日本の基幹産業である製造業にも、DXの波が押し寄せています。各企業は、どのような取り組みを行い、DXを支援するソリューションを提供しているのでしょうか。本記事では、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)取締役CTOの田口紀成氏が企業に直接訪問し、DXの担当者にその取り組みを掘り下げます。
今回のお相手は、愛知県名古屋市に本社を構える大同メタル工業株式会社です。同社は自動車や船舶、建設機械など、多種多様な産業分野で使用される「軸受(ベアリング)」を製造・販売している「総合すべり軸受メーカー」です。現在はDX関連の新規事業として、製造業向けに現場作業の疑似体験ができる「VRクラウドソフト」の提供も始めています。今回は、同事業の責任者である中野健太郎氏に話をお聞きしました。
同志社大学卒業後、化学メーカー・スポーツメーカーを経て大同メタル工業入社。3社で多種多様な業界・業種向けに営業職を経験。2018年に社内オープンイノベーションPJに応募し、兼務でPJに参加。2020年4月、研修VR本格販売のために現グループを立ち上げ、事業責任者に就任。
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後、モノづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動に取り組む組織・環境構築を推進。
自動車・船舶の軸受で世界トップシェア
田口氏(以下、敬称略) 最初に、御社の概要・事業についてお聞かせください。
中野氏(以下、敬称略) 弊社は愛知県名古屋市に本社を置く「総合すべり軸受メーカー」です。自動車や船舶、建設機械など、さまざまな産業分野で使用されるベアリングを製造・販売しており、自動車のエンジンに使用される軸受の世界シェアは約36.7%、大型船舶のエンジンに使用される軸受では同約73.0%と、いずれも世界トップのシェアを誇っております。
田口 御社は、軸受の分野で確固たる地位を築いています。なぜ、今回のテーマであるVR研修クラウドソフト事業が始まったのでしょうか。
中野 自動車はEV化の流れが加速しており、このままでは売り上げの多くを失う恐れがあると危機感を抱いたからです。そこで、風力発電で使われる軸受も開発するなど、事業領域の拡大に取り組み始めました。
事業領域の拡大に加えて、新規事業の創出にも取り組んでおります。また、他社との協業による新規事業の創出にもチャレンジすべく、2018年に日本政策投資銀行が実施しているスタートアップと上場企業をマッチングさせるアクセラレータに参加しました。そこで、360度VRコンテンツを手軽に制作・編集できるBtoB向けのクラウドVRソフト「スペースリー」を手がける、株式会社スペースリー(東京都渋谷区)との出会いにつながったのです。
手軽にVRコンテンツが制作できるソフトウェア
田口 軸受とVRコンテンツでは、事業領域がまったく異なります。
中野 自社が開発した商品をメインに考えるのは当然ですが、それだけでは可能性を狭めます。新たなことにもチャレンジしようと経営企画センターが主導となってアクセラレータに参加したのが、そもそものきっかけでした。スペースリーはコロナ禍で定着した住宅のオンライン内見などの不動産分野を中心に、2016年11月にサービスを開始以来、7200社以上の利用に広がっています。研修分野にもVRを応用したいと考えていて、実証実験のパートナーを探していました。我々もそこに着目し、協業するに至ったのです。
田口 近年はVRを活用したサービスが続々と生まれていますが、スペースリーにはどういった特長があるのですか。
中野 手軽にVRコンテンツを作ることができる点です。市販の360度カメラで撮影した写真や動画をクラウドにアップするだけで、滑らかに動く高品質で臨場感のあるVRコンテンツを自動生成することができ、インターネット接続環境であればPCやタブレット、VRゴーグルから無制限に視聴できます。
