新卒以来、リクルートや採用系スタートアップの役員としてのご経験から、ご自身の「志」の下に社会に変革をもたらす経営者・リーダーをプロデュースする経営者JPを創業された株式会社 経営者JPの代表取締役社長・CEO 井上和幸様に、今の製造業が直面する課題を解決するリーダー人材・組織作りについてお話を伺いました。
今回は人材獲得競争の現状について、グローバル人材にも焦点を置いてお話を伺います。国内では業界・企業規模をまたいだ人材獲得競争が激しくなっています。さらに製造業が国内市場中心からグローバル市場を主戦場にシフトする「真のグローバル化」を考えると、グローバルビジネスを担う人材の獲得競争もより激しくなっていると想定されます。果たして、求める人材の獲得・育成はうまくいっているのでしょうか。
大手vs中小企業の人材獲得競争
採用市場動向について、貴社でのリサーチを拝見し、ベンチャー企業の幹部層リーダー層の給料が大企業の幹部層リーダー層の給料より傾向として高くなっていることに驚きました。また、デジタル人材など新しいリーダーの人材獲得競争として、今まで同じ産業内での戦いだったところが、別産業との競争に入っていると感じました。
こうした流れをどのように見ていらっしゃいますか。
ずっと変化の流れを見ていますが、なんかそうなってきたな、そこまで来たか、とは感じます。
こうしたリーダーを明確に欲している企業がちゃんとお金を出す、ということは、企業の規模は関係なしにあるのでしょうか。
そうですね。中堅・大手の製造業で少なくとも数百人~数千人、数万人規模の会社と、数十名~多くて百名の会社、その中でも特に成長しているスタートアップを比べて見ても、CXOクラスや部長課長クラス、さらには若手を含めても、企業規模の差で年収が変わることはないですね。逆にリサーチで出ているとおり、大手よりスタートアップの想定年収の方が高いケースはかなり増えていると思います。
では逆に、転職を考えているような幹部クラスリーダークラスの方がどういう面を求めているか、どういう事業に行きたいか、変化や傾向はありますか。
考え方そのものの全体感はあまり変わっていない気がしています。ご自身なりに関わっていきたいテーマや領域、極めていきたいエクスパティーズ(専門知識・技術)で考える方もいますし、年収を優先する方もいます。業界でずっと見てきていても、その比率自体はあまり変わらない気がします。
ただ、検討先となる企業で提示されるポジションや条件が変わってきていますので、例えば年収を優先する方は、以前は大手に行っていましたが、最近はスタートアップに行くといったケースがあります。
一方で、安定した会社を好む方、あるいは逆にどんどん新しいことが起こる会社を好む方の比率はあまり変わっていないと思います。日本人全体では依然としてかなり保守的な方が多く、あまりリスクを取りたがらない傾向が圧倒的に強いと思います。多くの方はしっかりした大手に行くことをまず考えます。
ただ、若い方々を中心にリスクの考え方が変わってきていると感じます。
今安定している企業が本当にキャリアとして安定していくのか。大手でもリストラが起こってしまったり、閉塞(へいそく)感が強く上の世代とのポストレースでなかなかチャンスをもらえなかったり…それでは自身のキャリア上リスクが高くて、何も身につけられない人材になってしまうのではないか。
それよりも自身のスキルを早く身につけられるところの方が良いのではないか、といった考えから、以前と比べてスタートアップや最近はコンサルティングファームが人気なのだと思います。
国際競争力のカギとなる「ゲームチェンジ」
話を変えさせていただきまして、今私たちが取り組みたい課題として、日本の製造業は生産性の観点で国際競争力がかなり落ちてきていることが挙げられます。
日本の製造業の労働生産性は、2000年時点ではOECD加盟国中で1位でしたが、その後2000年代から急に下がり、2015年以降は35カ国中16~19位で推移しています。
こうした状況を鑑みまして、井上様のご専門領域である人材という視点・視座から見て、日本の製造業の国際競争力がなぜ落ちてきたか、ご意見があればお聞かせください。
弊社がお付き合いさせていただいている経営者の方々や企業様から見えるのは、製造業に限らず全般的に、日本企業はゲームの主導権を握れていないと思います。
先日、モビリティ関連スタートアップの経営者の方から面白いお話を伺いました。今、EVや自動運転など、アメリカやヨーロッパで2040年、2050年をターゲットとして全部変えるような動きがありますよね。なぜそうしたことに取り組んでいるか。環境問題はもちろんですが、実は彼らの目的はゲームチェンジだと伺って、なるほどと思いました。ガソリン車の世界ではやはりトヨタが強く、この状況をひっくり返したいそうです。
こうしたゲームチェンジを、今伸びているGAFAやヨーロッパの企業は仕掛けていますが、日本企業は弱いと思います。非常に真面目といいますか、誠実に、今ある産業をとにかく洗練させていきますよね。最近よく、「知の深化・知の探索」という両利きの経営という言葉が出てきますが、「知の深化」では日本企業が非常に強いと思います。しかしせっかく磨き上げても、そこでのプレーを丸ごとひっくり返され続けているのが平成以降の日本企業だと思います。
こうしたところは日本企業、特に製造業が頑張らなくてはならないところかと思います。イノベーションやゲームチェンジがどんどん起きている中で、日本は残念ながら主導権を取っていませんし、そもそも仕掛けていく企業は少ない傾向にあります。多くの企業が旧来のゲームの中で一生懸命、真面目にやっていますよね。
確かに私たちも製造業を見ている中で、開発期間は非常に短くなっていますが、それが探索ではなくバージョンアップになっています。新しい事業を作ったり、ルールを変えたり、というところに関しては、強い国やグローバル企業と比較してまだ弱いところがありますね。
真のグローバル化を推進できる人材はどこにいるか?
