2023年6月にドローンを活用した郵送サービスが登場するなど、CPSの急速進化は目覚ましいものがあります。また自動レジや現実世界とリンクしたゲームなど、今では製造業以外の導入事例も増えてきました。今後どのような社会になるのか、CPSの活用例や日本・世界の動向をチェックしていきましょう。
目次
CPSとは?導入目的や類似用語との違い
CPS(Cyber Physical Systems)とは、現実世界で取り込んだデータを仮想空間に取り込み、高度な分析や知識化によって社会に役立てるシステムです。簡単にいえば、フィジカル空間(現実)とサイバー空間(仮想)の連携を強化するシステムであり、活用次第では社会問題の解決や産業の活性化に役立てられます。
CPSの概念は、現代で新たに誕生したものではありません。アメリカでは2010年以前から提言されており、2007年の米大統領科学技術諮問委員会の報告では、ICT(※)の研究・開発における最優先項目としての議論がなされました。
(※)「Information and Communication Technology」の略称。日本語では情報通信技術と訳される。
1.さまざまな社会問題を解決すること
CPSを活用すれば、現実世界で複雑化する社会問題の解決案を導き出すことが可能です。例えば実際の仕入れや廃棄の量と消費者の需要を分析することでフードロスの削減が期待できます。また公共交通機関や自動車から収集したデータから、道路や橋などの使用状況を解析すれば、公共インフラの維持や管理に役立てることが可能です。
2.創出した情報や価値で産業を活性化させること
現実世界の情報から導いた仮説をもとに仮想空間を構築すれば、低コストで結果や改善点を見つけ出すことが可能です。見つけた課題点を新たな仮想空間で改善すれば、現実世界で実施するよりも効率的なトライアンドエラーが図れます。例えば、効率的な生産ラインや最適なプロセスの構築に役立てられます。
3.フィジカル空間の膨大なデータを有効活用すること
フィジカル空間で膨大なデータを収集し、課題の解決に結びつけることが可能です。例えば街や自動車、人の様子をデジタルツインで再現することで、渋滞予測や行動シミュレーションなどを実施できます。
CPSはIoTとデジタルツインで構成されている
CPSは、IoTやデジタルツインなどの技術によって構成されるシステムです。ここでは、それぞれの定義や活用例などを解説します。
<CPS・IoT・デジタルツインの定義>
IoT:あらゆるモノやサービスをインターネット接続する技術。
デジタルツイン:フィジカル空間で取り込んだデータを、サイバー空間に再現する技術。
CPS:IoTやデジタルツインなどを組み合わせた、システム全体のこと。
IoT(インターネットオブシングス)
IoTとは、「Internet of Things」の略称であり、直訳すると「モノのインターネット」です。モノにインターネットを接続することで、データの収集や状況の確認などの幅広い用途に活用できます。例えばこれまでインターネットに接続していなかった機器にセンサーを取り付け、稼働状況をインターネットで一つの基幹システムに送信すれば、現場の見える化が図れます。
責任者がそれぞれの機器を目で確認することなく状況が把握できるようになるため、省力化が実現できるでしょう。現場でのデータ収集は、DXやスマート化を推進するうえで欠かせません。IoTは、分析や解析に不可欠なデータを収集する手段としてCPSで活用されています。
デジタルツイン
デジタルツインとは、現実空間から収集したデータを基に現実空間と同様の環境を仮想空間に構築する技術のことです。デジタル環境に現実世界の双子(=ツイン)を再現する様子からデジタルツインと呼ばれています。デジタルツインでは、現実空間に影響を与えることなくシミュレーションできるため、失敗した時に負うリスクを大幅に低減することが可能です。
またコストをかけずに短時間でシミュレーションできる点も大きなメリットです。デジタルツインは、IoTで収集したデータに基づいて構築され、分析に活用されます。現実空間でシミュレーションすることなく精度の高い予測や分析ができるため、開発段階で的確な立案ができるようになります。
CPSがさまざまな業界で注目される理由
CPSは、さまざまな業界での利活用が進んでおり、国内外を問わず市場規模が拡大しています。一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)の調査によると、国内のCPS/IoT市場規模は2030年に約19兆7,000億円になり、2016年の約2倍に成長することが予測されています。
