(本記事は、山口 雄大氏、行本 顕氏、泉 啓介氏、小橋 重信氏の著書『全図解 メーカーの仕事』=ダイヤモンド社、2021年9月29日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
需要予測AIの実際
顧客のニーズを考える需要予測は、新しい技術によって大きく変わっていくでしょう。
2012年にディープラーニングという新しいAIの学習ロジックと、その精度の高さが論文として発表されました。大量のデータ(ビッグデータ)を扱える基盤が開発されていたこともあり、AIの学習が劇的に進化したのです。これにより、さまざまなAIツールが登場しました。
AIは過去のパターンを大量に学習することで、そこから一定の法則を導き出します。与信管理やウェブサイトの顧客管理など、一部のビジネス領域で、人と同等以上の精度を実現できるようになりました。需要予測も当初から精度向上が期待される領域でしたが、期待を上回る成果は2020年でもほぼ聞きませんでした。この理由は二つあります。
- 過去データのある既存商品の需要予測では、統計学を活用する時系列モデルを上回る精度を出せない
- ルールのないマーケティングの影響が大きい新商品の需要予測では、学習データの質と量が不足する
特に二つ目が重要ですが、囲碁や将棋と異なり、マーケティングには決まったルールがないため、次から次へと新しい変数が登場し、継続的に同じ形でデータが何十万、何百万と蓄積されていることはほぼありません。メーカーは、データではなくものでビジネスをしてきた歴史もあり、ビッグデータの分析を前提としたデータマネジメントはしてこなかったからです。学習データの質と量が不足すれば、AIが精度の高い需要予測をすることは難しいといえます。
未来のデマンドプランナー
しかし一部の企業において、従来の精度を上回る需要予測AIが開発されています。この成功要因は、プロフェッショナルによる特徴量エンジニアリングです(図3-4)。需要を予測する市場、消費者について熟知したデマンドプランナーが主導して、AIの学習データ(教師データ)を作ります。需要予測AIにおいては、消費者の購買行動を踏まえた、既存データの掛け合わせや新たなセンシング(Sens-ing)によって、AIの学習データで作り出すことが成否を分けるのです。
切り口は少し異なりますが、グーグルの研究者らも同様の知見を発表しており、単に大量のデータを学習させただけのAIはビジネスでは使えず、その領域のプロフェッショナルによる評価が必要だと述べています。ビジネスにおける需要予測で目指すのは、客観的かつ冷静なベースラインとしての数字を提示することであり、新しい価値で上乗せする数字を否定することではありません。そのため、AI予測の結果を解釈し、不足している情報を加味するコミュニケーションをリードする必要があります。
これからの需要予測に必要となるスキルは、
- 消費者のニーズに影響する要因を、データで表現する創造力
- それをデータサイエンティストと協働でセンシング、マネジメントする力
- AIの予測結果を解釈し、他者が理解できるよう整理できる想像力
といった、よりクリエイティブなものになると予想しています。
これは需要予測AIの事例でしたが、デジタル技術を使った新しい価値の創造、デジタルトランスフォーメーション(DX)の本質は同じだと考えます。プロフェッショナルの暗黙知が実務におけるデジタル技術の有効活用を可能にし、そのためには実務家が鍛えるスキルも変えるべきなのです。
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