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自動車部品メーカーの最大手として国内外で130の工場を運営し、グローバルに事業を展開している株式会社デンソー。長年培ってきたモノづくりノウハウをもとに、FA事業(※)を展開し、顧客工場の生産ラインの効率化などを支援しています。

「ものづくりDXのプロが聞く」は、Koto Online編集長の田口紀成氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューするシリーズです。今回は、株式会社デンソーFA事業推進部長の横瀨健心氏と対談し、日本と海外の生産ラインの違いや欧米のメガラインビルダーの存在について、そして日本の製造業の未来とその役割を担う総合ラインビルダーについて、お話をうかがいました。

※FA事業(Factory Automation事業):工場の生産工程を自動化するシステムや機器を開発・提供する事業
※総合ラインビルダー:製造業における競争力の源泉であるモノづくりの基盤を構築し、顧客の製品企画の支援から設備設計、導入、保守改善までを一貫して担う存在。
写真左からデンソー横瀨健心氏、Koto Online田口紀成編集長
写真左からデンソー横瀨健心氏、Koto Online田口紀成編集長
横瀨 健心 氏
株式会社デンソー FA事業推進部 部長
株式会社デンソー入社。生産技術者として自動車部品の新製品開発プロジェクトの推進、グローバル生産戦略、 北米地域の生産技術統括等を経験。デンソーが長年培ってきた自動化手法をリーンオートメーションとして体系化・教材化し、日・タイ産官学協力の下、2018年にLASI Learning Factoryをバンコクに設立。当活動を通じ、デンソーFA(ファクトリーオートメーション)事業のアジア拠点をゼロから発足。現在はデンソーのFA事業グループを統括し、さらなる価値向上に向けた事業活動を牽引。
田口 紀成 氏
Koto Online編集長
2002年、株式会社インクス入社。3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年に株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)の設立メンバーとして参画後、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発等、DXに関して幅広い開発業務を牽引。2015年にCCT取締役CTOに就任。先端システムの企画・開発に従事しつつ、デジタルマーケティング組織の管掌を行う。2023年にKoto Onlineを立ち上げ編集長に就任。
(所属及びプロフィールは2025年9月現在のものです)

目次

  1. 2014年に北米へ出向、当時現地で感じた日本と欧米の違いとは
  2. FA業界でも課題の人手不足、製造プロセス全体を把握し変革を担う人材が必要
  3. 商習慣、税制…さまざまな違いを乗り越え、競争力を維持するために

2014年に北米へ出向、当時現地で感じた日本と欧米の違いとは

デンソー

田口氏(以下、敬称略) 最初に、改めてとなりますが、御社と横瀨様が現在担当するFA事業の概要について、教えていただけますか。

横瀨氏(以下、敬称略) 当社は主に自動車のシステムや部品を取り扱うメーカーです。1949年の創業以来、70年以上にわたってモノづくりに携わり、日本国内はもちろん海外も含めた130の工場で、さまざまな生産形態に応じたラインを運用しています。

自動車のシステムや部品を開発して納めるのが会社としての事業の約9割になりますが、私が担当しているFA事業推進部は、長い歴史の中で培ってきたモノづくり、生産技術や工場運営のノウハウを活用して、生産設備や生産システムを製造業のお客様に提供する部門です。

田口 横瀨様がFA事業に携わるようになった経緯としては、どのようなきっかけがあったのでしょうか。これまでのご経歴と合わせて、お聞かせ下さい。

横瀨 私はデンソーに入社後、生産技術部門に配属され、本社で新製品の開発を生産技術面で支える部署からキャリアをスタートしました。当社には10を超える事業部があるのですが、大規模な新製品を開発する際には、メカ部品から電子部品、半導体まで様々な事業部をまたいですり合わせしながら、最適な製品構造とそれを実現する新工法の開発、量産を行う生産ラインの開発を同時に設計していくことが特徴であり、競争力の源泉となっています。そのような大規模なプロジェクトを生産技術のエンジニアとしてリードしてきました。

国内だけではなく海外の工場も関わるプロジェクトを経験し、その後、2014年に北米へ出向します。北米では地域の生産技術の統括を担当し、日本にはない自動化技術のリサーチなどにあたりました。当時は「インダストリー4.0」(※)が言われ始めて数年たったころでしたが、すでに北米はその考えをいち早く取り入れ、情報技術の活用が進んでいました。デンソーグループとしてFA事業を新たに強化していく際に、そうした新しい動きを現地で直接リサーチした経験を買われて今の部署に異動し、以降、FA事業に携わっています。

