主力であるカメラのレンズをはじめ、監視・FA、ヘルスケアなどの事業を拡大し、光学機器メーカーとしてグローバルにビジネスを展開している、株式会社タムロン。あらたに就任した桜庭省吾代表取締役社長のもと中期経営計画「Value Creation26」を発表し、さらなる成長を続けています。
「ものづくりDXのプロが聞く」は、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)CTOでKoto Online編集長の田口紀成氏が、製造業DXの最前線を各企業にインタビューするシリーズです。今回は、培った光学技術をもとに、新規事業の創出・育成を目指すタムロンの戦略、そして今後の展望について、桜庭社長にお話を伺いました。
1981年4月入社、青森工場弘前サイト(旧弘前工場) に勤務後、本社光学設計部門で ビデオカメラ用レンズの開発・設計 に携わる。自ら開発・設計したビデオカメラ用レンズの立ち上げを行うため、青森工場弘前サイト(旧弘前工場)生産技術部門に再び異動となる。その後自社独自の ガラスモールドレンズを立ち上げるため 推進部門の室長、光学開発部門の本部長、研究開発部門の立ち上げなどを歴任し、2023年8月より現職。
2005年1月執行役員光学開発本部長
2008年1月上席執行役員光学開発本部長
2014年3月取締役
2016年3月取締役副社長
2023年8月現職
2002年、株式会社インクス入社。3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。
2009年に株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)の設立メンバーとして参画後、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発等、DXに関して幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員に就任、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTについて研究を開始。2015年にCCT取締役CTOに就任。先端システムの企画・開発に従事しつつ、デジタルマーケティング組織の管掌を行う。
2023年にKoto Onlineを立ち上げ編集長に就任。現在は製造業界におけるスマートファクトリー化・エネルギー化を支援する一方で、モノづくりDXにおける日本の社会課題に対して情報価値の提供でアプローチすべくエバンジェリスト活動を開始している。
中期経営計画「Value Creation26」、新社長が掲げる戦略とは
田口氏(以下、敬称略) 御社としては、技術畑出身の方が社長に就任されるのは初めてのことと伺っています。桜庭様のこれまでのご経歴、担当されてきたお仕事内容について、お聞かせいただけますか。
桜庭氏(以下、敬称略) 私は青森県の弘前市出身で、地元の弘前大学理学部物理学科を卒業し、最初は当社の青森工場弘前サイト(旧弘前工場)で採用をされました。弘前サイトはレンズの研磨や加工、それから組み立てをやっていた工場で、そこで1年ほど製造技術を担当しました。
その後に配属されたのが、本社の光学設計部門です。そのときに他社ブランドのビデオのズームレンズや、オートフォーカスのシステムレンズ設計などに携わり、物理を学んできた私は、この光学設計こそ求めていた仕事だと感じたことを覚えています。
そのほかにも、工場で組み立ての生産技術を担当したり、当時のタムロン初のチャレンジであったガラスモールドレンズを推進する部門の室長をしたり、また、研究開発の部門を新たに立ち上げたり、さまざまな経験をしています。光学設計だけではなく、デバイスの加工も組み立ても含めて、一貫して総合的な光学エンジニアとして歩んできました。
田口 昨年、新たに社長に就任なさり、注力していく分野、重要課題として掲げた方針などはありますでしょうか。
桜庭 社長に就任後、三つの方針を掲げています。一つ目は、既存事業の最大化。二つ目は、新規事業の 育成。そして三つ目が社員の幸福です。この三つを掲げ、2026年までの中期経営計画「Value Creation26」に基づいて、さまざまな戦略を実行しています。
中でも、今回の中期経営計画の一番のポイントとして重要視しているのが、新規事業です。新規事業の創出と育成を一丁目一番地として位置づけています。
前の中期経営計画である「Vision23」はお陰様で、1年前倒しで達成することができました。しかし、その達成は既存事業によるところが大きく、新規事業の創出育成については、課題が残されている状態だと考えています。この新規事業の創出育成こそ私の最大のミッションであり、今回の中期経営計画でも、そこに対する投資を前中計に対し2倍に増やしています。
