データを活用した顧客体験で商品を差別化。日東工業が築いた独自の「スマートオーダー」による販売・生産システムとは

愛知県に本社を構え、配電盤やキャビネットなどを製造している、日東工業株式会社。顧客がWeb上で仕様を自由にカスタマイズできる「スマートオーダーキャビネット」に自社独自の生産システムを導入し、大幅な生産能力向上を実現しています。

データを活用した生産システムとはどのような仕組みで、いかに効率的な生産を実現しているのか。そして、多くの顧客から支持される”誰でも作れる”キャビネットが生み出す差別化要因とは、どのように生み出されたのか。

合同会社アルファコンパス代表CEOで、株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務める福本勲氏が、日東工業株式会社執行役員・DX統括部長の水野泰宏氏と、執行役員・事業企画統括部キャビネット事業企画室長の池田裕之氏をゲストに迎え、日東工業のものづくりの秘密に迫ります。

左から、合同会社アルファコンパス 代表CEO 福本勲氏、日東工業株式会社 執行役員 DX統括部長 水野泰宏氏、日東工業株式会社 執行役員 事業企画統括部 キャビネット事業企画室長 池田裕之氏
左から、合同会社アルファコンパス 代表CEO 福本勲氏、日東工業株式会社 執行役員 DX統括部長 水野泰宏氏、日東工業株式会社 執行役員 事業企画統括部 キャビネット事業企画室長 池田裕之氏
水野 泰宏氏
日東工業株式会社 執行役員 DX統括部長
入社後、長期間にわたり生産システムSEとして従事。2013年からは経営企画や経理、生産企画といった部門を経験し、2019年情報システム部長に就任。2022年からはDX統括部長として、デジタル変革を推進。
池田 裕之氏
日東工業株式会社 執行役員 事業企画統括部 キャビネット事業企画室長
1997年入社後、エンジニアとしてキャビネット関連の設計・開発業務に従事。2011年から生産、営業、事業企画など、本部横断で様々な部門を経験。直近は2020年からEVインフラ事業室長を経験し、2024年4月からキャビネットに戻ってキャビネット事業企画室長。
福本 勲氏
合同会社アルファコンパス 代表CEO
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務め、2024年に退職。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。2024年6月より現職。
(所属及びプロフィールは2024年11月現在のものです)

目次

  1. 「スマートオーダーキャビネット」が多品種少量生産を実現
  2. スマートファクトリーの実現で生産性が1.5倍に向上
  3. 全社横断するDX統括部が掲げる4つの戦略
  4. 「顧客の体験価値を最重視し、提供価値をモノからコトへ変化
  5. 「ICTが手の内にある」日東工業ならではの仕事のおもしろさ

「スマートオーダーキャビネット」が多品種少量生産を実現

福本氏(以下、敬称略) 御社のサービスである「スマートオーダーキャビネット」や、それを生産している瀬戸工場について、そして生産を支える御社のDX推進の取り組みなどについて、お伺いします。最初に、このスマートオーダーキャビネットとはどのようなサービスでしょうか。。

池田氏(以下、敬称略) 「スマートオーダーキャビネット」は、当社の主力商品の一つであるキャビネットを、寸法や扉の形状、板の材質などをお客様が自由にカスタマイズし、Webから手軽に注文できる仕組みです。キャビネットは、配電盤や通信機器などを入れる筐体で、風や雨からそれらの機材を守る役割を担う、いわゆる”箱”ですね。当社のキャビネットは、標準品市場で約4割のシェアを占めています。

様々なカスタマイズができるスマートオーダーキャビネット
様々なカスタマイズができるスマートオーダーキャビネット

オーダーする際に使っていただくのが、キャビスタという当社のWebシステムです。キャビスタはいわゆる簡易なCADのようなもので、メニューの中から希望のものをクリックするだけで、作図や仕様決定などがすべてできるようになっています。ただし、お客様はイチから自由に設計できるわけではありません。カスタマイズのメニューはひな形化されていて、例えば穴加工ができないところに穴の指定をしようとしても、できないようになっているなど、ある程度の制約があります。

