「水と環境」に関するお客様や社会の課題解決を目指し、水処理薬品、水処理装置、それらの運転管理やメンテナンスなどを含むサービスの事業を展開する栗田工業株式会社。環境問題が大きく注目される中、ニーズにあったソリューションを次々と提供し、成長を続けています。
「ものづくりDXのプロが聞く」は、でKoto Online編集長の田口紀成氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューするシリーズです。今回は、栗田工業のデジタル戦略、そして成長企業が変革を目指す際の課題と解決に向けた取り組みについて、同社の執行役員・デジタル戦略本部本部長兼CDOの水野誠氏にお話を伺いました。
1997年入社、営業、技術・開発、マーケティングを経て、 2017年度より、IT部門に異動し、業務・ビジネス変革の担当に就いた。 2019年度にデジタル戦略本部が立ち上がると同時に、副本部長に就任、 同時にFracta Leapとの共同プロジェクトとなるメタ・アクアプロジェクトのリーダーに就任し、ビジネス系のDXを推進している。 2022年度に、同本部の本部長に就任し、現在に至る。
2002年、株式会社インクス入社。3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年に株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)の設立メンバーとして参画後、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発等、DXに関して幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員に就任、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTについて研究を開始。2015年にCCT取締役CTOに就任。先端システムの企画・開発に従事しつつ、デジタルマーケティング組織の管掌を行う。2023年にKoto Onlineを立ち上げ編集長に就任。現在は製造業界におけるスマートファクトリー化・エネルギー化を支援する一方で、モノづくりDXにおける日本の社会課題に対して情報価値の提供でアプローチすべくエバンジェリスト活動を開始している。
目次
「なんで変わる必要があるんだ」、安定企業ならではの変革の難しさを痛感
田口氏(以下、敬称略) 最初に改めて、御社の事業内容について教えてください。
水野氏(以下、敬称略) 私たちクリタグループは、「水と環境」に関する分野で事業を展開している会社です。「“水”を究め、自然と人間が調和した豊かな環境を創造する」という企業理念、そして『持続可能な社会の実現に貢献する「水の新たな価値」の開拓者』というビジョンを掲げ、水処理薬品や水処理装置の設計・製造・販売、水処理装置などの運転・維持管理を含むサービスを組み合わせたソリューションを提供しています。
現在の中期経営計画(Pioneering Shared Value 2023-2027、略称「PSV27」)では、財務指標として2028年3月期の売上高達成目標4,500億円、非財務指標としてCSV(従来に比べ節水・二酸化炭素排出削減・廃棄物削減に大きく貢献する製品、技術、ビジネスモデルで、クリタグループが定めたもの)による節水貢献量やGHG(温室効果ガス)削減貢献量などを定め、その達成に向けてさまざまな取り組みを進めているところです。
田口 あわせて、水野様のこれまでのご経歴についてもお伺いできますか。
水野 私は1997年に栗田工業に入社しました。もともと営業畑が長く、新規開拓が大好きな営業パーソンでした。ところが、忘れもしない2017年の8月11日、上司から突然連絡があり、まったく関係のないデジタル戦略本部の前身である、当時のIT戦略室に異動になりました。
IT戦略室は、まだ私が営業にいたころにできた部署で、背景には前社長の将来に対する危機感や商品やサービスの在り方を変える必要があるという思いがあったと聞いています。その手段としてデジタルを活用しようと作った部署なのですが、その当時はまだできたての部署で、取り組みもあまりうまく進んでいませんでした。私自身も、営業職だった時はIT戦略にはほとんど関心がなく、「何かやっているな」くらいの認識しか持っていませんでした。
田口 実際に異動してみて、状況はいかがでしたか。
