2024年4月、世界的な産業展示会「HANNOVER MESSE(ハノーバーメッセ)2024」がドイツ・ハノーバーで開催されました。
ハノーバーメッセは世界最大級の製造業のための展示会で、インダストリー4.0による産業革命を推進するドイツで毎年開催されています。ハノーバーメッセ2024では、世界各国およそ60の国から4,000もの企業・団体が出展し、約13万人が来場。日本からも多くのビジネスパーソンが会場を訪れました。
今回は特別企画として、Koto OnlineでESGやDXの最前線に関するインタビューシリーズを担当いただいている合同会社アルファコンパス 代表CEOの福本 勲氏に、今年のハノーバーメッセの特徴、現地を訪れて改めて感じた、これからの日本の製造業に必要なものとは何かなどについて、お話を伺いました。
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務める。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
目次
データによるトレーサビリティが進み、求められる「情物一致」
――現地を視察して感じた、今年のハノーバーメッセの特徴について、まずお伺いできますか。
福本氏(以下、敬称略) 今年のメインテーマは「ENERGIZING A SUSTAINABLE INDUSTRY」(サステナブルな産業の振興)で、製造業でサステナビリティを実現するための展示が多数ありました。カーボンニュートラルも主要テーマの一つで、2023年新たに法律ができたバッテリーパスポートについて、どうやって進めていくべきかという議論がかなり多かったですね。
バッテリーパスポートというのは、EV(電気自動車)や家電などのバッテリーに関して、材料の調達、製造、販売、リサイクルまで、そのライフサイクルをデジタル上に記録し、リサイクルの促進などを目指すものです。対象となる事業者には、使用済みバッテリーの回収率や原材料の再資源化率について目標を定めることなどが義務付けられます。
要は、どのような材料で作られ、どのように使われたのか、そうした情報がわからないものを再利用できないですよね。そうした情報をデジタルプロダクトパスポート(DPP)として明らかにしてトレーサビリティを可能にすることで、次の人にもまた使ってもらいやすくしようという、地球にやさしい取り組みです。法律は大変複雑ですが、理にかなった考え方だと思います。
――欧州では、デジタルプロダクトパスポート(DPP)などの取り組みがかなり進んでいますね。
福本 そうですね。ただし、こうしたデジタル情報によるトレーサビリティを実現しようと思うと、情報内容とリアルな製品の状況が同じであること、すなわち「情物一致」が必須となります。日本の製造業は、これが徹底していないことを懸念しています。日本では、設計図と実際に製造されたものが違うことがあるんです。例えば設計図を受け取った現場が、ここは良くない、こうしたほうがもっと良くなるといって、品質向上のために変更してものを作るんですね。そしてその変更した情報を設計図に反映し直さないため、情報と物が一致していない状態が発生し得るのです。
品質向上という個別の対応として、これまではそれで良かったのかもしれませんが、世界的な潮流を見ると、このままだと日本が取り残されてしまう可能性があります。
欧州で進むデータ連携基盤強化「Manufacturing-X」
――データ化の質、対応レベルが遅れているとも言えますね。
福本 データという観点でいくと、今回のハノーバーメッセでは、「Manufacturing-X(マニュファクチャリングX)」に関連したデータ連携の基盤強化の動きもありました。
Manufacturing-Xは、製造業で業界や企業の垣根を越えてデータを共有し、その基盤強化を図るプロジェクトで、2022年に組成されました。そのベースとなるデータ連携基盤であるGAIA-Xは2020年に立ち上がりましたが、その時点でBtoCのデータに関しては、米国や中国がイニシアチブを既にとっていました。ただ、ドイツにしても、フランスにしても、もともと強いのはBtoBなので、産業用のデータまでアメリカや中国に牛耳られてしまうわけにはいかないということで、GAIA-Xの取り組みを始めたと想定しています。
ただ、その時点ではクラウドの基盤はすでにグローバルで寡占化が進んでしまっていたため、データを扱うソフトウェアの共通基盤の開発、基盤となるオペレーティングシステムに近いところで、業界向けのプラットフォームを作っていこうということで動き出したのだと想定しています。Manufacturing-Xの前に、まずは自動車業界で先行して「Catena-X」というプロジェクトがスタートし、自動車業界に最適化されたデータ連携基盤の開発環境やプラットフォームなどの提供をはじめていました。このCatena-XをBlue Printとして、対象範囲を製造業にセクター横断で拡大したプロジェクトがManufacturing-Xです。今年からは、Catena-XもManufacturing-Xのサブプロジェクトという位置づけになっています。
製造業といっても自動車、医薬品、建設など幅広くあるので、個別の最適化も必要になってきます。例えば、今回の展示でもManufacturing-Xのサブプロジェクトである「Aerospace-X」という、航空機製造業界の展示がありました。航空機製造業界のサプライチェーンにおける、データ共有エコシステム構築に向けた取り組みです。製造業全体を網羅的に取り扱うのは難しい部分があるので、業種別、階層別といった細分化をしていくことによって、取り組みが総論だけにならず実効性を持たせるようにしているのだと思います。