初心者でも30分程度あれば制作・編集ができるクラウドのソフトウェアというのも特長でしょう。2018年から実施した製造現場の研修コンテンツの実証実験を通じて弊社内の課題を解決できた経験もあったので、2020年にスペースリー社と業務提携契約を締結した上で、主に製造業向けとしてソフトの社外販売とカスタマーサポートを開始しました。
田口 同じような課題を抱える製造業は、他にもたくさんあることは間違いありません。そこにチャンスを感じたのですね。
中野 おっしゃる通りです。我々の本業を考えると自社でVRソフトを作ることは難しく、一からエンジニアを集めることも容易ではないので、スペースリー社と業務提携を結んで販売に注力した方が現実的だと判断しました。引き続き実験の場を社内に持ち、得た結果をフィードバックしながらさまざまな用途を開発し、外部に情報を発信することで製造業DXに貢献したい考えです。
田口さんはよくご存じでしょうが、VRのサービスはソフト系の企業が手掛けるケースが多く、ユーザー視点に欠けることがあります。ソフト系の企業は製造業の研修・教育で使うにも知見を持っていません。そこで弊社がスペースリー社と協働で使用者目線のVRサービスへと改良することで、世の中の教育を変えることに貢献できるのではないかと思いました。
教育・研修の効率化や自学習を促す
田口 具体的に、VR研修クラウドソフトではどういったことができるのですか。
中野 先ほど申し上げた通り、市販360度カメラで撮影した実写画像をVRコンテンツにできるのが基本的な性能です。空間映像だけでも資料として有効ですが、スペースリーではコンテンツ上のボタンを押すとテキストが、カメラマークを押すと画像・動画を表示することができます。順を追ってこれらを表示させることで手順書やマニュアルとして機能するのです。
田口 一般的な動画を使った手順書やマニュアルと、どの点が異なるのでしょうか。
中野 通常の動画は視聴者自身が映像を動かすことはできません。一方でVRコンテンツは上下左右に視点を動かすことができ能動的体験が可能です。自分で動かすのと単に見せられているのでは大きく異なると思います。
よくある説明動画は、なんとなく分かったようでも実際に機械を動かそうとすると上手くいかず、動画の再生を繰り替えしたり、戻したり早送りすることに終始しかねません。VRコンテンツの場合は、能動的にVR上で画像を動かし、文字や画像で作業の手順を追って観ると理解度が深まり、短期間での記憶の定着につながっていきます。実際にゴーグルをつけてお確かめください。
田口 ありがとうございます。なるほど、装着したら目の前に工場が現れました。確かに臨場感があります。これは、御社の研修ツールですか。
中野 そうですね。先輩の作業を横から観察する映像と、先輩になりきった本人目線での作業内容やスピード感を確認するコンテンツです。
田口 ボタンを押すと、テキストや動画が表示されました。1つを見ると次のアイコンが表示されるので、スムーズな流れで順序よく知識が頭に入っていきますね。実際に使ってみると、紙の資料の延長線上にあるものだと感じます。
中野 製造業の手順書は紙と写真で、文字中心のものがほとんどです。局所的な説明は詳細で分かりやすいのですが、場所の説明や流れをつかむのに向いていません。一方、スペースリーでは現場作業の流れにのっとって文字、写真、動画で解説できるのが強みで、学ぶ側の理解度が格段に高まります。
田口 スペースリー社のVRソフトを御社用にカスタマイズしているのですか。
中野 弊社用にカスタマイズはしておりません。スペースリーは物件のオンライン内見など不動産業界でメインに使われ、誰でも簡単に扱える必要があるので、基本的には汎用性を求めています。CGを入れる独自性の高いコンテンツを作る会社もありますが、それでは費用も高額になりかねません。スペースリーでできることは限られますが、幅広く使うためにも汎用性のある仕様にしております。
我々としても特定の会社だけが使うのではなく、製造業の教育を改善するのが目的ですから、複雑にするのではなく汎用性の高さがマッチすると思い、スペースリーの活用を決断しました。いずれにしても、汎用性があるからこそ完全に使用者目線のマニュアルを作ることができます。その点では、弊社がスペースリー社とユーザーの間に入り、作成のサポートをすることに意味があります。
