物流現場の最適化DX

(本記事は、岡澤 一弘氏、西尾 浩紀氏の著書『物流現場の最適化DX』=ディスカヴァー・トゥエンティワン、2022年7月22日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

販売と物流の共同作業化が進む

本書の最終章では、今後、物流領域がどのような発展をとげていくのか、その予測を試みたいと思います。販売領域からおこる波動の影響は、物流現場に大きな負荷をかけていますが、物流がその波動を吸収することで、販売領域は心配なく拡大を続けることができています。

販売領域から物流領域へのベクトルは基本的に一方向であり、マーケティング担当者やバイヤーが、「物流側の制約に配慮しながら販売・調達戦略を組み立てている」といった例は、私の経験上では少なかったように思っています。

ところがそのいっぽうで、これからのビジネスでは、「物流領域の特性に応じてマーケティングの差別化を考えていく」という方向性が強まっていくと考えられます。

自社の物流現場の特性やキャパシティなどを考えて、そこから企業戦略を組み立てる、という発想のシフトが必要とされてきたのです。そのほうが、企業としては全体最適になるからであり、そこにどう取り組むかで、今後は大きな差が生まれることになるはずです。これはもちろん、物流部門をかかえている企業だけでなく、物流を3PLに委託している荷主企業でも同様のことがおこることになります。

従来は、依頼している事業会社は、販売面にとってマイナスにならないことだけを物流に要求してきました。受託している3PL側は、どんなに大きな波動でも吸収し、厳しいリードタイムを守ることができるという「やせ我慢」を、営業上の差別化要素にしていたところがあり、こういった「苦労の押しつけ」をあえて受容していた側面は否定できません。

しかしここにきて、どこの3PL側ももうその「やせ我慢」ができなくなっている背景があり、従来の「外注業者への押しつけ」が成立しなくなってきているのです。事業会社は3PL側から「どうにもムリだ」といわれるので、その条件をのみ、単価交渉や出荷キャパシティ、リードタイムなど、コストアップを防ぐための緩和をおこなうようになりました。

この流れは本来、健全なもので、おおいに望ましいと私は考えています。ここで思わぬ副産物となったのは、こういった取り組みがはじまったことで、荷主企業と3PLの間で「情報の共有」がクローズアップされるようになったことです。

依頼している荷主企業としては、現場での状況を自分たちのこととして考えなければ、3PL側からのさまざまな要求や追加出費などを承認するわけにはいきません。そこで、こまかな情報まで共有していこうという認識が生まれることになりました。こういった、荷主と物流現場の情報共有の重要性は、第3章でくわしく述べました。

今後は、このような「情報の共有」と「適切なSLAの設定」が、ますます加速することが予想されます。現場に無関心な事業会社は、優秀な3PL企業に委託することができなくなるでしょうし、情報共有に積極的ではない3PLは仕事を受託できなくなってくるでしょう。

双方が、正しく情報を共有し、改善のための手立てをともに考えられる企業同士の連携が、真に強い物流を構築していくことになるはずです。

ツール活用は多くの現場で実践可能な戦略

本書で紹介してきたデータ収集や運営管理のツールは、物理的な制約が発生するマテハンやロボティクスとちがい、柔軟に設定を変えることによって多種の現場で利用が可能です。しかも、その「使いこなし」次第では、パフォーマンスに大きく影響を与えるものとなります。

実際に物流をまわしている現場からみた場合には、こういったツールを使いこなせているのは、不断の努力の賜であり、また長期的な使用によって大きな効果がだせるものだと考えています。

一般的なツールの投資額は、運営費のたった0・1%(=1/1000)ほどです。おおっぴらにはいいづらいことですが、「センター長の良し悪しで、センターの運営費は10%近く異なってくる」といった現状は、物流業界で働いている人ならわかっていることですから、そのことを考えると捻出できない金額ではないはずです。

しかし、長期間のコストダウンで苦しい時期をすごしている企業、現場責任者も多いため、このような少額の投資さえ後ろ向きになりがちです。上手に使いこなすことで、十分な費用対効果が期待できることは、どんなツールも同様であるにもかかわらず、ツールの活用が品質やコストに大きく影響することを認めない企業も、残念ながらまだまだ少なくありません。

