創業1610年、400年を超える歴史を誇る大手建築会社の株式会社竹中工務店。設計業務を効率化し、顧客に対する質の高い提案を実現する「設計BIMツール」を開発し、建設DXを加速させています。
数多くのBIMツールが存在する中で、自社開発にチャレンジした背景にある狙いとは、そして設計BIMツールの特徴と生み出される付加価値とは?
株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)取締役、SI事業本部本部長の津野尾肇氏と、株式会社竹中工務店BIM推進室シニアチーフエキスパートの千田尚一氏の対談をお伝えします。
大学を卒業後、建築設計者として、大阪、沖縄、鹿児島の設計事務所で様々なプロジェクトの経験を積み、2007年に竹中工務店設計部に入社。その後、商業施設、金融系施設を担当しながら、吹田市立サッカースタジアム建設にも参画。プロジェクトを通じてBIMのベストプラクティスを探求し、BIMマネジメントのノウハウをもって全社的なBIM推進活動をリード。国内外のカンファレンスにも参加し、自らも登壇することで、先進的な情報や自らの取り組みをタイムリーに社内外へ展開。現在は、設計部で運用するBIMツールの開発を統括し、社内のBIM推進と共に尽力している。
2002年、東京大学大学院 理学系研究科修了後、株式会社インクス(現SOLIZE(株))入社。大手小売業の株式会社ニトリを経て、2009年に当社設立メンバーとして参画、製造業・建設業向け業務システム開発案件にPMとして従事。2012年、当社執行役員に就任、人事統括責任者として人材育成・採用力の強化に注力。2016年、当社取締役に就任。
目次
創業1610年、品質経営・健全経営を貫いてきた400年と風通しの良い企業風土
津野尾氏(以下、敬称略) 御社は大変歴史のある企業です。これまでの沿革、現在の事業概要について、改めてお聞かせください。
千田氏(以下、敬称略) 当社は創業が1610年で、約400年の歴史があります。始祖である竹中藤兵衛正高は、織田信長の普請奉行でしたが、織田氏の滅亡に伴って刀剣を手放し、神社仏閣などの造営を始めたことが当社の起源となります。
現在は、建築土木の設計や工事、都市開発など幅広く手がける総合建設会社ですが、400年間、いろいろな波もありながらも事業を続け今に至ったのは、「最良の作品を世に遺し、社会に貢献する」という経営理念を掲げ、品質経営、健全経営を貫いてきたからだと思います。
津野尾 千田様は中途採用で入社されていますが、どのような経緯やご縁があったのでしょうか。
千田 私は17年前(2007年)に竹中工務店に入社しました。それまでは大手の設計事務所や地方の設計事務所に所属したほか、フリーランスなどを経て、設計者としての仕事は一通り経験していました。
実は、もともと大学卒業後は竹中工務店の設計部に入りたいと思っていました。しかし、昭和44年生まれの私たちの世代が就職活動をしていたころはバブル崩壊の直後で、大手ゼネコンの入り口は狭い時期だったんです。しかも、竹中工務店は基本的に新卒採用を計画的に行う会社。当時は中途採用もほとんどやっておらず、チャンスがあればと思っていましたが、その機会がないままになっていました。
入社のきっかけとなったのは、鹿児島の設計事務所に勤めているとき、私が携わっていたプロジェクトの道路を挟んだ隣の敷地で、竹中工務店が別のプロジェクトを建設していたことです。プロジェクトの関係で私の事務所と竹中工務店で何度か協議をする機会がありました。ちょうどその頃、キャリア系のサービスにエントリーをしていたため、竹中工務店から採用に向けて声をかけてもらいました。
今でも覚えているのですが、鹿児島空港のレストランで人事担当の方と面談して、雇用条件書を提示頂き、「これでいかがですか」と(笑)。それから、大阪本社の会議室にて、当時の設計部長と役員の方と正式な面談があり、そのまま、入社に至りました。
津野尾 プロパーの方が多い中に中途採用で入社して、何かやりづらかった点などはなかったのでしょうか。
