温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルをめざし、さまざまな国の政府、自治体、企業が多種多様な取り組みを続けています。カーボンニュートラルの実現には、温室効果ガスの排出量の削減のために再生可能エネルギーによる発電を増やす施策だけでなく、こうした発電の弱点を補い、排出量と吸収量の両方に寄与する「エネルギートランスフォーメーション」の取り組みが欠かせません。
エネルギートランスフォーメーション(EX)とはなにか?
エネルギートランスフォーメーション(energy transformation)は「EX」とも訳されています。ただし、EXはEmployee Experience、従業員体験の略語として使われることもあるので注意しましょう。
energy transformationをEXと略す用語と類似するものに、デジタルトランスフォーメーション、DXがあります。また類似した意味を持つ用語として「グリーントランスフォーメーション」(GX:Green Transformation)があります。
GXは産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換するもの、とされています。
GXとEXは意味合いとしても似ていて、どちらも、環境に配慮しカーボンニュートラルをめざすための取り組みです。そのため、ほぼ同じ意味にとらえられて使用されていることも多いようですが、どちらかというと、GXは再生可能エネルギー関連に絞った施策や戦略を説明する際に使われることが多いようです。
それに対してEXは、エネルギー関連産業が取り組むカーボンニュートラルをめざすための施策や戦略を語る際に使われることが多く、その手法も先進的なテクノロジーによるものから、既存のプロセスをデジタル化するなどITと関連深い取り組みなどがあり、とてもすそ野が広いものとなっています。
カーボンニュートラルとはなにか
ここで、カーボンニュートラルについて少し触れおきましょう。
カーボンニュートラルとは温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる、という意味です。世界全体の課題である気候変動問題の解決に向けて、2015年にパリ協定が採択されました。これにより世界共通の長期目標として、世界的な平均気温上昇を工業化以前に比べて2℃より十分低く保つ、さらに1.5℃に抑える努力を追求することをめざすことになりました。
例えば日本の年平均気温は、様々な変動を繰り返しながら上昇しています。長期的には100年あたり1.30℃の割合で上昇しており、特に1990年代以降は高温となる年が頻出しているのです。
2020年に日本政府は2050年までに温室効果ガスのネット排出分をゼロにする、カーボンニュートラルをめざすと宣言しました。つまり二酸化炭素などの温室効果ガスの「排出量」から、植林、森林管理などによる「吸収量」を差し引いて、合計を実質的にゼロにするという意味です。
今後、気候変動に伴い、豪雨や猛暑のリスクがさらに高まっていくと予測されています。農林水産業だけでなく多様な産業や幅広い経済活動に多大な悪影響を及ぼすことになります。また人々の健康も脅かされる危険があると指摘されています。これらの変動は、地球上の全ての生き物にとって生存基盤を揺るがす危機なのです。
気候変動の原因の1つとされているのが温室効果ガスです。さまざまな経済活動や日常生活の中から排出されています。世界中の人々の衣食住や移動などのライフスタイルに起因するともいわれているのです。そのためカーボンニュートラルの実現は、自治体や企業組織だけの問題ではなく、1人1人の生活者も含めて取り組まなければなりません。
この排出と吸収の観点で考えると、グリーントランスフォーメーション(GX)は、石油や石炭などによる発電から再生可能エネルギーによる発電への切り替えによる、排出量削減の施策のなかで使われることがメインとなっています。
これに対してエネルギートランスフォーメーション(EX)では、排出量削減、吸収量増大のそれぞれに対して効果のある施策について検討していることが多いです。
再生可能エネルギーによる発電の弱点
カーボンニュートラルや脱炭素社会の実現には、まず再生可能エネルギーによる発電量を増加していくことが重要ですが、再生可能エネルギーにはさまざまな課題が山積しています。
1つは発電量が不安定なこと、そしてもう1つは「同時同量」という電力供給の原則を満たすには限界があるということです。
発電量が不安定だということは、なんとなく理解できるはずです。例えば狭い国土、平坦な土地の少ない地域では、大規模な太陽光発電所を設置できません。分散して発電所を設置する必要があり、スケールメリットがなかなか得られません。また太陽光や風力発電の発電量は、天候などに大きく影響されます。