出典:一般社団法人電子情報技術産業協会「CPS/IoTの利活用分野別世界市場調査の発表について」
CPSはなぜ今注目されているのか
CPSが改めて注目されている理由は、近年の技術革新によりCPSが実現しやすくなっているためだと考えられます。これまでCPSのような先進的なシステムを構築して利用するには、高いコストが必要でした。しかし近年の技術革新に応じて先端技術の利用コストは低下し、従来よりも導入しやすい環境となっています。
近年は、CPSで用いられるデジタル技術が発展した影響で、膨大な情報をリアルタイムで収集・分析できる時代になりました。この進歩をきっかけに、定量分析やフィードバック機能のあるCPSが注目されたといわれています。
<CPSの導入で期待されていること>
・次世代への継承を目的とした、技術やノウハウの記録
・業務効率やシステムの効率化
・新しい産業やイノベーションの創出 など
CPSは主に製造業で見られるシステムですが、アイデアやビジネスモデルを効率的に生み出す効果もあるため(知的生産性のアップ)、現在ではさまざまな業界から注目されています。
CPSをビジネスに導入する4つのメリット
CPSをビジネスに導入すると、業務のムリ・ムダ・ムラを省くことができます。製造業以外の分野であっても、活用方法によっては生産性を飛躍的にアップできるでしょう。
実際にどのような効果を期待できるのか、ここからはCPSの導入メリットを解説します。
1.生産プロセスや業務が最適化される
前述の通り、CPSには定量分析する機能が備わっているため、生産プロセスや業務を最適化できます。この解説だけではイメージをつかみづらいので、実際の活用例をいくつか紹介しましょう。
<CPSによる生産プロセスや業務の最適化>
・プロジェクトの進捗や繁忙期などから、効率的な人員計画を策定する
・需給変化をもとにムダのない生産計画を策定する
・発生リスクの高いトラブルを予測し、適切な対策を立てる
上記のほか、新製品と従来品の加工方法を比較したり、製品不良の発生傾向を分析したりする活用例もあります。そのため、業務のムダを省くだけではなく、事業リスクの軽減効果も期待できるでしょう。
2.サイバー空間での高度なシミュレーションができる
CPSを活用すると、サイバー空間に生産現場と同じような環境を再現できます。そのため、費用やリスクの関係で諦めていたシミュレーションにも、高度かつ低コストで取り組めるでしょう。
また、CPSで再現したサイバー空間では、製品のモデリングや仕様チェックもできます。生産部門や設計部門をはじめ、さまざまな業務や部門に活用できるため、CPSを導入するだけで経営の幅は広がります。
3.ニーズの変化に合わせた事業展開が可能になる
CPSで顧客データや市場トレンドを分析すると、ニーズの変化にも対応しやすくなります。例えばエネルギー分野では、膨大な気象データをAIに分析させて、電力需要を予測するような使い方がされています。
予測されたニーズ変化をもとに事業計画を立てれば、仕入れや在庫、発注、納品などを最適化できます。つまり、生産プロセスのムダを省けるため、人材の負担軽減やコストカットにつながるでしょう。
CPSによって経営資源に余裕が生まれると、新しい分野にも事業展開しやすくなります。
4.高精度で業務を自動化できる
CPSはロボットとも相性が良く、組み合わせ次第ではさまざまな業務を高精度で自動化できます。
例えば、精巧な加工技術が必要になる業務でも、その多くは数値化が可能です。AIが評価または理解できるデータに変換すれば、あとは産業用ロボットにインプットするだけで作業が自動化されます。
また、CPSは機器トラブルや製品異常も察知できるため、ヒューマンエラーを防ぐシステムとしても有効です。
CPSのさまざまな業界での活用事例
CPSには多くの活用方法があるからこそ、それぞれの企業に適した形で導入することが重要です。初期コスト・運用コストを抑えるためにも、綿密な導入プランを考えておく必要があるでしょう。
以下では業界や分野ごとの活用事例を参考にしながら、CPS導入のポイントを解説します。
製造業──シミュレーションやAI予測で生産環境を最適化
製造業はCPSの導入が進んでいる業界であり、人員配置や生産ラインの最適化、需要予測をはじめ、さまざまな分野に活用されています。
<製造業の活用例>
・シミュレーションによる在庫や部品置場の最適化
・工場内の状況に合わせて作動する無人搬送車を導入
・生産ラインの状況から、スケジュールの遅延やトラブルを事前察知
・サイバー空間に仮想工場をつくり、その中でシミュレーションやモデリングを実施
