
クラウドセキュリティは、企業のデジタル資産を守る重要な防衛線として注目を集めています。
インターネットを介して利用するクラウドサービスでは、データが外部に保管されるため、従来のオンプレミス環境とは異なる特有の対策が必要となるでしょう。
特に製造業においては、設計図や生産ノウハウといった知的財産を適切に保護することが競争力維持の鍵となります。
不正アクセスやランサムウェア攻撃などの脅威は年々高度化しており、多層的な防御策の構築が欠かせません。
強固な認証システムの導入やデータの暗号化、定期的な監視と設定確認といった基本対策に加え、従業員教育も重要な要素です。
本記事では、クラウドセキュリティの基本概念から具体的な対策方法、導入ステップまで、初心者でも理解できるよう体系的に解説していきます。
目次
クラウドセキュリティとは?
クラウドセキュリティとは、クラウド環境内のデータ、アプリケーション、インフラを保護するための方策や技術の総称です。
インターネットを通じて利用するクラウドサービスでは、自社サーバーと異なり、データが外部に保管されるため、特有の対策が必要です。
具体的には、データの暗号化やバックアップによる保護、ユーザー認証や権限管理によるアクセス制御、不正侵入を防ぐネットワークセキュリティなどが含まれます。
クラウドセキュリティの責任は、提供事業者とユーザー企業で分担する「責任共有モデル」が基本となっています。例えば、SaaSでは事業者側の責任範囲が広く、IaaSではユーザー側の責任が増えるという特徴があります。
近年、製造業を含む多くの企業がクラウドサービスを活用するようになり、セキュリティ対策の重要性は高まる一方です。
企業が直面する5つのクラウドセキュリティリスク

企業が課題として直面しやすいクラウドセキュリティリスクは、大きく分けて5つあります。
- 不正アクセスによる情報漏えい
- データの消失や改ざん
- 設定ミスとシャドーIT
- ランサムウェア攻撃
- サプライチェーンを狙った攻撃
順番に見ていきましょう。
リスク1:不正アクセスによる情報漏えい
クラウド環境は基本的にインターネット経由でアクセスし、認証を経てログインする仕組みです。認証情報さえあれば誰でもアクセスできるため、第三者による不正アクセスのリスクが常に存在します。
特に製造業では、製品設計図や生産ノウハウなどの技術情報、顧客の個人情報など多くの機密情報を扱っているため、被害が深刻になりがちです。
不正アクセスにより情報が漏えいすると、競合企業への技術流出や顧客からの信頼喪失、ブランドイメージの低下といった深刻な事態を招きます。
さらに個人情報保護法違反による法的処罰を受ける可能性も否定できません。
リスク2:データの消失や改ざん
製造業において、クラウドに保存した設計図や生産データが誤操作や災害によって失われるリスクは常に存在しています。これらのデータは製品開発や生産計画に不可欠であり、消失すると納期遅延や品質低下といった深刻な問題につながる恐れがあります。
また、不正アクセスによりデータが改ざんされると、設備・機器・システムの誤動作や不具合を誘発し、生産ラインの停止に発展する可能性も否定できません。
生産ラインが停止すれば、取引先や顧客への製品供給が遅延し、サプライチェーン全体に悪影響を及ぼすことになるでしょう。
リスク3:設定ミスとシャドーIT
クラウドサービスの設定ミスや不適切な変更管理は、CSA(Cloud Security Alliance)が提唱するクラウドセキュリティの主要な脅威の一つです。
適切な知識を持たないまま設定を行うと、意図せず情報が外部に公開されてしまうリスクがあります。
また、シャドーITという問題も見逃せません。
シャドーITとは、企業の承認を受けずに従業員が独自に利用するソフトウェアやクラウドサービスのことを指します。管理者が把握していないため、セキュリティ対策が不十分になりがちで、情報漏えいの原因となる可能性があります。
リスク4:ランサムウェア攻撃
ランサムウェアは、コンピューターに侵入してデータを暗号化したり、システムをロックしたりする悪意あるソフトウェアです。
IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威 2025」によると、ランサムウェア攻撃による被害は組織向け脅威の第1位に選ばれています。
製造業の場合、生産設備や制御システムにランサムウェアが感染すると、生産ラインが停止し、多大な経済的損失が発生する恐れがあります。
2021年には米国の燃料パイプライン会社がランサムウェア攻撃を受け、大規模な供給停止に追い込まれた事例もあります。
リスク5:サプライチェーンを狙った攻撃
製造業は多くの取引先や委託先と連携してビジネスを展開しているため、サプライチェーンを狙った攻撃のリスクが高まっています。
IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2025」では、サプライチェーンや委託先を狙った攻撃が第2位に位置づけられています。
取引先のセキュリティ対策が不十分だと、そこを突破口として自社のシステムに侵入される恐れがあります。
特に製造業では、部品供給や物流など多くの企業と連携しているため、一社でもセキュリティに脆弱性があると、連鎖的に被害が広がる可能性があります。
企業が実践すべき5つのクラウドセキュリティ対策
リスクを防ぐためにも、企業が実践すべきクラウドセキュリティ対策は以下の5つです。
- 強固な認証とアクセス制御
- データの暗号化と保護
- クラウド環境の設定と監視の徹底
- 従業員教育とセキュリティ意識の向上
- 複数のセキュリティ対策の運用
順番に解説していきます。
対策1:強固な認証とアクセス制御
クラウド環境へのアクセスを守るためには、強固な認証システムとアクセス制御が不可欠です。
パスワードだけでなく、多要素認証(MFA)を導入することで、不正アクセスのリスクを大幅に減らせます。多要素認証とは、IDとパスワードに加えて、スマートフォンのアプリやSMSで送られる確認コードなど、別の要素で本人確認を行う仕組みです。
製造業では設計図や生産データなど重要な情報を扱うため、「最小権限の原則」に基づき、必要最低限のアクセス権限のみを付与する方針も効果的です。定期的なアクセス権限の見直しや、退職者のアカウント削除も忘れずに行いましょう。
2025年の最新セキュリティトレンドでも、ゼロトラストセキュリティモデル(すべてを信頼せず常に検証する考え方)の重要性が指摘されており、製造業でも積極的な導入が推奨されています。
対策2:データの暗号化と保護
クラウド上に保存する重要なデータは、暗号化によって守ることが重要です。
暗号化とは、データを特殊な鍵を使って読めない形に変換する技術で、万が一データが流出しても、第三者が内容を読み取れないようにする防御策です。製造業では製品設計図や生産ノウハウなど、競争力の源泉となる機密情報を多く扱うため、ファイル単位での暗号化も検討すべきでしょう。
クラウドサービス上のデータだけでなく、通信経路の暗号化も忘れてはいけません。
また、重要データの定期的なバックアップは、ランサムウェア攻撃などの被害を受けた際の復旧に不可欠です。
対策3: クラウド環境の設定と監視の徹底
クラウドサービスの設定ミスは、情報漏洩の大きな原因となります。
実際に2020年には、大手インターネット事業者がクラウド型営業システムの設定ミスにより、顧客データが漏洩する事故が発生しました。
共有設定や公開範囲の定期的な確認は、意図しないデータ公開を防ぐ基本的な対策です。監査ログの取得と定期的な確認も重要で、不審なアクセスや操作を早期に発見できます。クラウド環境の設定は複雑なため、定期的な監査や自動チェックツールの活用も検討しましょう。
製造業では特に、工場設備とクラウドの連携が増えているため、IoTデバイスも含めた包括的な監視体制の構築が求められています。
対策4:従業員教育とセキュリティ意識の向上
クラウドセキュリティ対策は技術面だけでなく、人的な要素も重要です。
内部不正による情報漏えいは2025年の「情報セキュリティ10大脅威」において4位にランクインしており、従業員教育は欠かせません。
製造業では特に、長年蓄積された製造ノウハウや設計データなどの知的財産が内部者によって持ち出されるリスクが高いため、定期的な教育が必要です。不審なメールの見分け方や、安全なクラウドサービスの利用方法、情報の適切な取り扱いなどについて、定期的な研修を実施しましょう。