田口 新しい事業を生み出すための戦略、仕掛けとしてはどのようなことをお考えなのでしょうか。
桜庭 新しいものを作り上げる仕組みとして、私が副社長時代、2016年に新たに設立した研究開発部門があります。そこで行っているのは、既存の事業の製品開発ではなく、5年、10年先を見据えた開発です。
各プロフィット部門、事業本部の中にも設計開発部門があるのですが、そこでは2年、3年といった時間軸での開発がメインで、大体1年サイクルで商品を生み出しています。対して、当社の技術の肝とも言える光学設計に関しては、光学開発センターに集約し、タムロンが扱う全ての製品の光学設計をする仕組みにしています。
また、光学開発センターとは別にR&D技術センターの中に研究開発を集約し、長いスパンで研究開発に取り組める形にしています。
スタートしてから今年で8年目となるのですが、およそ30に及ぶさまざまなテーマが生まれ、ようやくマーケティングに移行する段階に来たものがいくつか出てきています。私自身、クォーターごとのその研究開発の報告に出席し、進捗を楽しみに聞いています。そうした新規事業の種を育て、この新しい中期経営計画で加速させていきたいですね。
キーワードは「撮るから測る」、光学技術を強みにさらなる成長を
田口 今後が大変期待されますね。お聞かせいただける範囲で、新規事業創出に向けて、特に桜庭様が注目している領域は何かあるのでしょうか。
桜庭 キーワードは「撮るから測る」です。今まで光学レンズは、カメラで写真を撮る、撮影するという領域で活用されてきました。今後は撮影だけではなく、例えば赤外線を使って、人間の目に見えないものを可視化するなど、これまで培った光学技術の強みを活かし、「測る」へと技術戦略の方針転換をしています。これによって、写真、監視とFA、モビリティ&ヘルスケアというこれまで携わってきた事業領域でさらに充実した対応を図るとともに、農業や物流、インフラなど新しい領域へ事業を拡大していくことが可能になるのです。
田口 なるほど。光学技術を活かした「測る」というと、さまざまな分野での貢献が期待できますが、例えばデジタル分野では、何かお考えのものがあるでしょうか。
桜庭 測った結果をいかに可視化するかという観点で、今私が力を入れているのは、画像処理ですね。測定して得た光学情報をいかに人が見て理解できるようにするのか、画像処理技術は今後より一層必要とされるのではないかと思っています。加えて、今、話題になっているAIも注目ですね。
田口 確かに、結局AIも情報がないと処理することができません。今は可視領域の画像を恐らく使っているのだと思いますが、そうではないものを含めると、情報の量をもっと増やすことが可能になりますね。
桜庭 はい、圧倒的に情報量を増やせると思います。「撮るから測る」の実現は、今後の当社の成長に欠かせない新規事業の重要なポイントの一つです。
ただし、新規事業の創出は、社内だけでは当然、成し遂げることができません。そういう意味で、オープンイノベーションやM&Aにも注力していくつもりです。これまでも、産学連携や外部との共同研究は行ってきましたが、新しい中期経営計画に基づくオープンイノベーションの第1弾として、医療系のベンチャーキャピタルに投資をしています。今後はイノベーションをさらに加速させて、より多くの分野で貢献していければと考えています。
田口 御社のように、これだけの売り上げ、利益がすでにある企業の場合、新規事業を生み出すためにはいろいろなジレンマがあるのではないかと思います。時としてすぐに結果を出すことが難しい新規事業に向けた取り組みを、会社としてどのように支え、イノベーションが生まれやすい土壌を整備しているのでしょうか。
桜庭 取り組みの一つとして、中期経営計画の中にある戦略投資とは別に、社内向けの戦略投資の枠を作りました。新しいものを生み出すためには、現在の業務に負荷がかかってしまうケースがあります。そのため、チャレンジしやすい環境を整えるという意味で、現業の取り組みと新事業へのチャレンジとをPL上分けられるようにしています。
また、評価に関しても、社員が中長期の開発にしっかりと腰をすえて携われる制度にしています。研究開発は1年では結果を出すことができません。毎年の評価を技術者が気にしてしまうと、10年先の開発ができなくなってしまいます。そのため、例えば10年かけて100のものを作り出す研究開発をしている場合、その年ごとの進捗、1年で10%という過程を途中でもきちんと評価できる仕組みにしています。
田口 技術者にとって、本当にやりがいのある環境が整っているのですね。それらの制度は、今の強い財務体質があってこそという側面もあるかと思います。
