DXの導入で遅れをとる日本の製造業。生産効率の向上を図るためには、優秀なDX人材の確保が急務となっています。
今回は、パーソルキャリア株式会社にて語学力を活かすハイクラス転職サービスを提供する BRS(バイリンガル・リクルートメント・ソリューションズ)事業部のアソシエイト・ディレクターである右田悠哉氏に製造業を取り巻くDX人材の転職市場の現状や求められる役割についてお聞きしました。
上編では、製造業DXの採用市場を取り巻く環境や求められる人材像について、下編では製造業DXに求められる英語力やバイリンガル人材について、2回に分けてお届けします。
2002年に学習院大学経済部経営学科卒業。大手証券会社でリテール営業を経験後、2005年にインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。自動車、化学業界を担当。2017年からBRS事業部。
パーソルキャリア株式会社 BRS事業部
高まるバイリンガル人材の需要に応え2012年に設立。取引企業のうち、外資系企業が6~7割を占める。転職希望者のうち、約1割は外国籍でもある。
――まずは製造業のDX市場における特徴や傾向を伺えますか。
右田氏(以下同) まだまだ絶対数の少ない領域ではありますが、求人はこの5年間で急激に増えました。全体の人材市場の伸びから推測すると、50~100倍の市場規模になっていると思います。5年前は工場で管理するデータのデジタル化や、ERP導入の求人が一部ある程度でしたが、現在はデータ活用プロジェクトを推進するリーダーを求める企業が増えています。
――特に求人が増えている業界、少ない業界はありますか。
自動車や電気業界の求人が目立ちます。自動車業界では海外の工場が多く、DXやIoTを進めて、在庫をできるだけ抱え込まずに生産できる体制の構築が求められています。
また、化学業界では従来の社内業務効率化から一歩進んだ取り組みとして、ビッグデータを集めてサービス化する企業も増えています。こうした分野においては、特に採用ポジションが増加しています。
一方、オーダーメイドで製品を生産する企業では、現場でお客様と製品を作り上げるので、DXや自動化の領域が部分的となり、例外はあるものの求人数は少ない傾向にあります。
――製造業のDXで求められるのはどのような人材でしょうか。
求められる人材像は、DXのフェーズによって変わります。第1段階では、システムを導入し企業を変革に導くリーダーが求められます。長期的には利点の多いDXですが、業務をこれまでのやり方から変える必要があるなど、短期的には面倒と捉えられる部分もあります。企画力はもちろん、現場の利害関係者から意見を吸い上げ折衷案を見つける力やステークホルダーマネジメント能力を用いて変革を推進できる力が必要になります。
第2段階では、導入したシステムを効果的に利用できるようにデータを整理する役割が求められます。これまで個別に管理されていた各拠点の在庫情報が、DXによってシームレスに把握することができるようにするイメージですね。
そして、第3段階では、データ分析を行い、改善点の把握と施策立案を率いる人材が必要になります。
――企業のDX推進度合いによって採用の難易度も上がりますね。具体的に求められる資格、経験やスキルセットはなんでしょうか。
特別な資格は必要ありません。ただ、システム導入のプロジェクトマネジメント経験は求められると思います。社外のSIerやITコンサルタントと連携した経験や、プロジェクトを開始するために取締役会を動かした経験も評価されます。多くのステークホルダーと連携するため、ネゴシエーション力が高く、同時に目標の達成意欲も高い方が求められます。
また、製造現場の知識があることも重要です。材料在庫などの管理がどのように行われているのか、製造の現場で何が行われているのかを、肌感覚や理論で理解している必要があります。
製造業の現場では、職人気質な方も多く、新しいシステムの導入に抵抗を感じる方もいます。そうした方を説得しながらプロジェクトを進めていくことができるロジカルさと胆力を兼ね備えた「知的体育会系」の方には向いていると思います。さらに、海外に工場がある場合は英語力も求められます。
――製造業のDXポジションに転職される方のキャリアに特徴はありますか。
製造業でDXを推進する部門を経験して、もう一度大きなプロジェクトを経験したい、より大きなプロジェクトを経験したい、プロジェクトをリードするポジションにチャレンジしたいといった理由で転職されるケースをよく見かけます。
――製造業従事者の高齢化も指摘されていますが、未経験者採用のニーズも多いでしょうか。
製造業における職務経験がない方であっても、DXに携わっていた方や、ITコンサルなどに就職し、顧客にシステムを提案していた方などのニーズはいつもあります。逆に、DXの知見が浅い方であっても生産技術などに携わっており、DXに強い関心がある方を採用したいという場合もありますね。
――最近では生成AIの活用も製造業で始まっていると聞きます。AIに関連するニーズはいかがでしょうか。
今後需要が増えていく部分かと思いますが、現在はそれほど大きな変化はありません。AIをどのように事業に紐づけて活用していくか模索しているステージの企業が多いのではないでしょうか。
――SCM(サプライチェーンマネジメント)の採用需要はいかがでしょうか。
SCMは製造業のDXとかなり近い位置にあります。設計、製造、サプライチェーンがかみ合わないと、DXは進んでいきません。SCM領域においてもまだまだ人材の需要は増えていくと思います。
――企業が製造業DXの人材獲得を進めていく上での課題はどのような点にあるのでしょうか
DX施策自体のROI(投資対効果)が把握しづらいことですね。製品を作り販売するまでに数年がかかるため、ROIをすぐに把握することができません。またステークホルダーが多く、施策の実行やそれに伴う採用のコンセンサスをとるために時間とコストがかかってしまう点は課題だと思います。
――では、転職を検討されている方にとって製造業DXの魅力はなんでしょう。
やはり「リアルなモノ」を作ることができる点にあります。製造業以外のDXでは無形のサービスをサポートする場合がほとんどです。数字の世界で生きてきた人にとっては、今までにない世界を味わうことができると思います。また、1つのプロジェクトに腰を据えて取り組むことができるのも魅力です。
製造業におけるDXは急激ではないですが、ゆっくりと確実に業界を変化させています。今入れば、苦労はしますが、その変化を最初から味わうことができます。
- 製造業DXにおいて求められるのは「知的体育会」な人材
- 人材の定着には、持続的なDXプロジェクトが必要
- 製造業DXの課題は、ROIの把握や、ステークホルダーとの合意形成に時間がかかる点
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