なぜ、日本の製造業はデジタルトランスフォーメーションで成功しないのか?
(画像=DedMityay/stock.adobe.com)

「なぜ、日本の製造業はソリューションビジネスで成功しないのか?」は、株式会社ワイ・ディ・シー 共動創発事業本部(以下、「共動創発」)が2016年に出版した書籍のタイトルです。副題は「ものづくりモデルの創造的破壊 [Disruption] 」です。当時、「共動創発」というコンサルティング事業を立ち上げて4年、なかなか具体的な内容をお伝えできない制約の中で、書籍という形でお伝えする事の難しさに悩んだ事を今でも思い出します。

その書籍の中で“続編としてより価値ある成果をお届けする事をお約束する。”として5年がたちました。その間、日本ではコネクテッドインダストリーズ(Connected Industries)というコンセプトが2017年に提唱され、2018年に経産省のDXレポートが出された事により、デジタルを活用したビジネス変革、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性も日本製造業の中で共通認識が醸成されてきております。

そのような時代の変化を踏まえて、「Collaborative DX」という新しいメディアのリリースに伴い、続編とはいきませんが、この書籍内容を現在の視点で改定すべき点を含めて解説をさせていただきたいと思います。

目次

  1. 1. 「良い設計の良い流れでお客さまを喜ばせる」
  2. 2. 経営・経済に「設計」という概念が中心に躍り出た90年代
  3. 3. 製造業の事業背景と名ばかり変革の問題
  4. 4. 第4次産業革命は半導体製造業の敗戦当時の状況と似ている
  5. 5. 歴史を繰り返さないために「設計」という本質を見つめた改革を
  6. 6. 欧米と違う「第4次産業革命」のアプローチが必要

1. 「良い設計の良い流れでお客さまを喜ばせる」

「なぜ、日本の製造業はソリューションビジネスで成功しないのか?」は先述したとおり、私の所属する「共動創発」が2016年に出版した書籍です。この本の帯には、以下の推薦文が書かれております。

“良い設計の良い流れでお客さまを喜ばせる」ものづくりの原点に返った具体的一方策をこの本は明示する。”

(藤本隆宏 東京大学ものづくり経営研究センター長、同大学院経済学研究科教授)
※上記の所属組織・役職は2016年当時のものであり、藤本先生は現在、早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)で教授をされております。

著者の一人である私がこの推薦文を拝読した際に、「さすがは藤本先生、我々が書籍に込めた思いをたった一言で書いていただいた。」と思ったものです。その藤本先生が発展させたのが、書籍でもご紹介させていただいた「アーキテクチャ産業論」という分野の一つである「ものづくり経営学」という理論です。

せっかく著者の一人である私自身がこの書籍を紹介するという事もあり、書籍推薦文を書いていただいた、藤本先生の専門分野である「アーキテクチャ産業論」の視点も踏まえ、我々の書籍が産まれた背景と、書籍で訴えたいポイントをご紹介させていただきます。

2. 経営・経済に「設計」という概念が中心に躍り出た90年代

それまでジャパンアズナンバーワンといわれた日本製造業、特にPCや家電、半導体、携帯などの産業が、1990年代には海外の新たな企業に市場を奪われ壊滅的なダメージを受けていました。そして重要な事は、その新たな企業が「デジタル・ネットワーク財」を扱う企業であり、別々の経済主体が設計した部品やモジュールを業界標準インターフェースで自在につなぎ、累積的にシステムを発展させる「オープン・モジュラー・アーキテクチャ」という設計思想を特徴としていたという事です。この事から、90年代に「設計」というキーワードが経済学・経営学の中心に躍り出たのであり、それこそが「アーキテクチャ産業論」です。

それまでは、経済学や経営学という分野において「設計」や「製品情報」というものは軽視されていました。経営の現場においても、事業戦略においてプロダクトポートフォリオなど、事業や製品のポジショニングをどうするかという議論はしておりましたが、「設計」という視点、特に「アーキテクチャ」という視点での競争力が産業そのものを破壊するほどの重要性を持つという事を強く認識していた人は少なかったと思います。

私自身、壊滅的ダメージにより事業再編の荒波にもまれた半導体産業に分類される製造業企業に技術者として所属しており、事業開発という部署にも一時期おりました。その際に「オープン・アーキテクチャ」を自社製品に組み込むという発想自体はありましたが、それは組み込みシステムのOS選定の際にチラッと耳にした程度であり、その狙いについては「開発原価低減」や「機能向上」という理解程度でした。