上記のほか、ゲーム業界ではフィジカル空間で運転するおもちゃの車を、サイバー空間のコースで走らせるようなサービスも登場しています。一般的な製造業でも、提供するモノによっては「フィジカル空間+サイバー空間」の組み合わせでサービス提供ができるかもしれません。
医療・介護業界──ビッグデータ分析やロボットで的確な処置をサポート
JEITA(電子情報技術産業協会)の報告書によると、国内では2030年までに医療・介護分野でのCPS導入が増加すると予想されています。その成長率は製造業の2倍とされるため、今後は医療・介護業界がCPS市場をけん引するかもしれません。
実際にどのような分野に導入されるのか、分かりやすい活用例を見ていきましょう。
<医療・介護業界の活用例>
・専門医不足を解消する遠隔医療
・ビッグデータ分析による的確な医療の提供
・高齢者や障がい者の生活をサポートする介護ロボット
・ウェアラブルデバイス(※)による健康支援
(※身につけて持ち運べる小型のコンピュータのこと。)
将来の見通しとしては、クラウドを活用した電子カルテや、ロボットによる高齢者の見守りサービスなども需要拡大が予想されています。医療・介護業界では、ひとり一人に寄り添ったサービス提供が必要となるため、ビッグデータの活用は欠かせないでしょう。
交通分野──自動操作やリスク察知による安全性向上とルート最適化
交通分野へのCPS導入が成功すると渋滞や事故などのトラブルを回避できるため、物流など多くの業界に良い影響が生じます。先述の一般社団法人電子情報技術産業協会の調査では、「流通・物流業界でCPSの市場規模が著しく成長する」と予測されています。流通・物流業界は、深刻な人手不足や高齢化などの影響を受けている背景から、CPSのような業務効率化を推進するシステムの導入が求められています。
具体的に活用が進められているのは、以下のようなものです。
<交通分野の活用例>
・渋滞や事故を減らす自動車の自動運転システム
・人流予測による交通や物流の最適化
・車載センサーによる事故防止システム
・工事または建設用車両の遠隔操作
・駅やホームでの環境制御
交通分野では、物流の最適化や事故防止システムなどが大きく取り挙げられやすい傾向です。しかし利用者の満足度を上げるために、駅やホームなどの利用環境を制御する取り組みも実施されています。例えば駅や空港などでの空調制御や、混雑度の見える化による駅構内の混雑防止ができるシステムが開発されているといった具合です。
このように一つの業界の中でもCPSを適した場面で使い分ければ顧客の満足度を高めることができます。目的によって適したシステムは異なるため、まずは「何のために導入するのか」「導入によってどんな効果を得られるのか」を明確にしておきましょう。
販売業や小売業──人協働ロボットや無人レジでコスト・労力を削減
身近な存在である販売業や小売業も、CPSによって大きく変わる可能性があります。販売業・小売業は雑務が多いため、工夫次第ではさまざまなシーンにCPSを導入できます。
<販売業や小売業の活用例>
・照明のクラウド制御による電気代の節約
・簡単な調理などを代行する人協働ロボット
・宛先を読み取り、小包を自動で仕分けするシステム
・商品をカゴごと置くだけで自動生産される無人レジ
大手コンビニチェーンの「ローソン」は、2018年のCEATEC JAPAN 2018で遠隔治療用ロボットを展示しました。販売業・小売業はCPSの導入範囲が広いからこそ、アイデア次第ではビジネスモデルを変革できます。
さまざまな可能性を模索しながら、ほかの業界や分野との協働も考えてみましょう。
農業分野──人材不足や高齢化問題を解消するサポートシステム
日本の農業は人材不足や高齢化が問題視されていますが、CPSが導入されるとこれらの課題を解決できる可能性があります。また、農作物の生産効率が上がるため、小売業や飲食業などにも良い影響をもたらすでしょう。
<農業分野の活用例>
・気温や湿度などの気象データから、必要な農作業を提案するシステム
・異常気象が生じた場合などに、トラブルを警告するシステム
・気象や成長に合わせて自動操作される、換気窓の遠隔操作システム
人材不足に悩まされている現場は、作業をサポートするロボットやシステムを導入することで、活用できる人材の幅が広がります。ただし、栽培環境に合わせたシステム選びが重要になるため、農作物の種類や生産量、すでに使用している設備なども意識しましょう。
CPSに対する日本政府や海外の動向
日本政府や欧米も、CPS導入には積極的な姿勢を見せています。時代のニーズや潮流をつかむために、ここからは国内外の動向を確認していきましょう。
文部科学省や厚生労働省、中小企業庁などがCPS導入を推進している
日本政府の動向については、関係省庁によって方向性に違いがあります。
文部科学省は2012年の時点で、「社会システム・サービスの最適化のためのIT統合システム構築」を事業として行っていました。年間で最大2.5億円の予算が確保されており、IT統合システムの構築に取り組む企業を公募しています。
一方で、厚生労働省はCPS/IoTの活用例として、公式サイトで水道情報活用システムのモデル事業を公開しています。採択事業が抱えていた課題や、CPSによる解決策が簡単にまとめられているため、導入計画を立てる際の参考にできます。
また、CPS導入にあたって補助金・助成金を利用したい企業は、中小企業庁の「IT導入補助金」をチェックしましょう。対象は中小企業のみですが、要件を満たすソフトウェアやクラウド、デジタル化基盤、ハードウェアなどの費用が補助されるため、CPSの導入コストを抑えられる可能性があります。
2000年代から多方面でCPS導入を進めているアメリカ
アメリカでは2000年の時点で、関係省庁へのCPS導入が取り組むべき国策として定義されています。
具体的な活動としては、政府による展示会やコンソーシアムの立ち上げが挙げられます。2014年に開催されたワシントンD.Cの展示会には、100以上の組織が参加しました。
いち早くCPS導入に向けて動いていた影響で、アメリカの研究開発は世界的に進んでいます。2018年10月に公表された国家科学技術会議(NSTC)による報告書では、以下の3つの目標が新たに設定されました。
- 新しい製造技術の開発
- 製造業における人材教育やネットワーク構築
- 製造サプライチェーンの拡大
CPSを構成する技術の中でも、デジタルツインの研究開発に力を入れている傾向があります。また2023年に開催されたCPSとスマート&コネクティッドコミュニティの合同ワークショップでは、台湾との協力を強化する動きを見せています。このようにアメリカは、世界的にCPSを広めていく姿勢が顕著です。
ドイツが示す次世代のインダストリー5.0とは
欧州の中でもドイツは、CPS導入に関して独自の方向性を探っています。
分かりやすい例としては、特定産業の研究開発政策である「インダストリー4.0」が挙げられます。これは2011年にドイツが示した施策の一つであり、スマートファクトリー(※)によるエコシステムの構築が主軸になっています。
(※)生産性向上とビジネスプロセスの変革の両面を重視した、DXを実現した工場のこと。
スマートファクトリーの実現には、ビッグデータやAIだけでなくCPSが必要になるケースもあります。CPSは、工場において工場全体の可視化や分析、シミュレーションなどの活用が可能です。このようなことからインダストリー4.0の実現のためには、CPSが活用されていくと考えられています。
またインダストリー4.0の次のステップである「インダストリー5.0」もすでに提唱済みです。インダストリー5.0とは、インダストリー4.0に以下の3つを加えた「持続可能な産業」の実現を目指す取り組みです。
- 持続可能性(サステナビリティまたはサステナブル)
- 人間中心(ヒューマンセントリック)
- 回復力(レジリエンスまたはレリジエント)
定量的なデータ収集ができ、仮想空間でさまざまなシミュレーションができるCPSは、持続可能な産業において欠かせない存在になる場合も考えられるでしょう。
中国はさまざまな業界のCPS導入を進めている
中国は、製造業に加えて物流や交通、医療、エネルギーなど、さまざまな業界へのCPS導入を目指しています。
<中国におけるCPS導入の取り組み例>
物流や交通:交通量監視システムや物品監視システムなど。
健康や医療:個人の健康管理システムや省エネシステムなど。
エネルギー関連:送変電設備の監視システムなど。
中国は、約14億人(2023年末時点)の人口を抱えているため、健康や医療分野のCPSの導入を進めています。また低出生率や「一人っ子政策」による少子高齢化などで、「超少子化」へ突入している点は大きな問題です。日本と同様に「物流」や「交通」などにもCPSを活用していますが、今後国の重要な課題となると考えられる「健康や医療」へのCPS導入を特に進めています。
CPS導入の波はすでに中小企業にも広がりつつある
デジタル技術の進歩を考えると、CPSは今後も広範囲に普及すると考えられます。AIやロボットと聞くと最先端技術のイメージがあるかもしれませんが、すでに中小企業にもその波は広がりつつあります。
現状のままでは競争力を失うリスクがあるので、CPSの活用例や世界の動向はこまめに確認し、自社の生産プロセスに組み込むことも考えてみましょう。
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