「同時同量」というのは、消費量に見合った量の電力を、同時に発電して供給しなければならないという意味です。消費量と供給量に大きな差ができると設備や機器に負荷が掛かったり、電圧の低下や停電発生のリスクが増大したりします。電力会社は、季節ごとの需要の増減を予測し再生可能エネルギー以外の発電量を調整しやすい発電手段で「同時同量」の原則を満たしています。
こうした課題があるなかで、GXを中心とした施策を推進し、風力や太陽光発電の施設を増やしていくだけでは、カーボンニュートラルや脱炭素社会の実現は遠いものになってしまいます。
EXの取り組み
では、再生可能エネルギーによるエネルギー生産の転換の課題を、どう克服するのでしょうか。EXはまさにそのためにあるといえるでしょう。
例えば「電力貯蔵システム(Energy Storage System:ESS)」というソリューションがあります。大型の蓄電池と電力制御システムを組み合わせた設備のことで、需要状況に応じて電力の貯蔵や放出を行います。これによって電力網の負荷を平準化させ再生可能エネルギーを効率的に活用できるようになるのです。
ESSはそれ自体再生可能エネルギーを使った発電設備ではありませんが、最終目標であるカーボンニュートラルに大きく貢献する仕組みといえます。これこそがEXで検討される施策の一例です。
現在ESSでは、高効率な充放電ができ柔軟に容量が変えられるリチウムイオン二次電池をベースにした設備の利用が拡大しています。住宅用のESS設置の台数も増加しており、2030年には全世界で100万台を超える設置が見込まれています。普及が進むことでコスト面でもメリットが拡大するはずです。
さらにEXに関する分かりやすい施策と言えば、あるエネルギーの形態を別の形態に変換する「エネルギー変換」でしょう。
内燃機関、蒸気タービン、家庭用炉・ボイラー、暖房機などで発生する熱を別の用途に変えていくのです。実際、工場などで発生する熱を使って小型の発電機を利用して照明設備に適用させたり、ボイラーなどで大量に発生した熱を活用して温水を提供したりといったことは、一般的になっています。
こうした利用法で使われるエネルギー源は、石油や軽油、石炭などの燃焼によって発生したものがほとんどでしょう。しかし、ここで発生するエネルギーを無駄にしないよう、いくつものソリューションで再利用することで、CO2の発生を縮減させることができ、カーボンニュートラルの実現にも寄与します。
このようにEXでは、さまざまな技術、ソリューションを活用して、ムダを排除し、GXよりもすそ野の広い取り組みを展開しているのです。
排出されたCO2を回収する仕組み
EXソリューションは幅広い分野で検討されています。
「CCU(Carbon dioxide Capture and Utilization)」もその1つです。CCUは排出されたCO2を回収し、工業製品などの原料に使う仕組みのことです。まさにカーボンニュートラルにおける「吸収量」増大のためのテクノロジーといえるでしょう。
三菱商事は富山大学や日本製鉄などと協力し、CO2からペットボトルなどの原料となる「パラキシレン」を製造する技術の研究開発に着手しました。またコンクリート産業でも鹿島建設、中国電力、デンカ、ランデスの4社が製造工程でのCO2排出量が実質ゼロの無筋コンクリートの開発を進め、事業化をめざしています。
CO2を再利用したり、いままでCO2を大量に発生させていた素材・材料を改良し排出ゼロにしたりすることも、カーボンニュートラル実現には大きな力となります。
電力とふるさと納税の掛け合わせ
新たなテクノロジーを開発したりするのではなくても、EXの施策としてカーボンニュートラル実現に貢献できる施策はあります。
例えば、電力とふるさと納税を掛け合わせたビジネスモデルです。需要家である個人が寄付者となり、ふるさと納税制度に参加、再エネ電源を持つ自治体にふるさと納税として寄付をします。そして自治体からの返礼品として寄付額に応じた再エネ電源からの電力量(kWh)を、小売電気事業者を介して消費するという仕組みです。
この仕組みを使うことで、寄付をする需要家はカーボンニュートラルへの貢献だけでなく、地域への貢献というモチベーションも高められます。また個人が自ら効率的なクリーン発電設備を持つ自治体を選択し、そこから電力を入手することで、各自治体の発電に関する効率化を促す結果にもつながります。
また自治体側からすれば、全国から自分たちの発電設備へ寄付してもらうことで、維持コスト負担を軽減させることにもつながります。
電力需給の管理を高度化、一元化
電力需給の管理を高度化することもEXの重要な施策の1つです。
電力小売事業では市場価格の変動や需要家の電力需要量の変動などさまざまな変動要素がからんで、経営に影響します。これらの要素から発生するリスクを一元的に管理することは、事業の成長にとって欠かせないものであり、電力調達の最適化にもつながります。このように電力需給収支の管理業務の高度化もカーボンニュートラル実現の大きなカギとなるのです。