生産性が国際的に見て相対的に下がってきた背景でいうと、1990年代はソ連崩壊など東西の壁がなくなり、当時、製造業はグローバル化を推進し、人材としても「グローバル人材」というグローバルで戦えるリーダーを求めていたはずです。その辺りで製造業は成功しているのか、まだまだ足りていないのか、井上様はどのようにお考えですか。
お付き合いのある製造業系の幹部の方や経営者の方から伺った話では、先ほどのゲームチェンジもそうですし、あとは現地へのローカライズができていない部分があったと思います。日本人が行って、日本のフォーマットで、いつも日本の方を向いて仕事をしていては、本当の意味でグローバル化できない、ということがいえるのではないかと思います。
そうすると本当に市場がある地域での意思決定権をもっと渡す、あるいはそういったことができるようなリーダーが必要でしょうか。
そういうことだと思います。成功していらっしゃる企業のお話を聞くと、ローカリティーをうまく活かして現地に入っています。
これができているかどうかは、私がお付き合いのある食品メーカーでも二極に分かれています。皆さんグローバルに出て成功していると思われがちですが、実はそうした企業はほんの一部です。「キッコーマン」や「マルちゃん」などは何十年もかけて現地化が進んでいますが、本当にまれです。
それ以外のところは、カテゴリートップの企業でも全然グローバル化できていないところがほとんどです。商社経由のチャネルが一応あっても、実はいい展開ができていない、というのが経営者の方々の本音です。本当の意味でのグローバル化を進められているのはここ5~6年ぐらいです。
外から見ると非常にうまくいっていそうですが、経営者の方の目線ではまだまだ課題があるのですね。そうした課題意識を持っている経営者の方々は、グローバルビジネスを展開していく上でどのようなリーダーを求めていますか。
日本との橋渡しはもちろんですが、それよりも「現地に切り込んでいける」という部分が共通項かと思います。お手伝いしているアジアや北米の現地トップの方々を見ていると、現地での強さを重視しているように感じます。
ただ単純に日本の成功モデルをコピーして管理するのではなくて、現地のビジネスを知って変えたり、新しく生み出したりできる人、ですね。
ご存じの方も多いかとは思いますが、例えば自動車メーカーの動きでいうと、ここ10年ぐらいは現地に日本人をあまり送らなくなっています。どんどん撤収させていって、代わりに現地の方を採用してトップ陣に上げています。日本人がいるとすると、サポート役として少しだけ送るように切り替えています。
余談ですが、こうした自動車メーカーで現地のトップマネジメントとしてかなり活躍されていた方が、先ほどの流れで日本に戻されてしまうことになり、引き続き現地でのお仕事をお探しになるご相談をここ5~10年ほどいただきます。
その地域やエリアで活躍したいと思っているリーダーですね。
インダストリーの問題などで全ての業界で直ちに適用できるとは限りませんが、他のグローバルメーカーさんで現地側の採用を強化したいニーズは非常に多いと思いますので、別のチャネルや近い業界でチャンスはあると思います。
逆に企業側の視点からも、現地でかなり頑張って経験積まれている方はいますので、不足感があれば採用されるという手はあるのではないかと思います。
エリアごとのリーダーの取り合いみたいなこともあるかもしれませんね。
これから激しくなるでしょうね。
公開済
第1回「リーダー人材・組織づくりのプロフェッショナルに聞く、現在の製造業の人材動向」
次回
第3回「DXは一人にして成らず~社内人材の活用と経営陣の意識改革~」
第4回「ジョブ型雇用はもうすぐ終わる?今、必要な組織デザインとは」
第5回「日本製造業のゲームチェンジに必要な『経営者力』」
第6回「『この指とまれ』でつながるイノベーション」
※第4回以降はCollaborative DXサイトにて会員限定公開となっております
※文中の組織名や氏名、肩書きなどはすべて元記事掲載時のものです
プロフィール
井上 和幸(いのうえ かずゆき)
株式会社経営者JP
代表取締役社長・CEO
1966年群馬県生まれ。1989年早稲田大学政治経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。人材開発部、広報室、学び事業部企画室・インターネット推進室を経て、2000年に人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。2004年より株式会社リクルート・エックス(2006年に社名変更、現・リクルートエグゼクティブエージェント)。エグゼクティブコンサルタント、事業企画室長を経て、マネージングディレクターに就任。
2010年2月に株式会社 経営者JPを設立(2010年4月創業)、代表取締役社長・CEOに就任。経営者の人材・組織戦略顧問を務める。企業の経営人材採用支援・転職支援、経営組織コンサルティング、経営人材育成プログラムを提供している。人材コンサルタントとして「経営者力」「リーダーシップ力」「キャリア力」「転職力」を劇的に高める【成功方程式】の追究と伝道をライフワークとする。 実例・実践例から導き出された公式を、論理的に分かりやすく伝えながら、クライアントである企業・個人の個々の状況を的確に捉えた、スピーディなコンサルティング提供力に定評がある。自ら2万名超の経営者・経営幹部と対面してきた実績・実体験を持つ。
日本経済新聞、日刊工業新聞、プレシデント、AERA等様々なメディアへの取材・コメント・出演実績のほか、主な著書として 『社長になる人の条件』(日本実業出版社)、 『ビジネスモデル×仕事術』(共著、日本実業出版社)、 『プロフェッショナルリーダーの教科書』(共著、東洋経済新報社)等がある。
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・DX・ESGの具体的な取り組みを紹介!専門家インタビュー
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・サービタイゼーションによる付加価値の創造と競争力の強化