千田 この会社のすごいところは、そういう変な軋轢がまったくないところです。私も、最初は思うように仕事を進められないのではと不安でしたが、実際はまったくフラットな雰囲気で、入社して1週間後には最初の担当プロジェクトの打ち合わせに参加をしていました。入ったばかりでよくわからない会社のシステムなども、同じグループのメンバーがすごく親切に教えてくれて、会社全体の風通しの良さを感じましたね。
既存BIMツールの課題を解消するため、「情報」と「形状」を分離する思想を取り入れる
津野尾 今回のメインのテーマであるDX、特に御社の開発した設計BIMツールについて、お話を伺いたいと思います。まず、そもそもなぜ自分たちでBIMツールを作ろうと考えたのか、それまでの業務で感じていた課題があったのでしょうか。
千田 私は入社後に大阪の設計部に配属され、自分のプロジェクトでBIMを活用していました。当時、全社的にBIMを推進する動きがあり、私のプロジェクトも指名されたのですが、BIMを活用していく上で、いくつか課題がありました。
一つは、大阪だけではなく東京・名古屋でも新しいものに敏感な方たちがすでにBIMを使い始めており、BIM導入の進め方がそれぞれ異なっていたことです。会社全体として効果を上げるには、やり方を統一する必要があります。まず、全社に展開できるベストプラクティスを作ろうと、BIM推進室を立ち上げ、導入・活用の旗振りをしていくことになりました。
BIMの活用を進める上では、ほかにも問題がありました。BIMは設計業務におけるデータ活用に必要なソリューションではあるのですが、扱うデータ量が膨大で、当時はパソコンのスペックをいくら上げても追いつかないぐらい、作業に時間がかかる難点がありました。例えば大規模なプロジェクトの場合、出社してBIMモデルを開こうとすると、30分かかることもありました。その間、何もできずにコーヒーでも飲んで待つしかありません。やっとモデルが開いても、そこから壁を動かすだけで1分ぐらいかかったりもしました。動かしたい距離の情報を「1メートル」と入力して、リターンを押すとしばらく止まって、しばらくすると急に動く。仕事をする上で、こうした細かなストレスがたくさんありました。そのため、多くの人はファイルが大きすぎて使えない、操作が複雑だ、とBIMを使いたがらなくなっていた時期もありました。
BIMをもっと使いやすくできないか模索していると、モデルと情報を分離して管理する思想に基づいた北欧のアプリケーションサービスを見つけました。そのアプリケーションをそのまま使えないかとも思ったのですが、アウトプットは素晴らしいものの、データ管理にものすごく高度なスキルが必要で、オペレーションが非常に難しい。そのため、自分たちでもっと使いやすいものを作ろうと考え、このアプリケーションの思想を取り入れて、新たな設計BIMツールの開発をスタートすることになりました。
津野尾 開発した設計BIMツールはどのような構造になっており、どのような特徴があるのでしょうか。
千田 コアとなるのは、データを保存し共有する設計ポータルです。その設計ポータルに蓄積されたデータを使って、建築に活用できるアプリケーションを動かし、そのアプリケーションが出したアウトプットが我々の業務効率化や品質向上に貢献するという仕組みです。
まず、データを共有する環境が必要です。それまではいろいろなファイルが乱立し、共有するのに非常に手間がかかっていました。例えばエクセルだったら、更新されるごとに日付を打って保存して、一つのフォルダに「仕上表」というものすごい数のエクセルシートが入っているわけです。データも大きくなってしまいますし、いちいち日付を見ながら最新版がどれかを探すのも非常に効率が悪い。このファイルはここにありますと関係者に知らせる手間も必要でした。
より効率良くデータを保存し共有する、情報マネジメントの役割を果たしているのが設計ポータルです。設計ポータルでは、設計図面に記載していた敷地情報やインフラ条件などの情報と、BIMソフトで作成された建築、構造、設備に関する建物の形状に関わるデータを分離した上で、クラウド上で一括して管理しています。設計ポータルに入力された情報と建築、構造、設備のアプリケーションが連動して稼働することで、構造や設備の計算、品質チェックなどを同じ情報から同時並行で実施し、さまざまなシミュレーションを効率よくスピードを上げて行うことができるようになっています。
