目指すは100年先の製造業のあるべき姿━100年続く老舗企業・岡野バルブ製造が目指す「変革」とは

1926年創業、発電用高温高圧バルブの国産化に初めて成功した岡野バルブ製造株式会社。およそ100年の歴史を持ち、電力業界のインフラを支えてきた同社が、今、日本の製造業の変革に向け新たなチャレンジを続けています。

「DXエバンジェリストが斬り込む!」は、CCTのアドバイザーでもある合同会社アルファコンパス 代表CEOの福本 勲氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューするシリーズです。今回は、北九州市・門司にある岡野バルブ製造が、若きトップの理念のもとに取り組む新規事業開発、DX推進などについて、同社取締役でDX推進本部長の常盤木 龍治氏、同じく取締役で経営企画室兼新事業統括の菊池 勇太氏にお話を伺いました。

常盤木氏(岡野バルブ製造 取締役 DX推進本部長)、菊池氏(岡野バルブ製造 取締役 経営企画室兼新事業統括)
左より常盤木氏(岡野バルブ製造 取締役 DX推進本部長)、菊池氏(岡野バルブ製造 取締役 経営企画室兼新事業統括)
常盤木 龍治氏
岡野バルブ製造株式会社
取締役 DX推進本部長

1976年東京出身。2014年より沖縄に移住、テクノロジー分野でのパラレルキャリア実践者として著名。EBILAB、クアンド、ZENTech、eiicon、など日本を代表するテクノロジー企業のDX軍師・エバンジェリストとして活躍。日本と世界を飛び回りながら地域地方でのDX実践者を育成。自走型イノベーション体質組織への変革を得意とする。2021年に岡野バルブ製造に参画、2022年からはOKANOのDXを牽引すると共に、軍師として経営全体や、従業員のマインドセットにも積極的に携わる。
菊池 勇太氏
岡野バルブ製造株式会社
取締役 経営企画室長兼新事業統括

環境コンサルティング会社、マーケティングリサーチ会社に勤務し、2018年北九州にUターンして起業。マーケティングリサーチ会社在籍時に大手メーカーの商品開発に多数関わり、起業後は自社の事業開発に加えてさまざまな企業の新規事業開発に伴走支援している。地域興しにも積極的に従事、北九州、門司港では広く知られた存在であり、自身も門司港で築70年の元旅館をリノベーションした宿泊施設「PORTO」などを運営している。2021年から岡野バルブ製造に参画し、2022年からはX-BORDER、VQの新規事業開発、広報、採用、地域連携等に広く携わっている。
福本 勲氏
合同会社アルファコンパス 代表CEO
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務める。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
(所属及びプロフィールは2024年6月現在のものです)

目次

  1. 新社長の就任と震災を機に、老舗企業が目指した「変革」
  2. 独自の共創エコシステム「X-BORDER KOZA」とは
  3. 手間ひまかけた「愛情ある採用」で新規人材を獲得

新社長の就任と震災を機に、老舗企業が目指した「変革」

福本氏(以下、敬称略) 本日は、御社の変革の取り組みについて、具体的な内容やその背景にある考え方などについて、いろいろとお伺いしたいと思います。最初に、常盤木さん、菊池さんお二人のご経歴、岡野バルブにジョインした経緯についてお伺いできますか。

常盤木氏(以下、敬称略) 私はさまざまな企業でソフトウェア開発に携わり、今年でITのキャリア24年目になります。最初はテンダという池袋にある会社に入り、東洋ビジネスエンジニアリング(現 ビジネスエンジニアリング)、インフォテリア(現 アステリア)、SAP等、多くの場所で経験を積んできました。

それぞれ大きなビジネスには携わっていたものの、仕事をしていく中で感じたのが、もっと世界の中のトップシェアを作ること、日本の国力に貢献することに力を注ぎたいということです。日本の産業構造変革を目指し、さまざまな企業でエバンジェリストやアドバイザーを務めて事業戦略策定・人材育成などに携わるようになりました。

岡野バルブに参画したきっかけは、DX推進の必要性を感じていた当社代表の岡野から声をかけられたことです。最初は社外取締役という形で2021年に参画し、現在は「DX軍師」として取締役・DX推進本部長を務めています。

