工場の生産設備や検具などに用いる機械部品を製造販売し、800垓という天文学的な数の品揃えを誇る、株式会社ミスミグループ本社。高品質で小口短納期という武器で確実な地位を獲得してきた同グループが、中大口・低価格帯の商品「エコノミーシリーズ」を投入し、新たな市場獲得に向け取り組んでいます。
新たなチャレンジの背景にはどのような狙いがあるのか、そしてミスミグループは製造業の未来にどのような姿を見ているのか。コアコンセプト・テクノロジー(CCT)執行役員でDX事業本部本部長の加藤 允文氏と、株式会社ミスミ日本企業体執行役員でMエコノミー品事業部長の川原崎純氏の対談をお伝えします。
大学卒業後、ゼネコンに入社し現場施工管理に従事。その後2006年に株式会社ミスミ入社後、国内・海外で製造業EC流通の新規事業立上げ・事業展開を数多く携わる。現在は日本で新市場開拓向けのエコノミー品の開発・販売を推進。
ソニー株式会社にて、家電ネットワークの技術開発、オーディオ製品群の商品設計(ソフトウェア)、新規事業でのIoTサービス開発などに従事。2016年にCCTに参画し、製造業のお客様向けのシステム開発事業を統括。現在は、お客様のDXの実現をコンサルからシステム開発まで一気通貫で支援する「DX支援事業」のソリューション開発と事業展開を推進する。
東京大学 機械情報工学専攻(修士)、グロービス経営大学院 経営学修士(MBA)。
目次
さまざまな工夫で低価格を実現した「エコノミーシリーズ」
加藤氏(以下、敬称略) 最初に、川原崎様のこれまでのご経歴、担当なさってきた主なお仕事内容について教えてください。
川原崎氏(以下、敬称略) 私がミスミに入社したのは2006年で、現在18年目になります。入社後は、ミスミの主力事業であったFA(ファクトリー・オートメーション)事業の商品開発を3年間経験しました。それから2010年には「VONA」という流通事業サービスの立ち上げを担当し、その後韓国、中国、タイでVONA事業の立ち上げ支援や新規事業推進に携わりました。2019年に日本に戻り、現在はエコノミーシリーズの日本販売責任者をやらせていただいています。
加藤 現在のご担当で、今回のテーマのメインでもある御社のエコノミーシリーズについて、概要を教えていただけますか。エコノミーシリーズとは一体どのような商品で、どのような点が御社にとっての新しい取り組みになるのでしょうか。
川原崎 エコノミーシリーズは、製造方法の見直しによって大幅なコストダウンを実現した、低価格の商品です。当社の幅広い商品群の中でも主力のメカニカル品から開発を進め、現在は約600点のラインナップがあります。今後はさらにラインナップを拡充していく予定です。
このサービスはもともと日本ではなく海外で始まったもので、最初は2020年に中国で販売を開始しました。日本においては2021年にテスト販売を開始して、本格的にサービスを開発しお客様に打ち出したのが2023年からになります。
加藤 どのようなやり方で低価格を実現しているのでしょうか。
川原崎 エコノミーシリーズは弊社従来品から一部スペックを緩和、製造方法や原材料の見直し、RoHS10(EUが定める電気・電子機器の特定有害物質に関する規制)保証外など、従来品とは差をつけることで低価格を実現しています。
それから、ものづくりの開発拠点を海外にも置いていることで低価格の実現に寄与しています。グローバルで30万社以上いらっしゃるお客様の需要を集約、中国・アジア・日本で、商品開発を自主的に回す仕組みによって加速させることができていることも大きなポイントの一つだと思います。
ニーズを深堀りし、イメージを覆す商品導入を判断
加藤 エコノミーシリーズは、「少々値段は高くても高品質なミスミ商品」というこれまでのイメージをある意味覆すような商品とも言えるのではないかと感じます。すでに成功している商品を持ち一定の確立した地位を築きながらも、ミスミグループとしてこのエコノミーシリーズが必要だと考えるに至った背景、やるべきだと判断した大きな理由としては何が挙げられますか。
川原崎 最初にエコノミーシリーズを投入した背景は、日本ではなく中国やアジアにおけるお客様の使い分けニーズを感じたことがきっかけでした。日本開発の高品質な精度の商品よりも、どちらかというと少し精度を落としたミドルレンジの低価格商品の市場が大きくなっていました。そうした動きを受けて、従来の日本で開発した商品の輸出モデルを見直し、海外現地で低価格の商品の開発がはじまりました。
日本においては部品高騰が続く中、自動化装置に使用される高品質な商品と、社内の治具などあまり精度を必要としないけれどコストを下げたい商品の使い分けのニーズや量産品など、量を使うところに関してはコストを非常に重要視される。顧客ニーズを満たすためにエコノミーシリーズを投入するという判断に至りました。
