「カーボンニュートラル」とは何なのか、あいまいな理解の人も多いかもしれません。なぜカーボンニュートラルが企業に必要なのか、また、そのメリットや具体的な事例を知ることで、ビジネスパーソンとしての飛躍につなげていきましょう。
目次
カーボンニュートラルとは?概要と背景
カーボンニュートラルとは、地球温暖化とそれに伴う環境・生態系の破壊を防ぐための「温室効果ガス(Green House Gas:GHG)削減目標」です。その概要や背景の理解には、以下の3点が重要となります。
- 「温室効果ガスの排出量を差し引きでゼロ」にする目標
- 国内では菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」が契機に
- 世界でもカーボンニュートラルは進んでいる
「温室効果ガスの排出量を差し引きでゼロ」にする目標
カーボンニュートラルは、温室効果ガス排出量を「差し引きでゼロ(ニュートラル)」にする目標です。排出量を減らそうとする一方で、植物の光合成などで吸収される温室効果ガスの量(吸収量)を増やし、「排出量-吸収量=ゼロ」とすることを目指します。
すなわち、カーボンニュートラルを目指す企業には「温室効果ガス排出量削減への取り組み」と「温室効果ガス吸収量増加への取り組み」の両方が求められます。カーボンニュートラルを理解する上でもっとも大切なポイントです。
国内では菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」が契機に
国内でカーボンニュートラルが注目を集める契機となったのは、2020年10月、菅前首相が国会にて「日本は2050年までのカーボンニュートラル実現を目指す」と宣言したことです。各国首脳陣や国際団体から相次いで歓迎の声が届きました。この発言は「2050年カーボンニュートラル宣言」として、現在まで日本政府の指針になっています。
2020年12月には、実現へのアクションプランとなる「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定され、2021年5月には必要な法整備(地球温暖化対策の推進に関する法律の改正)も行われました。
そして2022年7月には、環境保護への政府の取り組みを加速させる「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実行推進担当大臣」が新設されています。ここ数年で、カーボンニュートラル実現に向けた日本政府の動きはスピード感を増しています。
世界でもカーボンニュートラルは進んでいる
カーボンニュートラル実現を目指しているのは日本だけではありません。2021年11月時点で150ヵ国以上が賛同しており、その中にはアメリカや中国などの大国も含まれています。
2017年当時は小国を中心とする123ヵ国(1地域)の賛同にとどまり、アメリカや中国は参加していなかったことを考慮すると劇的な増加ペースです。日本を含めSDGsの達成期限である2030年に「中期目標」を定めている国も多く、これからの数年でますますカーボンニュートラルへの関心は高まることが予想されます。
カーボンニュートラルへ企業が取り組むべき理由&メリット
カーボンニュートラルに向けて企業が取り組むべき理由と期待できるメリットを見ていきましょう。
企業価値の向上
カーボンニュートラル達成に向けた活動は、企業の価値やブランドイメージを向上させます。消費者・取引先・株主など、あらゆるステークホルダーが環境問題に関心を持つ現代において、カーボンニュートラルへの取り組みを公開することは「先進的で人道的な企業である」とのイメージにつながります。
企業価値の向上が生み出すメリットはさまざまです。消費者の共感獲得による売り上げの向上はもちろん、同じく先進的な考えを持つ企業とのパートナーシップも期待できるでしょう。就活・転職市場においては、これからの時代に欠かせない高度な問題意識を持つ人材も確保しやすくなります。
ESG投資における高評価の獲得
CSR活動の一環としてアピールでき、ESG投資(企業の財務面だけでなくCSRに関する活動にも目を向ける投資)を招きやすくなるのも注目すべきメリットです。カーボンニュートラルに向けた企業の取り組みは「サステナビリティレポート」にて対外的に公開できます。
サステナビリティレポートとは、環境や社会問題に対する自社の取り組みをステークホルダーに公開するための書類です。公式サイトなどで一般公開される形が主流で、企業のESGへの取り組みを査定する「ESG評価機関」からのスコア審査にも使用されます。
審査で高スコアを獲得した企業は、ESGを重視する投資家や団体から融資を受けやすくなります。資金調達の容易さはフットワークの軽い経営の実現に役立つでしょう。
ランニングコストの削減
カーボンニュートラルに取り組む意外なメリットとして、経営上のランニングコストを削減できる可能性が挙げられます。
カーボンニュートラルを実現するためには、自社の各種エネルギーの消費状況を見直し、後述する再生可能エネルギーへ切り替えていくことが欠かせません。取り組み中に明確となった現在のエネルギー消費状況をもとに適切な節約策を講じれば、これまでよりコストを減らすことができるかもしれません。
