(本記事は、福本 勲氏の著書『製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略』=近代科学社Digital、2024年1月26日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
インダストリー4.0の現在値
EUでも昨今はカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといったサステナブルな取組み、新型コロナウイルスの蔓延、米中の分断やロシアのウクライナ侵略といった地政学的なリスクに対応するためのレジリエンスなサプライチェーンの実現に向けた取組みなどが注目を集めている。
そういった中、ドイツは
- オートノミー
- インターオペラビリティ
- サステナビリティ
をキーコンセプトとした、インダストリー4.0の新たなビジョンである「2030 Vision for Industrie 4.0」を2019年に発表した。
また、製造業においてサステナビリティを具現化するための道筋(パス)やビジネスユースケースなどを紹介した「Sustainable production(Sustainable production:actively shaping the ecological transformation with Industrie 4.0)」を2021年に発行した。
一方、EUの欧州委員会は、
- ヒューマンセントリック
- サステナビリティ
- レジリエンス
をキーコンセプトとした「インダストリー5.0(Industry 5.0)」を2021年に発表した。
このインダストリー5.0の発表により、産業革命は第4次から第5次に移ったのではないかと言う方がいるが、インダストリー5.0を発表したのがドイツではなくEUであることや、インダストリー5.0と2030 Vision for Industrie 4.0の類似性を考えると、まだ第4次産業革命の中に我々はいると考えるのが現実的であると考える。
実際、本音の部分では、インダストリー4.0と5.0は本質的には大きく異なるものではないだろう。ドイツ以外のEU諸国としては、ドイツのインダストリー4.0をそのまま受け入れるのではなく、足りない部分を補完する形でさらにレベルアップすることがEUの予算を使う大義名分になると考えているのではないだろうか。
ここで理解しなければいけないのは、インダストリー4.0も5.0も目指す姿は類似しているということである。ドイツから見てもインダストリー4.0の中に、5.0の項目が十分に含まれていると捉えているのではないだろうか。
確かに、インダストリー4.0においてもエネルギーをはじめとする資源供給に関わる問題などに言及されている。ドイツは製造業が強いので最初はそこが中心になるが、この中にはエネルギーや、ロジスティクスなども含まれる。デジタルツインやIoT、AIなどの技術活用に向けたソリューション提供などの領域も市場として捉えて良いだろう。いまは製造業にフォーカスがあたっているが、その先にはさらに大きな市場がある。
一方、インダストリー5.0のレポートでは、日本のSociety 5.0が関連する先行コンセプトとして触れられている。Society 5.0は、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society4.0)に続く、新たな社会を指すもので、フィジカル(現実世界)とサイバー(デジタル空間)を高度に融合させたシステム(CPS)により、経済発展と社会的課題の解決を両立する、ヒューマンセントリックな社会を目指したものである。EUはインダストリー5.0のヒューマンセントリックの議論を進める中で、日本のSociety 5.0との類似性に気付いたのではないだろうか。インダストリー4.0や5.0の進展により、AIやデジタルツインが進化し、ロボット化などが進めば、業務の効率化が進むことになる。
これがさらに進むと、いまほど働かなくてもハイレベルな製品をマス・カスタマイゼーションで製造できるようになり、製造プロセスも製造される製品もサステナブルなモノになっていく。日本においては、それをデジタル技術を活用して進める取組みがSociety 5.0であり、インダストリー4.0の次の姿なのである。日本企業はこの分野のノウハウを活かして、EU/ドイツをベンチマークしつつ、グローバルを目指しながらしたたかに推進していくべきではないだろうか。
日本では、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)が2016年にドイツのインダストリー4.0の推進団体であるPlattform Industrie4.0と、IoT、DX、インダストリー4.0などの分野で協力を行うことに合意しており、以降、Plattform Industrie 4.0やGAIA-X、Catena-Xなどのイニシアティブと共同で、さまざまな形態で情報発信や情報交換を行っている。日本企業はこういった情報も活用しながら、EU/ドイツをベンチマークしつつ、グローバルを目指しながらしたたかに推進していくべきではないだろうか。
投資判断における重視事項の変化
こういった中で、金融機関や投資家が投融資を行う際の評価軸も変化しつつある。従来、金融機関や投資家が企業に対して投融資を行う際には、収益性や回収可能性などの財務情報が重視されていた。つまり、財務状況が企業価値の測定基準であった。一方、近年は財務状況だけではなく企業の気候変動・脱炭素化への対応が重視され始めており、その中でESGという言葉が使われるようになり、経営の中核で環境や社会課題に取組むことが求められてきている。
ESGというのは、CSR(Corporate Social Responsibility :企業の社会的責任)やSRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)とは異なり長期的な利益と価値創造のために行うもので、単にコスト削減などの取組みだけでは評価されるものではない。求められるのは透明性であり、一気通貫にマネジメントができているかが課題となる。
その際、投資家の判断材料として活用されているのが、ESGスコアと呼ばれる指標である。ESGスコアとは、第三者評価機関が対象となる企業のESGにおけるパフォーマンスやリスクを測定・算出した指標である。このESGスコアがあることで、投資家は企業のESGの取組みを相対比較することが可能になる。
第三者であるESG評価機関は、企業の公開情報(IRをはじめとしたウェブサイト掲載情報など)や、企業へのアンケートなどを通じて対象企業のESGの取組みに関する情報を収集・整理し、最終的に各ESG評価機関が独自に構築したスコアリングモデルに従って評価を行う。投資家は、評価機関の算出したESG評価を参考に投資の判断を行う。