桜庭 そうですね。そのためにも、主力である既存事業も、引き続き大事にしていく必要があります。既存事業の最大化は方針の一つであり、先ほどお伝えしたM&Aに関しては、新規事業だけではなく、既存事業、例えば監視やFAといった部門でも積極的に投資をして伸ばしていきたいと思っています。
新規事業を生み出すために、最も大切にすべきは「社員」
田口 これだけの技術、光学という強みを持ち、さらに強い財務体質を背景に将来を見据えた新たな技術に投資ができる企業というのは、なかなかないのではないかと思います。こうした御社の資源を活かした新規事業の創出育成を達成しようとしたときに、最もポイントになるのはどういった点だとお考えですか。
桜庭 やはり、ベースとなるのは「社員」です。いくら私が1人でがんばってみても、社員が創造性を発揮できる環境になければ、何も生み出すことはできません。先ほど、社長方針の一つとして「社員の幸福」とお伝えしましたが、社員を大切にして、働きがいがあると思ってもらえる会社にすることが、企業の成長に繋がると考えています。
もう15年ぐらい前でしょうか、光学開発を担当していた際、優秀な人材の退職が続いた時期があり、どうして人は会社を辞めてしまうのか、私なりにいろいろと考えたことがあります。そのときに、社員が根づく会社となるため4カ条というものを作ったのです。
一つ目は、社員が担当している仕事に対するモチベーションを感じられること。社員が創造性を発揮して、仕事にやりがいを感じられるような会社であることが大切だと考えました。二つ目は、それを会社がきちんと評価すること。三つ目は、人間関係、コミュニケーションが円滑であること。四つ目は、ワークライフバランスを含め、心の健康、体の健康を大事にしていること。
この4つのうちどれかが欠けてしまうと、社員は会社を離れてしまいます。その裏返しで、この4つをバランスよく実現していければ、社員は会社に根付き、働きがいのある会社だと思ってくれるのではないでしょうか。
田口 特に一つ目の、社員がモチベーションを維持できるようにするというのは、簡単なことではありません。御社で仕事をする上でのやりがいというのは、どのような点にあるとお考えでしょうか。
桜庭 例えば、光学レンズであれば「タムロンブランド」を作り上げるという誇りもあるでしょうし、自社ブランドの製品でなくても、お客様に自分たちが作り上げた製品を評価していただける、良いものをお届けできるという喜びもあります。それは開発した社員だけではなく、調達だったり、管理だったり、社員全員が一緒になって作り上げている価値です。
やはり、世の中の皆様の声が社員に届く、そして社会に貢献できていると実感する、そこが一番のモチベーションではないでしょうか。
昨年、不祥事を受けて社長交代があり、社員もご家族も、非常に驚き、報道やSNS等のコメントを目にし、辛い思いもしたと思います。私は社長に就任後、そのことを謝罪しつつ、一方でさまざまなコメントのなかにはタムロンを応援してくださる方たち、我々が開発した製品を高く評価してくださるお客様がいらっしゃることをきちんと受け止めて、それを誇りに感じて、今まで以上にみんなで頑張りましょうと改めて社員にメッセージを送りました。
社員の幸福を大切にして、より一層、働きがいのある会社にしていくことが、新規事業の創出、ひいてはタムロンの未来につながるはずです。
田口 コンピュータもエレクトロニクスも限界と言われて久しく、次はフォトニクス、光の時代に入るのではと言われています。新しい性質の光学機器が次々と誕生し、新たな価値が生み出されることを期待しています。最後に、Koto Online読者に対し、今後に向けたメッセージをお願いできますか。
桜庭 入社以来、私は創業家の新井健之元社長と一緒に仕事をさせていただき、タムロン創業の精神を教えていただきました。社員にも、創業家の精神を忘れることなく、より良い会社にみんなでしていきましょうと伝え、会社を、ビジネスを止めてはいけない、タムロンをより成長させるために、社員と一緒になって頑張っていこうと私自身決意をしています。
もう今は、創業家の新井社長と仕事した社員はほとんどおらず、私が最後ぐらいではないでしょうか。創業の精神を次の世代に伝え、未来のタムロンのために、新しい事業を立ち上げていきたい、そして、光学機器メーカーとして我々が持つ技術を生かし、社会に貢献していきたいと考えています。
田口 本日は、ありがとうございました。
【関連リンク】
株式会社タムロン https://www.tamron.com/jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
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