気候変動への対策と同様に、最近では「生物多様性」への配慮が多方面で求められています。政府も積極的な姿勢を見せており、2023年3月には「生物多様性国家戦略」が閣議決定されました。
企業にはどのような影響があるのか、概要を押さえていきましょう。
目次
生物多様性国家戦略とは?日本では11年ぶりの改定に
生物多様性国家戦略は、生物多様性の"保全"と"持続可能な利用"を目的にした国の計画です。日本では「生物多様性条約」及び「生物多様性基本法」に基づく形で1995年に策定され、2023年3月に11年ぶりの改定(6回目)が行われました。
最新の「生物多様性国家戦略2023-2030」では、戦略の位置づけや基本的な構成、進捗評価のための指標などが見直されています。
世界目標の「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が軸になっている
現在の生物多様性国家戦略は、2022年12月に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」を主軸にしたものです。この枠組はCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)で採択された世界目標であり、具体的な指針としてグローバルターゲットやグローバルゴールが設定されました。
<グローバルターゲットとは?>
生物多様性の実現に向けて、直ちに開始されるべき世界的な行動指針のこと。以下の3つの指針をもとに、2030年までに達成すべき23のターゲットが設定されている。
1.生物多様性への脅威を減らす
2.持続可能な利用及び利益配分による人々のニーズを満たす
3.実施と主流化のためのツールと解決策
(参考:環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組(仮訳)」)
<グローバルゴールとは?>
生物多様性の実現に向けて、2050年までに達成すべき最終的なゴールのこと。ゴールA~Dまで、4つの長期目標が設定されている。
○ゴールAの例
・すべての生態系の健全性や連結性、強じん性を維持または強化、回復させる
・2050年までに自然生態系の面積を大幅増加させる
・人間が引き起こす種の絶滅を阻止する(主に既知の絶滅危惧種)
・すべての種の絶滅率やリスクを10分の1に削減する
・在来野生種の個体数を健全かつ強じんな水準まで増加させる
ほかのゴールについても、ゴールAと同じく具体的な指針や数値目標が設けられている。
(参考:環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組(仮訳)」)
愛知目標(※)を踏まえて本枠組が採択されたように、2030年以降は新たな世界目標が設けられる見込みです。また、本枠組の内容は見直される可能性があるため、生物多様性については海外の動向にも目を向けましょう。
(※)2010年のCOP10で採択された世界目標。20のうち6つの目標を部分的に達成したが、完全に達成された目標はないと指摘されている。
生物多様性国家戦略の2050年ビジョンと2030年ミッション
日本の生物多様性国家戦略にも、長期目標である「2050年ビジョン」と、短期目標にあたる「2030年ミッション」が設定されています。
2050年ビジョンは、日本が2050年までに達成すべき社会を示したものです。自然の仕組みが基礎になる豊かな社会の実現に向けて、3つの長期目標が設けられています。
<2050年ビジョンの長期目標>
・豊かな生物多様性に支えられた健全な生態系が確保された社会
・自然を基盤としてその恵みを持続可能に利用する社会
・生物多様性の主流化による変革がなされた社会
(参考:環境省「生物多様性国家戦略 2023-2030 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~」)
一方で、2030年ミッションは、2050年ビジョンを達成するための短期的な行動指針です。2030年までのネイチャーポジティブ実現に向けて、5つの基本戦略が掲げられています。
(参考:環境省「生物多様性国家戦略 2023-2030 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~」)
2050年ビジョンと2030年ミッションは、生物多様性国家戦略の土台になるものです。ひとつ一つの指針を見ると、単に生物多様性を回復するだけではなく、「持続可能」や「社会の変革」にも目を向けていることが分かります。
生物多様性国家戦略2023-2030で改定されたポイント
2023年3月の閣議決定では、2030年のネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップなどが公開されました。ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、生物多様性の損失を食い止めて、回復軌道に反転させることです。