菊池氏(以下、敬称略) 僕は最初、TCO2という二酸化炭素の排出量など製品のライフサイクルでの環境影響評価を算定する会社に入り、そこでカーボンフットプリントに関する仕事に2年ほど携わりました。しかし、その仕事は国の事業で行われていたのですが、国の補助金がなくなると同時に市場から仕事がなくなってしまったんです。

そのときに、売れないと自分がやった仕事も残らないんだと感じ、マーケティングリサーチ会社に転職をしました。そこで新規事業の開発や新サービスの立ち上げなどの経験を積んだ後、地元である北九州の門司港で起業し、いろいろな企業の新規事業開発支援などを経験しました。

岡野バルブに入ったのは、常盤木と同じく、代表の岡野から新規事業開発を手伝ってほしいと声をかけられたことがきっかけです。現在は取締役として、経営企画や新規事業開発を担当しています。

私たちのような製造業でのバックグラウンドのない人間がこうした形で参画しているのは、岡野バルブの特徴かもしれないですね。

福本 お二人が参画されて、歴史ある御社が、DXや新規事業を通じてさまざまな変革に取り組んでいます。その様子は、地元のみならず業界でも注目を集めていると思いますが、会社を変革しようと考えたきっかけは、何かあったのでしょうか。

菊池 社長が代替わりして現在の岡野が代表に就任したことと、東日本大震災という未曽有の大災害が発生したこと、当社にとって大きな出来事が二つ重なったことがきっかけです。

2011年の東日本大震災で福島の事故が起きた当時、原子力関係の売上は当社にとって大きなものでした。特に東京電力さんはメインのクライアントでしたから、当社の売上の約半分が一気に消し飛んだんです。

当時常務だった現代表の岡野は、会社を立て直さないといけない事態に直面し、発電所だけに依存した経営をするのではなく、自分たちでコントロールできる売上を作っていかなければ、会社の存続そのものが危ういと考えたそうです。そのためには自ら事業を作るんだという強い意志のもと、会社の形を大きく変革させてきたというのが経緯になります。

福本 特定のクライアントが売上の大部分を占めていることについて、安定と捉える人もいる中で、大きな決断だったのではないかと思います。とは言え、新しく事業を立ち上げるのも、新規で顧客を見つけるのも簡単ではないですよね。

常盤木 そうですね。変革の必要性を感じた背景には、単に自社のことだけではなく、地元企業の今後、日本の製造業全体の未来を見据えた岡野の考えがあります。自分たちだけではなく、日本のものづくり全体をアップデートしていく必要性を感じたからこそ、変革に舵を切ったのです。八幡製鉄所の創業以降、ものづくりによって日本の経済を支えてきた北九州という土地柄もあるのかもしれません。

岡野バルブ製造 取締役 DX推進本部長 常盤木氏
「単に自社のことだけではなく、地元企業の今後、日本の製造業全体の未来を見据えた岡野の考えがあります。自分たちだけではなく、日本のものづくり全体をアップデートしていく必要性を感じたからこそ、変革に舵を切ったのです」(岡野バルブ製造 取締役 DX推進本部長 常盤木氏)

もちろん、東京電力さんに対しても長年お世話になってきたという思い、これからも向き合ってご要望にお応えしていきたいという気持ちを強く持っています。合わせて、それだけではなく、日本の製造業の底上げ、日本の伝統的な製造業を新しくするという両面の経営をしていく覚悟なんです。そうした想いで変革に取り組んでいますし、私たちもその心意気に惹かれ、同じ気持ちで岡野バルブに参画しています。

福本 御社の中だけにとどまらず、製造業全体の発展のための一つの手法として新規事業やDXを捉えているんですね。一方で、バルブは日本においては昔からある産業です。ともすると、古くからある産業でものづくりに携わってきた人たちは、このままでいい、変わる必要はないという考えを持つ方もいるでしょう。変革を進めるにあたって、社内の反発などはなかったのでしょうか。

菊池 震災以前、原発も含めバルブだけでトップシェアを取っていた時期は、新しいことを始めようとしてもなかなか理解が得られなかったということは聞いたことがあります。ただ現在は、多くの発信をしてきたことや新しいメンバーが増えてきたこともあり、世界観として何を目指しているのか、自分たちがどこに向かっているのかを従業員が理解し、企業全体に浸透してきているのを感じますね。