セキュリティポリシーを明確に定め、全従業員に周知することも大切です。
対策5:複数のセキュリティ対策の運用
クラウドセキュリティは単独の対策ではなく、複数の防御層を組み合わせた包括的なアプローチが効果的です。
エンドポイント(パソコンやスマートフォンなどの端末)のセキュリティ強化も重要で、2025年にはEDR(エンドポイントでの異常を検知して対応するシステム)の導入がさらに進むと予測されています。
クラウドアクセスセキュリティブローカー(CASB)などの統合的なセキュリティツールを活用し、クラウドサービスの利用状況を可視化することも効果的です。
製造業では、サプライチェーン全体でのセキュリティ対策が必要であり、取引先のセキュリティレベルも確認しましょう。
サイバー攻撃は年々高度化しているため、最新の脅威情報を常に収集し、セキュリティ対策を継続的に見直す姿勢が重要です。
クラウドセキュリティを導入する7ステップ
クラウドセキュリティを導入する手順は、以下の7ステップに分けられます。
1.セキュリティ要件の定義と現状分析
2.適切なクラウドセキュリティサービスの選定
3.導入計画の策定
4.クラウドセキュリティの設計と構築
5.セキュリティ対策の実装
6.社内教育の実施
7.運用と継続的改善
順番に見ていきましょう。
ステップ1:セキュリティ要件の定義と現状分析
クラウドセキュリティ導入の第一歩は、自社のセキュリティ要件を明確にすることから始まります。現在のシステムや業務プロセスを詳細に把握し、どのような課題や問題点が存在するかを洗い出しましょう。
利用者へのインタビューを通じて現状の課題や要望をヒアリングし、セキュリティやコンプライアンスの観点で評価します。
データ保護に関する要件、アプリケーションのセキュリティ要件、自社のセキュリティポリシー、法令遵守の要件など、守るべき対象を明文化します。
ログデータなどの分析を通じて、システムの利用状況や課題を把握することも重要です。
この段階で明確な目標設定(コスト削減、データのセキュリティ向上、生産性の向上など)を行うことで、後の工程がスムーズに進みます。
ステップ2:適切なクラウドセキュリティサービスの選定
セキュリティ要件が明確になったら、複数のクラウドセキュリティサービスを比較検討します。
各サービスがどのようにセキュリティを確保しているか、信頼性やサポート体制、サービスレベル契約(SLA)の内容などを評価しましょう。導入コストとランニングコストが予算内に収まるか確認し、将来的な拡張に伴うコストも考慮することが大切です。
暗号化やアクセス制御の仕組み、データの保管場所やバックアップ方法など、セキュリティの信頼性を確認します。可能であれば、パイロット導入(試験的な導入)を行い、実際にシステムを試用してみることをお勧めします。
トライアル版を利用できるサービスも多いので、使用感を確かめてから判断するとよいでしょう。
ステップ3:導入計画の策定
選定したクラウドセキュリティサービスの導入計画を立てます。導入スケジュールや担当者の割り当て、予算の確保などを進めていきましょう。
設計から導入時のテストまで漏れなく対応できるよう、関連する部署や職種のメンバーを適切に配置することが重要です。自社で適切な人材を確保できない場合には、外部の専門家を活用するのも一つの方法となります。
既存データの移行方法や運用体制についても検討し、クラウドサービスの選定に影響する要素を考慮しましょう。
計画段階では、将来の拡張性も視野に入れておくことが大切です。
ステップ4:クラウドセキュリティの設計と構築
導入計画に基づき、クラウドセキュリティの設計と構築を行います。クラウドサービスの機能やリソースを最適に活用するためのシステムアーキテクチャを設計しましょう。
効率的でコストを抑えた運用が可能となる設計を心がけることが重要です。選定したクラウドプロバイダーの環境で、必要な仮想マシンやストレージなどのシステム基盤を構築します。
クラウド内部および外部との通信を可能とする、安全なネットワーク環境を設定しましょう。データのバックアップと災害復旧計画を策定し、システムの可用性と信頼性を確保することも忘れてはいけません。