水野 正直、これはまずいな、という状況でした。IT戦略室としてもなかなかうまく機能できておらず、会社の中を見渡しても、誰もデジタルを活用した変革なんて本気で考えていない。みんなが違う方向を向いていました。「なんで変わる必要があるんだ」という雰囲気が社内では根強く、IT戦略室が何かやろうとしても、他部署から協力を得るのは難しいだろうなと感じたことを覚えています。
田口 御社の決算資料などを見ると、毎年着実に利益を出し、そして成長し続けています。そうした中で変革が必要だと言われても、そもそもその必要があるのか、という反応が予想されるのですが、そうした雰囲気はありましたか。
水野 まさにおっしゃる通りです。DX戦略がうまく進んでいる他の企業を見ると、一度は大赤字などの危機を経験している企業も少なくないと思います。一方で、当社は安定した経営状態が継続しており、変革しなければいけないという危機感が現場にないんです。「今のままでも稼げている、しかもデジタルなんてお金がかかる、成果が出るかどうかわからないのにやるのか」という意見が大半でした。他の部署には、行っただけで嫌な顔をされて、異動した当初はほとんど何もやらせてもらえませんでした。
「何も手をつけられない」状況から一転、スタートアップの活用を起爆剤に取り組みを加速
田口 何も手をつけられない、という状況を、どのように打開していったのでしょうか。
水野 このまま社内の人材だけで悶々としていても壁は打ち破れない、何か起爆剤が必要だと感じていました。そうした中で、大きな力となったのが、M&Aで買収した北米のFractaという会社の存在です。FractaはAIを活用して水道の老朽化問題に対するソリューションなどを提供しているスタートアップで、デジタルに関する知識と経験を持つ人材が豊富でした。Fractaに指導してもらうというスタンスで、Fractaと共同でメタ・アクアプロジェクトを立ち上げ、そのプロジェクトを推進するFractaの社員が中心になってFracta Leapを創設したことで、一気に取り組みが加速しました。
田口 具体的なプロジェクトの成果としては、どのようなものがありますか。
水野 当社の事業の一つである水処理装置の設計・製造・販売において、プラント設計の大幅なリードタイム削減を実現していることがまず挙げられます。
例えば、当社の主要なお客様の一つである半導体業界では、大体4年で需要の低迷と回復を繰り返す「シリコンサイクル」と呼ばれる周期があります。新たな需要に対応するためにはスピード感を持った設備投資が求められることから、計画や設計に1年、2年とかかってしまうとお客様にとって大きな機会損失となってしまいますし、逆に早く設計できる、見積もりが出せるというのはそのまま当社の競争優位性につながります。
一方で、以前の当社には、「現場が職人化する」という課題がありました。品質にこだわることは良い面もありますが、行きすぎると設計などに時間がかかり、リードタイムがお客様の要求に応えられなくなってきます。さらには、業務が属人化して「難しい案件はあいつにしかできない」という状態になりかねません。そこを解消するために、AIを活用した設計や工事計画の自動化を行い、人手による作業をデジタルで効率化するなどを進めたことで、大幅な高速化が可能となりました。
田口 例えば現場の職人肌の方の抵抗などもあったと思うのですが、そこはどのように理解を広げていったのでしょうか。
水野 もちろん最初は抵抗もありましたが、ビジネスモデルを変容するんだ、ビジネスプロセスを変革するんだと当時の社長が繰り返しメッセージを発信したことで、徐々に理解が広がっていきました。トップメッセージが一番大きな効果を発揮したのは間違いないと思います。また、私も現場に、いいからやるんだ、ということを伝え続けました。私が繰り返し説いたのは、お客様が求めているのは工芸品ではなく工業用品だということです。自分たちがこだわりすぎるあまり、お客様のニーズに応えられなくなることは避けなければなりません。高いクオリティという良い面を生かしながらもスピード感を持ってサービスを提供できるように、現場を動かしていきました。
それから、「AIにそんなことができるわけがない」という意見も根強くありましたが、そうした方たちに対しては、実際のソリューションを実際に体験してもらうことが役に立ちましたね。Fracta Leapのスキルが非常に素晴らしくて、手触り感のあるプロトタイプのようなソリューションをすぐに作ってくれるんです。それを実際に目にしてもらうことで、できるかも知れないという空気が次第に広がり、受け入れてくれる人がだんだんと増えていきました。