11年ぶりの見直しでどのような点が変わったのか、改定された主なポイントを見ていきましょう。
基本戦略ごとの状態目標と行動目標が設定された
戦略全体の見直しでは、前述の基本戦略の策定に加えて、各戦略の状態目標と行動目標が設定されました。イメージをつかむために、以下では基本戦略1にあたる「生態系の健全性の回復」の目標を確認してみましょう。
<基本戦略1の状態目標と行動目標>
健全な生態系を保つには、「生態系・種・遺伝子」の健全性を高める必要があることから、以下の3つの状態目標が設けられている。また、状態目標を達成するためのターゲットとして、以下の行動目標も設定されている。
【状態目標】
1-1.生態系の規模や質が全体的に向上し、健全性が回復している
1-2.絶滅リスクが種レベルで下がっている
1-3.遺伝的な多様性が維持されている
【行動目標】
1-1.保護地域やOECM(※)で30%以上の陸域や海域を保全し、地域管理の有効性も強化する
1-2.生態系ネットワークを形成するために、土地または海域利用の負荷軽減によって生態系の劣化を防ぎながら、すでに劣化した生態系の30%以上を再生する
1-3.環境容量を考慮した排出管理による「汚染の削減」や、侵略的外来種による負の影響を防止または削減するための施策に取り組む
1-4.生物多様性への気候変動による負の影響を最小化する
1-5.「希少野生動植物」の法令に基づく保護を行いながら、野生生物の生息や生育状況を改善する取組を行う
1-6.遺伝的な多様性の保全などを考慮した取組を行う
(参考:環境省「生物多様性国家戦略 2023-2030 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~」)
他の基本戦略と合わせると、全15個の状態目標と、全25個の行動目標が設定されています。また、数値目標や多角的な行動指針が加えられたことで、戦略の方向性がより明確になりました。
全367個の具体的施策が整理され、進捗評価のための指標群を設定
2023年の閣議では、行動目標を達成するための具体的施策(全367個)も整理されています。例として、以下では行動目標1-1の施策をいくつか紹介しましょう。
<行動目標1-1の施策例>
○施策1-1-1.国立・国定公園の大規模拡張
2030年までに14ヵ所を目標として、国立・国定公園の新規規定や大規模拡張を進める。また、海域公園地区の面積を2030年までに倍増(11万176ヘクタール)させる。
○施策1-1-2.国立・国定公園の公園計画の点検強化
前回点検から10年未満の国立公園地域数を、2030年までに倍増(50地域)させる。周辺エリアについても、必要に応じて公園編入などの施策に取り組む。
○国立・国定公園の管理強化
公園管理団体の指定数を、2030年度末までに15団体以上に増やす。また、パークボランティア登録者数や自然公園指導員登録者数についても、毎年において前年度以上を達成する。
(参考:環境省「生物多様性国家戦略 2023-2030 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~」)
上記のように、多くの施策には指標(面積や地域数など)が設定されており、2030年までに達成すべき数値目標が明確になりました。この中には、昆明・モントリオール生物多様性枠組のヘッドライン指標に対応するものも含まれるため、世界的に求められている取組が盛り込まれた改定と言えるでしょう。
生物多様性国家戦略が目指す「30by30」とはどんな目標なのか?
生物多様性国家戦略には、ネイチャーポジティブの実現に向けて「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」という目標が設定されています。2023年3月の閣議決定では、この30by30のロードマップや位置づけも公開されました。
前述のミッションやビジョンとは何が異なるのか、ここからは30by30の概要や方向性を見ていきましょう。
30by30は愛知目標の後継として約束された世界目標
30by30は、2030年までに陸域・海域の30%以上を保全するための目標です。新たな世界目標として議論されており、2021年6月のサミットではG7各国が30by30の達成を約束しました。
30by30が採択された背景には、前述の愛知目標があります。愛知目標では2020年までに「陸域の17%」「海域の10%」の保全が掲げられましたが、30by30ではこの目標値が引き上げられています。
陸域の保全割合 | 海域の保全割合 | |
---|---|---|
愛知目標の目標値 | 17.0% | 10.0% |
2020年時点の達成度(日本) | 20.3% | 8.3% |
2021年時点の達成度(日本) | 20.5% | 13.3% |
30by30の目標値 | 30.0% | 30.0% |
陸域・海域のそれぞれで目標を達成するには、国や自治体はもちろん、企業や研究機関、ひいては国民の協力も必要です。そのため、環境省はすでに専用のポータルサイト(30by30)を立ち上げており、アライアンスの参加企業や団体を募集しています。
