従来の開発現場では、iOS用とAndroid用、Windows用とmacOS用など、OSごとに別の言語でコーディングする必要がありました。クロスプラットフォームは、OSごとにコードを書き換える手間を省いて同じ仕様のアプリケーションを開発することが可能です。製造業界のクロスプラットフォーム開発においても、複数のプラットフォームを連携できることが、さらなる価値の創造につながるでしょう。
この記事では、クロスプラットフォームとは何か、その種類や製造業における複数のプラットフォームとの連携で懸念されるセキュリティ対策の有効性について解説します。製造プラットフォーム間の連携でセキュリティについて調べている方は、ぜひお役立てください。
目次
クロスプラットフォームの考え方
異なるOS間でも同じ仕様でアプリケーションを動かすには、クロスプラットフォームを使った開発が考えられます。アプリケーションを使うデバイスやOSは多様化しています。
個別の需要に合わせてアプリを開発していた頃は、プラットフォームごとにコーディングが必要でした。この場合、1つのアプリを開発するには工数も時間もかかります。それをプラットフォームごとに開発していたのではさらに膨大な工数や時間がかかるでしょう。
クロスプラットフォームは、単一でも複数のプラットフォームに動作対応できる開発環境です。従来のプラットフォームごとにコーディングする手間を省けます。クロスプラットフォームは、マルチプラットフォームとも呼ばれています。
製造業においては、IoTで遠隔制御する際、動作環境の異なるスマートフォンやパソコンアプリを介してシステムの稼働状況を確認します。その際に、単一の開発だけで、複数のデバイスに対応したアプリを活用できれば、効率的なシステム構築を期待できるでしょう。
クロスプラットフォームを使うメリット
クロスプラットフォームは、1つのアプリ開発で複数のOSに対応したプラットフォームができる点が特徴です。開発にかかる工数や時間などを削減することで、アプリ開発を効率的に進められる点がメリットです。
また、クロスプラットフォームは、OSごとにコーディングする従来の手間を軽減できることから、ほぼ1つの言語で開発を進められます。そのため、言語ごとにプログラマーを探さなくて済む点がプログラマー確保のハードルを下げるでしょう。
経済産業省が2019年4月に発表した「IT人材需給に関する調査(概要)」では、2030年にITニーズの拡大により約79万人のIT人材が必要になると予測しています。予測では、需要に対して約45万人のIT人材が不足すると指摘されており、開発現場では、プログラマーの確保は重要な取り組みになるでしょう。その点、クロスプラットフォームは、言語ごとにプログラマーを選定せず人材を確保できる点がメリットと考えられます。
クロスプラットフォーム利用で考えられるデメリット
クロスプラットフォームの利用で考えられるデメリットは、どちらかのOSにおいて動作エラーが発生すると、そのOSに準拠した言語で対処しなければならない点です。OS依存のエラーは、最終的にアプリとOS間のアクセスを可能にするかが重要になるため、専門的な対応が求められます。
クロスプラットフォームの代表的な3つの型
クロスプラットフォームの代表的な型を紹介しましょう。クロスプラットフォームの型は、3種類に分けられます。
OSのUIで操作するネイティブ型
オフライン環境で開発する場合のクロスプラットフォームには、OSのUI(ユーザインターフェース)で操作するタイプのネイティブ型があります。ネイティブ型は、OSシステムにもともと搭載している描画エンジンを使うタイプです。OS上で開発するため、処理速度を優先する開発に向いています。
OS上のウェブアプリで動作するハイブリッド型
OS上のWebView(ブラウザ上で動作するウェブアプリ)を使ったハイブリッド型は、OS上でウェブページを動的表示します。あくまでもブラウザ(Google ChromeやSafariなど)上で動作するアプリなので、OSの機能まで編集しないタイプです。
独自で描画するシステムの独自UI型
独自UI型は、OSやウェブブラウザに依存しない独自で描画するシステムのレンダリングエンジンです。OSに依存しない特徴から、グラフィック技術の高いゲーム開発で活用されます。
クロスプラットフォームで開発できる環境ツール
クロスプラットフォームには、いくつかの開発環境ツールがあります。
Flutter(フラッター)
Flutterは、Googleが開発したモバイルアプリフレームワークです。オープンソースの環境ツールとして2018年にリリースされました。特徴は、高速で開発を進めるエディタ機能です。エディタ周辺には、サポート機能が用意されているため、モバイルアプリの作成が手軽にできます。
- 型:ハイブリッド型
- 開発言語:Dart(ダートまたはダーツ)・C言語・C++
- 開発アプリ:iOS・Android
Unity(ユニティ)
Unity(ユニティ)は、3次元データを扱った開発のできるクロスプラットフォームです。Unity Technologiesが開発し、2005年に初版をリリースしています。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)制作も可能なゲームアプリ開発で使われている環境ツールです。Unityは、2Dと3Dアプリどちらにも対応していて、ノンプログラミング開発の開発環境が用意されています。