なぜ、投資家はこうした評価機関が算出したESGスコアを活用するだろうか。そもそも、ESG情報は財務情報とは異なり数値に表せない非定型的な情報が多く、企業からすれば開示するための媒体も統一されていない。そのため、投資家が企業のESG情報を知るためには、直接投資先の企業にアンケートするか、公開情報を集めて分析する方法しかない。このように、企業のESGの取組みを評価するのは非常に労力のかかる作業になる。そのため、投資家はESG情報の集計・分析を外部専門機関であるESG評価機関に委託し、ESGスコア情報などを購入して活用しているのである。
ESGに関して、企業が開示すべき情報や、それを評価する基準について、企業や投資家の間に統一された明確な指針や基準がないことが課題と言われる。実際に、ESG評価機関によってESG情報の収集項目や重視項目が異なっており、同じ企業でもESG評価機関ごとに評価が大きく分かれることもある。こうした状況に対応すべく、複数の機関がさまざまなESG情報の開示基準を設定している。しかし、開示基準が複数存在し、評価機関が乱立していることが、企業にとっては対応の混乱につながったり、複数基準に対応するためにコスト負担が大きくなっているとも言われている。また、投資家にとっても、異なる基準を跨いで企業を比較することが難しいなどの課題がある。これに対し、欧米の証券規制当局は、客観的な評価基準の設定に向けて対策を行うことを表明している。
ESGは、2006年4月に国連事務総長コフィー・アナン氏(当時)が、各国金融業界に向けてESGを投資プロセスに組入れるよう働きかける「国連責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)」を提唱したことで広く認知されるようになった。日本では2014年2月に金融庁「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」が「責任ある機関投資家」の諸原則として日本版スチュワードシップ・コードを策定した。機関投資家が企業の状況を的確に把握する内容として、「投資先企業のガバナンス、企業戦略、業績、資本構造、リスクへの対応など」と記述されたことが契機となり、注目を集めるようになった。
昨今は、海外の公的年金基金などの機関投資家によるESG投資が急速に拡大している。日本においても、世界最大の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2015年9月にPRIの署名機関となり、ESG投資を積極的に推進している。
コーポレートガバナンス・コード(上場企業が行うコーポレートガバナンスにおいてガイドラインとして参照すべき原則・指針を示したもの)についても、日本では2015年に策定され、2018年に1回目の改定がなされた後、新型コロナウイルスによるパンデミックを契機に企業がガバナンスの諸問題にスピード感を持って対応できるようにするため、2021年に2回目の改訂が行われた。この原則・指針によって、企業が透明性を保ち、適切に企業統治に取組んでいるかどうか外部からでも明確にわかるようになる。金融庁は本コードにおいて、「コーポレートガバナンスとは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する」としている。
インダストリー4.0の4つの設計原則
カーボンニュートラルに向けては、省エネルギー化や化石燃料の使用を抑制して再生可能エネルギーの利用を拡大することが求められるが、エネルギー資源が広く遍在するため、安定供給やコスト抑制の他、エネルギーを再利用する取組みも必要になる。
また、ライフステージや使用環境に合わせて製品を進化させたり、使い方を変えられるようにし、製品をできるだけ長持ちさせられるようにすることも求められる。そうなると、必然的にモノづくりの在り方も変わらざるを得なくなり、サステナブルな製品設計・サービス設計が求められるようになる。
カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに向けたサステナブルなモノづくりといった、これまでに前例のない課題解決に取組むにあたっては、デザイン思考が重要になる。たとえば、「壊すとき」のことを考えたモノづくりや保守・修理や部品交換、アップデートなどによる「製品寿命の延長」を見据えた設計など、これまでの製品設計の概念を超えた考え方が必要となる。
ここで、改めて参考にすべきものとしてインダストリー4.0の4つの設計原則を見てみたい。
1つめは、インターオペラビリティ(Interoperability)である。これはモノや人を問わず、モノの製造や利用などの活動に関わるすべてをつないでいくことを意味する。たとえば、製造においては工場の中の機械同士の連携だけでなく、人のサポートとしてのロボット活用や、遠隔地の従業員同士の共同作業を実現するために情報をやり取りすることなどがその対象となる。
2つめは、情報透明性(Information Transparency)である。せっかく集めたデータも活用されなくては、その資産価値が失われてしまう。収集したデータを活用することによって、フィジカル(現実世界)の仮想モデルをサイバー(デジタル空間)上に作成し、すべての人が解釈できるようにすることを可能とすることがそのポイントとなる。
3つめは、技術的アシスト(Technical Assistance)である。人にとって危険または困難な課題を軽減することができるようになれば、生産活動の効率化が図れるだけでなく、働く人の安全を確保することもできる。重労働、危険労働となっている作業を機械やロボットなどのデジタル技術に任せることができれば、1人あたりの生産性を格段に向上させることが可能となる。
4つめは、分散型決定(Decentralized Decision-making)である。いま起きている状況をリアルタイムで反映しながら、自律的に意思決定していくことがその目的である。データをサイバー(デジタル空間)上で定量的に分析し、業務ごとの状況に応じた判断や意思決定を自律化することで、あらゆる局面におけるデータドリブンな判断が可能となる。
インダストリー4.0の設計原則に書かれていることを改めて見ると、人の働き方や産業構造の変革まで視野に入れた内容になっており、その本質はさまざまな社会課題の解決を目指しているものであることがわかる。EU/ドイツを中心に、地球温暖化という社会課題に対してインダストリー4.0で取組もうという動きが加速しつつあることで、その本来の価値が徐々に明らかになってきていると言える。カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといった地球規模での社会課題に向けて、このインダストリー4.0の取組みのスコープが明確化し、モノづくりの構造転換がさらに進んでいくと思われる。
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
株式会社コアコンセプト・テクノロジー アドバイザー
シェアエックス株式会社 アドバイザー
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます