カーボンプライシングとは、地球が抱える気候変動問題を解決するための政策ツールのことです。カーボンプライシングの概要やメリット・デメリット、世界各国での取り組みなどを理解した上で、企業や消費者が受ける影響などについて詳しく見ていきましょう。
目次
カーボンプライシングとは?詳しい仕組みと一緒にわかりやすく解説
そもそもカーボンプライシングとは、炭素に価格を付けるという政策手法の1つです。カーボンプライシングを導入することで、炭素の排出量を削減させることを目的にしています。
なぜなら、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスは、地球温暖化を引き起こす原因であり、温暖化対策として全世界で温室効果ガスの削減が求められているためです。
それでは、カーボンプライシングには具体的にどんなものがあるのでしょうか?大きく分類すると以下の5つに分けられます。1つひとつ詳しく見ていきましょう。
炭素税
炭素税とは、二酸化炭素の排出を行った場合、二酸化炭素の量に比例して課税を行うことです。カーボンプライシングには、明示的カーボンプライシングと暗示的カーボンプライシングがあります。炭素税は、炭素量に値付けする仕組みのため、明示的カーボンプライシングに分類されます。
炭素税を課す場合には、排出する炭素に対してトン当たりの価格で計算されるため、わかりやすい点が特徴です。また、わかりやすいということから、幅広い排出主体に負担を求めることができ、炭素税導入の際の行政コストも低く抑えられます。
国内排出量取引
国が炭素の排出量をコントロールする方法です。まず、企業ごとに排出量の上限を定めます。企業はその上限を意識しながら経済活動を行い、排出枠があまったり不足したりした場合に、市場で売買して調整する仕組みです。
事前に排出総量を決めるため、国全体の排出量を抑える効果が期待できるでしょう。しかし、排出枠の売買では、取引は市場で行われるため、排出枠の価格は需給のバランスによって変動します。
もし排出枠が不足した場合には、市場で排出枠を購入しなければならないため、価格が高騰していた場合にはコスト負担が大きくなるでしょう。また、排出枠を意識しながら経済活動をしていても、情勢の変化によって排出量が増えることもあります。
そういった場合に、コスト負担の見通しが立てにくいというデメリットも考えられるでしょう。さらに、国内排出量取引では、排出量の測定が必要になるため、一定の規模以上の企業でなければ対象にできません。
こういった難点はありますが、炭素税との併用もできるため、さまざまな国で導入されています。
クレジット取引
二酸化炭素削減価値を証書化して取引を行うというものです。政府が運用するクレジット取引の他に、民間でもクレジット取引を行っています。
日本政府が行っているクレジット取引は、非化石価値取引やJクレジット制度、二国間クレジット制度(JCM)などです。非化石価値取引では、太陽光や風力などを使った再生可能エネルギーや原子力などの化石燃料ではないエネルギーが持つ価値を売買します。
Jクレジット制度とは、省エネや再生可能エネルギー設備の導入や、森林管理等によって温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットにして売買できる制度です。
二国間クレジット制度(JCM)は、開発途上国に低炭素技術などの提供を行い、二国で協力して実現した排出削減量をクレジットとして二国間で分け合う制度です。
インターナルカーボンプライシング
民間企業が行うカーボンプライシングの1つです。企業が自社の二酸化炭素排出に対して価格付けを行い、企業の投資判断の指標として投資家などに活用してもらいます。
インターナルカーボンプライシングを行うことで、二酸化炭素排出削減につながることはもちろん、排出削減のために努力していることを対外的にアピールできます。また、インターナルカーボンプライシングを導入するとカーボンディスクロージャープロジェクトに回答しなければなりません。
環境に対する取り組みを数値化して開示するため、同様にインターナルカーボンプライシングを導入している企業と比べる際に、投資家が客観的な判断をしやすくなるなどのメリットがあります。
国際機関の市場メカニズム
世界に目を向けると、カーボンプライシングを推進するために、大手金融機関が排出権取引ビジネスに進出したり、市場での取引が開始されたりするなど、排出権の市場化や金融ビジネス化が進んでいます。
その他には、国際海事機関(IMO)において炭素税の導入を検討しています。国際民間航空機関(ICAO)では、二酸化炭素排出量を超過した場合には、超過した分の二酸化炭素排出量を購入することを義務付けるCORSIA制度を作りました。
二酸化炭素削減に向けた国際的な取り組みを活発化させるためにも、さまざまな国際機関や企業で、カーボンプライシングの仕組み作りや運用の拡大が進められています。
カーボンプライシングが日本を含む世界各国で導入された背景は?