SDGsや生物多様性国家戦略につながるアプローチ
30by30を実現すると、社会には以下のメリットが生じます。
<30by30を実現するメリット>
・海産物の生産性が向上する
・災害に強い豊かな土壌が出来上がる
・豊かな自然の活用が、持続可能な地域づくり(観光や地域交流など)につながる
30by30の実現は、持続可能な開発目標である「SDGs」にも深い関わりがあります。例えば、世界平均気温上昇を2℃未満に抑える施策のうち、費用対効果の高い緩和策の約3割は、自然の活用(森林や湿地の保全など)で対応できると言われています。
さらに、豊かな自然がある自治体と都市部が連携すれば、新たな循環経済が生み出される可能性もあるでしょう。
また、30by30には生物の絶滅リスクを3割減少させる効果も見込まれているため、昆明・モントリオール生物多様性枠組や生物多様性国家戦略に直接つながるアプローチと言えます。
主要施策の中でも「OECM」が成功の鍵を握る
30by30には大きく分けて3つの主要施策があり、それぞれに個別目標が設定されています。
<30by30の主要施策>
・国立公園などの保護地域を拡張し、管理の質も向上させる
・保護地域以外でOECMを設定または管理する
・保全活動の効果や重要性を見える化する
上記の「OECM(Other effective area-based conservation measures)」とは、企業や地域、ひとり一人の国民によって自発的に自然が守られた地域です。国や自治体による保全活動には限界があるため、30by30を達成するにはOECMを増やすことがポイントになります。
2023年3月のロードマップでは、このOECMの認定制度を本格運用し、100地域以上での認定を目指す方針が公開されました。主な対象地域としては、企業が管理する森林や水源、地域の里山などが挙げられます。
生物多様性国家戦略はなぜ重要?企業ができることとは
生物多様性国家戦略は、企業の事業活動とも密接に関わっています。現在では世界的に環境意識が高まっているため、具体的な施策に取り組まない企業は、ステークホルダーからの評価が下がるかもしれません。
また、さまざまな産業の経営資源や従業員を守る意味でも、生物多様性の保全活動は必要です。ここからは生物多様性国家戦略が企業から注視される理由や、会社としてできることを紹介します。
生物多様性に関する情報開示が求められる時代に
生物多様性国家戦略の軸である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」には、企業の情報開示に関する記述があります。
ターゲット15
(引用:環境省「昆明・モントリオール生物多様性枠組(仮訳)」)
生物多様性への負の影響を徐々に低減し、正の影響を増やし、事業者(ビジネス)及び金融機関への生物多様性関連リスクを減らすとともに、持続可能な生産パターンを確保するための行動を推進するために、事業者(ビジネス)に対し以下の事項を奨励して実施できるようにし、特に大企業や多国籍企業、金融機関については確実に行わせるために、法律上、行政上又は政策上の措置を講じる。
上記のターゲットは各国への義務ではありませんが、将来的には生物多様性の情報開示制度が整備されるかもしれません。また、生物多様性国家戦略2023-2030のロードマップでも、OECM等の情報開示を推進する方針が明記されています。
自然共生サイトへの認定を目指そう
いち早く生物多様性への取り組みを始めたい企業は、「自然共生サイト」への認定を目指しましょう。環境省が運営するこのウェブサイトでは、認定された区域がOECMとして国際データベースに登録されます。
データベースに登録された実績を公式サイトなどで公表すれば、顧客や取引先などへのアピールにつながります。また、近年ではESG投資(※)も注目されているため、投資家へのアプローチとしても活用できるでしょう。
(※)「環境・社会・ガバナンス」の観点から投資先を決めること。新たな投資手法として注目されており、世界的に市場規模が伸びている。
ただし、自然共生サイトの認定では、専門家による調査や評価が行われます。そのため、まずは企業などの取り組み事例を確認した上で、対外的に評価される保全計画を立てるところから始めましょう。
生物多様性国家戦略は企業や地域社会の在り方を変えるもの
生物多様性国家戦略は、今後の企業や地域社会の在り方に影響する戦略です。世界的にも同様の枠組や目標が増えているため、少なくとも2050年まではますます注目されると考えられます。
現代ビジネスは「環境への配慮」が一つのテーマになっており、関連する取り組みが消費者や投資家から評価される例も少なくありません。多方面から評価されるために、早いうちから生物多様性を意識した施策を考えてみましょう。
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