ステップ5:セキュリティ対策の実装
設計したセキュリティ要件を具体的に実装し、適切に動作するかを確認します。
パッチ適用やログ監視など、手作業では漏れが発生しやすいタスクを自動化することで、効率的かつ確実なセキュリティ運用が可能になります。運用時の脅威に迅速に対応するため、リアルタイムの監視体制を整えることが重要です。
万が一システム障害やサイバー攻撃が発生しても、復旧可能な設計を施すことが必要です。
多要素認証(MFA)の導入や認証情報の管理を行うことで、不正アクセスのリスクを低減できます。適切なネットワークセグメントの設定やアクセス制限など、クラウドリソースに対する適切な設定を行いましょう。
ステップ6:社内教育の実施
スムーズな運用のために、導入後は社内教育を行うことも重要です。
クラウドセキュリティサービスの使い方や運用方法について関係者にレクチャーしましょう。全社員に対してセキュリティリテラシーを高めるための研修を実施することも効果的です。
特に製造業では、工場設備とクラウドの連携が増えているため、現場スタッフへの教育も欠かせません。セキュリティ意識を高めることで、人的ミスによるセキュリティインシデントを防止できます。
定期的な教育プログラムを通じて、最新の脅威や対策について継続的に学ぶ機会を設けることが大切です。
ステップ7:運用と継続的改善
クラウドセキュリティサービスの導入後は、実際にクラウド環境の監視を開始します。パフォーマンス、セキュリティ、コストを継続的にモニタリングしましょう。
運用を通じて得られるフィードバックをもとにPDCAサイクルを回しながら、最適化を継続することが重要です。定期的に改善を重ねることで、日々変化する脅威にも柔軟に対応できるようになります。
利用状況やコストを分析し、必要に応じてリソースの調整や最適化を行いましょう。新しいクラウドサービスの導入も検討し、常に最適な環境を維持することが大切です。
クラウドセキュリティの今後の展望
2025年のクラウドセキュリティは、生成AIの活用が最重要トレンドです。
企業はサイバー攻撃の高度化に対抗するため、AIを活用した脅威検出・対応システムの導入を急速に進めています。同時に、クラウド環境の拡大に伴い、暗号化やアクセス制御、継続的な監視といった強力なセキュリティプロトコルの実装が不可欠となっています。
特に注目されるのが、IAM(ID管理)とCASB(クラウドアクセスセキュリティ仲介)の連携による統合的なセキュリティ対策です。「ゼロトラスト」と呼ばれる「すべてを信頼せず常に検証する」セキュリティモデルも2025年には多くの企業にとって標準となる見込みです。
データセキュリティの観点では、企業は単なるコンプライアンス対応から、リスクを重視したアプローチへと移行しています。
クラウドセキュリティ市場は急速に成長しており、企業はAI導入に伴う新たなセキュリティ課題への対応を迫られています。今後はデータがより複雑な場所やアカウント、アプリケーションに分散されるため、統合データセキュリティプラットフォームの重要性が高まるでしょう。
まとめ
クラウドセキュリティは、クラウド環境のデータやシステムを守るための包括的な対策です。
企業が直面する主なリスクとして、不正アクセスによる情報漏えい、データの消失・改ざん、設定ミスとシャドーIT、ランサムウェア攻撃、サプライチェーンを狙った攻撃の5つが挙げられます。
これらのリスクに対応するためには、以下の対策が効果的です。
対策 | 重要ポイント |
---|---|
強固な認証とアクセス制御 | 多要素認証、最小権限の原則 |
データの暗号化と保護 | ファイル単位の暗号化、定期バックアップ |
設定と監視の徹底 | 定期的な設定確認、監査ログの分析 |
従業員教育 | セキュリティ意識向上、定期研修 |
複数対策の統合運用 | 多層防御、最新脅威情報の収集 |
導入には「要件定義→サービス選定→計画策定→設計構築→実装→教育→運用改善」の7ステップが必要です。
今後はAI活用やゼロトラストモデルの普及が進み、統合的なセキュリティ対策がさらに重要になるでしょう。
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