3. 製造業の事業背景と名ばかり変革の問題

ここで少し、書籍の第一章の内容をご紹介します。

“2000年以降、アジアをはじめとする新興国が力をつけ、それまで日本企業が独占していた特に家電の領域においては大きな脅威となっていた。これはサプライチェインマネジメント(SCM)の充実により、部品サプライヤーとの連携や製造においての標準化などで、どこでもある程度の品質の製品が作れるようになった事が大きく起因している。例えばパソコンではIBMは中国レノボ社に事業を売却。そのレノボ社は、DellやHPを押しのけて世界一のメーカーになった。そのレノボ社ですら更なる新興企業にその地位を脅かされているのが現実である。IntelのCPU、MicrosoftのOS、HDDやメモリといった標準部品を組み合わせる事で製品ができてしまうコモディティ化により、こういった現象が起こっている。”

“市場の多様化といった側面も大きな影響を与えている。携帯電話事業におけるApple社のiPhoneは最たる例だが、通信キャリアが製品メーカーよりも顧客に近い位置にあり、通信キャリアが仕様を出し、メーカー側がそれに従って製品開発を進めてきた。しかし、iPhoneの登場でその景色は大きく変わった。ユーザーが直接製品を指名し、通信キャリアがそれを提供せざるを得なくなってきた。つまり、今までのビジネスレイヤーを飛び越えてマーケティングを行い、製品やサービスを開発して提供し始めているのである。そしてiPhoneをはじめとするスマートフォンの台頭によりコンパクトデジタルカメラやウォークマンのような音楽プレーヤー、パソコンの市場、さらにはサービス産業も変化している。”

つまり、“標準部品を組み合わせる事で製品ができてしまうコモディティ化”と表現したような、製品アーキテクチャの変化が産業そのもののアーキテクチャ変化を引き起こしている状況を示している。それによりクリステンセン氏が提唱する「破壊的イノベーションの理論」にあるローエンド型と新市場型両方の破壊的イノベーションが連鎖的に起きてしまったのだと、後から振り返ると理解する事ができます。

4. 第4次産業革命は半導体製造業の敗戦当時の状況と似ている

90年代当時から、「プロセス産業」の最先端を走っていた半導体業界は、今でいう「Industry 4.0」のような構想を既に持ち、顧客の工場の実働状況をモニタリングしながら運用・保守・サービスを一貫して担うサービス自体を提供するビジネスを構想・実験的に一部のお客さまと行っていました。ドイツが提唱した「Industry4.0」などは、当時の日本半導体産業がやっていた取り組みを焼き直したのではないかとすら個人的には感じております。

そして、製品を売るのではなく「ソリューション」を開発して提供するという事が経営戦略として大々的に掲げられ、組織体制も再構成され、営業とサービスが一体化する、もしくは開発と営業が一体化するなどいろいろな施策がいろいろな企業で実行されていました。

AIやスマートファクトリーのような構想に関しても、最適装置制御(Advanced Equipment Control :AEC)や最適プロセス制御(Advanced Process Control :APC)のような、非常に高度なデータ駆動型の半導体プロセス制御が産学官のみならず、多くの企業がお客さまと共創的に取り組んでいました。

これら一つ一つの取り組みは全て最先端であり世界最高峰でした。しかし、結果は皆さまも知っているとおり、日本の半導体製造業は「敗戦」といわれてしまうような結果となったのです。それは個々の要素はどれも最高級の部品であるにも拘わらず、その上位レイヤーである産業アーキテクチャの戦いで敗れたといわざるを得ません。垂直型のビジネスモデルの限界が見えたときに、新たな産業としてのアーキテクチャを設計できないだけでなく、既存ビジネスの慣性力にあらがえなかったのです。

「第4次産業革命」や「Industry4.0」、「IoT」、「AI」などという海外からのコンセプトに飛びつきデジタルトランスフォーメーションの重要性を声高に叫びつつも、ビジネスを本質的に変える気のない、多くの企業の動きは、当時の半導体製造業が「敗戦」と屈辱的ないわれ方をする前ととても酷似していると思います。

ここで少し、書籍の文章を紹介します。以下の文章の「ソリューション」もしくは「ソリューションビジネス」という部分を「DX」と置き換える事で、2016年前に書籍で指摘した状況と全く同じ事が多くの日本製造業で起きていないだろうか。

“こういったグローバル化や製品のコモディティ化、市場の多様化により、今、日本の製造業はソリューションビジネスに移行していかなければならないという話をよく耳にする。しかし、そもそも製造業のソリューションビジネスとは何なのか、明確に定義して話をしているのだろか?ソリューションビジネス≒ビッグデータ活用であったり、エンジニアリングやサービス、ソフトウエアプロダクトといった方向にどうしても行きがちである。”

“また、製造業の組織名を見ると、「○○○ソリューション部」、「△△△ソリューション推進部」と名称にソリューションという名前が目立つようになった。ソリューションという何となくすごそうな、重要そうなキーワードでごまかしてはいないだろうか?部門名を変えただけでは何も変わらない。変わった気になって今までと同じような業務をただこなしているだけの企業を本当によく見聞きする。”

“多くの製造業では、マーケティング、営業、技術、製造、業務、サービスなどの部門に分かれている。長い時間の中で、これらがお互いに組織の壁を作ってしまい、業務を分割して、いつの間にか自分たちの業務範囲を守ることが仕事になってしまっていないだろうか?”

日本製造業が行っている個々のDXへの取り組みは、非常に洗練されている。スマートファクトリーやIoT、AI、ロボットの取り組みだって決して世界のトップレベルの技術に引けを取らないものばかりだ。なぜならこれらは長年日本の製造業が培ってきた技術を発展させたものが多い。しかし、日本半導体産業の「敗戦」などという歴史から学べる事は、これらの個々の要素が強く洗練され、ビジネスとして生き残れるかは別次元の問題であるという事です。なぜなら、その上位レイヤーの産業アーキテクチャの変化にどう適応するかが大きな課題として残っているからです。

5. 歴史を繰り返さないために「設計」という本質を見つめた改革を

二度と電機業界や半導体業界のような「敗戦」を日本製造業には味わってほしくない。そのためにも産業レイヤーのアーキテクチャ変化に迅速に適応できるような、企業競争力のある「ビジネスアーキテクチャ」に変わらなければならないと考えているのです。

「アーキテクチャ」とは日本語では「設計思想」と言い換えてもよく、それは製品構造だけでなく事業構造、エコシステムの構造であり、本質は「設計改革」なのです。しかし、この「アーキテクチャ」を変革するというのは容易ではないというのが、我々が長年日本製造業のビジネス変革を支援してきた結論なのです。アーキテクチャ変革の道筋は数多くあるけれど、そこにたどり着ける道は非常に少ないのが現状です。つまり、アーキテクチャデザインだけでなく、それを実現する変革アプローチに関する知識やノウハウこそ価値が高いのです。

6. 欧米と違う「第4次産業革命」のアプローチが必要

欧米企業はトップダウンによる統合設計が非常に機能します。Industry4.0も産業をまたいだ企業群により「標準」をデザインし、その「標準」に従って全産業のアーキテクチャがデザインされてきています。SAPやシーメンスなどのIT企業がそれを主導している重要な役割を担い政治主導で動くのです。

少し昔となりますが、「Industry4.0」というヨーロッパ勢と「インダストリアル・インターネット」というアメリカ勢が共通の規格を作る事で合意したニュースが出てきました。この流れに従い日本製造業は大きな産業システムの部品としてしか生き残れないのでしょうか。

しかし歴史的にも頑強で強大な統合デザインアーキテクチャ(トップダウンアプローチ)が生き残っているわけではありません。もっと強いのはより生物学的な生存競争に強いアーキテクチャデザインであると考えるのが「共動創発」です。それこそが「創発」というアーキテクチャのデザインコンセプトであり、その「創発」システムアーキテクチャにおいては「共動」という関係性においてのみイノベーションが機能すると考えております。

先述した半導体製造業においても、当時は「敗戦」と揶揄されながらも、その産業を支えた多くの製造業企業は進化を止めませんでした。その数々の半導体製造業企業の継続的な努力が、ある分野のデバイス、半導体製造装置やそれを支えるコンポーネント、高付加価値な要素・材料など、多くの半導体産業の要素として世界トップシェアを獲得するような厚みのある、グローバル市場でなくてはならない高付加価値なビジネスと昇華させております。

このように、産業アーキテクチャの競争もレイヤーの高位を取ったり、目立つ市場でトップを取れば勝てるという単純な戦いではなく、バリューチェーンからレイヤー、レイヤーからネットワーク型へと複雑性を増しています。複雑性を増した産業においては、複数の要素がお互いに影響を与え合うということから、より高い信頼に基づいた共創的なエコシステムを築くことが重要になります。そのような複雑性の高い産業こそ、現場の強い日本製造業の強みを発揮すると、私は考えております。

「なぜ、日本の製造業はソリューションビジネスで成功しないのか?」という書籍でご紹介した一部の方法論やソリューションも完全ではありません。しかし、そのような未完のコンセプトをお客さまに伝える事でこそ、お客さまとの共創的なイノベーションが産まれると考えております。なぜなら完成したものを押し付けて提供するのは「プロダクトアウト」的な古臭いビジネスそのものなのです。本シリーズも、日本製造業のビジネス変革を進める方たちに、改革方向性を検討する上での一つの参考として読んでいただけるとありがたいと思っております。

※文中の組織名や氏名、肩書きなどはすべて元記事掲載時のものです

(提供:Collaborative DX

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