顧客を魅了する碌々産業のものづくりブランディング ~生き残りを賭けて見るべき「モノづくり」と「コトづくり」の融合~

日本の製造業が誇る、製品の完成度の高さ。しかし急速に変革を遂げる時代において市場や産業構造も目まぐるしく変わり続けています。自らの技術を高めながら、いかにして生き残りを図ればいいのでしょうか。微細加工と呼ばれる分野において、グローバル・ニッチトップを走っている碌々産業は、その高い技術力とともに、自社のブランディングも抜きん出ている企業として知られています。

今回は、「顧客を魅了するものづくりのブランディング ~生き残りを賭けて見つめるべき『モノづくり』と『コトづくり』の融合~」をテーマに、碌々産業代表取締役の海藤満社長を招き、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)取締役の田口紀成CTOと対談を行いました。

顧客を魅了する碌々産業のものづくりブランディング ~生き残りを賭けて見るべき「モノづくり」と「コトづくり」の融合~
左より田口 紀成氏(株式会社コアコンセプト・テクノロジー)、海藤 満氏(碌々産業株式会社)
海藤 満氏
碌々産業株式会社 代表取締役社長
1978年に青山学院大学を卒業後、超高精度高速微細加工機をはじめ、特殊加工機やプリント基板加工機といった工作機械の製造・開発・販売を行う碌々産業に入社。以後常務取締役、取締役副社長を経て、2011年6月に代表取締役に就任し、現在に至る。
田口 紀成氏
株式会社コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長
2002年、明治大学大学院 理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2015年に取締役

CTOに就任後は、ものづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画/開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織/環境構築を推進。

(所属及びプロフィールは2023年5月現在のものです)

目次

  1. ニッチトップを、グローバルで取る。ブランディングはそのための手段
  2. インナーブランディングとアウターブランディング。両者の比率は、50:50
  3. 「マーケットイン」の上に、「プロダクトアウト」がある
  4. インナーブランディングが、顧客感動を生み出す力を育てる

ニッチトップを、グローバルで取る。ブランディングはそのための手段

田口(以下、敬称略) ものづくりの課題とは何かというと、価値を作っていくところかと思います。碌々産業さんのブランディングに関して、海藤社長のこれまでの色々なご経験などを教えていただければと思います。

海藤(以下、敬称略) 私ども1903年に創業いたしまして、ちょうど今年で120周年を迎えます。私は2011年に社長に就任したのですが、2008年9月15日にリーマンショックがありまして、就任時はどん底でした。ずっと工作機械一つでやってきたんですけれども、工作機械全体の売上が1/3ぐらいに落ち込み、存亡の危機に陥りました。いろいろと試行錯誤した結果、グローバルニッチトップ戦略というのを展開しようと。

ニッチトップ戦略では狭く深い分野に入り込んでいきます。すると、自社の存在が見えづらくなってしまいます。そこでブランディングがとても重要だということに、気づきました。社長に就任した時に、完全に微細加工機のリーディングカンパニーになろうと決めました。超精密微細の形状加工と高品位加工が合わさったものを実現できる機械を微細加工機と呼ぼうと、定義しました。

田口 特許庁や東京商工リサーチがまとめたデータを見てみますと、ブランド構築・維持のための取り組みは、実はあまりなされておらず、63%が「取り組んでいない」と明言しています。

顧客を魅了する碌々産業のものづくりブランディング ~生き残りを賭けて見るべき「モノづくり」と「コトづくり」の融合~
【画像出典】:東京商工リサーチ「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」

もう少し掘り下げてみると、認識の違いがみられます。ブランド構築・維持のための、取り組み内容別に見た取引価格への寄与度を見てみると、取引価格や売上利益に貢献すると考えているかどうかと、取り組みの有無の間には、相関があるのです。きちんと効果が出ているのですね。

ブランドの構築・維持のための取り組みをすると、売上総利益率が全体的に上がることがデータとして示されています。ですから本来、取り組もうという判断がされるはずなのですが、ここにもう一つ問題があります。何をやっていいのかが、わからない。

だからといって、そのためのテンプレートが存在するはずもなく、取り組みはそれぞれの会社ごとになりますので、今回は海藤社長に教えて頂きたいと思います。多くの場合、ブランドの構築・維持のための取り組みというとメッセージの発信が多いのですが、でもそれだけではありませんよね。

海藤 インナーブランディングと、アウターブランディングがありますね。

田口 そうですね。実は、会社としてのインナーブランディング、つまり「中の」ブランドを育てるという動きが、それが会社の代表やマーケターだけではなくて、社員も含めたブランディングを作っていくことにつながるのですね。