田口 1つのコンテンツを作るのに、どれだけの手間や時間がかかるのでしょうか。
中野 内容にもよりますが、360度カメラや埋め込む画像・動画の撮影、編集なども入れて、早ければ数時間で完成します。VRの撮影と簡単な編集なら、それこそ1時間もかかりません。
VR研修で講師・受講者の負担が大きく軽減
田口 紙や動画がVRに替わることで、製造業の教育・研修・マニュアルが分かりやすく、利用者の理解度・習熟度の向上が期待できるということですが、他にも効果がありそうですね。
中野 人材の流動化や外国人労働者の増加など、製造業を取り巻く労働環境は大きく変わりつつあります。かつては、先輩の背中を見て仕事を覚えろと言われましたが、今の時代にはマッチしません。労働人口が減少する中で人材確保も厳しくなっており、苦労して採用した若手が旧来の学び方を理由に辞めてしまうと目も当てられないと思います。
一方、社内でリサーチしたところ、現場指導者も教えることに疲れているとの声も聞こえてきました。彼らは自分の仕事にプラスアルファで教えているので、負担も大きいです。VRコンテンツで自主学習することによって現場指導者の負担が軽減します。
田口 製造業DXを進める上で、教育や研修部分をデジタル化するのも重要な取り組みです。どのようにVRを活用しているのですか。
中野 ある研修で、これまでは全て講師が実演することで教えていましたが、VRコンテンツでの教育と講師の実演での教育とで学習効果に差が無いことが分かりましたので、講師の実演部分を全てVRコンテンツの自学習に置き換え、従来の研修方法を大きく改良できました。
田口 研修にVRを活用する効果はいかがですか。
中野 先ほどの改良した研修についての効果は、従来の研修と比較して、VR研修は研修時間が33%、OJT期間が50%削減でき、講師の指導工数も削減できています。
社員からも「分かりやすい」「自主学習ができるようになった」という声をたくさんいただきました。社員が分からないことを何度もベテラン社員に質問するのは気を使いますが、そういった心理的ストレスからも解放され、講師も繰り返し同じことを言わずに済みます。
田口 製造現場には月1回しかない作業もあり、教育が非効率になることはありませんか。
中野 ございます。月1回しかない作業の教育は作業があるときにしか出来ませんでした。VRを使用した場合は作業の有無は関連しません。例えば月に1回しかない10分間の作業を教育する場合、作業のタイミングにOJTで実施するしかありませんでした。1年間(計12回)実施することで習得できる作業は、VRを使えば1日10分の教育時間を設けてあげることで約2週間で習得することが出来ました。つまり、従来は1年間かかっていたものが2週間で習得できる結果となっております。これこそ仮想現実のなせる技であり、この使用方法も教育改革になると実感しています。
田口 今後の展望をお聞かせください。
中野 製造業でVRを使った研修が日常的に行われるようにしていきたいです。その先に新たな課題が浮上するでしょうが、外部と連携しながら解決して製品・サービスをブラッシュアップしたいと考えています。
田口 Koto Onlineは製造業DXに携わる方のためのメディアです。最後に、読者にメッセージをお願いします。
中野 DXには色んな施策がありますが、生産システムや設備管理などの大がかりな改革と比べると、教育はスモールスタートしやすい領域だと思います。スペースリーの場合、汎用性が高く操作も難しくありません。これまで操作できずにコンテンツが作れなかったユーザーもいませんでした。現状の教育方法に疑問をお持ちの方がいらっしゃいましたら是非VRで教育方法の改良を一緒に実現させましょう。
田口 御社の取り組みは、製造業の教育・研修を改革する効果的なDXの取り組みだと分かりました。本日はありがとうございました。
【関連リンク】
大同メタル工業株式会社 https://www.daidometal.com/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
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