さらに、太陽光や風力といった再生可能エネルギーの自家発電を視野に入れることで、燃料高騰による光熱水費の値上がりの対策にも役立ちます。
新たなビジネスチャンスの創出
カーボンニュートラルへの取り組みは、新たなビジネスチャンスを生み出す機会でもあります。前述の菅前首相による宣言の中では、以下の通り経済的な側面にも触れられています。
「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です。鍵となるのは、次世代型太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした、革新的なイノベーションです。実用化を見据えた研究開発を加速度的に促進します。」
(出典:経済産業省「2050年カーボンニュートラルを巡る国内外の動き」
現代はカーボンニュートラルに配慮されたアイテムが評価されます。例えば、食品容器を製造する企業が競合他社よりも「エコ」な商品を開発できれば、ブルー・オーシャンの中で膨大な利益を上げることも可能でしょう。「環境保護=慈善事業」のイメージはもはや時代遅れともいえるのです。
カーボンニュートラルと関連用語の違い
続いて、カーボンニュートラルと関連用語の違いを紹介します。
脱炭素との違い
カーボンニュートラルとほぼ同義の用語が「脱炭素」です。菅前首相の宣言では、カーボンニュートラルを実現した社会を「脱炭素社会」と呼んでいます。環境省が運営するカーボンニュートラルのポータルサイトの名称も「脱炭素ポータル」で、明確な使い分けはされていません。
一方で、脱炭素という言葉は「差し引きゼロではなく、温室効果ガス排出量をゼロにすること」のニュアンスが強いと見られることもあります。差し引きゼロを強調する際にはカーボンニュートラルと表現するほうが正確でしょう。
カーボンバジェットとの違い
国立環境研究所によれば、カーボンバジェットとは「気温上昇をあるレベルまでに抑えようとする場合、温室効果ガスの累積排出量(過去の排出量+これからの排出量)の上限が決まるということ(引用:国立環境研究所「カーボン・バジェットとは?」)」を意味しています。
すなわち、「目標から見て、あとどれだけ温室効果ガスを出しても良いのか?」を表す言葉です。「バジェット」は、予算を意味する英単語「budget」から来ています。カーボンニュートラルと名前は似ていますが、意味は大きく異なります。
カーボンオフセットとの違い
環境省によると、カーボンオフセットは以下の通り定義されています。
「カーボン* オフセットとは、日常生活や経済活動において避けることができないCO2等の温室効果ガスの排出について、まずできるだけ排出量が減るよう削減努力を行い、どうしても排出される温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等により、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方です。」
(出典:環境省「カーボン・オフセット」)
これは、差し引きで温室効果ガス排出量をゼロにしようというカーボンニュートラルの思想そのものです。カーボンニュートラルの具体的な取り組みの一つとして、カーボンオフセットが存在することになります。
カーボンニュートラルへ企業ができること
カーボンニュートラルへ向けて、企業には何ができるのでしょうか? 具体的な事例は後述しますが、大きく4つのアクションが考えられます。
消費エネルギーを削減する
最初に行うべきは、消費エネルギーの削減です。カーボンニュートラルの差し引きゼロとは、あくまでも「できるだけ温室効果ガス排出量を削減した上での差し引きゼロ」です。まずは自社が消費するエネルギーの節約を進め、そこから生まれる温室効果ガスも削減する必要があります。
「GHGプロトコル」のScope(スコープ)と呼ばれる概念が浸透する中、自社だけでなく取引先の消費エネルギー、ひいては温室効果ガス排出量にも目を向けるのが当たり前になりつつあります。例えば「省エネに配慮しつつ採取された原料を仕入れる」「包装のスリム化を依頼してプラスチック使用量を減らし環境負荷も減らす」といった行動も、立派な消費エネルギー削減策の一つです。
再生可能エネルギーへ切り替える
消費エネルギーの削減に取り組んだら、使用するエネルギー自体を再生可能なエネルギーに切り替えていくことも必要です。太陽光や風力のほか、水力や地熱、バイオマスなど、エネルギー源の中には二酸化炭素を生み出さず枯渇もしないものもあります。
再生可能エネルギーへの切り替えでは、物理的に自社設備を用意する以外に「非化石証書」を購入する手もあります。非化石証書とは、二酸化炭素を排出しない非化石電源から作られた電気、という価値を証明する書類です。非化石証書は取引が可能で、購入により「(購入相応分の消費電力については)企業として二酸化炭素を排出していない」とみなされます。
カーボンオフセットを活用する