- 型:独自UI型(リアルタイムレンダリングゲームエンジン)
- 開発言語:C#・C++
- 開発アプリ:macOS・Windows・iOS・Android・各種ゲームアプリ
React Native(リアクト・ネイティブ)
コードの再利用で作業効率を高めた開発ができるReact Nativeは、Facebookが開発提供するオープンソース開発ツールです。単一コードだけで複数のプラットフォームに対応したアプリを作れるため、開発時間の短縮を実現できます。2015年3月にリリースされたウェブアプリケーションとユニバーサルウィンドウズプラットフォーム(UWP)で動作するアプリケーションを開発できます。
- 型:ネイティブ型
- 開発言語:JavaScript・Java・Python・C++・Objective-C
- 開発アプリ:iOS・Android
Kotlin/Native(コトリン・ネイティブ)
Kotlin/Nativeは、規模の大きいオブジェクト指向プログラミング言語による開発で使われます。Javaの統合開発環境JetBrainsにより開発された言語で、Javaとの互換性や汎用性の高さが特徴として考えられます。
そのため、Androidアプリの開発に向いているプラットフォームとしても活用できます。言語で使われるKotlinは、Javaより記述がわかりやすい点が特徴で、開発時間の短縮にもつながるでしょう。ただし、プログラミング言語としての歴史が2011年発表と歴史が浅いため、日本語での学習向け情報が少ない状況です。
- 型:ネイティブ型
- 開発言語:Kotlin
- 開発アプリ:macOS・Windows・iOS・Android・Linux
クロスプラットフォーム開発が企業の課題解決に合致する
クロスプラットフォームの開発は、日本企業の求めている課題解決にも合致します。
IPA独立行政法人情報処理推進機構「DX白書2021」で実施されたアンケートによると、企業におけるITシステムの開発手法や技術の導入目的で最も多かった回答が「開発コストの削減」で36.9%です。2番目に多かった「ソフトウェアの生産性の向上」の34.6%を抜いています。さらに、このアンケートは米国企業と同時に実施されており、米国企業の「開発コストの削減」の回答は25.5%と日本企業の意識より10%以上低い傾向です。
このアンケート結果からも、日本企業は開発コストの削減を課題にとらえていることがうかがえます。これに対して、クロスプラットフォームは単一の開発で複数のプラットフォームで動作するため工数削減につながるというメリット部分が当てはまります。
製造業におけるコスト削減が求められる社会情勢からの影響
製造業でも、社会情勢の影響を受けてIoTやAIの導入を急務とする中、コスト削減も大きな課題となっています。
経済産業省が公開している「2022年版ものづくり白書」内の、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)が2022年3月に発表した資料「我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査」では、次の問題が事業に大きく影響を及ぼしているとされています。
- 原材料価格の高騰
- 半導体不足
- 部素材不足
2021年からは、新型コロナウイルス感染症の影響と原材料価格の高騰が人手不足以上に深刻な問題となっています。この問題では、物流のサプライチェーン(供給連鎖)のトレーサビリティ(追跡可能性)の強化が必要です。強化する具体的な部分には、次の取り組みがあげられます。
- 物流の自動化
- 物流の可視化
- データ連携
部素材の不足や原材料価格の高騰への対処も、IoTやAIの力が求められるでしょう。製造現場におけるIoTデバイス用のアプリもクロスプラットフォームで開発することがコスト削減だけではなく、機会創出にもつながります。機会創出は、開発の工数削減ができれば、開発プロセスの短縮により期待できる部分です。
IoT導入によるクロスプラットフォームのPoC(概念実証)
製造業のシステム分野では、積極的にIoT導入を国際間の連携で進める動きがあります。その際、クロスプラットフォーム(マルチプラットフォーム)におけるセキュリティ対策のPoC(概念実証)が実施されました。
出典:IPA「マルチプラットフォームシステムでのセキュリティ対策のPoC(概念実証)報告書」
マルチプラットフォームをシステム連携した際のセキュリティ対策は、IPA独立行政法人情報処理推進機構の「マルチプラットフォームシステムでのセキュリティ対策のPoC(概念実証)報告書」で報告されています。PoCの対象になったシステムは、次のツールです。
- ドイツFraunhofer(フラウンフォーファー)IESE開発「BaSye4.0」
- 一般社団法人日本ロボット工業会日本ORIN協議会開発「ORIN」
どちらもIoTプラットフォームで、2つの異なるプラットフォーム間を連携した際にセキュリティ対策は有効かどうかを実施しています。2社のシステムにIPA独立行政法人情報処理推進機構が加わって3社間協同で実施されました。
連携で実証する項目