どうしてカーボンプライシングという政策ができたのかというと、地球規模での問題である気候変動問題のためです。気温上昇を実感している方もいるかもしれませんが、このことは、人間が生活をする中で排出する二酸化炭素などの温室効果ガスが影響しています。
気温上昇の何が悪いのかというと、気候パターンが変化し自然界のバランスが崩れ、人間やその他の動物、地球の自然に悪影響を及ぼす危険があるためです。気候変動問題は単に気温上昇だけでなく、嵐の発生頻度や威力の増加、干ばつの増加、海の温暖化や海面上昇、食料不足などの問題を引き起こします。
気候変動問題解決のために、2015年パリ協定が作られ、先進国だけでなく開発途上国も含めたすべての国が参加する取り決めとなりました。そこで掲げられた2020年以降の目標は、以下の通りです。
- 世界の平均気温上昇を産業革命以前よりも2℃低く、1.5℃に抑える努力をする
- 21世紀後半に温室効果ガス排出量を実質0にする(カーボンニュートラル)
この目標を実現するための方法の1つとして、カーボンプライシングが作られたというわけです。カーボンプライシングによって金銭的な負担がかかると、温室効果ガスの排出者は、排出を抑制しようとこれまでの行動が変わるのではないかと考えられています。
カーボンプライシングを導入するメリット・デメリット
地球規模で懸念される気候変動問題を解決するために、カーボンプライシングは有効かもしれません。しかし、良い面があるということは悪い面も考えられます。ここでは、カーボンプライシング導入に向けて考えられるメリットとデメリットについて見ていきましょう。
メリット
最大のメリットは、二酸化炭素削減につながるという点です。二酸化炭素削減を努力義務にすると、棚上げされることも考えられますが、カーボンプライシングという政策を導入すれば、企業側も積極的に取り組むようになるでしょう。
なぜなら、環境問題に配慮している企業ということをアピールできれば、企業のイメージアップや投資対象として選ばれることが考えられるためです。また省エネに関する技術力を持っている企業であれば、その技術力を使って商品を作ったり技術提供をしたりすることで、大きな商機を掴めるかもしれません。
現段階では省エネ技術や商品を持っていない企業でも、カーボンプライシングを機に開発に取り組み、新しい技術や商品を生み出す可能性もあります。このように、企業の経済活動が活発になれば、環境対策と経済対策の両立につながるでしょう。
国民に対するカーボンプライシングでは、すでに炭素税という形で石油石炭税に上乗せして課されています。これによって、国民1人ひとりが気候変動問題を認識し、二酸化炭素削減のための行動を促すというメリットもあるでしょう。
デメリット
日本のようにエネルギー資源が少ない国では、さらにエネルギーコストが上昇する可能性があります。また、コスト上昇に伴って、今後の投資資金や研究資金が削減されることも考えられるでしょう。
エネルギーコストの上昇に加えて、投資・研究資金の削減や二酸化炭素排出の規制が負担となり、国際的な競争力が低下することが懸念されます。
カーボンプライシングにはさまざまな種類がありますが、種類によっては世界的な統一基準がないために法的なリスクを抱えているケースもあります。国内に目を向けた場合は、例えば排出量取引の上限設定の際に、妥当性のある公平な設定ができているのかという問題が考えられるでしょう。
どうすれば二酸化炭素削減と国際競争を両立できるのか、どの企業にも公平な仕組み作りができるのかなどをしっかり議論していく必要があります。
日本のカーボンプライシングに対する具体的な取り組みや現状
ここからは、カーボンプライシングに対する具体的な取り組みや現状について見ていきましょう。まずは、日本におけるカーボンプライシングの取り組みについてです。
東京証券取引所でカーボンクレジットの試行取引実施