これまでどおりに「現場の勘」や「やせ我慢」に頼って戦うことを、「その意気やよし」とする気風が残る現場もあることでしょう。保守的な業界であるため、現状からなにも変えることなく日々の業務に邁進すべし、という現場もよくみかけます。これらはいずれ、「よりよい方向へと変化を求める現場」に負けてしまうにちがいありません。

おおがかりな設備投資ができる企業は限られています。それが実施できないのは仕方がないことです。しかし、安価なコストでも実行できる努力を惜しんでしまう企業は、残念ながら淘汰されてしまうことになるでしょう。

かかわる人員に求められるスキルの変化

物流マンにとっては、これからは「ピンチ」のときであり、同時に「チャンス」のときでもあります。物流が大きな変化の時代を迎えているからです。

従来の物流の常識、物流のやり方の範囲でしかものごとを考えることができない物流マンにとっては、ピンチとなるでしょう。これまでは、「依頼されたとおりに実行する、そのために我慢をし、根気があれば活躍できる」ーーそんな職場が物流でした。しかし、これからはそのような努力だけでは通用しなくなくなるのです。

ロボティクスを使いこなし、ビジネス環境の変化ーーロジスティクスの変革期ーーに柔軟に対応するために必要なのは、「我慢」と「根気」ではなく、「正しい情報取得」と「判断力」です。

これからの現場で要求されてくるのは、設備、機器を駆使しながらも、こまかな調整や判断がおこなえる能力です。

先述したとおり、自動化によって作業工程は柔軟性を失う側面があります。そこを人手でカバーして、物流要件を見直しながら、日々の物流が滞りなく、また予算内で実現していく。それには、事前に計画したことをそのまま実施する能力だけでは、対応がむずかしいでしょう。

また、そういった判断能力には、あわせて即応性が求められるようになります。現場が柔軟性を失った事態におちいったときに、本社から現場に対策を指示していたのでは間にあわなくなります。現場の管理者が、その場で正しく判断できることが、目標を達成できる強い現場をつくりあげるのです。

即応性をともなう判断能力は、とても難易度の高い業務であるため、そのぶん、市場原理の結果として報酬はあがっていくはずです。現在でも、能力の高い物流人材の給与は、物流不動産や物流ソリューションといった領域から年々上昇していますが、いずれ物流企業でもその傾向に続くでしょう。

昨今、ECなどの利用者が裾野を広げ、「物流」の重要性に対して、社会的関心がますます高まってきています。物流現場での仕事が、報酬面や社会的地位、就職人気などで注目されるようになれば、物流現場はさらに活性化するようになっていくでしょう。

物流現場の最適化DX
岡澤一弘(おかざわ かずひろ)
株式会社KURANDO 代表取締役
株式会社KEYENCE、株式会社ダイアログにて物流業界向けのソリューション提案に従事し、100以上の現場へ足を運ぶ。そのなかで、多くの現場では在庫管理などの「モノの管理」の仕組みはあるが、そこで働く作業員の管理、運営支援をおこなうサービスがないことに気づき、2019年に株式会社KURANDOを設立、安価に導入できるSaaS型倉庫内DXサービス「ロジメーター」シリーズを展開する。販売開始から1年で100センター以上が採用するヒットサービスとなり、現在は、利用各社の有効活用法を相互共有することで、物流課題の真の解決につなげる活動を推進している。
西尾浩紀(にしお ひろき)
株式会社 CAPES 代表取締役
ジュピターショップチャンネル、アビームコンサルティング、モノタロウと、一貫して物流領域での業務に従事。モノタロウではAGVピッキングシステムをはじめ自動化設備を多数導入した国内最大規模の物流センター立ち上げプロジェクトのPMとして、庫内・配送・労務業務設計にいたるまで多岐にわたる領域をリード。稼働後はセンター長としてセンターマネジメントを実施。2018年株式会社CAPES設立。スタートアップから大企業まで、幅広く物流案件に対応してきた実績を有し、とくに自動化設備の導入・運用、EC物流の構築、物流センターの立ち上げにかんする豊富な知見を有する。

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