DXで実現する収益機会を拡張するビジネスモデル

(本記事は、小野塚 征志氏の著書『DXビジネスモデル 80事例に学ぶ利益を生み出す攻めの戦略』=インプレス、2022年5月19日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

非効率を解消するビジネスの価値

DXによる非効率の解消とは?

DXは、「モノやサービスの取引における“非効率の解消”」をもたらします。その方向性は、「作業をなくす」「人手を減らす」「ダイレクトにつなぐ」の3つに分けられます。

作業をなくすビジネス

デジタル技術の進化と活用の拡大は、今までにはないモノの作り方、サービスの選び方、提供や利用のあり方を可能とします。結果として、いくつかの領域では、営業、注文、在庫、輸送といった作業を必要としないビジネスが出現しています。その非効率解消のインパクトが大きければ、インダストリアルトランスフォーメーションをリードすることにもなるでしょう。

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

人手を減らすビジネス

人手での作業を減らすというのはデジタル化の基本です。DXを進めるのであれば、それに加えて人手ではできない価値を創造することが望まれます。

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

ダイレクトにつなぐビジネス

DXは、ステークホルダー間の直接のやり取りを容易にします。それが業界全体の効率化に寄与するとすれば、広く多くの活用を得られるはずです。

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

【事業】 CADDi(キャディ)

【運営】キャディ株式会社

最適な委託先を自動算定することによる調達コストの最小化

相場のデータベース化と図面の自動解析により相見積を依頼する/対応する手間を解消するファブレスメーカー

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

ビジネスモデルの概要

キャディは、「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」を理念とする日本のスタートアップです。板金/切削/金属加工などの発注者と、その委託先となる加工会社の受発注プロセスを最適化するCADDiを提供しています。2017年の創業後、わずか1年ほどで利用社数が2,000社を超えるなど、急速な成長を遂げました。

CADDiの最大の特長は、発注者が図面データをアップロードすると、独自のアルゴリズムで自動解析し、最短2時間で価格と納期を提示することです。発注者からすれば、複数の加工会社に図面を提示し、相見積を得る必要がなくなります。しかも、日本全国に存在する提携加工会社の中から最適なところに発注した価格となるため、多くの場合、それまでの費用と比べて同等以下になります。発注作業の効率化に加えて、コストも低減できるわけです。

一方、CADDiの提携加工会社からすれば、自社の得意とする案件のみが紹介されます。発注価格が先に決まっているため、見積書を作成する必要もありません。相応の利益を得られる案件を選べばよいだけです。

CADDiは、発注者と加工会社をマッチングするだけではなく、受注した業務のQCD(Quality/Cost/Delivery)も管理しています。図面にある部品を一括で受注した際には、部品ごとに最適な提携加工会社を選定し、CADDiでとりまとめて納品することで全体でのコストを最小化します。発注者からすると、数多くの提携加工会社を組み合わせることで調達コストを最小化するファブレスメーカーのような存在とも捉えられるでしょう。

進化の方向性

CADDiの優位性の源泉は、板金/切削/金属加工といった規格化されていない請負業務の価格と納期の相場を他社に先駆けてデータベース化したことと、図面データから適切な価格を自動解析できるアルゴリズムを開発したことにあります。CADDiの出現によって、はじめて相場が見える化されたといっても過言ではないはずです。

相場が見える化されていない請負業務はほかにもたくさんあります。相見積にて価格と納期を比較検討することが通例の業界であれば、CADDiと同様のビジネスを展開できます。業界ごとに異なる相場のデータベースが必要とはいえ、横展開を十分に期待できるビジネスモデルといえるでしょう。

【事業】ラクスル/ハコベル

【運営】ラクスル株式会社

空き稼働をなくせるシェアリングプラットフォーム

費用を安く抑えたい発注者とアセットの空き稼働を埋めたい受注者をマッチングする業界横断のマーケットプレイス

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

ビジネスモデルの概要

ラクスルは、印刷物を安く作成したい発注者と、印刷機の空き稼働を埋めたい印刷会社をマッチングするサービスを提供しています。2009年に設立後、着実に事業を拡大し、2019年には東証一部(現プライム市場)に上場するなど、日本におけるシェアリングビジネスの先駆的事業者といえます。

ラクスルの企業戦略としての特色は、印刷で培ったシェアリングの仕組みを「ハコベル」という名でトラック運送にも展開したことです。印刷と運送はまったく異なる業界ですが、取引のデジタル化が進んでいないこと、収益性を高めるためには空き稼働を埋める必要があることなどは共通していました。いずれも定型化しやすい業務であるため、CADDi(84ページ)のように、図面データの解析や適切な価格の算定を可能とするアルゴリズムは必要ありません。発注の条件と価格を規定し、空き稼働を埋めたい受注者とマッチングできるマーケットプレイスを創造することがビジネスの肝だったわけです。

逆にいえば、事業化のハードルは相対的に低く、先行者優位性を築くことが難しい事業環境でした。実際、印刷も運送も競合となる事業者が複数存在しました。だからこそ、ラクスルは他社に先んじて多角的展開を成し遂げることで、競争優位性の強化を図ったのです。

現在では、ラクスルやハコベルの事業活動を通じて蓄積したノウハウを基盤に「ノバセル」という広告サービスも提供しています。2021年には、ITデバイスやアカウントなどを統合管理するシステムサービスの「ジョーシス」を開始しました。ビジネスモデルの基盤とした仕組みを他業界にいち早く横展開する力こそが、ラクスルの企業としての根源的な強みといえるでしょう。

進化の方向性

印刷や運送のように、発注者と空き稼働のマッチングが期待される業界はほかにも数多く存在します。建設業界や倉庫業界はその代表例です。そこには、助太刀(68ページ)やsouco(158ページ)といった先行者が存在します。

今までと同様、シェアリングプラットフォーマーとして事業参入を図ることも一考に値します。他方、先行者にラクスルやハコベルで培ったシェアリングシステムを提供していくことも1つの進化の方向性といえるでしょう。

【事業】スマートマット

【運営】株式会社スマートショッピング

定番品の在庫管理と発注を自動化するIoTデバイス

在庫管理を自動化することで供給プロセスの最適化と強靱化に寄与するデジタルネットワーク

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

ビジネスモデルの概要

スマートショッピングは、2014年に設立された日本のスタートアップです。2017年から在庫の自動補充を可能とするスマートマットの提供を主に事業活動を展開しており、累計で3万台を超える利用を得ています。

スマートマットはタブレット端末のような形状をしており、上に置かれた在庫の重量を検知します。Wi-Fiを介してネットワークに接続しており、在庫の重量が一定の水準を下回ると、あらかじめ指定した調達先に補充すべき数量を自動で発注します。

スマートマットには、A5、A4、A3の3種類のサイズがあります。A5サイズは1g単位での計測が可能なため、レジ袋のように軽いモノでも数量の減少を検知できます。A3のスマートマットを複数並べれば、パレットに載せて運ぶような数百kgを超える重量物の在庫を管理することも可能です。

スマートマットを導入した企業/個人は、在庫量の確認や発注といった作業が不要になるだけではなく、発注ミスによる欠品や過剰在庫などの問題も生じなくなります。在庫管理そのものから解放されるわけです。

流通事業者からしても、納品先にスマートマットが導入されることのメリットは小さくありません。納品先の在庫状況を把握できるようになるからです。そのデータをもとに、自社の在庫量を増減させたり、ピンポイントで広告を打ったりすることも可能です。スマートマットは、在庫の確認レスや発注レスのみならず、供給プロセスの最適化にも寄与するIoTデバイスだといえるでしょう。

進化の方向性

広く多くの企業/個人がスマートマットのようなIoTデバイスを使用するようになったとき、定番品の在庫はすべて見える化され、あらゆる場所から過不足はなくなります。つまり、新型コロナウイルス感染症の流行当初にあった「デマを契機としたトイレットペーパーをはじめとする生活必需品の流通を巡る混乱」は二度と発生しなくなるはずです。

そう考えると、スマートマットは供給プロセスの最適化のみに寄与するわけではありません。流通の強靱性を高める価値も秘めているのです。2021年11月、スマートショッピングは大手医薬品卸のスズケンと業務資本提携を締結しましたが、医薬品のように供給の持続性が問われる業界での需要は高いと見てよいでしょう。

※この記事の情報は出版時点(2022年5月)のものとなります

DXビジネスモデル
小野塚 征志
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、シンクタンク、システムインテグレーターを経て、欧州系戦略コンサルティングファームのローランド・ベルガーに参画。
長期ビジョンや経営計画の作成、新規事業の開発、成長戦略やアライアンス戦略の策定、構造改革の推進などを通じてビジネスモデルの革新を支援。
内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム スマート物流サービス 評価委員会」委員長、経済産業省「フィジカルインターネット実現会議」委員、経済産業省「Logitech分科会」常任委員、国土交通省「2020年代の総合物流施策大綱に関する検討会」構成員、経済同友会「先進技術による経営革新委員会 物流・生産分科会」ワーキンググループ委員、ソフトバンク 5Gコンソーシアム アドバイザーなどを歴任。
近著に『サプライウェブ-次世代の商流・物流プラットフォーム』(日経BP)、『ロジスティクス4.0-物流の創造的革新』(日本経済新聞出版社)など。

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