非エンジニア社員が生成AI業務アプリ開発、組織の底上げで老舗メーカー・コクヨが目指す、未来のECとは

「キャンパスノート」でお馴染みの、文房具や事務用品などを販売する、コクヨ株式会社。「be Unique.」という理念を掲げ、119年という長い歴史を誇りながらも、次々と新しい取り組みへのチャレンジを続けています。

「ものづくりDXのプロが聞く」は、Koto Online編集長の田口 紀成氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューするシリーズです。今回は、コクヨ株式会社執行役員 ビジネスサプライ事業本部長、そしてコクヨグループでEコマースサービスを提供する株式会社カウネット代表取締役社長を務める宮澤 典友氏に、コクヨグループ全体のデジタル人材育成、そしてコクヨの国内流通とEC双方を見る立場として目指す姿などについて、話を伺いました。

左よりコクヨ株式会社執行役員 ビジネスサプライ事業本部長 株式会社カウネット代表取締役社長 宮澤 典友氏、Koto Online編集長 田口 紀成氏
(左よりコクヨ株式会社執行役員 ビジネスサプライ事業本部長 株式会社カウネット代表取締役社長 宮澤 典友氏、Koto Online編集長 田口 紀成氏)
宮澤 典友氏
コクヨ株式会社執行役員 ビジネスサプライ事業本部長
株式会社カウネット代表取締役社長

高度情報処理技術者。ゼネコン、ゲーム会社、総合商社を経て、BtoB eコマース業界へ。経営管理、EC、物流やテクノロジー領域を管轄し、2022年6月にコクヨ株式会社に入社。2022年12月にコクヨグループでオフィス通販を行う株式会社カウネット代表取締役社長に就任。同時にコクヨ株式会社執行役員 ビジネスサプライ事業本部長として国内流通事業全般を管掌。社内大学のコクヨデジタルアカデミーでは学長を務めコクヨグループのデジタル人材育成を担う。
田口 紀成氏
Koto Online編集長
2002年、株式会社インクス入社。3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。
2009年に株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)の設立メンバーとして参画後、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発等、DXに関して幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員に就任、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTについて研究を開始。2015年にCCT取締役CTOに就任。先端システムの企画・開発に従事しつつ、デジタルマーケティング組織の管掌を行う。
2023年にKoto Onlineを立ち上げ編集長に就任。現在は製造業界におけるスマートファクトリー化・エネルギー化を支援する一方で、モノづくりDXにおける日本の社会課題に対して情報価値の提供でアプローチすべくエバンジェリスト活動を開始している。
(所属及びプロフィールは2024年7月現在のものです)

目次

  1. 今の体制は「画期的」国内流通とECを1人が見ることで期待できる効果とは
  2. 驚くほど豊富なデータを持っていたが……就任して感じた課題とは
  3. 40代、50代の非エンジニア社員が確率・統計を学ぶ 組織全体の底上げで目指す「自ら課題解決できるスキル集団」
  4. 顧客理解の先にある、未来の「ECが不要な世の中」とは

今の体制は「画期的」国内流通とECを1人が見ることで期待できる効果とは

田口氏(以下、敬称略) 最初に、宮澤様の現在までのご経歴、それから今のご担当についてお聞かせいただけますか。

宮澤氏(以下、敬称略) これまでいろいろな企業で経験を積んできて、コクヨで5社目となります。

最初の会社はゼネコン関連で、主に土木現場、ダムやトンネル施工などの事業管理をやり、その次はゲーム会社で財務・IT関係の仕事に携わりました。3社目が商社で、その次にBtoBのECの会社。4社目が一番長くて16年勤務し、その間、経営企画から物流、IT、事業全体の責任者など、人事以外はほぼ全ての業務を担当しました。

現在は、コクヨの執行役員・ビジネスサプライ事業本部長として国内流通を担当し、合わせて連結子会社であるカウネットの代表を務めています。前の会社を退職後、新しい職場を決めるにあたって、これまでと同じ仕事をするのは自分の成長につながらないので避けたいと考えていました。その観点で、従来型の卸ビジネスを抱えた歴史あるコクヨは、今までにない経験ができて面白そうだと感じたことが、入社を決めた主な理由です。

カウネットは、シンプルに言うとコクヨグループの中におけるダイレクトモデル、Eコマースという一つのチャネルを担っています。最初は、カウネットのお話は特になかったんですが、入社後にカウネットも一緒に見てくれないかと話があり、現在一人二役で頭を切り替えながら両方を担当しています。