Manufacturing-Xの構想は重要なのですが、現時点では具体的に何をやるかがまだ明確ではなかったです。今後情報のアップデートをします、トレーサビリティを実現しますと言っていましたので今後キャッチアップが必要だと思います。具体的なプロダクトに落とし込まれるのは、まだ先になりそうですね。
――個別の展示で、おもしろいなと思ったものは何かありましたか。
福本 今年は具体的に、動くものが出てきたな、という印象があります。例えばSAPの「デジタルツインエコシステム」は、QRコードを読み込むと、トレーサビリティやカーボンフットプリントの情報がわかり、デジタルツインとして構成情報が参照できるようになっておりEUバッテリー規則に即したものになっています。もちろん法律の対応という側面もありますが、こういう形で情報を参照できれば、例えば、何か不具合があったときにメンテナンスはどういう人を呼ぶべきかなど、後続プロセスもすごく楽になります。
Schneider Electricの「EcoStruxure Automation Expert」も、サステナビリティに寄与するものですね。ハードウェア依存からの脱却のために、ソフトウェアとハードウェアを限りなく分離・抽象化した、産業用オートメーションシステムです。
ソフトウェアとハードウェアを分離・抽象化をすることで、デプロイの変更だけで容易にシステムのアップデートやアップグレード、冗長性の確保などが可能になるのです。
制御のソフトウェア化の事例としてわかりやすいのがテスラの自動車です。オートパイロットシステムの進化で自動運転の精度は最初よりもどんどん良くなっていますが、ユーザーは自動車そのものを物理的に買い替えずに、その恩恵を受けることができますよね。
自動車に限らず、顧客が製品を購入した後、周囲の環境が変わったり技術が進歩したりして良いサービスを付加できるようになったときに、インターネット経由でソフトウェアを更新すればわざわざ製品自体を買い替える必要がなくなります。良いものが新しく出たから買い替えようとはならないんです。一度購入したものを長く使ってもらえるので、サステナブルにもつながりますよね。
――Schneider Electricのこのシステムは、産業機器を対象にしたものですよね。工場で使われる機械は日々進化していますが、この領域は環境に対する規制も厳しく、サステナビリティに対する感度が高いので、需要も大きいかもしれないですね。
福本 Schneider Electricは、ハードウェアのイメージが強い会社でしたが、イギリスのソフトウェアプロバイダであるAVEVAを買収し、今はデジタル色も強い会社になっています。Siemensも然りです。ハードウェアの企業がソフトウェアの強みを持つという動きはいろいろな企業がチャレンジしていますが、世界でどこが覇権を握るかは、まだまだこれからでしょうね。
欧州の動きは、遠い世界の出来事ではない━未来に向け日本製造業に必要なこととは
――改めて、今回ハノーバーメッセを現地で視察して感じた世界の動き、そして今後の日本に必要な取り組みについて、お考えをお聞かせいただけますか。
福本 まず欧州は、デジタルプロダクトパスポート(DPP)やバッテリーパスポートを始めとして、データ流通やガバナンスを重視し、これを通じてデータの恩恵を社会全体に行き渡らせる政策を進めています。データの適切な管理と流通は、経済成長の加速だけではなく、社会課題の解決にも大きく貢献するものです。だからこそ、Manufacturing-Xのような、データ連携基盤の強化を推進していると言えるでしょう。
日本は確実に少子高齢化の道を進んでいますが、これが引き起こす問題は、労働力不足に限りません。国内市場の縮小も加速しています。韓国のようにもともと国内市場がない匡の企業は始めからグローバルを意識した事業をしていますが、日本はこれまで国内に市場があったために、グローバルに出ていかなくても、国内市場だけで食べていけていた企業が多くあります。ただし、市場が縮小していくと、この数多くの企業が国内だけで事業を続けていくことができなくなっていきます。そうすると、グローバルに出ていかざるを得なくなるわけです。
そうすると、お伝えしたような欧州のデータ連携基盤の動きは、遠いどこかの国の話ではなくなっていくと思います。例えば日本と同じくBtoBに強みを持つドイツなどと連携していくことも、一つの選択肢だと思います。日本企業が海外とのデータ連携に積極的に取り組むことは、新たなビジネスチャンスの創出や国際競争力の強化、社会課題の解決に貢献できると言えるのではないでしょうか。
――そうした世界の動きを頭に入れ、自分たちの未来に対する危機感を持つためにはどうすることが必要でしょうか。
福本 やはり、現地に行って自分の目で見て肌で感じることが大切だと僕は思います。例えばハノーバーメッセでは、いろいろなブースを見ることで、EUやドイツが今後何をしようとしているのか、どこを目指しているのかがよくわかるんです。それぞれの企業が自社製品を提示して売るという商談の展示会とはスケールが全く異なります。社会をどうやって作っていくのか、そのコンセプトや方向性を感じることができる場所なんですね。
会場では、日本人も多く見かけましたが、アジアだけで見ても韓国や中国といった他の国よりは来場者が少ない印象です。是非、機会があれば現地に行って、世界の動きを感じてきてほしいですね。
――本日はありがとうございました。
【関連リンク】
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