加藤 ものづくりのどこに重きを置くか、昔から品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)でQCDとよく言いますが、私たちもお客様の支援をする中で、やはりどこにこだわるかはそれぞれ企業によっていろいろな事情があるのを感じます。全部を求めるのはなかなか難しいため、用途によって使い分けたいというニーズは製造業全般に間違いなくあるのでしょうね。
川原崎 おっしゃる通りです。これまで、私たちの従来品は「小口で短納期、高品質だが価格は少し高いミスミ」というイメージがお客様に強くあり、コストニーズがあるお客様へのサービスが不足していました。顧客ニーズを深掘りし、グローバルで売上拡大を目指そうと思うと、どうしても顧客のコストニーズへの挑戦を避けては通れません。エコノミーシリーズは、そうした意味では顧客のコストニーズを満たすことができる商品だと考えています。
加藤 実際に日本で販売を開始して、顧客からの反応はどうでしたか。
川原崎 やはり、コストに関するお客様の反響は大きいですね。エコノミーシリーズは、我々がこれまで取り扱ってきた従来商品よりも1個から平均で45%、ものによっては70%安くなる商品もあります。さらに、1,00個以上購入するとさらに値引きなど大量購入に伴う追加の割引もありますので、お客様によってはかなりのコストダウンが実現できます。ありがたいことに、低価格に対してはグローバルで好意的な反応を多くいただいています。
さらに、当社には「ボイスオブカスタマー」という、お客様の声を集めて商品に生かす仕組みがあるのですが、その仕組みをきっかけにいろいろな改善も進んでいます。特に顧客の声が多かったのが「紙カタログがほしい」という声です。設計する際はWebで商品をピンポイントで探しに行くよりも、紙をパラパラとめくりながら、頭の中で思考を巡らせるのが重要だというお客様が多いんですね。たくさんのご要望をいただいたこともあり、エコノミーシリーズのカタログを2024年に出したのですが、当社として紙カタログを出したのは実に6年ぶりのことでした。
他にも、商品のバリエーションを増やしてほしいとかRoHS対応をしてほしいなどの要望が寄せられ、順次対応しているところです。
加藤 ボイスオブカスタマーとして、顧客の声を着実に吸い上げ抜け漏れを防ぐような工夫や取り組みがあるのでしょうか。
川原崎 社内で顧客の声に向き合い改善対応を進める仕組みが確立されています。毎日寄せられたお客様の声を分類化、重要度をつけ社内のだれがどの声に向き合うのかを振り分けされます。その精査された内容を、2週間に1回開かれる社内会議ですべて目を通し、課題と対策を各担当者がその場で報告することになっています。
社内の既存商品とのカニバリ、利益減の懸念の中でいかに合意形成をしていくか
加藤 社内の反応としてはどうでしたか。お伺いしたように、これまで御社で展開してきた商品とは方向性の異なるエコノミーシリーズを導入するにあたり、社内で反対する意見が出たり、議論になったりしたことはなかったのでしょうか。
川原崎 エコノミー品を日本市場に投入する際に従来品とのカニバリについては議論がありました。従来品ですでに売り上げが一定規模ある中で、それらとカニバリする(競合する)低価格の商品を許容すると全体的に会社として収益が落ちる懸念があります。それをどう見るのか、それでもやる必要があるのかという論点です。実際に、今までミスミの従来品を購入していたけれどエコノミーシリーズに切り替える、というお客様も一定規模はいらっしゃいます。築き上げてきた会社の利益をつぶしてしまうのではないか、という反対意見は当然出ますよね。
しかし、冒頭申し上げましたように、低価格商品を求める市場ニーズが拡大していること、海外メーカーとの競争を考えるととらなければならない戦略判断だと思います。そういったところに布石を打っていこうと思うと、ある程度コスト競争力のある商品を開発投入し続ける必要があります。現在の収益を削ってでも先手を打って始め、将来の大きな収益を取りに行こうという大きな判断があり、社内を巻き込みながら進めているところです。
加藤 特に既存事業で売り上げを立てている、成功体験のある企業が新しいことを始める際は、同じように社内での議論や、壁みたいなものがあると思うんです。そこを乗り越えて合意形成を作っていくための工夫や、Goをもらうために抑えるべきポイントなどはありますか。
川原崎 新しいチャレンジを歓迎する土台は会社のイズムとしてもともとあると思います。その上で壁を乗り越えるためには、上司や経営トップのコミットメントをいかに得ることができるのか、「同じ舟にのってもらえるのか」が極めて重要だと思います。
当社では実行推進者がビジネスプランを自ら描いて、経営トップに評価してもらう・同じ舟に乗ってもらうという仕組みがあります。毎年そのビジネスプランの承認を得た上でないと、戦略・組織を動かすことができない仕組みになっているんです。承認さえもらえれば、裁量権を権限移譲されあとはその裁量範囲内で自由にできるので、ビジネスプランは経営トップのコミットを得るために非常に重要になってきます。