ライフタイムバリューの観点から、環境にもコストにもプラスの新しいソリューションを創出
水野 設計の高速化以外にも、メタ・アクアプロジェクトによってAIを使った水処理装置の運転最適化も実現しています。
今、ESGなど環境問題への対応が注目されていますが、例えば、環境に配慮して作られた二酸化炭素排出量ゼロの200円のおにぎりと、そうではない普通の100円のおにぎりがあったら、残念ながらほとんどの方が100円のおにぎりを選ぶと思います。いかに環境に良い運転ができる水処理装置を作っても、高額でコストがかさむものだと売れないんですね。
この「水処理AI最適運転」は、過去データなどに基づき装置運転をAIで最適化するものです。環境省の実証実験にも採択され、二酸化炭素排出量の約1割を削減しながら、かつ、運転コストも約4割削減できることが実証試験で明らかになりました。
水処理装置については、運転管理を含むビジネスモデルで考えると、ライフタイムバリューというコスト計算の仕方が可能になります。そのため、導入時のコストはかかりますが、10年のライフサイクルコストを考えると、二酸化炭素の排出量もコストも両方とも削減できる、トレードオンの関係でメリットを得ることができるソリューションになっています。
田口 ライフタイムバリューを見てメリットを得られるソリューションを生みだす、というのは一つの新しいやり方だと思うのですが、ほかにもこれまでの事業をそうしたビジネスモデルを組み合わせていくことはお考えですか。
水野 そうですね、デジタルを活用してGHG(温室効果ガス)の排出を削減し、さらにコストも削減できるといったトレードオンのパターンのビジネスモデルがもっとたくさん欲しいと考えています。まさに今、変えようとしているところですが、まだまだこれからですね。
モノの誕生から廃棄されるまでのサイクルを考えると、「運転」は環境へ負荷が最もかかり、さらに最もお金がかかるところとも言えます。そこをターゲットにしていくことが、新しい事業の創出につながるはずです。
営業職からデジタル戦略担当への異動、「諦めずにやり続けること」で見出した活路
田口 まだ大きな危機に直面していない、変革をしようとしても社内に危機感が薄いといった企業でDX推進を担当し、過去の水野様と同じようにご苦労されている方も多くいらっしゃると思います。こうした大きな成果を生み出すために、水野様が意識されてきたこと、プロジェクトをうまく回す鍵となったことは何かありますか。
水野 サービスを提供しているという観点で考えると、社外だけではなく社内の人間もある意味ユーザー、お客様です。変革を進める過程で、社内のお客様に具体的な期待を持ち続けてもらえるよう、完成度が高くなくてもよいのでサービスを早くリリースすること、すべて完成してから「どうぞ見てください」ではなく、一つひとつの細かい単位で出して声を聞きながら進めていくことを意識してきました。着手し始めて1年半後にリリースですとなると、みなさんの関心も薄れてしまいますし、もうやらなくてもいいよね、となってしまいます。スピード感は本当に大事だと感じています。
お伝えしたように、優秀なITベンダーさんだと、1〜2週間で手ざわり感があるものを出してきてくれます。船に例えるならば、大きな船が全部できてからお客様に見せるのではなく、船の土台ができたらちょっと乗ってもらったり、船内の飲食スペースを作ったら使ってもらったりして、都度ユーザーレビューを受けるんですね。そうすると、やはり現場を知っている方たちなので、ここはこうしたらもっと良くなるとか、こういうこともできるのではないかといった新しいアイデアがどんどん出てくるんです。
都度見てもらうことで、どんどん期待度を高め、もっと応援してもらうことができる。さらに、ユーザーのレビューが多ければ多いほど良いソリューションにつながります。そうした進め方が理想ですし、私がこだわっている点です。
田口 ご自身の勉強という観点ではいかがでしょうか。もともといた営業職からまったく毛色の異なるデジタル部門に異動となり、ご苦労もあったかと思います。知識を身に付ける上で役に立ったこと、勉強方法などで皆さんの参考になるようなアドバイスがありましたら、お願いいたします。