常盤木 DXに関しても、ちゃんと持続的な運用や開発ができるものを作っていきたいと思っている従業員が圧倒的に多いことを私も感じます。それはベテラン層においても同じです。3年前に入ったとき、なぜ私が岡野バルブに呼ばれたのか、世の中の仕組みがどのように変化していて、DXがなぜ必要なのか、全社員を集めてプレゼンしたのです。そのとき、聞いていた人たちの反応がとても良かったんですね。私や菊池の考え方に対して、ウェルカムな人たちのほうが圧倒的に多かった。社員の方たちの理解、協力という点では、一般の製造業の会社と大きな違いがありますね。社長の話しが多くなってしまいますが、ベテランの人たちが代表の岡野を買っている、彼らから経営者として愛されている、というのが根本にあるためだと感じています。

独自の共創エコシステム「X-BORDER KOZA」とは

福本 なるほど。新たな取り組みを始めやすい土壌があったんですね。新規事業立ち上げに関する具体的な事例、取り組み内容などがありましたら、聞かせていただけますか。

菊池 いろいろな人や企業と連携して新たなものを生み出すために、日本の数ヵ所にイノベーション拠点を作ることを計画しています。すでに沖縄のコザ地区と東京の日本橋にオープンしていて、いろいろな取り組みを進めています。

最初のきっかけは、沖縄に住む常盤木から、ラグーンにこうした場所を作るべきだという提案があったことです。役員全員で見に行ったところ、すぐにコザを気に入り、その場で即決していました。

コザは「X-BORDER KOZA(クロスボーダーコザ)」という名前でDX開発拠点という位置づけなのですが、自社の開発メンバーがそこで開発するだけでなく、いろいろなスタートアップや地域の人、クリエイティブな人たちが出会って何か影響を与え合えるような場所にしたいと思っています。

X-BORDER KOZA
出典:「X-BORDER KOZA

コンセプトは「越境と共創」で、東京の拠点と連携してイベントを開催したり、いろいろな企業が研修場所として使ったり、多くの方にご利用いただいています。この前も、もともと接点がなかった九州の会社と、沖縄の会社、それから当社の三社で一緒にワークショップを開きました。それがご縁でいろいろな事業の話をするようになり、つながりが広がっています。

常盤木 コザという場所は米軍基地に近く国際色豊かで、近年は起業家やエンジニア、クリエイターなどが集う不思議な魅力ある街になっています。新しいものを生み出し、多くの人と出会うのにコザは最適な場所なのです。

製造業は、どうしても外部人材を入れたり外とつながったりすることに対して苦手意識があります。敷居が高いと感じてしまう人も多いのではないでしょうか。新規事業に取り組むさらに前の段階として、まず、そうしたマインドを変える必要があります。世界各国の言語が飛び交い、いろいろな職種の人が垣根なく交流するこの場所に集まることで、自然と意識を変えていくことができればと思っています。孫悟空やベジータと一緒にいることで、気が付いたらクリリンも強くなっている、そんなイメージですね(笑)。

福本 独自の共創エコシステムになっており、非常に興味深いですね。単体で数字を持ったり、売上を立てたりはしていないのでしょうか。

菊池 そうですね。この場所自体で利益を上げることはあまり考えていません。自分たちが変わっていく過程で、この地域やここで出会う人たちにも良い影響を与えて、一緒にいいものを生み出していきたいという思いでやっています。具体的な当社の成果でいうと、例えば新規のパートナーを見つけたり、良い出会いを採用につなげたり、という効果は期待できますね。

手間ひまかけた「愛情ある採用」で新規人材を獲得

福本 新規事業開発やDX推進には、人材が必須になります。採用に関しては、どのようなやり方をしているのでしょうか。

菊池 何か変わった特別なことをしているわけではありません。ただし、役員である自分自身がしっかりと関わって、求職者とコミュニケーションを深くすることで、できるだけこちらの意図が伝わるように意識しています。シンプルに言うと、ひとつ一つのことに時間と手間をかけた、愛情を持った採用活動ですね。

2023年6月ぐらいから人材紹介サービスに登録して採用活動をしているのですが、例えば面接のオファーをするメール一つとっても、条件面などを書き込むだけではなく、当社のビジョン、求める人材像を書き込み、文章も自分がチェックした熱量の高いものにしています。それが功を奏したのかはわかりませんが、オファーメールでは、通常の企業のおよそ5倍の返信率があったんです。カジュアル面談も含めて面接につながった方が60人近くいて、5人を採用につなげることができました。