企業がカーボンニュートラルに向けてできることには、前述のカーボンオフセットも含まれます。例えば、「植林などの森林保護活動を行う団体へ寄付をする」「クレジットと呼ばれる制度を活用して、ほかの団体が実現した温室効果ガス排出量の削減効果を購入する」などが考えられます。
ただし、カーボンオフセットはあくまでも補助的手段です。「排出量削減を目指さない言い訳に使うべきではない」とする意見もあり、まずはほかの対策を十分に行った上での利用が求められます。
【具体例】カーボンニュートラルへの企業の取り組み事例
最後に、企業のカーボンニュートラルへの取り組み事例を見ていきましょう。
花王グループ
洗剤やせっけんなどの消費財を手がける花王グループは、2040年までのカーボンニュートラルと、2050年のカーボンネガティブ(温室効果ガス排出量を差し引きでマイナスへ)を目指す先進的な企業です。
「自社製品の原料をサステナビリティに配慮されたものへ変更すること」に力を入れており、例えば2019年の春には、アブラヤシの実から食用油を採取した際に残ってしまう油脂を活用した洗剤を販売しています。容器のコンパクト化や詰め替え製品の提供などの削減策にも取り組んでいます。
花王は2030年までの中期目標として、人々の花王製品やサービスの利用によって、社会の二酸化炭素排出量を1000万トン削減することを掲げています。このような中期目標を定めておくことも、企業として地に足の着いた取り組みを進めるために大切です。
日産自動車株式会社
数ある業界の中でも、特にカーボンニュートラルに関して厳しい立場に置かれているのが自動車業界です。CAFE規制のような温室効果ガスにまつわる業界内の独自規制も誕生しており、近い将来にはガソリン車がなくなるのではないかとさえいわれています。
しかし日産自動車は、そのような背景を踏まえて2050年のカーボンニュートラル実現を掲げています。2030年代の早期から主要な新型車をすべて電動車両にすることを目指し、バッテリー技術の向上や車体全体のエネルギー効率の改善に向けて、現在も研究を進めています。
楽天グループ
圧倒的な早さでのカーボンニュートラル実現へ取り組んでいるのが楽天グループです。
楽天グループはこれまでにも、自社が所有するスポーツチーム(プロ野球:楽天ゴールデンイーグルス、サッカー:ヴィッセル神戸)のホームスタジアムの使用電力を100%再生由来エネルギーへ切り替えるなど、大規模な施策を進めてきました。
2023年からは、物流倉庫や楽天モバイルの携帯基地局にて太陽光発電を使用した再生可能エネルギーによる電力供給を進めるとしています。2023年中にカーボンニュートラルへ成功した場合、このような取り組みは多くの企業のモデルケースになるかもしれません。
パナソニックプロダクションエンジニアリング
「CO2ゼロ工場」を目標に2030年のカーボンニュートラル実現へ取り組んでいるのが、パナソニックプロダクションエンジニアリングです。
パナソニックでは、自社技術を活かした製造現場の省エネ化を進めています。例えば、恒温室の温度の自動制御とそれによる節電のために年間で約35%以上もの節電を見込める高機能スマートEMSを開発し、この研究は2019年の省エネ大賞を獲得しました。
ほかにも「シルキーファインミスト」と呼ばれる気化熱を利用した空調を採用し、一般的なスポットクーラーと比較して消費エネルギーを7分の1にまで抑えています。技術力という自社の強みをカーボンニュートラルに結びつけた好例です。
コニカミノルタ
コニカミノルタは、美しいプラネタリウムから実用的なプリンターまで幅広い製品を取り扱う電機メーカーです。2030年までのカーボンマイナスという大きな目標を掲げています。
工場で製品を大量に組み上げていくコニカミノルタのような企業では、原料の仕入れ先の温室効果ガス排出量が自社のカーボンニュートラルの達成状況を大きく左右します。そこでコニカミノルタは、サプライヤーに対して専門家を派遣し温室効果ガス排出量削減への取り組みを支援してきました。
コニカミノルタでは近い将来、仕入れ先が独力で省エネルギー活動を行えるように支援しようと計画しています。サプライチェーン排出量まで意識した、現代企業のカーボンニュートラル達成へのお手本となる取り組みです。
カーボンニュートラルへの取り組みは企業の義務とも言える課題
この記事では、カーボンニュートラルへの取り組みについて、概要や背景、取り組むべき理由とメリット、企業ができることや国内事例を解説しました。
ステークホルダーが環境問題に強く関心を持つ現代では、カーボンニュートラルへの取り組みは企業にとって必須課題ともいえるものです。取り組みにより信頼獲得やブランドイメージの向上が目指せますが、取り組まなければそれらのメリットを競合他社に独占されてしまいます。
すでにカーボンニュートラルに取り組めている企業の事例では、コニカミノルタやパナソニックのように、自社の強みと業界の課題を見つめている例が目立ちました。自社を取り巻く現状の把握が、カーボンニュートラルへの最初の一歩となりそうです。
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