推進を阻むセクショナリズム、解消の鍵となるものは
津野尾 BIMの開発・活用を進める上で、苦労したのはどのようなことですか。
千田 一番苦労したのは、セクショナリズムですね。部門ごとに持っている情報がなかなかオープンにならないんです。会社がDXを推進するにあたって、まずは横串の組織を作るところからスタートしている話をよく聞きますが、建設業界に限らず、大きな企業はどこも苦労するのかもしれないですね。
今、設計ポータルを作ってデータ基盤が出来上がり、いよいよ全社で一緒になって活用を進めるフェーズに入っているのですが、部門ごとのやり方を統一していくのは簡単ではありません。各部門がデータベースを持っていてBIMを使わなかったり、設計ポータル上で操作せずにコピーしてデータを使ったりしています。やはり自分たちの情報を外に出したがらないという文化があります。
これを解消するためには、この設計BIMツールを良いものに仕上げていくことが一番の近道です。設計ポータルを活用したほうが仕事が楽になる、わざわざデータを別に持つ必要はないとみんなが感じてくれれば、活用されていくはずです。形から作っていくしかないですし、使いやすい、便利なものにしてみんなが必要性を理解すれば、目指す形にどんどん近づいていくはずです。
津野尾 セクショナリズムは、DXを推進する上で壁になっている企業は多いですね。このツールの開発にあたっては、我々もパートナーとして共同開発に携わらせていただきましたが、例えば設計と施工で別々の図面を作るなど、業界ならではの壁や専門性の違い、異なる仕事のやり方に驚きました。
設計BIMツールの推進にあたっては、内部でいかに使いこなせるようにするのかが高い壁となっているんですね。
千田 私は他社の設計の人と会う機会も多いのですが、みなさん現場や作業所から距離を置かれている、見積もりの部門から一線引かれているといった状況で、横断的なデータ共有や活用が難しいと口を揃えておっしゃいますね。
しかも多くの企業が、それぞれの部門の壁を越えるために、アプリケーションを作ってデータを変換しています。当社の形式とは異なり、情報と形状データが分離されていない方式だと、設計、見積、作業所など、それぞれに合わせたフォーマットにデータを変換しなければなりません。業界ならではの解決策として生まれたものなのかもしれませんが、余計な手間ですよね。私としては、CCTさんにもご協力いただいて作った当社の方式が、設計に適した使いやすい形だと思います。
津野尾 我々としても、最初は用語や生業を理解するところからのスタートでした。ただし、みなさんの業界、お仕事を深く理解できないと、より良い提案はできません。なぜこのデータが必要なのか、どういう意図でこの項目が設けられていて、どのような機能が求められているのかを把握するのに思ったよりも時間がかかりました。御社の社風のお話がありましたが、いろいろと質問させていただくと、みなさんが丁寧にこちらにわかりやすく説明してくださったり、この本にわかりやすい解説がありますと紹介していただいたりしたおかげで、上手くコミュニケーションをとりながら開発を進めることができました。
設計BIMツールを社外にも展開し、建築業界に貢献を
津野尾 設計BIMツールを使い始めて、具体的に実感している効果や業務の効率化などはありますか。
千田 設計BIMツールが浸透することで、間違いの修正などの手戻りも減り、品質向上につながっていきます。さらに、データが共有できていないことによる間違いが、結局、残業や休日出勤などにつながっていたため、働き方改革にも貢献できると思います。今後はさらに、構造化されたデータを活用してデータ駆動型の建築プロセスの構築を目指しています。これが実現すれば、新しい建築生産ができるようになり、アウトプットの量や仕事の質を高め、さらなる業務時間の削減にもつながるはずです。
