気候変動を1.5℃シナリオ達成に向けネットゼロを達成するため、多くの企業がGHG排出量削減目標を掲げ取り組んでいる。しかし、この目標を限られた時間で達成するためには、「スコープ1」から「スコープ3」までの指標だけでは不十分だと指摘されている。現在議論されているのは、そのギャップを埋め、企業の脱炭素化実現のカギを握ると言われる「スコープ4」、いわゆる「削減貢献量(Avoided Emissions)」だ。このスコープ4をめぐり、現在国際指標導入の必要性が叫ばれ、実際に議論が進んでいるが、今後動向は世界的に多くの企業の活動に影響を及ぼすと見られる。本記事ではこの動向について解説したい。
まず、GHG排出量を把握するために世界的に広く用いられているのが、GHGの排出量を算定・報告するために定められた国際的な基準「GHGプロトコル」で示された「スコープ1」「スコープ2」「スコープ3」という分類方法だ。このGHGプロトコルによると、自社における燃料の使用や製品製造などによる直接的なGHG排出量(スコープ1)・他社から供給され自社が購入した電気などによる間接的なGHG排出量(スコープ2)を削減し、さらにはもう一歩踏み込み、企業活動の「上流」から「下流」までのバリューチェーン全体を通してのGHG排出量(スコープ3)の削減が必要だとされている。
EUでは2023年1月、 企業の持続可能性パフォーマンスのより包括的な全体像を提供することを目的とした新しい企業持続可能性報告指令 (CSRD) が施行され、企業の持続可能性に関する情報開示の要件が厳格化。この指令により、企業が報告義務を負う範囲が広がり、影響を受ける企業の数は前身のNFRD(非財務情報開示指令)に比してほぼ5倍の約5万社に増加する。通常、大企業にとって気候への影響の大部分を占めるのはスコープ3であり、同指令でも対象企業は開示が求められる。
これに加え、自社やバリューチェーンからの排出を削減するだけでなく、他社のGHG排出量削減に貢献するソリューションを提供する必要があることが認識されつつある。この他社のGHG削減に貢献した量、つまり削減貢献量(Avoided Emissions)をスコープ4として算出し、指標を策定することで、相互関係にある様々なステークホルダーらからなるネットゼロ達成へ向けたシステム変革を加速するためのソリューション拡大を後押しし、スケールさせていくことが期待できる。
しかし、現在までに統一された基準が確立されていない削減貢献量については、従来製品との比較をどうするかという問題などがあり、「次のグリーンウォッシング」として課題が指摘されてきた。透明性と信頼を担保することは、スケール感を持った利用を実現し、GHGの大幅削減を牽引するための鍵となる。2023年3月、WBCSD(持続可能開発のための世界経済人会議)はG7サミットに先立ち削減貢献量(Avoided Emissions)の算出・報告方法についての具体的な枠組みを示した55ページからなるガイダンス「Guidance on Avoided Emissions」を発表。この問題への解決案として、具体的方向性を示した形となった。
その後、同年5月、仏Mirovaや蘭Robecoが牽引する形で、ESG投資を重要視する他の資産運用会社11社とともに、脱炭素化のための活動に対する資金調達を支援するための世界初となる削減貢献量要因に関する情報データベースと、上場企業の削減貢献量算出ツールを構築することを発表している。G7においても、GHG排出量削減に対して「削減貢献量」を認識することも価値があると言及された。
こういった動きの背景には、2050年までに世界のネットゼロを達成するために必要とされる109兆〜275兆ドルという投資額にまで拡大するための追い風としたねらいがあると考えられる。今後、スコープ4の算出や情報開示の基準策定に関する議論が今後急速に進展することが見込まれる。
スコープ1-4のまとめ
スコープ1 | 企業が直接排出するGHG。例えば、化石燃料の使用、自家発電、製品の製造プロセスなどで発生する場合などが相当 |
スコープ2 | 企業が間接排出するGHG。他社から供給された電気・熱・蒸気を使うことで、間接的に排出されるGHGが対象 |
スコープ3 | サプライチェーン全体を通して発生する、スコープ1とスコープ2に含まれない間接排出量を指す。サプライチェーンを通して自社よりも上流に位置する原材料や部品などのサプライヤーや、下流に位置する販売企業や利用する消費者、廃棄する際の廃品回収業者などの活動によるGHGを含み、自社従業員の通勤や出張もその一部として算出される。 |
スコープ4 | 脱炭素ソリューション提供による、ある事業者による他の事業者の排出削減への貢献、つまり削減貢献量(Avoided Emissions)。 |
削減貢献量算出・報告の方法が国際的合意のもと導入が広がれば、脱炭素化に貢献するソリューションやビジネスモデルが、市場において競合優位性を持つすることにつながる。さらには、広がりを見せるカーボンプライシングへの動きを加速し、インセンティブ拡大の足がかりにもなるだろう。投資判断への貢献と脱炭素ソリューションへの投資の促進、ひいては多くの国・企業のより早いGHG排出量削減と循環型エコシステムに寄与するはずである。
文= 西崎 こずえ
※この記事は、2024年1月にリリースされた
Circular Economy Hubからの転載です。
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