経済産業省からの委託事業として、東京証券取引所では、 2022年9月よりカーボンクレジット市場の実証を行っていました。国際的に通用するクレジットを国内で売買するための市場です。2023年1月31日を売買最終日として、現在は実証終了しています。
実証には、上場会社や金融機関、地方自治体関連など183もの機関が参加し、再生可能エネルギーや省エネルギーのクレジットを中心に、森林のクレジットの取引も行われました。
炭素税の導入
地球温暖化対策を強化するために、2012年10月から「地球温暖化対策のための税」が設けられ、段階的に施行されました。2016年4月1日に予定されていた最終税率への引き上げが完了しています。
「地球温暖化対策のための税」は、いわゆる炭素税にあたり、石油や天然ガスなどの化石燃料を利用する際に国民も含めて負担するものです。
排出量取引制度を実施
日本における排出量取引制度は、2005年頃から話し合いが進められ、2008年には国内統合市場にて試行をしました。そして、2010年に地球温暖化対策基本法案の中で、国内排出量取引制度の創設を規定しました。
その後、排出量取引制度における課題整理などを行い、2023年度から日本版の排出量取引が始まります。今のところ、企業の自主的な取り組みとなっているため、参加は強制されません。しかし将来的には、海外と同じように、企業ごとに排出量の上限を定められることも想定されます。
海外のカーボンプライシングに対する取り組み
2022年に世界銀行が発表した報告書によると、2021年のカーボンプライシング収入は、世界全体で約840億ドルとなりました。2020年と比べると60%ほど増えていることになります。
世界的に見ると、カーボンプライシングへの取り組みは急拡大傾向にあると言えるでしょう。ここでは、世界各国のカーボンプライシングへの取り組みについて見ていきましょう。
アメリカ
アメリカではトランプ政権の時代、温暖化対策に否定的な態度を取り、2020年にパリ協定から正式に離脱しました。しかしバイデン政権になってから方針転換し、2021年にはパリ協定に復帰しました。
現在、国として炭素税や排出量取引などの導入はしていませんが、州や地方の取り組みにパートナーとして協力しています。また、2050年までに100%クリーンエネルギー化や温室効果ガス純排出0に向けて投資を促進する予定です。
さらに、2024年から「炭素国境調整メカニズム」を導入することを決めました。「国境炭素調整」とは、二酸化炭素排出規制が緩い国から製品を輸入する際は、製造時に排出した二酸化炭素に応じて関税を課すというものです。
ロシア
ロシアの二酸化炭素排出量は、世界で第4位の多さです。ロシアには天然ガスや石油が豊富にあることで、政府歳入の約4割をエネルギー輸出からの税収に頼っているという側面もあります。そのため、脱炭素の動きはロシアにとって大打撃となるでしょう。
そのような状況下で、ロシア政府は、2021年に2060年までにカーボンニュートラルを達成する計画を発表しました。計画では、カーボンプライシングやグリーンプロジェクトへの融資の優遇などを行うというものです。
中国
中国は、世界の中でもっとも二酸化炭素の排出量が多い国です。しかし中国は、2020年の国連総会で、2060年までにカーボンニュートラルを達成できるように努力すると表明しました。
そして2021年からは排出量取引制度を始め、世界最大の排出量取引市場と言われています。今のところ、中国での二酸化炭素排出規制事業者は限定されていますが、今後対象事業者を順次拡大していくと考えられるでしょう。
EU
EUは、2005年に世界で初めて排出量取引制度を導入しました。2005年から4つのフェーズを設けて試験的に導入し、現在は最終段階に進んでいます。また、フランスやオランダなどのEU加盟国の中には、炭素税を導入している国もあります。