(※)インダストリー4.0 (Industrie 4.0):生産性の向上やサプライチェーンの最適化を目的としたモノづくりのデジタル化と自動化による革新を起こす第4次産業革命のこと。2011年にドイツで提唱され、日本では2015年ごろよりその潮流を受けた国策(Society 5.0 etc)が展開され始めた。

田口 確かに、そのころの日本の工場はそれほどデジタル化が進んでおらず、IoTなどの動きもなかったかと思います。実際に海外にいたお立場として、どのような差を感じたのでしょうか。

横瀨 当時の日本は「IoTって一体どのようなものなんだ」などの議論が始まったころでした。先行して進んでいるアメリカでのリサーチが必要という認識のもと、実際に私がいわゆる欧米系の製造会社に行ってみると、すでに他国の本部とアメリカの生産拠点の設備が、セキュリティが担保された状態でリアルタイムにつながっていました。そして、本国側から遠隔で監視ができる状態で、何か問題が起きると、本社側の指示にしたがって現地で設備を直すようなことも日常的に行われていました。

現在、日本の先進的な会社が始めているような取り組みが、アメリカではすでに当たり前のように根付いていた、というのが当時の状況です。

田口 お話をうかがうと、ずいぶん大きな差があったのだろうと感じますが、日本よりも海外でいち早く製造現場のデジタル化などが進んだ背景には、何があったと思いますか。

横瀨 当時現場にいたころは、背景にまで踏み込んで正しく咀嚼することはできなかったのですが、その後、世界中の様々なお客様や私たち自身の工場を約200工場見て周り、複数の要因があるものの、大きな要因の一つとしてモノづくりの現場の能力が大きく影響しているのではないか、と考えるようになりました。

日本のものづくり、特に現場の能力は非常に高いものがあります。設備を動かす、ラインを運用するだけであれば、人間の力で充分できたというのが実情だと思います。一方、欧米系の現場の日々の運営能力は、日本とかなり差があります。アメリカで、同じ地域にある欧米系の工場を見ると、人材の育成や日々のオペレーションに非常に苦労していて、情報技術に頼らないと当たり前の運用が難しい状況でした。そうした背景から、欧米ではデジタル化などに対する積極的な投資が進み、日本と差ができていったのではないでしょうか。

田口 そもそも、情報技術に頼らざるを得ない状況が背景にあったのですね。

横瀨 本部側からの考え方もあると思います。事業をグローバルに展開し、さまざまな地域で工場を運営していく上で、それぞれの地域での人材育成は難しい状況を考慮すると、世界各地で均一的にオペレーションできるようにするためには、中央で最初にしっかり設計する必要があります。ドイツの会社もアメリカの会社も、人材育成に注力するのではなく、情報技術を活用して全体最適のための設計をする、という選択をしたのだと思います。

日本の企業は人に注目し、人を育てることで成長してきました。海外進出の際も、現地の方をいかに育成して日本と同じレベルでオペレーションできるようにするかをまずは考えます。そしてそれこそが、日本のものづくり競争力の源泉でもありました。

一方、日本に対し、人材育成面でビハインドがある国は、情報技術を活用し、そこに投資をしてきました。そして現在、情報技術の急激な進化によって、人材育成の限界を彼らが超える可能性が出てきています。それが明らかになりつつあるのが今の危機感です。日本は蓄積してきたものがあるが故に、ジレンマを抱えているのではないでしょうか。

FA業界でも課題の人手不足、製造プロセス全体を把握し変革を担う人材が必要

デンソー

田口 現場の能力が高いが故に、日本は欧米よりもFAが進まなかったのではないか、という背景をおうかがいしましたが、そうすると、少子高齢化による人手不足は、日本のFA業界にどのような影響があるとお考えですか。

横瀨 人を中心にやってきたが故に、今の人手不足は、我々も含め多くの企業が抱える大きな課題の一つになっています。現場で働くワーカーやオペレーター不足はもちろんですが、それを補うために自動化をしようとしても、それを検討・設計する生産技術のエンジニアも不足しています。

田口:ITの世界では、実際のエンジニアの数が90万人、対しておよそ1.5倍の数が必要だと言われています。IT業界でも人が足りない状態が続いていますが、例えばFA業界ではどれくらいの人の数が不足しているのか、水準などはありますか?