この「スマートオーダーキャビネット」は短納期も魅力の一つで、カスタマイズの内容によって多少の前後はありますが、長くても7日以内の製作が可能です。

福本 特注品のサービスを始めることになった経緯を教えてください。

池田 私たちはキャビネットに関してはもともと標準品のみのメーカーで、カタログを出し、品名でご注文いただいた商品を提供していました。カタログにあるものを準備して、注文を受けて販売する在庫の商売だったんですね。これがヒットし、日東工業の礎が築かれました。

しばらくは標準品のみのビジネスを続けていたのですが、加工してほしいとのニーズが高まり、在庫の標準品を加工するサービスを始めました。最初はレーザーによる穴あけと色の塗り替えだけの、限定されたサービスでした。

2008年ごろ、先ほどお伝えしたキャビスタを作り、お客様が希望する穴の形状をWebから注文できるサービスも始めました。さらに加工の需要が右肩上がりで増え続けたことから、在庫品に加工するだけではなく、カスタマイズできる領域を拡大してお客様のご要望に応えようと始めたのが「スマートオーダーキャビネット」です。

福本 加工してほしい、カスタマイズした特注品がほしいとの需要が伸びる背景には、どのような理由があったのでしょうか。

池田 当社のキャビネットをご購入いただくお客様は、個人ではなく、ほとんどが配電盤のメーカーさんなど法人の方たちです。かつては、キャビネットを内製化しているお客様も多かったのですが、鉄板にドリルで穴をあけるというのは大変ですし、危険も伴います。例えば丸い穴ならまだしも、四角い穴を開けるというのは本当に手間がかかり、簡単ではないんですね。昨今の人手不足もあり、加工してほしいとのご要望が大きくなってきたのだと考えています。

加えて、建物に配置する配電盤や現場に置く制御盤には、「この隙間に入れたい」「サイズがぴったりのキャビネットが欲しい」との需要がもともとありました。標準品にその寸法があれば良いですが、ない場合は製缶鈑金業者さんなどに頼むしかないわけです。そのように個別のものを外部に作ってもらう場合も、細かな仕様を何度もキャッチボールし、見積もりをしてと、非常に手間がかかっていました。いざ製作がスタートしても、特注品は一つひとつ手作りになるので、受け取るまでの時間も長くかかってしまうことも要因の一つでしょう。

日東工業 池田氏
「希望通りにカスタマイズしたものを、手軽に早く欲しいとの大きなニーズがあったのだと思います」(日東工業 池田氏)

スマートファクトリーの実現で生産性が1.5倍に向上

福本 愛知県の瀬戸工場は、「スマートオーダーキャビネット」の生産力向上を目指し竣工したと伺っています。瀬戸工場の位置づけ、特徴などについてお伺いできますか。

池田 瀬戸工場は、2024年4月に稼働を開始したスマートファクトリーで、DXによる自動化された生産システムを導入しています。

「スマートオーダーキャビネット」の製造に活用している生産システムの真髄は、お客様が入力したデータをそのまま使う点です。Webから注文を受けると、その注文内容に沿った材料が棚から自動で選ばれ、そして、ロボットや機械によって穴あけなどのレーザー加工、バリ取り、色付けなどを行います。材料にはレーザーで二次元バーコードや識別番号が焼き付けられていて、それを読み取ることで、どの扉とどのボディーがセットになるのかを判別し、間違いなく組み立てられるようになっています。生産現場を見ていただくと、一つひとつ大きさや仕様の異なるキャビネットが、同じラインの上を自動で流れていく様子がご覧いただけるかと思います。オンラインで受注したデータをそのまま使うことで、カスタマイズされた特注品を、一つのラインで自動生産することが可能となりました。

AGVで運搬する様子
AGVで運搬する様子

さらに、それぞれの工程間で製品を搬送するのはAGV(Automatic Guided Vehicle・自動的搬送ロボット)です。人がフォークリフトなどを使って運搬する必要がなく、自動でライン上を進んでいく仕組みです。

福本 データを活用することで、効率的な生産を実現しているのですね。この生産システムによって、どのぐらい生産能力が上がったのでしょうか。

池田 従来の工場に比べて、生産能力は1.5倍に向上しています。さらに、これまで特注品の製造にかかっていた納期の大幅な短縮、工場の省人化も実現できました。

全社横断するDX統括部が掲げる4つの戦略

福本 自動化された生産システムの実現には、データ活用、DX推進が不可欠だと思います。「スマートオーダーキャビネット」の生産を支えるDX推進体制についてお伺いしたいのですが、まず、御社のDX統括部の位置づけと役割をご教示ください。