グローバルでの成功パターン、顧客の声、それからスケール化や競合に対して優位になるポイントなどをいかにビジネスプランの中で深く思考できるのか。私が当時このエコノミーシリーズの日本販売プランを立てたときも、まず小さくテスト検証を実施し、いかにこの事業が魅力的でスケールする可能性を持っているかを納得してもらえるようにプランを描きました。
人材育成に必要な「失敗する経験」、学びを生かすサイクルをいかに早く回していくか
加藤 そうしたビジネスプランの作りこみ、新規事業の立ち上げに関連して、育成という点についてもお伺いさせてください。いわゆるゼロイチ人材は育てるのが難しいという声もよく聞きますが、新しいビジネスを生み出すことができる人材をいかに育成するのか、意識していることはありますか。
川原崎 まず私自身の経験をお伝えすると、2006年に入社して以来、ずっと新規事業立ち上げをしてきているんですね。しかも立ち上げてから2、3年ですぐに離れて次の事業に移り、また別の事業の立ち上げメンバーになるということを繰り返しています。その都度自分が考えられる最適なプランを作りこんで上司に新規事業の価値を伝えるよう意識してきました。それをしっかりと後輩に教え、育成していくことは本当に難しいですね。
ただ、教育システムとして確立したものではないかもしれませんが、私と同じようにさまざまな経験ができる土壌は会社の中にあると思います。例えば新卒で入社して10年になる後輩は、入社して以来、10個以上のプロジェクトに携わっています。常に新しいことを考えたり、何が事業成長を妨げる脅威や危機となるかを知ったり、いろいろな市場から多くのことを学べる環境で、短い時間でかなり鍛えられていると思います。そういう意味では、ゼロイチ人材が育ちやすい風土なのかもしれません。
私自身を振り返ってみても、やはり自分で失敗しないとわからないんですよね。他人が作ったプランをやってみて何かうまくいかないことがあっても学びが薄いんです。小さいものでもいいので自らビジネスプランを作成し、そして自分でやってみて失敗する、そこからの学びをいかに次に生かすか、そのサイクルを早く回すかということが大切だと思います。
加藤 今後についてお伺いします。エコノミーシリーズの方向性、新たにチャレンジしたい領域など、展望についてお聞かせいただけますか。
川原崎 現在、D-JIT(ディージット)という購買プロセスを革新する仕組みを新たに提供しています。例えばお客様からの注文が1,000個来たときに日本の在庫が500個しかなくても、タイに100個、韓国に400個あれば、その場でお客様に即時回答して準備できるサービスです。エコノミー品の商材も、各地域の需要にシステムですべて対応していくことができるようになっていくので、コスト競争力のある商材とD-JITのようなサービスを掛け合わせながら、グローバルで中大口・低価格需要を取っていきたいと考えています。
目指すべきところは小口なら短納期で提供できるというサービスモデルから、量産も含めた中大口需要を最適価格・納期、で提供できるサービスモデルへの進化です。
加藤 利用者からすると、これだけの商品ラインナップがあると、ある用途に対する最適な組み合わせを選んでいくことが難しくなってくる可能性もありますよね。例えば、ある程度の希望や情報を渡すと、条件に合った最適な部品の組み合わせやコストを提案してくれるようなサービスがあってもおもしろいのかなと思いました。
川原崎 おっしゃる通りです。お客様からすると、膨大な商品の中から選ぶことも手間なんですよね。この部品がほしいという前に、この時期までに、この装置のこういう案件を収めたいというニーズが先にあるはずなので、納期に見合った最適なコストと、商品が提案できればいいですね。今はまだECサイトに商品を並べて、見てください、選んでくださいという形のサービスモデルになっていますが、適正なものをこちらからお客様に提案していく仕組みが、今後必要になってくると思います。
加藤 現在、多くの製造業の皆さんが新規事業の創出に向けて努力を続けていると思います。最後に、新しいビジネスを生み出すために日々奮闘している読者に対して、メッセージをお願いできますか。
川原崎 素晴らしい商品・サービスを持っている日本の製造業が、グローバルで勝ち残っていくためには業界課題をどのように解決していくのかという視点が大事だと感じています。顧客の困りごとが複雑化していく中で、どのようなビジネスモデルが必要とされているのか。そんな意識を持つとおそらくいろいろなアプローチが浮かんでくると思います。私自身も従来ビジネスモデルの進化に向けてチャレンジを続けていきたいと思います。
【関連リンク】
株式会社ミスミグループ本社 https://www.misumi.co.jp/
エコノミーシリーズ https://jp.misumi-ec.com/maker/misumi/mech/pr/newproduct/economy/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
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