横瀨 FA業界というくくりではないですが、製造業全体では2030年に38万人が不足するという推計も出ています。※労働市場の未来推計 2030 - パーソル総合研究所
ただ、こと生産技術エンジニアという観点では、個人的な感覚としては1.5倍ですとかそれ以上に足りないというイメージがありますね。

実際にお客様からは、「仕事が3倍ぐらい増えている」という話をよく聞きます。人の数が1/3に減ってしまったということではなく、やらなければならない仕事の領域が広がっている、と皆さんおっしゃるんです。例えば生産ラインを一本引く場合でも、これまでとは異なり、ITの領域までケアしなければなりません。昨今はIoT、AIと、ラインで考慮すべき事柄が増える一方です。生産ラインを引くだけではなく、工場内のモノや情報の流れも含めて設計しなければならないため、物理的な領域が広がっているんですね。

それから、中国など海外のスピードがものすごく速くなっているため、今までかかっていた時間の半分ほどの時間でそれぞれの仕事をこなす必要があります。それらの事情が重なりあって、感覚として「3倍」という数字になっているのだと思います。

田口 先ほど申し上げたIT領域の人手不足の数字は、恐らくERP(※)などIT側で見えている範囲のものです。FAの領域を考慮すると、エンジニアの数は異なるレベルで全く足りていない、ということになるかもしれません。それから、個々の領域で手を動かすだけではなく、AIやロボティクスなどを含めて全体を企画して実行に移すことができる人材は、さらに不足しているのではないかと感じます。

※ERP:Enterprise Resource Planningの略。企業の「人・モノ・カネ・情報」といった経営資源を一元管理し、全体最適化と業務効率化を図るシステムや考え方

横瀨 確かに、製造のプロセス全体を描き、全てを網羅して変革できる人材と考えると、フィジカル側の我々の業界も、IT側のプレーヤーも、なかなかいない、というのが現状です。製造プロセス全体を変革しようと考えると、全体を設計して何をやるべきかをくまなく洗い出す必要があります。それぞれ個別に得意領域を持つ会社が多いため、全体設計というと難しいかもしれません。

日本において、いわゆる生産ラインや設備領域の仕事の進め方は、メーカー側がしっかりと仕様を作り、その中で得意な領域を設備メーカー(設備SIer)が受けて実行する、といったやり方がこれまで主流でした。見方を変えると、細切れにしたプロジェクトを個々に受けている、とも言えます。個々のプロジェクトを始める前に、全体のプロセスを描ききり、そしてそれを変革していく。それをしないと、なかなか現状を打破できないのかもしれません。

商習慣、税制…さまざまな違いを乗り越え、競争力を維持するために

デンソー

田口 例えば日本の建設業は、これまでにない新しい企画の建物を作る場合でも、大手ゼネコンが強度なども検証した上で元請けとして工事を請け負い、それぞれ専門領域を持つ業者と調整をしながら、建設工事全体を統括します。

FAの業界でも欧米では「メガラインビルダー」が存在し、工場の自動化において、設計から組み立てまで一連の工程すべてを一括して引き受け、成功しているケースがあります。こうした海外のメガラインビルダーの動きなどを見て、どのように感じていらっしゃいますか。日本でもメガラインビルダーのようなやり方は可能なのでしょうか。

横瀨 恐らく、日本と海外の商習慣の違いも影響があると思います。先ほど申し上げたように、日本は切り出した仕事の仕方をしていることに加え、慣習的に、設備を納入した後に立上げまで完了しないと検収されず、支払いまで時間がかかります。その間の資金繰りを考えると、いわゆるメガラインビルダーのように、大きく構えたビジネスがやりづらい環境だと思います。一方で欧米は、日本の建設業界と似た形で、着手時点で一部の支払いを受けることが可能です。そこの違いが背景にあるのではないでしょうか。

それから欧米でラインビルダーが進んでいる背景としてもう1つ、内部留保すべきコア技術と、外部も含めて広く検討し標準化していくことで全体の効率を上げる技術とを明確に分けている、という違いがあると思います。