電力需給収支の変動リスク管理は、ITシステムによって行われます。電力の販売計画や調達計画、電力や燃料の市場価格などのリアルタイムのデータなどを活用して、リスク管理をします。こうしたシステム化の動きは「エネルギー業界のDX」という言い方もできるでしょう。
こうした取り組みはAIを活用して電力調達コストを抑制する機能を実装するといった、さらなる高度化にもつながっています。
ドローン活用もEX
2016年から「電力の小売全面自由化」が始まり、エネルギー業界では競争の激化が顕著となっています。また脱炭素だけでなく分散電源による電力調整力確保の必要性、人口減少による労働力確保の困難さなどの外的要因によって、エネルギー業界にとって収益性確保の重要性がますます高まっています。
そうしたなか、2021年に航空法が改正され、ドローンに対する規制緩和の見通しが立つようになりました。
電力業界では自社設備点検にドローンを活用して作業の効率化を進めようとしています。高所作業など専門性の高い仕事を担う人材が減少する中で、ドローンによる点検でその不足分を補う取り組みが実施されるようになっています。
また将来はこうした自社設備での利用ノウハウを生かし、外部にサービスを提供するドローン関連事業を展開することも考えられています。
仮想発電所:バーチャルパワープラント(VPP)の活用
「仮想発電所:バーチャルパワープラント(VPP)」と呼ばれる仕組みを構築してくプランもEXでの取り組みで注目されています。
VPPでは、IoT(モノのインターネット)を活用して高度なエネルギーマネジメント技術を駆使し、太陽光発電や家庭用燃料電池などのコージェネレーション、蓄電池、電気自動車、ネガワット(節電した電力)など、需要家側に導入される分散型のエネルギーリソースを束ね(アグリゲーション)ます。これらを遠隔・統合制御することであたかも一つの発電所のように運用するのです。
VPPは、電力管理の負荷平準化や再生可能エネルギーが供給過剰だった場合の吸収手段として活用します。また電力不足時には供給リソースとしての機能を果たし電力システムの安定を図ります。
ディマンドリスポンス(DR:Demand Response)の活用
ディマンドリスポンス(DR)とは簡単にいうと、需要家への節電要請のことです。これは過去にも首都圏などで実際に何度も行われています。需要を増やす(創出する)ことでも「上げDR」という表現が使われますが、昨今の電力事情からすると、節電要請と訳しても良いくらいです。
またエネルギーサービスを提供する事業者のことを「アグリゲーター」と呼び、このアグリゲーターがリソース制御の契約を行い、インバランス回避、電力料金削減、出力抑制回避などさまざまな節約を進めていきます。
競争の激化するエネルギー業界では、アグリゲーターによるビジネスでも競争が生まれ、より需要家にとってお得なサービスが求められるようになっています。そのために各アグリゲーター企業は、ITによるデジタル化を進め、サービスの高度化に取り組んでいます。
ネガワット取引
VPP・DRを活用したビジネスに「ネガワット取引」というものがあります。これはアグリゲーター等との事前契約に基づき、電気需要がピークに達したタイミングで節電を行う「下げDR」(節電要請)のことです。企業などの大規模需要家だけでなく一般家庭の需要家も参加できます。
「ネガワット取引」では、実際に削減された電力量に従って契約で定められた報酬が支払われます。一方、需要家は契約で定められた日時、時間帯に備えて、DR発動に対して対応できるようにしておく必要があります。この発動は、契約に定められた範囲であればいつでも実施される可能性があります。
まとめ
ここまでさまざまなEXの具体的な取り組みを見てくると、EXはITと密接な関係にあることがわかります。
例えばVPPやDRの活用では、電力網や需給の状態などさまざまな関連データをリアルタイムに可視化しておくことが欠かせません。そうでなければ、「ネガワット取引」において需要家に適切なサービスを提供することはできません。このことは「ふるさと納税による電力サービス」やドローンの活用、電力需給の管理などでも同様です。
再生可能エネルギーによる発電設備の充実は、今後も進められるでしょうし、それ自体重要な施策ですが、ここまで述べてきたように、EXの分野の充実も同時並行で進められなければ、カーボンニュートラルは実現しないでしょう。CO2を吸収するテクノロジーと効率的なエネルギー事業のためのITシステム、この両輪によって、EXは今後も大きく進展していくはずです。
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