水野 思い出すのも嫌なくらい勉強はしました(笑)。まずプロジェクトを進めるための知識体系やビジネス分析に関するPMBOK®、BABOK®といった本を読み倒しました。それから、「DXには経営の視点が必要だ」とよく言われたのですが、その点も苦労しましたね。もともと営業で新規開拓のためにお客様と現場で案件に取り組む毎日だったのが、急にグループ全体のPLはなんて言われても、ほとんど何もわかりません。事業に関しても自分は営業当時は水処理薬品の担当だったので、それ以外の事業も詳しくは知らないし、設計の人たちの仕事もよくわからない。仕方がないので、彼らのミーティングに参加して、そこでひたすら内容を聞いていました。自分の会社についてより詳しく知ることも必要なんだと痛感しました。
また、社外の人たちからも多くのことを学びました。一つは社外の人にメンターになってもらって、自分の考えが正しいのか正しくないのか、話をして壁打ち相手になってもらうんです。少し時間はかかりますが、一般論ではなく栗田工業を主語にした具体的な施策について整理できるので、大きなプラスになりました。それから、社外のコミュニティにも積極的に参加して、他の会社はどうやっているのか情報収集することも大切です。自分と同じような役割を担っている人に、デジタルの必要性を社内に伝えるためにどういう説明の仕方をしたか、予算を取るためにどうやって口説いたか、具体的で実務に直接役立つ貴重な情報を得ることができました。
田口 そうした努力の積み重ねで、事業運営ができるようにだんだんなっていったんですね。
水野 急に自分で何もかもできるようには当然なりませんが、何をしなければいけないのかはわかってきますね。何をしなければいけないかがわかった上で、それを実行する際は、全部自分たちでやるのではなく、積極的に社外のプロの力を活用しましています。内製化するという手法をとる会社もありますが、システム開発の専門家ではないわれわれが作るものは、ケーキ屋さんがある日突然車を作るようなものですから、品質の面で懸念があります。しかも、ソフトウェア開発が得意な人がたまたまいて内製したとしても、その人がメンテナンスやアップデートを含めて一生そこをやるのかという話になってきます。当社は、水処理を通じて社会に貢献する企業であるため、そういう人が異動して引き継ぐことを考えたら、教育や採用に関わるコストを考慮すると、良いパートナー企業を探すこと、その企業とうまく連携することのほうが早く成果が出せると考えています。私は、内製化すべき人材は、クリタのことをよく理解していて、パートナー企業に目的や成し遂げることをデジタルのことを理解したうえで適切に伝えられる人材と定義しています。
田口 我々もSIerの仕事をしていて感じるのですが、内製化は多くの場合現実的ではないんですよね。全部やろうとするとコストがかかりますし、そんなに大きなコストセンターを本当に抱えることができるのか、将来を見据えた精査が必要です。結局、事業を知っている人がプロジェクトマネージャーをやって、あとは外をうまく使って作ることがベターというケースが多いのではないかと思います。
最後に、現在DX推進に向けて努力なさっている読者の皆さんに、メッセージをお願いできますか。
水野 一番の課題は、10年後に目指す姿、こうすべきだと皆が声に出さない、出せないことではないかと思います。自分がこうなりたい、会社をこうしたいと言うことは、なんというか気恥ずかしいというか、言い出しにくい雰囲気がまだまだ日本の企業にはあるのではないでしょうか。これはかなり勇気を必要とする発言です。考えがズレていたらカッコ悪いので。そこをまず口に出せるカルチャーを作ることが必要ではないかと感じます。
あとは、私のようにデジタル戦略を担当する立場の方たちにお伝えしたいのは、決して自ら諦めないことです。誰かに「ご苦労様」と言われるまで、しつこくやり続けることです。私は、プライベートでは、趣味の時間や社外の人との時間を大切にして、頭の中が仕事ばかりにならないようにリフレッシュする仕組みを自分に設けています。デジタルに関する仕事は、社内の横串的な取組が多いので、つらいことが多い仕事だと思いますが、続けていくうちに、きっと突破口が見つかります。
私は、必死にあがいて、なんとかここまで来たなという感じで現状を受け止めています。今やらなければ、会社が未来に向け成長し続けることはできないという危機感を大事に、さらに変革を続けていきたいと思います。
【関連リンク】
栗田工業株式会社 https://www.kurita-water.com/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
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