海藤 日本人のものづくりの経営者の中には、いいものを作れば自然に売れるという、非常に強い思い込みがあると感じています。しかし、いいものをたくさん作っても、誰もそれを知らなければ、無いに等しいのです。このことに気づいてない方が、結構いらっしゃるのではないのかなと思います。

特に僕らの微細加工は非常に突っ込んだマーケットなので、そこを一般の方が知るには、こちらから発信していかないといけない。しかも今は、予測不能な時代。企業そのものの価値を皆さんに知っていただくことが、とても重要になってきますね。

顧客を魅了する碌々産業のものづくりブランディング ~生き残りを賭けて見るべき「モノづくり」と「コトづくり」の融合~
「ニッチトップ戦略ではどんどん突っ込んでいきます。すると、自社の存在が見えづらくなってしまいます。そこでブランディングがとても重要だということに、気づきました。社長に就任した時に、完全に微細加工機のリーディングカンパニーになろうと決めました。」(碌々産業 海藤氏)

インナーブランディングとアウターブランディング。両者の比率は、50:50

海藤 ブランディングとは、企業そのものの価値を皆さんにお伝えしていくことだと思っています。社員が、自分の会社がどちらの方向に向かっていくのかをきちんと理解しないと、それに則った製品が生まれてきません。こういうことを「インナーブランディング」と呼びます。インナーとアウターブランディングは、ほぼ50%対50%だと思います。

田口 ずいぶん、「インナー」が重いのですね。

海藤 実は僕が考えたのではなくて、BMWの広報部長さんが教えてくれたのです。私は、BMWが自動車業界ではブランディングがとくに上手な会社だと思います。BMWは、「駆けぬける喜び」をキャッチコピーにしています。それを達成するために、設計者や様々な立場の方が、そのコンセプトに従って車をどう作ればいいかを考えていくのですね。それが、プレミアムブランドにつながっていく訳ですね。僕らはどんなキャッチコピーにしようかと考え、「微細加工機のリーディングカンパニーへ」としました。

現在は100年に一度の変革期。多品種の大量生産を実現するために、スマートファクトリー化して機械、ロボット、センサーとAIを使って予測をしながらのものづくりが今、起きているという認識でおります。そうなると、人がそこに介在しません。ミスをするのは人なので。

田口 そうですね。そういう方向に行っていると、私も感じます。

海藤 QCD(Quality=品質、Cost=コスト、Delivery=納期)の最適化が完璧にできて、非常に生産効率の高いシステムが出来上がります。QCDだけ追求したスマートファクトリーでは、規模が?大きく、お金をかけられる企業が勝ってしまうのですね。

では、勝ち抜くためにはどうすればいいか。付加価値をつけていく必要があります。そのためにすべきことが、ブランディングになるのです。できたものを付加価値として認めていただくブランディングを展開しないといけない。僕が今、考えている方向性です。

田口 ブランディングで価値を発露していかないと、そもそも見つけてもらえなくなってしまうと。これからどんどん、そうなっていくということですか。

海藤 はい。実は台湾系のEMS(電子製品受託製造)のスマートファクトリーに、私どもの微細加工機がたくさん入っています。私どものAndroidという機械が今、100台近くEMSに入っています。このような企業と勝負しますと、量に差が出てしまいます。彼らは、私どもの微細加工機の70%位のパフォーマンスで生産をしているのですが、スマートフォンならそれで十分ですよ。競争したら、まず勝てませんね。

田口 これは、海藤社長が台湾に売るのをやめないと(笑)。

海藤 私が「戦犯」であるかのようにおっしゃる方が、いらっしゃいます。「海藤さんが台湾系のEMSに超精密微細加工機を売るから、我々の仕事がなくなる」と。でも、技術は水と一緒。高いところから低いところに、どんなに堰を作っても流れていくのですから、止めようがない。ですから、大量生産の方向ではなくて、付加価値を作るところに集中すべきだというのが、僕の考えなのですね。

スマートファクトリーは、付加価値を作る上で問題があります。人が介在しなくなるので、新しい付加価値が生まれるような加工技術や、イノベーションが起こりにくくなってしまうことです。でもそこが本当は、付加価値の高いところです。

イノベーションとは新しい発明も含まれるのですけれども、どちらかというと技術のかけ合わせのこと。「新結合」とも言われます。僕が喩えとしてよく使うのは、メロンと生ハム。メロンはとてもおいしい食べ物、生ハムもおいしい。その両者をかけ合わせると、全く新しくておいしい食べ物に生まれ変わる。かけ合わせによって生まれたイノベーションの、良い例だと思いますね。つまり、人の感性がすごく重要になってくるということ。蓄積された知識の掛け合わせをできる人が、感性の鋭い人になってきます。

「マーケットイン」の上に、「プロダクトアウト」がある