最終的に採用した5人については、選考の過程で、私自身がそれぞれ10時間以上コミュニケーションを取っています。時には一緒に食事もし、新規事業についての方針や会社として今後やりたいことなどを丁寧に話しました。

すぐに今の会社を辞められない方や、転職意向が強いわけではなく迷っている方もいたので、そういう場合には、副業としてお仕事をお願いする形をとっています。緩やかにちょっとずつジョインしてもらうスケジュールを組むなど、相手の事情に合わせた柔軟な対応を取れるようにしているんです。社内の制度が合わないところは岡野に相談してトップダウンで融通をきかせていますね。

岡野バルブ製造 取締役 経営企画室兼新事業統括 菊池氏
「最終的に採用した5人については、選考の過程で、私自身がそれぞれ10時間以上コミュニケーションを取っています。時には一緒に食事もし、新規事業についての方針や会社として今後やりたいことなどを丁寧に話しました」(岡野バルブ製造 取締役 経営企画室兼新事業統括 菊池氏)

福本 良い人材を確保するためには、待つだけではなく、自分たちが外に出ていって相手から認知されるということがすごく大事ですよね。とはいえ、菊池さん自らそれだけ時間をかけて会うというのはなかなか大変だったと思います。効率的に採用したい、そこまで時間をかけたくないと考える人も多い中、そこまでやることができたのはなぜなのでしょうか。

菊池 多分、僕がいわゆる上場企業の採用活動のイメージをそもそも持っていなかった、知らなかったのが逆に良かったのかもしれません。自分の会社もベンチャーで、人を採用するのは簡単ではなく、新しい人に来てもらうのは本当に大変だと認識しています。特に当社は地方企業なので、東京の方たちからすると地縁がなければ全く知らない場所への転職になるわけです。その上で、数ある会社の中で選んでもらうというのは非常に光栄なことですよね。

自分は、本当にスカウトしたいと思った人に連絡をしているし、いいと思った方に会いに行っています。自分で足を運ばずに、「条件が合う人がいるので、とりあえず採用担当に回します、社長にトスアップします」という仕事の仕方をしたくはありません。自分の目で見て、この人は確実に仕事ができる、一緒に働きたいと思った人には社長の人物像についても丁寧に説明して、最終的に社長が会ったときにもミスマッチが起きないように意識しています。

福本 最後に、DXの推進など、新しいことに取り組む上で何が必要か、御社の考える成功のポイントや読者に対するメッセージをお願いできますか。

常盤木 当社代表の岡野の頭の中には、50年先、100年先の日本がまずあって、その中で自分たちの会社のポジショニングというものを考えています。大きな流れや歴史観が、戦略よりも上位の思想があるのです。

やはり、事業戦略の上位に思想がある会社とそうでない会社では、DXのアプローチは大きく変わってきます。

例えば、新しいことを始めるときの組織づくりにも違いが出てきます。私達のような外部人材やパートナーをうまく活用する中で自分たちの現在地をまず知ることが必要です。それから、スタートの時点で実績あるメンバーで固めるのではなく、ワークショップなどを通じて未来に活躍できる若手を見つけ出すことも大切でしょう。

目先の事業利益だけを考えると、そうしたメンバーで行うのは難しく、どうしても社内で今までの実績がある人で固めてしまいがちなんです。

私も様々な企業でDXを推進する中で、経験のない若手を徐々にメンバーにスライドさせていったり、中長期を考えたチームづくりをしたり、試行錯誤してきました。しかし、これは、短期の成果を求めない、3年5年10年と着実な歩みを重ねながら強い事業会社になる覚悟ができているからこそ、取ることができる戦略です。

未来を見据えた思想を持つこと、外部人材をうまく活用すること、人材の能力値を今のスキルで判断せず柔軟に引き出すこと、こうしたことは、どんな会社でも再現性があるやり方ではないかと考えています。

当社もまだまだ、理想とする姿に向けてやるべきことがたくさんあります。今後もいろいろな業種、地域の人たちとつながり、それぞれの知見を共有しながら、当社だけではなく、北九州、日本の企業みんなでアップデートしていければと思っています。

北九州市門司区にある岡野バルブ製造の本社
北九州市門司区にある岡野バルブ製造の本社

【関連リンク】
岡野バルブ製造株式会社 https://okano-valve.co.jp/
合同会社アルファコンパス https://www.alphacompass.jp/

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