全図解メーカーの仕事

(本記事は、山口 雄大氏、行本 顕氏、泉 啓介氏、小橋 重信氏の著書『全図解 メーカーの仕事』=ダイヤモンド社、2021年9月29日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

代表的な時系列モデル

需要は、大きく次の三つの要素に分解することができ、さまざまな予測モデルがあります(図2-2)。

  • 季節性:周期的に繰り返されるパターン
  • トレンド:水準が変化している方向
  • ノイズ:ランダムな変動

過去の販売データをこの3要素に分解し、ランダムで予測不可能なノイズを除く二つを引き延ばすイメージの予測モデルが、ホルト・ウインタースモデル(Holt-Winters Model)とよばれるもので、これが既存商品の需要予測を理解するのに最適です。

需要=(直近の水準+予測したい未来までの期間×トレンド)×未来の季節性

( )内で予測をしたい未来の時点までの水準変化を表現しています。これに未来の時点における季節性を掛けて、需要を予測するという考え方です。直感的に理解しやすく、同時に需要の特性を理解することができます。季節性を足し算で表現するバージョンもあります。

この水準、トレンド、季節性を算出するために使われているのが指数平滑法(Exponential Smoothing)であり、これは米国海軍の研究で考案された手法です。指数平滑法のベースとなる式は次の通りです。

新しい予測値=直前の予測値+α(直前の実績ー直前の予測値)

ある時点の予測値に対し、実績との乖離を踏まえて、次の予測値を修正するという考え方です。これは人の思考に似ています。予測よりも実績が高ければ、次の予測を上方修正しようと思うはずです。指数平滑法はこの思考を表現しているともいえます。

この式は次の通り変形できます。

予測値=α×直前の実績+α(1-α)×さらに前の実績+α(1-α)^2×さらにもう1時点前の実績+・・・

全図解メーカーの仕事
(画像=『全図解メーカーの仕事』より)

αは1より小さい正の数値であり、式の末尾にいくほど係数が小さくなります。つまり、直近の実績により重みを付けて平均値を算出している(加重平均)という式です。この重みを等しくしたものが(単純)移動平均です。

ホルト・ウインタースモデルは水準や季節性、トレンドを、指数平滑法を使って表現します。こうした指数平滑法の組み合わせは二重指数平滑法(Multiple Smoothing)や三重指数平滑法とよばれます。

さらに、階差の考えを使った ARIMAアリマ モデル(Auto Regressive Inte-grated Moving Average)があり、季節性を考慮できるseasonal-ARI-MAモデルなどが需要予測システムによく実装されています。

ほかにも、大きな需要が発生する間隔とその規模感を指数平滑法で表現するクロストンモデルなどがあり、指数平滑法はさまざまな時系列モデルのベースとなっています。指数平滑法そのものは季節性やトレンドを表現できず、αの決め方に難しさもあるため、需要予測の実務ではほとんど使われません。しかし、さまざまなモデルの基となる非常に重要な考え方といえます。

需要予測に複雑なモデルは必要か?

ビジネスにおいては高度な予測モデルが必ずしも有効であるとは限りません。海外の研究で、高度な数学を使って予測モデルを複雑にすることが予測精度向上に寄与しないどころか、一部の商材ではシンプルな予測手法のほうが高精度であることが示されています。もちろん、業界やそのときのビジネス環境など、さまざまな要因によって最適な予測ロジックは変わります

時系列モデルのほかに、需要の因果関係をモデル化する考え方もあります。需要の原因となる要素を想定し、それらの需要への影響度を回帰分析などで推定するものです。これは因果モデル(Causal Methods)とよばれますが、変数を多くするほど、モデルは複雑になっていきます。

なぜなら、原因となる要素の間にもなんらかの関係性がある場合もあり、それらを整理して表現することは簡単ではないからです。例えばテレビCMと小売店での特設売り場という二つのプロモーションが需要に大きく影響する商品があったとします。このとき、テレビCMが投入されるから特設売り場で大々的に展開しよう、という連動が起こる可能性は高いでしょう。つまり、需要の原因となる要素はそれぞれ無関係ではない場合があるのです。想定する変数を多くするほど、これらの関係性が複雑になり、モデルで表現するのが難しくなります。

そしてこのモデルにおける因果関係の表現を雑に行ってしまうと、それぞれの要素の需要への影響度の推定が正しく行われません。結果、変数を多くして一見高度なモデルを作っても、各変数の影響度の信頼性が低くなる傾向が指摘されていて、必ずしも予測精度は高くならないのです。

人は複雑な予測モデルのほうが高精度と考えてしまう傾向があるようです。本書で少し紹介した時系列モデルが不要ということではありませんが、例えば前年比を使ったシンプルな需要予測でも、スピードやわかりやすさも重視されるビジネスでは十分に有効です。

ただし、過去データが豊富にある既存商品でも、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大のように、外部環境に大きな変化があった場合や、不定期に行われるプロモーションを考慮する場合などは、統計学も使ってきちんとデータ分析を行うことが必要です。

全図解 メーカーの仕事
山口 雄大
化粧品メーカーで需要予測やS&OPマネジャーを担当。コンサルティングファームの需要予測アドバイザー。「SCMとマーケティングを結ぶ! 需要予測の基本」講座(JILS)講師。著書に『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)など。
行本 顕
消費財メーカーで経営企画・財務・法務および海外調達・生産管理を担当。ASCMインストラクター(CPIM-F、 CSCP-F、CLTD-F)。『ロジスティクスコンセプト2030』(JILS)調査メンバー。著書に『基礎から学べる! 世界標準のSCM教本』(共著・日刊工業新聞社)など。
泉 啓介
外資系化学メーカーで生産計画や需要予測、需給調整などを担当。ASCMの資格保有(CPIM、CSCP)。APICS Dictionary翻訳メンバー。
小橋 重信
株式会社リンクス代表取締役社長。アパレルメーカーのマーチャンダイザーやブランド運営、3PL会社マーケティング執行役員を経て現職。日本オムニチャネル協会の物流分科会リーダー。

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