水野氏(以下、敬称略) DX統括部は、情報技術を活用し、社内課題をデジタルによって解決し、新たな価値を創出することを目的とした部署です。個別製品に関わらず、全社を横串で見る組織で、瀬戸工場のようなスマートファクトリーなどを含むIT、OTの領域全般が対象です。先ほどお話があったキャビスタの仕組みから、e-コマース、営業や設計、生産管理のシステム、現場のMES、物流など、扱う領域は多岐にわたります。

福本 御社全体を見る上で、DX推進、デジタル変革としてはどのような戦略を掲げているのでしょうか。基本的な方針や、活動する上でのポリシーなどがありましたら、お伺いできますか。

水野 軸として考えているのは、当社のビジネス競争力の根幹である、高品質で効率的なものづくりを実現するオペレーションです。良いものを短納期でお届けするためには営業から生産、物流まで、IT・OTがしっかりといきわたる必要があります。

その上で、戦略には大きく4つの柱があります。1つ目が、プロセスの効率化を通じたコア事業の利益追求。2つ目がデータ活用。3つ目が人財育成。そして4つ目がそれら全般を支える安心安定のインフラ基盤。この4つの柱によって、当社の効率的なオペレーションを支える考え方です。

福本 柱の一つに、データの活用が挙げられています。データ活用は多くの企業が取り組んでいますが、例えばデータを集めてはみたものの、いざ使ってみようと思ったらデータが足りない、活用の仕方がわからない、といった壁にぶつかる事例をよく耳にします。データ活用について、苦労した点や工夫している点などはありますか。

アルファコンパス 代表CEO 福本氏
「例えばデータを集めてはみたものの、いざ使ってみようと思ったらこのデータが足りない、活用の仕方がわからない、といった壁にぶつかる事例をよく耳にします」(アルファコンパス 代表CEO 福本氏)

水野 確かに当社でも、集めたデータをうまく活用に結びつけることができず、試行錯誤した時期がありました。2023年から、「データマルシェ」と名付けたデータ基盤を作り、その中にデータを入れる取り組みを行っているのですが、最初はうまくワークしませんでした。製造業にとってデータ利活用は不可避ですので、とにかくあらゆるデータを徹底的に入れてみたものの、結局、「たくさんデータが入っているけれど、どうやって使えばいいの?」となってしまったんです。自分としては、いろいろなデータを集めて利用可能な状態にしておけば、みんながそれを使ってどんどん分析し始める状態をイメージしていたのですが、置いておくだけでは難しいのだなと実感しました。

そのため、どんな分析をしたいのか何を見たいのかを詰めた上で、そこに必要なデータを集めるやり方に作戦を変更し、まずは営業部門から取り組んでいます。解決したい課題は何かを明確にして、目的からデータ基盤を整える形にしたところ、最初に比べてうまく活用されるようになってきました。

「顧客の体験価値を最重視し、提供価値をモノからコトへ変化

福本 従来の主力商品の標準品から、カスタマイズされた特注品へとビジネスの領域を広げたのは、どのような視点、狙いがあったのでしょうか。

水野 キャビネットは、多少の違いがあったとしても、製缶鈑金業者さんであれば、どこでも似たようなものは作れます。そうした商品を扱う上で、どう差別化するのか。そのためには、やはり私たちの強みである、ITを生かした生産技術の力を発揮すべきだと考えました。生産技術の力、効果を最大化するために、徹底的に投資を行っています。「想像していた以上の大規模な生産設備ですね」と言われることもあるほどです。

このITと生産技術の力を生かして生まれた差別化要因が、お客様の体験価値や満足感です。同じキャビネットではありますが、注文から品物が届くまで、当社での購入でしか得られない便利さ、手軽さをお客様に提供し、それが強みとなっているんです。例えば、仕様を詰める面倒なやりとりをしなくても手軽に特注品が頼める、自分で大変な思いをして穴を開けなくても加工品が手に入る、注文してから短い納期でカスタマイズした品が入手できる……これらの一つひとつが、当社の差別化要因です。つまり、キャビネットそのもので違いを出すのではなく、当社でオーダーいただいたときのお客様の体験で違いを出せるよう、その部分を磨きこんでいるんです。