田口 メーカーがEC部門を持つ場合は、多くの場合トップや組織が分かれていると思うんです。これまでの商習慣を大切にする国内流通の部署と、ダイレクトマーケティングを担うECの部署と、そこのトップを同じ人が担当するというのは、珍しいと感じます。何かのお考え、意図があって今の体制になっているのでしょうか。

宮澤 確かに、製造業では社内でその二つが分かれているのが一般的だと思います。例えば、営業本部が従来型のチャネルで事業を行い、経営企画部の中にある部署がEC向けのチャネルとなり、この二つの部署の間でコンフリクト(対立や衝突)が起きる……という構図が、ありがちなパターンですね。

新しいチャネルとしてECを立ち上げる場合、自社商品だけでお客様に満足いただくのは難しく、それだと多くは失敗してしまいます。ECを成功させるためには、お客様に支持を得られるよう、自社製品と他社製品を併せて売ることができる場にしていかなければなりません。他社製品、すなわち競合商品を扱うことになるので、うまく進めないと、もともとの部署から不満が出てきがちです。この壁を突破できないと、ECサイトを立ち上げたものの自社製品だけをBtoCで販売し、ほとんど売上が出ず数年で撤退……みたいなことになってしまいます。

当社の場合は、両方を私が担当しているので、組織間での対立が起きない構造になっているとは思います。個人的には、このやり方は画期的だと思っています。同じ人間なので、トップ同士でもめることは絶対にないですよね(笑)。

今の体制になったのは、去年の1月からなのですが、以前は当社でもそれほど二社間の交流はありませんでした。この構造にしたメッセージが現場社員にも認識され、少しずつですが両社のシナジーが生まれはじめている、という段階です。

コクヨ株式会社 宮澤氏
「ECを成功させるためには、お客様に支持を得られるよう、自社製品と他社製品を併せて売ることができる場にしていかなければなりません」(コクヨ株式会社 宮澤氏)

驚くほど豊富なデータを持っていたが……就任して感じた課題とは

田口 就任時に立てた方針や、重要課題として掲げたもの、社員に向けたメッセージはどのような内容だったのでしょうか。

宮澤 大きく三つのことをメッセージとして伝えました。

一つは、お客様を最もよく知る流通になろうということ。そのためにはお客様が何をしたいか、何を困っているのかを、より深く理解する必要があります。従来やってきたこと、例えば営業やカスタマーセンターを介して声を聞いたり、いろいろな流通の方とお付き合いをしたりということに加え、今やろうとしているのがデータの活用です。僕らがデータを扱うスキルを上げて、もっともっとお客様の解像度を上げることができれば、お客様を一番よく知っているプラットフォーム、流通になれると考えています。

二つ目は、社内で自分が行う仕事の後工程に携わる人たちは、全てお客様だと思ってほしいということ。お客様というのは、お金を出して商品を買ってくださる方だけに限りません。自分の工程の後に仕事をお願いする、後工程のプロセスを担う人たちをお客様と捉えて、良いパスを出す必要があります。バリューチェーンの途中で、どこか一つでもいい加減なパスを送ってしまうと、最終的に良い価値を生み出すことは絶対にできません。私が長年やっているサッカーに例えて、どの角度、高さならあの人は得意なシュートが打てるのかを考えて、最善のパスをしてほしいと伝えています。

そして三つ目が、コクヨとカウネットで、シナジーを出せる事業をしようということ。カウネットは、コクヨというメーカーが持つECなので、その強みを生かせれば、他のECができないことが絶対にできるはずです。メーカーとしてのコクヨにプラスになる部分もあれば、コクヨから受ける恩恵によってカウネットが成長できる部分もあるでしょう。お互いのシナジーを大事に、事業を展開していきたいと考えています。

田口 その三つを進めるにあたって、課題に感じた点は何かありましたか。

宮澤 特に最初に挙げたデータ活用に関して、コクヨだからこそ持っている豊富なデータを、十分使いきれていない、もっと活用できるのではないかと感じていました。

カウネットを始める以前から、大企業向けの購買管理システムや、販売店さんから工業製品の注文を受け付けるシステムなど、コクヨではいろいろな取り組みを行ってきているんです。そのため、どの販売店さんがどういう注文をして、どこにお届けして……というようなデータを実は大量に持っています。

普通はデータの活用をしようと思うと、まず収集するところが大変です。しかし、僕らはデータをすでに豊富に持っている。最初の一番難しいプロセスをぼんとすっ飛ばして活用から入れるなんて会社は、そうはありません。これを生かさないのはもったいない。そのために必要なスキルをみんなで身につけるための取り組みを、今進めているところです。

40代、50代の非エンジニア社員が確率・統計を学ぶ 組織全体の底上げで目指す「自ら課題解決できるスキル集団」

田口 最初から豊富なデータを持っているというのは強みですね。具体的な取り組み内容をお伺いできますか。

宮澤 取り組みの中心は、2023年6月に開校した「KOKUYO DIGITAL ACADEMY」です。これは、データやテクノロジーを活用した課題の解決や新たなビジネスの創出を目指して、デジタル人材教育をする実践プログラムで、いろいろな講座を通じてスキルの習得をはかります。私が学長を務め、第1期では、「文系AI塾」「ビジネススキルとしてのIT講座」「データドリブン講座」の3つの講座と、講座で得た知識を実践する場として「GPT-Lab(ジーピーティー ラボ)」を開講しました。

「GPT-Lab」第1期成果発表会の様子
「GPT-Lab」第1期成果発表会の様子

最初はカウネット内でやろうと思っていたのですが、コクヨの会議体で話したところ、グループ全体でやったほうが良いのではという話しになり、コクヨグループの取り組みとして続けています。

田口 デジタル人材育成というのは、例えばどれくらいのことができるようにしたいという、具体的なイメージをお持ちですか。

宮澤 例えば、仕事をしていてデジタルで課題を解決したいと思ったとき、自分がテクノロジーに対するスキルを持っていない場合、社内外の詳しい人にお願いしますよね。いろいろなところに聞いて回って、本当にできるかどうか、いくらかかるのか、2ヵ月かけて検討して……という時間のロスをゼロにしたいんです。一番課題をリアルにわかっていて解決したいという情熱を持っている、そしてその課題の目の前に立っている人が自分で解決できるスキルを持っている状態にしたい。エンジニアに限らず、社内全体をそういうスキルを持った集団にしていきたいんです。

カリキュラムは私と事務局で方針を決め、外部の方に作っていただいていますが、例えば確率・統計など、かなり数学的なことを教える場にしています。文系の社員からは難しいという声も挙がりましたが、文系の人でもできるレベルの数学なので、ここは妥協せずにやっています。確率統計を知らないと、例えば何か施策を打ったときに、その効果のあるなしをしっかりと正確に判断することはできません。すなわち、自分でPDCAを回すことができないんです。「今まで判断してきた効果のあるなしは本当に正しいと言い切れますか?」と言って、納得してもらっています。つい先日も回帰分析をやったのですが、回帰分析ができないのにデータを見ることはできませんよと伝えたら、「あれ、今まで間違っていたのかな」という雰囲気になっています(笑)

もちろん、すぐに全員が完全にマスターするとは思っていませんが、毎年同じ方が繰り返して学んでもよいですし、先にできるようになった人がサポートしてある程度の人数が身につけてくれれば、会社全体の環境が徐々に変わっていくはずです。間違いなく、全体のレベルは上がっていると思います。

田口 なるほど。特定の人材をピックアップするというよりも、組織全体の底上げをはかるイメージですね。そのためには、ある程度の人数が参加することが必要になってきますが、こういう試みに対して、デジタルに興味がある一部の人や若い社員しか参加してくれないという課題を抱えているところも多いと聞きます。社員の皆さんの反応はどうでしょうか。

Koto Online編集長 田口氏
「特定の人材をピックアップするというよりも、組織全体の底上げをはかるイメージですね」(Koto Online編集長 田口氏)

宮澤 当社の場合はそうした問題がなく、逆に運営が手いっぱいになるくらい、大勢の人が積極的に参加してくれているんです。アカデミーのキックオフには、約500人の社員が出席していましたし、その後の各講座も、毎回何百人という単位で申し込みがあります。

特に当社の特徴としては、若手に限らず、40代、50代の参加者が多いことですね。中には60代の社員もいます。恐らく、「これが正しいのかどうか、本当は気になっていた」という経験をしてきた層なんですよね。社会人なら誰しも、気になって本を読んだりYouTubeを見たりしてはみたものの、挫折したという経験をしているのではないでしょうか。基礎になればなるほど独学では難しいので、基礎の部分を徹底的にやろうという発想でカリキュラムを組んでいます。基礎ができれば、これまでの知識や経験を生かして、自分たちで応用することができるようになるはずです。

また、アカデミーで学ぶことを、うちではリスキリングではなく、アップスキリングと呼んでいます。お伝えしたように、今までの知識や経験は、新しい学びを得てより生きてくる。そう考えると、同じ一つの学びで得る力が、20代の人よりも50代の人のほうがずっと大きくなります。

顧客理解の先にある、未来の「ECが不要な世の中」とは

田口 そうしたメッセージが、幅広い世代、より多くの人の参加を促しているのかもしれないですね。アカデミーの中のGPT-Labでは、どのようなことをやっているのでしょうか。

宮澤 アカデミーでこだわっているのは、知識を得るだけではなく、スキルを身につけるという点です。そのための場所として設けているのがGPT-Labですね。座学だけでAIやデータについて学んでも、正直忘れてしまいます。それだともったいないので、知識をスキルに変えるために、実際に自分たちで手を動かしてプロダクトを作るんです。

GPT-Lab

例えば第一期生の発表会では、利用者がテーマや回答時間などの項目を入力すると、アンケートの設問を自動で作れて、更に回答結果をAIにより自動で分析もできるものや、大規模言語モデルを使ってECサイト上のレビューを自動で抽出・分析するものなど、知識を使って作り上げたさまざまなものが報告されていました。

あくまで実験の場なので、細かいことを気にする前にまず手を動かして作ることを大切にしています。3、4ヵ月で、しかも営業など非エンジニアの人たちがここまでできるというのはすごいですよね。

実際の業務で必要と感じたものを自分たちで作れるようになったことで、仕事がすごくやりやすくなったという声もありました。今までだったら、例えば業務効率化のために必要なツールがあっても発注しないとならず、上司に相談をしたら費用対効果を詰められてだんだん心が折れていく……となっていたけれど、自分で手を動かして「こういうものを作りました」と見せると、「すごいじゃないか!」とめちゃくちゃ感心されると。自分でできるようになることで、時間短縮はもちろん、課題解決を提案したときの周囲の反応が極端に変わったという声を聞いて、こちらも手応えを感じています。

田口 今後が楽しみですね。最後に、将来の展望、それから新たにチャレンジしたいことなどがあれば、お聞かせいただけますか。

宮澤 お客様の体験価値を、今よりもっともっと大きく上げていきたいと思っています。目指しているのは、例えば欲しいと思ったらすぐに、どこにいてもそのモノが手に入る、そんな世の中です。

去年までは、ご注文いただいたら、月や宇宙ステーションにも届けられるECにしたいと思っていました。しかし、それは物理的な問題なので、やろうと思ったらすぐにでもできそうですよね。今はさらに進んで、ポチポチ注文するという手間を経ないでも、欲しいと思ったらモノが届くような世界ができないかと考えています。

例えばですがチップみたいなものを耳に入れておくと、注文をしなくても気持ちを理解してくれてモノが届くという世界です。

関係する研究はたくさんあるのですが、物理的なプロセスを組み合わせるところまでいっていないので、産業にはなっていません。しかし昨今のテクノロジーの進化を見ていると、そうした世界もそれほど遠くはないのではと思っています。誤解をおそれずに言うならば「ECが不要な世の中を作りたい」ともいえますね。

田口 目の前で起きている変化に対応した今後のことはみなさん注力して考えますが、そうではなく、さらにその先を見通しているんですね。お話しを伺っていると、未来を感じます。

宮澤 言葉にすると突拍子のないことを言っているように感じるかもしれませんが、お伝えしたように、根本にあるもの、大事にしていることはお客様の体験価値を上げるということです。

そのためにはお客様をより深く理解する必要がありますし、そしてデータをもっと活用しないとお客様のことを知る手段が限られてしまう。今やっていることも、その課題を乗り越えて未来につなげるための第一歩です。少しずつですが成果が出て形になってきたので、コクヨもカウネットも一緒になって成長し、未来に向けて一歩一歩近づいていきたいと思います。

田口 本日はありがとうございました。

左よりコクヨ株式会社執行役員 ビジネスサプライ事業本部長 株式会社カウネット代表取締役社長 宮澤 典友氏、Koto Online編集長 田口 紀成氏

【関連リンク】
コクヨ株式会社 https://www.kokuyo.co.jp/
株式会社カウネット https://company.kaunet.com/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/

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