ここには大きな発想の違いがあります。日本のメーカーは、競争領域と非競争領域を分けず、ものづくり全般で競争するというスタイルが主流です。そのため、プロダクト、作り方、オペレーション、それらを全て含め「ものづくり」として1個1個の企業の中にノウハウが蓄積され、競争力を内部留保するというのが、基本的な考え方でした。

仮に、メガラインビルダーのようなやり方を日本でも構想しようとした場合、まずは自分たちの競争力のコアとなる部分をどこに置くべきかを定めることが必要です。そして、他社も含めて連携することで、全体の効率を上げ、日本全体の競争力に寄与する領域があるかどうか、このあたりの議論を製造業全体で整理することが求められると思います。

田口 非競争領域を効率化すべきでは、という話は以前からありましたが、なかなかうまくいかなかった、というのが正直なところだと思います。私個人の考えとしては、それらを担っているところが営利団体ではなかった、というのも1つの理由だったのではと感じています。利益が出ないため、標準化するというモチベーションになかなかつながらなかったのではないのでしょうか。

横瀨 確かに、そうした側面もあるかと思います。きちんと利益を上げていくことで、ラインビルダー自身が研究開発も含めて効率化に力を注ぐ。そしてその結果が、発注する側、ひいては業界全体に還元され、利益を得る。やはりこの構図にしていかないと、全体としての標準化は進まないと思います。

そうした全体の音頭を取りつつ、製品企画から保守改善まで総合的に伴走する新たなラインビルダー、「総合ラインビルダー」という存在が必要になっていくと考えています。

規模が大きいだけではないという理由も込めて、あえてメガラインビルダーと呼んでいません。製造業における競争力の源泉であるものづくりの基盤を構築し、なおかつ製品企画の支援から設備設計、導入、保守改善までを一貫して担える存在として総合的な立場をとるという意味合いで総合ラインビルダーと定義しています。

田口 日本と海外とでは、設備やラインを使っている年数にも違いがありますよね。欧米や東南アジアは日本よりも設備の新陳代謝が良く、日本は同じものを長く使っている気がします。マーケットが代謝の良い方に動くのは自然の摂理ですが、例えば工作機械を5年で償却できる場合と、10年かかる場合とでは、ビジネスとして大きな差があります。

もちろん物を大切にすることは必要ですが、捨てるのではなくリサイクルしたり中古の市場を作ったりするという方法もあります。先ほどおうかがいしたような商習慣、そして税制を含めて、海外と戦える状態にする必要があるのではと感じています。

横瀨 確かに、日本のメーカーは投資したアセットを使い切ることで、競争力を獲得してきた側面があると思います。私としては、現状をすべて否定する必要はないと考えています。過去からのものづくりの歴史を辿っていくと、日本が発展してきた原動力として、欧米に負けない、勝ちたい、という思いで先人たちが一生懸命に築いてきたものがあります。そして、いろいろな商習慣や税制も、それを支援するためのものだったのだろうと理解をしています。右肩上がりで『追いつけ、追い越せ』の時代は、それらの仕組みが力になっていたはずです。

しかし、時代が進み、状況が変化する中で、変えていかなければいけない仕組みもあると思います。今後、日本のものづくりが中国やアジア、欧米に勝ち続けるためにはどうするべきか。時には海外から新しいプロセスや技術を持ち込んだ方が日本の競争力に資することもあるかもしれません。

そのなかで私たちデンソーは、総合ラインビルダーになっていくべく、これまで培ってきた生産技術や工場管理技術を活用し、お客様の工場・生産ライン設置企画から設備の設計・製作・設置・運用まで一貫してご支援する体制を整えつつあります。当事業を通じて、日本の製造業全体の競争力を底上げする存在として、新たな価値を提供していきたいと考えています。

インタビューを振り返って。田口氏のコメント―

総合ラインビルダーという概念を日本で実装できるプレイヤーは限られています。その中でも、デンソーが持つ“製品・工法・ラインの三位一体開発”と“130工場を運営してきた実装力”は、極めて強いポテンシャルを持っています。

製造プロセス全体を統合設計できる主体が必要な時代において、デンソーが総合ラインビルダーとして前に踏み出すことは、日本の製造業全体にとって大きな転換点になると感じています。

デンソーが中核となって新しい標準をつくり、製造業の競争力の土台を再設計していく姿を強く期待しています。Koto Onlineとしても、その歩みを継続的に追い、発信していきたいと思います。

【関連リンク】
株式会社デンソー https://www.denso.com/jp/ja/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/

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