(本記事は、アーサー・ディ・リトル・ジャパン氏の著書『製品開発DX: 「製造業」の経営をリ・デザインする』=東洋経済新報社、2024年1月10日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

自動車業界におけるアジャイル開発

自動車業界でアジャイル開発を導入している事例として、テスラとドイツのVW(フォルクスワーゲン)における取り組みを紹介します。

【事例】テスラにおけるソフトウエア更新

テスラは自動車メーカーですが、かつてシリコンバレーに本社を構えていたこともあり、周辺にあるIT系企業からアジャイル開発の経験者を採用しやすい環境にありました。ハードウエアメーカーですが、アジャイル開発の導入が進んでいます。

テスラは世界的な自動車メーカーの中でも後発組に属し、スタートアップやメガベンチャーのような位置づけにあります。将来の成長や社会変化に対するインパクトが期待されている企業であり、給料が高く昇進が早い半面、業績が悪化した場合のレイオフも早いです。

労働環境の特長として、採用時のジョブディスクリプションが明確であり、業務と責任の内容がはっきりしています。1人ひとりの裁量権が大きく、組織の上にいる意思決定者との距離が近いという点があります。特にソフトウエアの開発領域では、現場の権限が大きく、アジャイル開発がかなり浸透しています。

米国のエンジニア流動

これらの特徴は、一般的な自動車メーカーとは印象がかなり違います。雇用が安定していても裁量権が限定され、意思決定に時間がかかる従来型の自動車メーカーとは、性格がかなり違うと言えるでしょう。

こうした開発環境や企業姿勢が大きな魅力となり、テスラは非自動車分野のITスタートアップと、従来のメーカー企業双方から人材を採用できるポジションに立ち、ますます競争力を増す好循環が働いていると考えられます(図表5-5)。

テスラでは、無線通信を経由してデータを送受信するOTA(Over TheAir)により、販売後の自動車に対してソフトウエアの更新を行い、新規機能をどんどん追加していることは紹介しました。テスラが開拓したこの手法は、自動車業界の新しい潮流となっています。

自動運転の分野にも、アジャイル開発が導入されています(図表5-6)。テスラが最初に出した自動運転ソフトウエアは、開発に1年半ほどかかったと言われています。しかしそれ以降、社内では2週間ごとにバージョンアップされており、現在でも続いています。

自動車の製品ラインアップは複数ありますが、自動運転の仕組みは1つです。全車種に基本的に同じシステムが載っています。開発者から見ると、同じOSを載せた違うPCのような形です。図表5-6に示したような開発体制で、同じ統合ソフトを2週間ごとに更新し続けています。

テスラ

テスラが自動車業界に与えた最も大きなインパクトは、図表5-6の下段の真ん中あたりにある「Good enough」という新常識を持ち込んだことでしょう。これはこれで議論を呼んでいるところもありますが、最初から完璧なものを求めず、最低限の品質をクリアした「Good enough」な状態でリリースし、後から改善していく考え方です。販売後のOTAアップデートで不具合や機能を改善したり、新たな機能を追加したりしています。

製品開発DX: 「製造業」の経営をリ・デザインする
アーサー・ディ・リトル・ジャパン
アーサー・ディ・リトル(ADL)は1886年、マサチューセッツ工科大学のアーサー・デホン・リトル博士によって設立された世界初の経営コンサルティングファームです。ADLジャパンは、その日本法人として、1978年の設立以来、一貫して“企業における価値創造のあり方”を考え続けてきました。複雑でめまぐるしい変化にさらされる時代において、企業には、パフォーマンスとイノベーション、競争と共創、人財への投資と技術への投資といった一見すると相反するパラダイムの両立が求められており、そこには画一的な解は存在しません。ADLジャパンは、クライアントとのside-by-sideの関わり方を徹底し、クライアントの置かれた環境、能力・資源、組織風土を踏まえた固有の「解」を生み出すことを信条としています。様々な専門性を持つコンサルタントが協働し、強みを掛け合わせ、既存の枠組みにとらわれない新たな価値を提案し続けることで、未来の産業・社会に大きな“Difference”をもたらしていきます。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます