(本記事は、一般社団法人日本能率協会監修の『日本のものづくりが向かう未来』=東洋経済新報社、2024年1月24日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

自然災害や地政学リスクなどが発生した際、製造業はどのように素材や部品を確保すればいいのか。サプライチェーンの課題は個社で対応するには限界があり、多くの企業が悩みを抱えたままだ。「鍵となるのは産官学の連携による業界横断的なプラットフォームの創設ではないか」そう提唱するのは、富士フイルムビジネスイノベーションで調達を管掌する古川雅晴氏だ。

Photo: Takafumi Matsumura Text: Yusuke Higashi

古川 雅晴
富士フイルムビジネスイノベーション株式会社
取締役 執行役員 調達 管掌 兼 調達本部長

「調達」領域は他社との連携が難しかった

自社のみでは解決できない経営課題を、他社との連携、協調によって解決していく動きが、産業界のさまざまな領域で生まれている。

だが「調達」領域は、これまで会社同士が交わる機会がほとんどなかった。取引先を通じて競合他社の動きを知ることはできても、法律の問題もあり「一緒に買う」わけにはいかない。

それだけに日本能率協会(以下JMA)が「購買・調達部門評議員会」をつくったのはすごいことだ。過去にない取り組みだと言える。

新型コロナ禍がきっかけになった部分もあるのだろう。この3年間、「生産」領域の課題は自社努力でカバーできた。だが調達を含めたサプライチェーン全体を維持するのは大変だった。そこには競合や他業界も絡んでくるからだ。

例えばここに、入手性の悪い部品があったとする。一方には入手できず困っている会社があり、もう一方には困っていない会社がある。その不平等が明らかになれば、「なぜあの会社には入れて、うちの会社には入れないんだ」と不満が出るだろう。コストについても同様で調達価格は同じではないから、「なぜA社はB社より安く買えるのか」となる。調達には、こういう生臭いところがある。

にもかかわらず、さまざまな会社の購買・調達部門をJMAが一つの場所に集めた。「この指、とまれ」の役目をJMAが担ったのだ。

私は評議会の議長として第一回から参加しているが、最初は誰も話そうとしなかった。今も「Aという部品をいくらで買った」かは、誰も口にしない。ただ、回を重ねるごとに議論が成熟し、個社のことは話せなくても、調達を含むサプライチェーンの一般論ならば話せるようになってきた。これは大きな一歩だと、私は手応えを感じている。

調達の会社間連携は可能か?

中小企業が日本のものづくりを支えていることに目を向ける

例えばEU圏であれば、サプライチェーンに関する一つの「プラットフォーム」のようなものが整備されている。環境対応や地政学的リスクなどの大きな課題に関しても、一つにまとまっている。また、米国は米国で、独自のものがある。

日本はどうかというと、そもそも調達に光が当たらない。だから、プラットフォームの形成に向けた具体的な話をするところまで至っていない。

大企業だけを取り上げるのなら、それでもいいのかもしれない。地政学的リスクや環境対応にしても、大企業なら個社で対処できる。当社も、早くからCSR調達に取り組み、調達先の選定や評価の仕組みをつくり上げてきた。

だが、大企業の数などたかが知れている。周知の通り、日本企業の大半は中小企業だ。中小企業が大企業を支え、ひいては日本のものづくりを支えている。では、中小企業が大企業と同じように、地政学的リスクや環境対応に対処できるのか。ここに課題がある。

この課題は以前から潜在的にはあったものだが、新型コロナを機に顕在化した。半導体はわかりやすい例だ。今も半導体不足で苦労している企業は多い。理由はさまざまある。一つは「巣ごもり需要」。次にGAFAがサーバに巨額の投資をした影響もある。そして自動車のEV化。これだけ外部環境が変化していると、1社だけで、サプライチェーンをマネジメントしようと思っても、太刀打ちできない。

当社は幸いにも、開発、生産、調達が一体となってうまく凌いでくれた。開発陣は、半導体が入らないとなると代替設計をするしかないが、部品の入荷に合わせて回路を変える用意をしていた。業界の中では、コロナ禍でも遅延なく出荷できたほうだろう。できなかった競合他社との差は、サプライチェーンマネジメントの差ではないか。代替設計をしてEMS(製造請負)に「この基板でやってくれ」と言えるか、変わらず「〇〇という部品を探してくれ」と言い続けるしかないか。この違いは大きい。

だが一般論として、こうした対応が中小企業にできるのか、というと難しい。もっとも、現状でもすべてが個社に委ねられているわけではない。

例えば、地政学的リスクへの対応のため、大手メーカーが取引先に対し、ある国の依存を下げて第三国にシフトしようと呼びかけるケースもある。このとき大手メーカーがすべてお膳立てしようと思うと、大変なコストがかかるから、選択肢としては「土地も用意する」レベルから、まったくお膳立てしないケースも想定される。もし、お膳立てしないことで取引先の事業継続が困難な事態になれば、大手メーカーのBCP対策にも支障が出る。

結局のところ、サプライチェーンを個社で考えなければならない状況では、大手企業であれ、中小企業であれ、企業体力の差が出てしまう。日本のものづくりを強くしようというとき、それでいいのか。これが「購買・調達部門評議員会」で議論している中心的テーマであると認識している。

調達の会社間連携を阻む4つの壁

産官学の連携でサプライチェーンを考える

それでは、これからの日本企業が目指すべきサプライチェーンとはどのようなものか。

ここでも半導体の例がわかりやすい。私が若い頃、半導体の世界トップシェアといえば日本だった。技術開発で先行していたのは米国や欧州だが、「セカンドソース」はすべて日本が有していた。ところが、現状ではそれがすべてなくなっている。

そこから教訓とすべきは、やはり「個社では限界がある」ということだ。具体的には、政府からの支援や、アカデミアとの協業が欠かせないと私は考える。産官学の連携によりサプライチェーンの課題に立ち向かうのが理想だ。

もちろん企業が違えば「what(何を買うか)」も違う。しかし、サプライチェーンのためのプラットフォーム、すなわち「how to(どう買うか)」は共有できるのではないか。それができるだけでも、大手メーカーと中小企業の差は縮まるはずだ。

そもそも、日本のものづくりが強くなるには「みんなが潤う」ことが大前提だと、私は思う。中小企業が廃業せず、利益がきちんと担保されることだ。それが、ひいては大手メーカーのベネフィットにもなる。そのためには、誰かがイニシアチブをとり、自分が得意とする分野でプラットフォームを築く必要があるだろう。

よい例がある。自動車業界に見るようなTier1(子会社)、Tier2(孫会社)、Tier3(ひ孫会社)という系列だ。欧米に対し日本のものづくりが弱くなったといってもこの系列は今なお強いと思っている。ただ残念なのは、これを個社ベースでつくっていることであり、業界の差が出る。例えば、自動車メーカーと建機メーカー。どちらも「動くもの」をつくっている点では似たもの同士だ。しかし、建機メーカーが自動車メーカーと同じようにTier1、Tier2、Tier3をつくれるかというと難しい。

そこで必要なのが、業界をまたぐような、何らかのプラットフォームだと思っている。それは特定の業界や団体だけでは実現しない。お金もかかるし、法整備も必要だ。やはり、産官学一体となってプラットフォームを整備するという話になってくる。

今の日本には、そうしたプラットフォームがない。PFAS(有機フッ素化合物)対策にしろ、地政学リスクにしろ、騒ぎがあると皆が一斉に動くが、組織だってはおらず、バラバラだ。そこに非常にロスがある。

地政学的リスクへの対応方法についても、誰かがガイドを出しているのかというと、そんなことはない。メディアには「日本回帰」と「第三国へのシフト」の2つの論調があるが、どちらがいいのか。確かに、日本回帰も選択肢の一つだろう。だが労働人口は減り、電気料金は高い。それでも日本回帰できるのか。日本回帰をするなら、例えば政府が燃料代を支援する、アカデミアが生産現場の自動化に関して研究を加速する、などの対応が必要だと思う。

5~6年前に「産業ロボットが中小企業によく売れている」というニュースを聞いた。事情はよくわかる。大手はまだお金で人手を集められるのだ。しかし、そのお金を出せない中小企業は、ロボットに頼るほかなかった。結果、中小企業へのロボット導入が進んだわけだが、振り返ってみれば、中小企業の自助努力に任せるのではなく、国全体でこうした動きを支援するべきだったのではないか。まして、今から日本回帰を進めようものなら、必ず事業継続が困難になる中小企業が出くるだろう。

私は、日本のものづくりを信じている。特に、品質に関する信頼性は高い。当社の複合機にしてもロバスト性(強靭性)が高く、「壊れた」といった話を聞く機会は少ない。しかし、それもTier1、Tier2、Tier3のおかげだ。彼らが事業を継続できるようにしなければならない。そうできなければ、日本のものづくりは完全に地盤沈下する。裏を返せば、そこにこそ日本のものづくりを強くするための糸口があるのだ。

この続きは、一般社団法人日本能率協会監修の『日本のものづくりが向かう未来』からお読みください。

古川 雅晴氏
PROFILE
古川 雅晴(ふるかわ・まさはる)
1960年三重県生まれ。1982年鈴鹿富士ゼロックス株式会社(現富士フイルムマニュファクチャリング株式会社)に入社。第二製造部などを経て部品外販部長を歴任。2010年より調達部長に。2011年に富士ゼロックス株式会社(現富士フイルムビジネスイノベーション株式会社)へ出向。2014年執行役員鈴鹿事業所長、2017年常務執行役員、2018年に富士ゼロックス執行役員調達本部長を経て、コロナ禍に生産、調達両本部長を兼任し、2020年同社取締役執行役員調達管掌兼調達本部長に。現職。
日本のものづくりが向かう未来
一般社団法人日本能率協会
日本能率協会(JMA)は、1942年に設立された日本の経営革新の推進機関です。主な目的は、経済・産業界の発展と生産性向上の支援です。研究・調査活動を通じて幅広い分野で提言や情報提供を行い、セミナーで経営者育成、ビジネスパーソンのスキルアップを支援。また、国内外の工場マネジメント向上、技術振興にも寄与しています。経済界の成長と持続可能な発展を推進し、日本の生産性と競争力を高める重要な役割を果たしています。

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