしかないと思います。、例えば後者によって、廃棄物は減らなくても地球に優しい取り組みが実現できることを訴えることも可能なのではないかと思います。
葛岡 生分解性もそうですが、意識の高いお客様からはフィルムを薄くしてほしいとのご要望もいただいています。
事業展開に向けDX推進で人材不足に対処
福本 今後の展望をお聞かせください。
葛岡 弊社は、社会や企業のサステナビリティをめぐる課題を解決し、それを事業機会と捉えて持続的に発展することを目指しています。そのためには、弊社の製品がサステナブルに貢献すると価値を認めていただく必要があり、積極的に㏚したいと思います。世の中の流れも変わりつつあり、それにより今後の売り上げも伸びていくでしょう。
弊社は経済産業省主導のGXリーグ(*)に参画しています。CO₂削減、Scope3領域での製品による削減貢献量を算定するような企業にも何らかの意見を言えるようになっていきたいです。科学的根拠に基づいた目標設定「SBT」(Science Based Targets)への認証も検討しており、これらを踏まえ2030年に向け公表している目標の達成に向かいます。
福本 地球に優しい環境施策はエネルギーコストの削減にもつながりますので、コスト効果にもつながります。また、生分解性の製品は消費者から見ると「従来通りの廃棄をしても地球に優しい」「そのまま使って構わない」という両方の効果があると思います。一方で、プラスチック資源の再利用は難しいと思いますが、将来的に再利用に向けた革新的な技術が生まれたりするのでしょうか。
葛岡 プラスチックには様々な素材が複合されているので、溶かして樹脂にしても求める性能が出ないことがあります。そういった難しさはありますが、設備投資を行い環境に優しい製品の開発は進めていて、プラスチックのリサイクル率上昇に寄与したいと思います。
田口 日本国内のビジネスは人に頼ること自体が厳しくなり、生産性の向上は喫緊の課題です。サステナブルなサプライチェーンの構築と利益向上を達成するためにはDXも大きな要素であり、先ほどお伺いしたこと以外ではどういった取り組みをしていますか。
葛岡 ごく一部ですが、人海戦術で作っていた製品ラインを自動化し始めました。
田口 組み立て工程は作業がきついことから、正社員・派遣共に採用が厳しい状況です。だからこそ自動化で高い効果が期待できると思います。
福本 最後に、Koto Onlineの読者に向けて、今後の意気込みやメッセージをお願いします。
葛岡 私個人の意見として、「誰もやっていないからこそやるんだ!」という気持ちを持ってほしいです。勉強して得た知識は武器になりますから、自信を持って進めてくださいと言いたいです。一方、企業なので利益とのバランスも重要で、環境価値を製品価値に反映させる仕掛け作りも大切だと思います。我々も十分ではありませんが、環境貢献製品を開発できました。良いこととそうでないことも含め、積極的な情報開示も信頼の醸成につながると思います。
福本 ESG推進とビジネスの両立は簡単ではありませんが、御社の取り組みは読者のヒントになると思います。本日はありがとうございました。
【関連リンク】
大倉工業株式会社 https://www.okr-ind.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
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