日東工業 水野氏
「キャビネットそのもので違いを出すのではなく、当社でオーダーいただいたときのお客様の体験で違いを出せるよう、その部分を磨きこんでいるんです」(日東工業 水野氏)

福本 誰でも作れる商品だからこそ、御社ならではの生産技術力の強みを生かして、差別化を図っているのですね。ただし、従来のビジネスを大きく変えようとしても、なかなか意識変容ができなかったりすることもあるでしょうし、いきなりガラッと変えるには勇気も必要です。御社の場合はどのように新しいビジネスへの転換を図ってきたのでしょうか。

水野 もちろん、標準品をすべて捨てたわけではありません。やはり標準品のカタログ販売で成長してきた会社なので、いきなりなくすのではなく、従来のビジネスを大事にしながら、そこにプラスして新たなビジネスの成功体験を重ねていくことが大事だと思っています。お客様に喜んでいただけている、売上が伸びている結果を見ながら、現在は軸足を徐々に特注品へと移している過程にあります。従来の在庫ビジネスは当社の根幹をなすものですし、現在も健在です。それに上乗せする形で伸ばしている最中ですね。

「ICTが手の内にある」日東工業ならではの仕事のおもしろさ

福本 「スマートオーダーキャビネット」を含め、事業の展望、新たにチャレンジしたいことはありますか。

池田 一つは、CADとの連携です。現在、お客様はCADで設計し、当社のシステムに再入力しています。CADとの連携をもっと強めて、お客様の設計をそのまま取り込むことができれば、お客様の手間をなくし、より効率を高めることが可能になるはずです。

またキャビネット以外にもいろいろな商品を製造していますので、お客様のオーダーをダイレクトに生産に結びつけるシステムを、他の商品にも横展開できないかと考えています。配電盤などは、よりシビアな品質と機能を求められるため簡単ではありませんが、データを活用したものづくりをさらに充実させることができれば、お客様にもより多くの価値を提供できますし、現場の働き方もより良くなっていくと思っています。

水野 技術の観点で、いろいろとチャレンジしたいですね。特にAIは、これからのものづくりを向上させるために欠かせないものです。現在も営業、設計、生産などの現場にAIを取り入れて判断スピードを上げられないか、トライはしているのですが、まだまだ十分な活用には至っていません。AIをもっとビジネスに組み込むことができれば、より大きな成長につながるはずだと考えています。

ただし、DXを推進し、将来に向けていろいろな展開をしていくためには、やはり人財が必要です。採用、育成両面で、良い人財をどう確保するかは今後の大きなポイントになってくるでしょう。

福本 良い人財を集めていただくためにも、御社の仕事の魅力、やりがいについてお聞かせください。

池田 当社の仕事のおもしろさは、ICTが手の内にある点です。特にエンジニアに関しては、自分の差配の中で、製造の仕方から売り方、そしてサプライチェーンの構築まですべてに携われる仕事は、なかなかないのではないでしょうか。従来の設計者はCADに向かって設計する、図面を書く仕事がメインでしたが、現在は設備連携システムができたため、要件定義やフローチャートの作りこみといった仕事が増えています。業務内容が時代に沿って進化しており、自分の業務が結果に反映される、やりがいを持って働ける職場だと思います。

水野 DXを推進している立場として、当社の良さを感じるのは、何を目的にするのか、どこを解決したいのか、が明確な点です。やみくもにDXを求められるのではなく、何をしたいのかをはっきりとさせた上で、それを具体的な施策にする。そして、その施策を進めるために事業部門とDX部門とが連携し、推進体制を構築する。さらに、自前でシステムを構築しDXを加速できる人財を育成する。当社ではこの3つを、現在、注力して進めています。本当にやりがいのある、おもしろい仕事ができる環境です。

「スマートオーダーキャビネット」も、DX推進も、まだまだ進化ができるはずです。今後も、多くの方と一緒に新たな挑戦をし、お客様に当社ならではの価値を提供していきたいと考えています。

日東工業

【関連リンク】
日東工業株式会社 https://www.nito.co.jp/
合同会社アルファコンパス https://www.alphacompass.jp/

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