先日、オランダのとある会社を訪問して、創設者の話を聞いてきました。その会社は、お客様の要件をデータベース化した上で、設計の作ったBIMモデルとその要件とをバリデーション(検証)しているんです。要は、顧客の要望がBIMモデルにきちんと反映されているか、抜け漏れがないかどうかをチェックしてくれるんですね。こうした機能も我々のツールに取り込めないか、検討中です。他にも、データを活用した新しい建築プロセスは、いろいろと考えられます。コアとなる設計ポータルのデータがきちんと緻密に増えていけばいくほど、活用の仕方も広がると考えています。
基盤を活用し、新たな価値を生み出してほしい
津野尾 今後、BIM推進室として目指す将来像や、組織としてやりたいことなどはありますか。
千田 BIM推進室は有期のチームで、2026年12月で一応解散する組織として立ち上げました。ただし、BIM推進室が解散になったとしても、先ほどお伝えしたセクショナリズムの解消など、DXをさらに進める組織は必要なので、そうした横断型の活動母体がおそらく別に作られるのではないでしょうか。
他にも残る課題はいくつかあります。竹中工務店としては2030年にDXの完成を目指しています。それに伴い、今後それぞれの部門から、データを活用したサービスがたくさん生まれてくるはずです。それらをうまく連携させて最大限の効果を出すためには、設計に限らず、見積もりや営業などさまざまな部門のデータの調整が必要です。全社的に使う共通データをどう整備して、どこに置くのか。これが、直近で一番大きな課題かなと思います。
それから、これは業界全体の話ですが、個人的にもっと良くできるのではと考えているのが、見積もりのプロセスです。今現在、BIMモデルでは出来上がりの状態がデータになっているのですが、実際の現場では、板1枚張るにしてもロスが出ます。ミスなく完成した場合に必要な最低限の数量以上のものを使わないと、現実には完成させることができません。ヨーロッパの場合は、このロス分を含んだ値段にそもそも設定しているので自動見積もりが可能なのですが、日本ではそのロス分を一つ一つ積算しないとならないため、BIMで自動積算ができないんです。
日本とヨーロッパでは、見積もりの方式がそもそも異なっています。積算のルールから変える必要があるため簡単ではありませんが、ここを変えることができれば、データのまま見積りができて、図面を変更すれば自動的に実際の金額が出てくる、といった世界も実現可能なのではないかと思っています。
津野尾 千田さんご自身の今後の展望としてはいかがでしょうか。読者へのメッセージとあわせて、最後にお伺いできますか。
千田 竹中工務店としては2030年のDX完成を目指しているとお伝えしましたが、2030年の設計の仕事は、デジタルネイティブ世代が中心となり、当たり前にデータを使いこなしているはずです。そう考えると、今のうちからデータを活用できる環境をしっかりと整備していけば、いろいろなアプリケーションを用いて、設計に限らず高い品質で効率的にやりたいことができるようになります。
現在、データを使って仕事をしてBIMの推進をしていますが、若いころはスケッチブックと鉛筆で仕事をしてきて、本音では、それでも設計はできるはずだと頭のどこかで思っているんです。だけど、これからの人たちはそうではありません。最初からコンピュータで図面を書いて学んで来た彼らは、私とは違う考え方、物の見方をすることができます。
私がやってきたことはDXの基盤づくりであって、これから、それを活用したアプリケーションや新しいことをどんどん生み出していくことが大切です。若い世代の人たちがデータと向き合い、設計、建築の未来をより良くしていってくれることを期待しています。
【関連リンク】
株式会社竹中工務店 https://www.takenaka.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
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