出典:IPA「マルチプラットフォームシステムでのセキュリティ対策のPoC(概念実証)報告書」
今回参考にするPoCでは、クロスプラットフォームで連携して以下の項目を実証することが目的です。
- プラットフォーム間の信頼性情報の有効性
- 異なるプラットフォームをまたいだアクセス制御の有効性
実施期間は、2019年9月から2020年2月までの約半年間です。
- 製造ラインの組み立て工程CELL(チーム)と組み立て工程管理システム
- 製造ラインの外観検査工程CELL(チーム)と外観検査工程管理システムの連携
製造現場で組まれているそれぞれのCELLと制御連携したうえで、組み立て工程管理システム「BaSye4.0」と外観検査工程管理システム「ORIN」をノットフォーム接続しています。
セキュリティ対策の有効性実証:プラットフォーム間の信頼性
出典:IPA「マルチプラットフォームシステムでのセキュリティ対策のPoC(概念実証)報告書」
プラットフォーム間の有効性の実証では、外観検査工程管理システムから誤ったデータを検査結果として組み立て工程管理システムに送信し、どのように防御できるかを実行しています。防御対策は、攻撃要因の侵入を防ぐことです。実証により、プラットフォーム間の信頼性情報を確認した際に真正性(本物)を確認できないプラットフォームとは接続しない結果となりました。
セキュリティ対策の有効性実証:プラットフォームを経由したアクセス制御
出典:IPA「マルチプラットフォームシステムでのセキュリティ対策のPoC(概念実証)報告書」
セキュリティ対策の有効性の実証では、外観検査工程管理システムから組み立て工程管理システムへデータが改ざんされた誤った検査情報で誤情報の検査の指示が送られるPoCです。防御としては、攻撃の影響を抑えるためのアクセス制御がはたらき、権限のないデータ更新を実行されない結果を得られました。実証では、正常な動作を継続できています。
製造業のシステムでは、異なるプラットフォーム間においてセキュリティ対策の有効性が実証されています。IPA独立行政法人情報処理推進機構の資料にも、異なるプラットフォーム間を連携する製造システムの事例が少ないことから積極的に実証実験を行った様子です。
システム開発は、PoCを重ねて有効性のある事例データが増えていくことで取り組む企業も増えることが考えられます。実績を積み重ねて汎用化されるか、国レベルの施策として進めていくか今後の展開が注目されるでしょう。
事業としての製造プラットフォーム連携
クロスプラットフォームは、動作環境の異なるアプリ開発を単一で取り組む環境ツールです。つまり、開発段階でプラットフォームの連携を標準化している考え方でもあります。
先ほどのプラットフォーム間におけるセキュリティ対策の連携から、製造業のプラットフォーム間の連携を事業として取り組んでいる企業も存在します。
製造プラットフォームオープン連携事業とは
一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブが取り組む「製造プラットフォームオープン連携事業」は、平成29年度の補正予算で組まれた産業データ共有促進事業費補助金の一環です。
製造業では、製造現場で生まれる価値あるデータの共有をプラットフォーム連携で実現する目的で事業化されました。事業モデルの仕組み図は、交差状態で連携していて、クロスプラットフォームをイメージできる仕組みです。製造プラットフォームオープン連携事業では、連携のために次の実施目的を掲げています。
- 基本仕様とシステムアーキテクチャの明示・プロトタイプ実装で実現有効性を検証
- 連携シナリオとやり取りを指定して辞書やサンプルデータを使って実機デモを実行
- サーバ上に実用化した個別辞書や共通辞書、逆の変換メカニズムをシステム化して実装
製造プラットフォームオープン連携事業は、海外とくにアジア企業とのプラットフォーム連携を目的に運用されました。プラットフォーム間の連携では、相互乗り入れも可能です。2018年から2022年の5年間のスケジュールを立てて、中小製造業でも利用できる連携システムの構築に取り組んでいます。
ただし、契約の段階でデータ共有を行う連携サーバ上の権利や対価などの取り交わしが必要です。プラットフォーム間の連携では、セキュリティ以外にも事前の確認事項が増えてくるでしょう。
製造業のシステム開発もクロスプラットフォームで効率的な開発環境を
クロスプラットフォームは、一般消費者の中でも需要のあるモバイルアプリ開発を効率的に実行できる環境ツールです。複数の異なるOSに対して単一のアプリ開発で済むことから、開発者の工数削減を実現します。
IoTやAIの導入が進む製造業のシステム開発も、効率的な開発環境が求められます。PoCの例にあげたセキュリティ面の不安が解消されれば、国際的な遠隔制御も期待できます。ただし、国内における製造業のIT人材を内製で育成することは容易ではありません。製造業のプラットフォーム開発は、人材育成まで依頼できるかがカギを握ります。
IoTやAI導入を検討している製造業には、内製可能な体制づくりのため、人材育成と内製化支援をサービスとするコンサルティングに相談してみることも方法の1つです。
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