2023年からは、EUにて炭素国境調整メカニズムを導入し、2025年12月から本格運用となる予定です。
韓国
韓国では、2030年までに国家削減目標を達成することを目標として、2015年から排出量取引制度を開始しました。国家削減目標は、2017年と比べて24.4%の二酸化炭素排出量の削減です。
排出量取引制度対象の業界拡大によって、国内排出量の74%をカバーしています。しかし韓国の炭素価格は、EUと比べると4分の1ほどと、極めて低い点が問題点と言えるでしょう。
カーボンプライシングによって私たちが受ける影響
自分や家族の生活を守るために、そして未来の子どもたちの生活を守るために、地球温暖化に取り組むことは最優先事項と言えます。そのため、気候変動問題の解決のために行うさまざまな政策は必要不可欠だと考える方もいるはずです。
しかし、新しい政策によって、企業や消費者(国民)に影響が出ることもあります。ここでは、カーボンプライシング導入によって考えられる影響を考えていきましょう。
カーボンプライシングによって企業が受ける影響
カーボンプライシングのうち、炭素税や排出量取引制度などは企業に直接的な負担が課せられる可能性がある制度です。二酸化炭素排出量削減のためのコストが増えることで、その他の開発費や研究費への投資を抑えなければならない可能性があります。
また、二酸化炭素排出量削減に必要な設備投資や技術開発に予算を割いた場合、商品にコスト分を転嫁しなければならず、国際的な競争力低下が懸念されるでしょう。
カーボンプライシングによって消費者が受ける影響
カーボンプライシング導入で直接的に負担になるのは、企業です。しかし、先ほど説明した通り、商品にコスト分を転嫁すると、商品の販売価格が高くなります。したがって消費者の負担が増えることにつながる可能性があるでしょう。
カーボンプライシングの今後の課題
最後に、カーボンプライシングの今後の課題について紹介します。
国際的な競争上の不公平
カーボンプライシングは、1つの国が積極的に取り入れたからといって効果が期待できるものではありません。地球全体で二酸化炭素排出量を削減する必要があるためです。先進国はもちろん開発途上国と連携しながら、進めていく必要があるでしょう。
また、二酸化炭素排出量の規制が厳しい国とそうではない国を比べた場合、規制が厳しい国ではコストが増すために販売価格も高くなっている可能性があります。反対に、規制が厳しくない国では、価格を低く設定しやすいでしょう。そうなってしまうと、国際的な価格競争で不公平となる課題が考えられます。
制度設計の難しさ
カーボンプライシングを導入する場合は、細かく制度設計しなければなりません。具体的に言うと、企業によって二酸化炭素排出量の上限を設定するとなると、何を基準で決めれば良いのか客観的な指標が難しいという課題があるためです。
また、企業の負担が増えることを懸念する経済産業省と、カーボンプライシング導入に前向きな環境省との足並みが合わず詳細な制度設計が進まないという問題もあります。企業側の負担が増えることに目を向け、企業の成長に資金を流すような制度も合わせて作る必要があるでしょう。
地球の問題を全世界で考え取り組む時が来ている
気候変動問題は、世界全体で一丸となって取り組むべき課題です。まずは、日本などの先進国が積極的にカーボンプライシングの制度設計を行い、導入していく必要があるでしょう。それと並行しながら、開発途上国と連携をとって、二酸化炭素排出量を削減するための技術や設備の提供が必要になります。
世界を見渡すと、日本より1歩も2歩も先を進んでいる国もあります。日本でもカーボンプライシングに関する認知度を上げ、早急に対応していく必要があるでしょう。
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